月刊地域保健 2013年8月号より転載

【PEOPLE】社会福祉法人プロップ・ステーション理事長 竹中ナミ

障害の有無を問わず、社会を支える人を増やしたい

多様な働き手・働き方を生かす法制の整備を待望

聞き手 高田英弦(医療記者)

写真:カミヤス セイ

PROFILE たけなか・なみ
1948(昭和23)年、神戸市生まれ。中学卒業後、高校に進学するも同棲発覚で除籍となり、16歳で結婚。22歳で長男、24歳で長女を出産。手話通訳などのボランティア活動を経て、89年に障害者の自立支援組織「メインストリーム協会」設立に参加。91年にプロップ・ステーションを設立した(98年、社会福祉法人格を取得)95年、阪神・淡路大震災で実家が全焼。内閣官房雇用戦略対話委員、社会保障国民会議委員などを歴任。2009年、米国大使館から「勇気ある日本女性賞」が贈られ、天皇皇后両陛下から春の園遊会に招かれる。10年6月からNHK経営委員、13年6月から三重県政策アドバイザーを務めるなど現在も多数の公職に就いている。

地域保健の現場で保健師は数え切れない人たちと接します。その多くは一期一会ですが、互いに忘れられない出会いになることもあります。社会福祉法人プロップ・ステーションの理事長、竹中ナミさんは「私の娘が生後重い脳障害を抱えていることが分かり、最初にお世話になったのが保健婦さん。療育に必要な情報や助言を下さるなど、すごく丁寧に対応していただいた」と往時を振り返ります。以後も多くの人に支えられ、愛娘は今年40歳になり、自身は20年以上にわたり障害者の自立と社会参画、とりわけ就労の促進に取り組んできました。

社会を支える力になりたいチャレンジドの就労を促す


5月上旬、一時帰宅のため療養先の病院を出る娘のマキさんと竹中さん。「まったりした休日を一緒に週ごし、エネルギーを満タンに補充できた」とのこと(写真:竹中さん提供)

――

どのような趣旨でプロップ・ステーションを立ち上げたのですか。

竹中

心身の機能に障害があっても、社会に支えてもらうだけでなく、自分の個性や能力、技術を生かして社会を支える存在でもありたいと願っている人はたくさんいます。現に障害のない人と同様、学習したり技能を磨いたりしながら働けますし、収入が得られれば納税者になれます。ところが彼ら、彼女らが働けるのは会社などの組織にほぼ限られ、雇ってもらえる人はごくわずか。いくら才能があっても人一倍努力できても、通勤や食事、トイレに介助が要る人は門前払いです。

私たちはこうした状況を嘆き悲しむのではなく、個の尊厳と国の利益を損なう社会問題ととらえ、働きたい人が障害の有無、年齢・性別を問わず元気に誇りを持って働ける仕組みを作り、社会を支える人を増やしていきたいと考えました。そこで1991(平成3)年、草の根グループとして「プロップ・ステーション」が発足。自立・就労相談を基幹サービスとしながら職能の開発・向上を後押ししたり、仕事の発注先との連絡調整を行ったりするようになりました。ちなみにプロップ(prop)とは「支え合い」や「つっかえ棒」を表す英語で、ラグビーではスクラムの柱となるポジション名として使われています。

用語について説明を付け加えると、私たちは障害のある人たちを「チャレンジド(the challenged)」と呼んでいます。これは米国で生まれた表現で「神から何らかの挑むべき使命や課題、あるいは挑戦する機会や資絡を与えられた人たち」を意味します。宗教・文化的背景が異なる日本にはない、ポジティブな概念です。「害」の意はおろか、弱者を暗示したり、かわいそうな印象を抱かせたりすることもありません。

――

障害を抱えている人とともに生きる親や子らもチャレンジドと言えますね。

竹中

その通りです。

重度心身障害を伴って生まれてきた娘は今も全介護を要し、私がオカンであることも分かっていません。彼女を授からなかったら、手話通訳などのボランティア活動に参加したりすることさえなかったでしょう。社会に支えてもらわないと絶対に生きていけない人、「わが子より先に死ねない」とおびえながら暮らしている親がいるという現実に思いをめぐらすこともなかったかもしれません。その一人がわが娘で、そうした親の一人が私だからこそ、プロップのような団体を組織し、チャレンジドの自立支援活動に全力で取り組んでこられたのだと思います。

チャレンジドの自立に際しICTは強力な武器になる

――

プロップ・ステーションが行なってきた支援の特色と現在の活動内容を紹介してください。

竹中

プロップでは設立当初から情報通信技術(ICT)の有用性に着目し、チャレンジドにパソコンやインターネットの利用に習熟することを推奨し、ICTを活用した自立・就労を支援してきました。会員の多くは日常生活を送る上で介助や介護を要しますが、ICTは不足を補い、不可能を可能にする強力な武器になります。例えば手指が不自由でパソコンのキーボードやマウスが使えなくても、腕や足、口を使ったり、まぶたを動かしたりすれば文字入力やインターネットへの接続ができます。求人の多い大都市に住んでいない、自宅のベットから起き上がれない、言葉を話せないといったバリアも、ICTで縮小・解消できます。ですから私たちは、チャレンジドがICTツールを使いこなせるようになるための講習、そこで培った技能を職務遂行に生かせるレベルにまで高めるための指導に力を入れてきました。講師はプロップの趣旨に共感してくださったプロフェッショナルばかりです。まず電子メールが使えるようになると、コミュニケーションの扉が開いて他者とつながれますから、社会参画・在宅ワークなどの足掛かりができます。

一方、私をはじめとするスタッフの仕事は体を動かすことと口を使うことです。事務所を聞いてホームページを作って「チャレンジドの自立と就労にご理解とご協力を……」と看板を掲げているだけでは、仕事の依頼は来ません。「うちの会員に仕事をください!」と民間企業、国・自治体に直接出向いて、プロップの趣旨と活動内容を知ってもらわないことには何も始まりません。若者の就職難、35歳以上の最就職難が常態化し、乳幼児を抱える女性はパートタイムでも雇ってもらいにくい時世ですから、なおさらです。

プロップ・ステーションの活動内容

図:プロップ・ステーションの活動内容

  1. 神戸スウィーツ・コンソーシアム:パティシエ志望のチャレンジドが、一流パティシエや製造・流通・小売業のプロフェッショナルと交流し、菓子作りの技術や商売のノウハウを習得するのを支援する活動(日清製粉株式会社と共催)
  2. CCP(チャレンジド・クリエイティブ・プロジェクト):チャレンジドが働く授産施設・作業所(アトリエ)とプロップ・ステーション、株式会社フェリシモなどが協働し、魅力あふれる手工芸品を創造・販売する活動
  3. アックゼロヨン・アワード:プロップ・ステーションとNPO日本ウェブ協会が、アクセシビリティ(アクセスのしやすさ)とクリエイティビティ(創造性)の両面で優れたウェブサイトを顕彰し、そのようなサイト作りを推進する活動
――

今までにどのような仕事がどのくらい寄せられましたか。

竹中

依頼が多いのはホームページのデザインや制作ですが、正直に言って活動年数と比べ、受注件数は非常に少ない。10年以上継続して仕事を出してくれている大手企業がいくつかありますが、ほとんどが単発の在宅ワークで収入も非常に少ないです。私たちは「チャレンジドを納税者にできる日本」という、いろんな方から誤解されたり非難されたりするようなスローガンをあえて掲げて活動してきましたが、その実現はかなり難しい。だけど私は今の日本ほどチャレンジドの力を必要としている時代はないと確信していますから、絶対にあきらめたくない。

――

なぜそう確信されているのですか。

竹中

少子高齢化の進展に伴い、社会を支える人の数の先細りが顕著に現れてきているからです。

日本には少子高齢社会を憂える人がたくさんいるのに、その本質を見つめて真剣に対策を考える動きが乏しい。問題の核心は少子化、すなわち子どもの数が少なくなり社会に出て働く人の数が急速に減ってきていること。しかも働く意欲を持った人たち、チャレンジドや高齢者、女性が労働に参加しにくい社会構造を放置していることにあると、私は考えています。今こそ社会を支える人の減少を食い止め、支える力になれる人を一人でも増やしていく方向へと転換すべきです。

プロップ・ステーションの在宅ワーク受注実績
【イオン化粧品】
カレンダーアート、ペーパーパックデザイン制作
【NTT】
「ハローねっと・ボランティア」jホームページデザインなど
【NTTネオメイ卜】
市町村合併等に関するデジタル地図構築とメンテナンス
【関西電力】
げんきエネルギー21シニア・フエスタ(プロップ・バーチャル工房)など
【新日本製鐵】
名古屋工場作業資料データ化事業
【日本IBM】
「ネットワーク・オブ・チャレンジド」ノーツ・プログラム開発担当
【日本イーライリリー】
薬品治験データベース作成
【日本ハム】
ホームページ「環境への取り組み」制作など
【野村総合研究所】
ホームページ・リサーチ(リモー卜ワーキング実験)業務
【フェリシモ】
商品同梱説明書制作など
【マイクロソフト】
イントラネット・ホームページ制作
【松下電器産業】
社内イントラネット向けCG・ホームページ制作
【大阪府立今宮工業高校】
成績管理システム構築
【同志社大学ラグビー部】
ホームページ制作
【白鳳女子短期大学】
ホームページ制作
【通信・放送機構】
障害者のためのマルチ入出力型ネットワークベース教育システムに関する研究開発
【宮城県】
みやぎ国体会場レポート管理システム開発・ホームページ制作・サーバー管理
【東京都】
平成13年度人権週間ポスター原画制作、「みんなの人権」冊子原画制作
【京都府】
障害者就労支援IT講習企画・運営など
【大阪府】
紙資料のデータ化とネットワーク化など
【兵庫県】
兵庫のじぎく国体のプログラム冊子表紙絵作成など
【神戸市】
障害者就労支援IT講習企画・運営など
【総務省】
障害者の在宅ワーク調査研究事業など
【厚生労働省】
障害者在宅就労支援事業、遠隔IT講習実証事業など
【国土交通省】
自立移動支援プロジェクト公式サイト構築とアクセシビリティ・メンテナンスなど

◆全実績の中から編集部が一部を抜粋(順不同/社名などは受注当時の名称)

画一的な労働環境・条件がチャレンジドの就労を阻む


事務所のスタッフから政治家、官僚、経済界の大物まで竹中さんを知る人は皆「ナミねえ」と呼ぶ。取材中「竹中さん」と話しかけると「よそよそしいなぁ。いつもの調子が出んわ」と苦笑された

――

働く意欲を持った人たちが社会参画しにくい原因は何だと考えますか。

竹中

旧態依然とした労働法制を背景に大多数の事業主が、業務効率や労務管理の面で都合の良い労働者の確保と一定の雇用条件の維持に固執し、多様な働き手・働き方を受け入れることに消極的だからです。

チャレンジドに関して言えば、就労を促す法律として障害者雇用促進法があり、雇用義務を負う事業主は民間企業の場合、従業員50人以上で、法定雇用率は2%と定められています。しかし、この制度は働く場所が事業所に限られ、そこで雇われて所定の日数・時間以上働くことを前提としています。自宅でしか働けない人、自分の体調などに合わせて働く日数や時間を決めたい人、つまりフリーランスやアルバイトの仕事をしたい人は雇用促進の対象外です。仮にこうした働き方を事業主が認め、チャレンジドを採用しても雇用率算定の際にカウントされません。

また、規定に則さない労働スタイルを志望するチャレンジドと、さまざまな労働力の受け入れに関心を寄せる事業主をつなぐシステムがないのも大きな障壁になっています。事業主の多くはフリーランスを直接雇うリスクを避けるため、法人の代理人(エージェント)を介した雇用契約を望みます。しかし障害の程度にかかわらず、チャレンジドのエージェントを務めてくれる法人はありませんでした。そこで私たちがエージェント機能を持つに至り、先述したように仕事の依頼先の開拓を含めて駆け回るようになったのです。

チャレンジドの就労促進に労働法制の後押しが不可欠

――

プロップ・ステーションが誕生し、多様な働き手・働き方を生かす仕組みが示された社会的意義は非常に大きいと思います。これから先、最も重要と考える課題は何でしょうか。

竹中

チャレンジドの就労を飛躍的に促進するには、やはり法律・制度の整備が欠かせません。どんな社会問題もマイナスの状態をゼロベースに引き上げて1、5、10のレベルに改善するのは草の根組織でもできますが、それを50、100に高めるには国の後押しが要ります。この22年間、私たちはチャレンジドの就労・自立について社会に問題提起し、チャレンジドの会員に対して仕事に必要なスキルアップの場と機会を提供し、事業主との連絡調整役を担うなど、着実に成果を積み上げてきました。しかし先ほど示したように、就労を実現できた会員は少数にとどまっています。

法制化に際しては従来の「障害者=弱者=かわいそう」という発想ではなく、チャレンジドの個性や技能に注目し、さまざまな魅力と可能性に富んだ労働力、社会を支える一員として位置付けてもらいたい。そして弱者に対して何かをしてあげるのが社会福祉ではなく、弱者を弱者でなくす道筋を作っていくことが社会福祉の本義と理解されるような社会に変わってほしいと願っています。

市井の私と同じく、チャレンジドの問題をライフワークとして取り組んでいる厚生労働省の村木厚子さん(現=厚生労働事務次官)は、かつて私の訴え方について「5%の人にかかわる問題を95%の人の問題のように話すね」と感心されました。それに対し、「そうよ。一見すると5%の問題だけれど、日本の将来を考えたら絶対95%の人にかかわってくる問題と思うからね」と言い返したのを覚えています。

今も彼女とはユニバーサル(共生・共助)社会の実現を円指す同志として議論・協力し合う仲ですが、私の基本的な考え方は全く変わっていません。チャレンジドの就労・自立促進は社会を支える人を増やし、日本の福祉基盤の維持につながると信じています。

竹中さんは東日本大震災後、プロミュージシャンらとチャリティーライブを断続的に開催。NHKを通じて彼災地に義媛金を届けている。5月26日、神戸市東灘区で行った「初夏の風ライブ」では『童伸(わらびがみ)〜天の子守唄〜』など約10曲を歌い、自ら作詩した『♪ありがとう〜私からあなたへ〜』で締めくくった。この日の収益・寄付金を合わせ、義援金総額は200万円に迫っている(写真・高田英弦)

プロップ・ステーションは神戸ネットワークセンターのほか、東京オフィス(写真)でも「チャレンジド就労支援ICTセミナー」などのパソコン講習会を開講している

プロップ・ステーション ホームページ http://www.prop.or.jp/

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