月刊ニューメディア 2012年5月号より転載

特別鼎談

確実に新たな一歩を踏み出したチャレンジド達

〜2012年度は被災地 宮城で実施〜

チャレンジドの"熱い思い"を超一流パティシエが支える
神戸スウィーツ・コンソーシアム

プロのパティシエになる!

チャレンジド(障がい者)※1の就労支援を目的に、2008年6月28日、パティシエ養成スクール「神戸スウィーツ・コンソーシアム(KSC)」は開講した。主催は社会福祉法人プロップ・ステーション(プロップ)と日清製粉株式会社。

[写真]

チャレンジドが働く施設や作業所では、クッキーやパンなどの菓子作りが盛んで、チャリティ販売なども行われている。そこで、せっかく身に付けた技を、本格的なビジネス展開できる技量にまで高められないかとプロップの竹中ナミ理事長は考えた。それがKSCの始まりである。2012年度、KSCは5クール目に入る。これまで4回実施したなかでつかんだ確信などを、プロップの竹中理事長と日清製粉の山田貴夫取締役・東京営業部長、そして講師陣のリーダーを務めるオーストリア国家公認製菓マイスターでモロゾフ株式会社のテクニカルディレクターである八木淳司氏の3人に語ってもらった。(構成:月刊ニューメディア編集部、写真:石曾根理倫)

※1 チャレンジド:神様から挑戦することを与えられた人々という意で、アメリカでは障がい者を表すときに用いられる。

4回の修了式から

1回目(vol.1)2008年       2回目(vol.2)2009年       3回目(vol.3)2010年       4回目(vol.4)2011年

 

特別鼎談

〜 2012年は被災地 宮城で実施〜
確実に新たな一歩を踏み出したチャレンジドたち

講師が繰り出す菓子作りの技を目の当たりに見られる貴重な機会

○超一流のプロたちから技術を直接学ぶ意味とは

竹中・プロップ 神戸スウィーツ・コンソーシアム(KSC)は丸4年続いて、5年目に突入します。すっごくうれしい。チャレンジドがプロになるというのは、日本の福祉ではなかった考えです。彼らは福祉の対象と言われていたわけやけど、プロになれる人が絶対いるはずやと思っていたんです。そのためには一流のプロから技術を学ぶことで、一流の素材、一流の道具、一流のレシピなどの条件が揃い、そして本人が真剣に学んではじめてプロになれる。これは二十数年間ICT(Information and Communication Technology)セミナーをやってきた経験から言えることなんです。とはいえ、一流の人たちがボランタリーに協力してくれるなんて、本業があって忙しいわけだから普通はあり得ない。だけど、本業の中でわれわれとタッグを組んでもらいたい。そう強く願っていたのです。

 KSCプロジェクトが成功したのは、日清製粉という小麦粉のプロである大手企業と、日本のパティシエのリーダーである八木さんが、本気でタッグを組んでくれはったからです。例えば、スウィーツには粉のほかにもいろいろな材料が必要で、そのとき、あの日清製粉さんが本気で支援しているプロジェクトなら信頼できると、いろんな企業や人が協力してくれたんです。

 一流のパティシエが次々と講師に手を挙げてくれたのは、八木さんの高い技と人柄があってこそ、でした。技術力があって、KSCを本気で応援してくれる人を講師に選んでくれたんです。粉業界のことも、パティシエのことも知らないわたしらが取り組めたのは、ここに理由があるんです。

山田・日清製粉 ナミねぇ(竹中理事長の愛称)からプロジェクトの話をいただいたとき、その考え方に率直に共鳴し、企業としても個人としても応援することは大変有意義だと思いました。社会貢献の依頼をたくさんいただくんですが、どうお手伝いできるのかわからないものが多いのです。今回は本業につながるかたちでの支援ということで入りやすかったですね。業務用の小麦粉を販売する中で、プロモーションとして講習会を開いています。その延長線であり、自分たちの持っているノウハウを使えるわけですから。

竹中 本業のノウハウをチャレンジド育成のために惜しげもなく出してくれるって、すごいことです。講師の協力も、このプロジェクトの大きな柱です。

八木・モロゾフ 講師をお願いする方は、技術力はもちろん、人柄を見てKSCを理解してくれそうな人にお願いしています。普段から社会貢献できることは何かないかと考えているのでしょうか、皆さんは非常に協力的です。でも、初めは不安を持たれますので、チャレンジドたちとの接し方などをじっくりと話しながら進めてきました。それと、講師を一度経験されると、もう一度やらせてくださいって言われる方が多いんです。

山田 KSCの講師の皆さんは熱いというか、真剣です。そういうなかに入って、パティシエの方とコミュニケーションできるのは大変ありがたい機会です。小麦粉を納めていても、直接話をする機会はほとんどありませんので。

真剣に伝える講師たち受講生も真剣にメモ書き

[写真](左から)竹中ナミ Takenaka Nami 社会福祉法人プロップ・ステーション理事長、NHK 経営委員
八木淳司 Yagi Jyunji モロゾフ株式会社テクニカルディレクターオーストリア国家公認製菓マイスター
山田貴夫 Yamada Takao 日清製粉株式会社取締役・東京営業部長

○誇りを持ったチャレンジドたち

八木 講習の初めは僕らも緊張しますが、チャレンジドたちはものすごく緊張するんです。それが回を重ねるごとにだんだん目の色が変わり、本気になってきたというか、話す言葉も増え、目に見えて変化が出てくるんです。こんなに変わるんだと、毎回驚いています。

竹中 チャレンジドたちの多くは、本当のプロの厳しさに触れたり、プロの目の前で何かを習うという経験がこれまでなかったんです。家族とか施設の職員とか、いつも守ってくれる人に囲まれ、鍛えられるとか、失敗したときに温かくかつ厳しく注意してもらうことがないままにきています。最初は緊張しますが、回を重ねてくると、彼らも自分にとってすごく大きなものが得られる場所やということがわかる。そのとき、彼らにとってKSCは安心できる場所であり、鍛えられる場所であり、誇りを持てる場所になるんです。福祉の対象と言われたとき、チャレンジドたちは無意識のうちに誇りを捨てさせられているんです。「あなたたちは障がいのあるネガティブな存在だから、周りの人に守られてこんなことをやっているんですよ」という暗黙の包み込みがあるんです。緊張がほどけていくということは、安心しながらも自信につながり、それが誇りになるんです。

八木 障がいは一人ひとり違います。だから、新しく講師になる方には、作業の仕方や動きを一人ひとりきちんと見てくれるようお願いしています。出来映えの良し悪しではなく、作業の仕方や動作を見ることで、その人の理解度を測ることができるのです。それをつかめば教え方もわかってくる。そのために初回は簡単な作業の内容ですし、受講生を8名にしているのも、目が届く範囲ということからです。

竹中 日清製粉の技術スタッフの方々は、チャレンジドたちの動きをうまいこと支えているんです。日清製粉の社員の皆さんは「誠実」の一言で、自分の本業の中で最大のパフォーマンスを出してくれはるんです。

山田 KSCはビジネスでは得られない充実感があるようです。どう接したらいいのか、戸惑ったと思うんですが、参加する中でプロジェクトの意義を肌で感じてくる。そうなって動きも変わってきたんでしょう。非常に大きな財産です。

○遠隔講習が業界を変える!?

八木 KSCでは新たな試みとして、3回目から通信ネットワーク技術による遠隔システムを使って離れた会場と講習を共有していますが、これは非常に新鮮です。

竹中 わたしらはICTセミナーを二十数年やってきているので、つながる道具としてICTの有効性はわかっています。チャレンジドはつながるとか、発信することにハンディがあるので、ICTを使いこなすことで社会や人とのつながりができるようになります。だから、KSCプロジェクトでもICTを使って世の中に発信するべきやし、会場に来れない人がICTで学ぶチャンスを得るというのは自然の流れなんです。ただ、実際には高価な機材や高い技術力が必要で、やりたいといってできるわけじゃないけど、幸運にも総務省のクラウドの実証実験に位置づけられました。実証実験は1年間限りでしたので、この間にノウハウを学んだことで、昨年の4クール目も続けられました。

八木 洋菓子業界もパン業界も市場は飽和状態で、都会と地方の格差問題も顕著です。例えば、都会では珍しくないパティシエの講習会も地方ではほとんどないのです。講習を受けに上京するには、交通費や時間の問題があって簡単にいかないんです。こうした問題を遠隔システムで解消できると期待しています。

山田 われわれも以前から、ネットワーク技術を利用して地方で講習会を展開できないかと考えていました。KSCの遠隔講習を経験してイメージが具体化してきたという実感を持っています。受講生全員を1つの会場に集める必要もなく、自宅にいながらにして講習を受けられる。個人経営者が店を1日空けるというのはなかなか難しいわけですから。

八木 これを使えば、地方から東京に発信することも考えられます。

プロップが構築・運用できるようにした遠隔システム

撮影は民生用ハンディタイプのハイビジョンカメラ(写真) 遠隔システムのオペレーションも自前で(写真堰j

○やっと届いたパティシエの思い
 「エクリチュール」誕生

山田 日清製粉では「ECRITURE(エクリチュール)」※2という焼き菓子用の小麦粉を開発し、2011年10月から全国で販売しています。エクリチュールはKSCの講師の皆さんからいただいた意見をもとに開発した商品です。本場ヨーロッパの品質を実現できる小麦粉が欲しいというニーズに応え、原料となる小麦はフランス産100%です。KSCの協力を決めたとき、新しい小麦粉の開発なんてまったく考えていませんでしたよ(笑)。

竹中 わたしらにとっても誇らしいことです。

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手にするのが日清製粉の焼き菓子用小麦粉の「ECRITURE(エクリチュール)」

八木 外国産の小麦粉が入ってきたのは終戦後で、その小麦粉は粘りのある強力粉でパン作りに適していました。ふんわりした食感が必要な洋菓子には不向きで、そのために誕生したのがきめの細かい薄力粉です。これは日本にしかないんです。以来ずっと洋菓子といえば薄力粉です。ところが、ヨーロッパで修業を積んだパティシエたちは薄力粉で焼き菓子を作ると、きめが細かすぎてベトッとなることに不満があったのです。僕ら少数の声は粉業界になかなか届かなくて、強力粉を混ぜて代用していました。KSCのメインは焼き菓子ですから、何とか焼き菓子に適した小麦粉が欲しかった。開発の担当者に話したら理解していただき、専用の粉の開発につながったんです。

山田 パッケージですが、一般的な業務用は25キロですが、使い勝手やスペースを考えて10キロにしました。

八木 マーケットのニーズに寄り添っています。パティシエは女性が増えてきていますので、男性でも結構重い25キロですので、10キロは歓迎されますよ。

○2012年の取り組み
 2つの新たなチャレンジ

竹中 東日本大震災を経験して、皆さんが本業でKSCを応援してくださっているように、このプロジェクトで被災地に何か支援はできないかと考えました。被災された福祉施設や作業所でお菓子作りをやっているチャレンジドたちに、KSCの超一流のパティシエと出会ってもらって、チャレンジドたち自身が美味しいものを届ける人になってくれたら、本人も元気になるし、周りの人たちも元気になると考え、皆さんに相談したら即やりましょうと言ってくれたんです。日清製粉さんの関連会社である東北石川食料株式会社(仙台市若林区)の地震で全壊した工場が5月に再建されるので、そこを会場に使わせてもらえることになりました。しかも、本来はパンや麺を主体とした加工センターなんですが、洋菓子にも対応できるようにしてくれるという、うれしい話なんです。すべての条件が揃って仙台でKSC開催ができるようになりました。

 それと、スウィーツ好きな方々にKSCを知ってもらい、販路を開拓するための取り組みを開始します。そのひとつとなるのが、講師の野澤孝彦パティシエのお店「Neues(ノイエス)」(東京・赤坂)に置いていただくことになりました。

八木 自分たちで作った商品を自分たちで売ることが最終目標になりますが、それには材料の仕入れから保管、販売、賞味期限の管理といった食品衛生法や法令面の対応など、まわりの支援がないとできないことがあります。一人で何でもできる必要はなく、障がいに合った働きをして、チームが最大の結果を得られるようにする。これも自立だと考えているので、チャレンジドそれぞれに合った自立の形態を生み出していきたいと考えています。

竹中 5年目にして新たな挑戦が始まります。どうぞよろしくお願いいたします。

八木・山田 もちろんです。

●KSCの"超一流"パティシエ講師陣

西川功晃 氏 神戸「サ・マーシュ」シェフ(兵庫県)
永井紀之 氏 フランス菓子「ノリエット」シェフ(東京都)
野澤孝彦 氏 ウィーン菓子「コンディトライ ノイエス」シェフ(東京都)
近藤冬子 氏 洋菓子教室・注文菓子専門店「ラ・シュエット」シェフ(東京都)
白岩忠志 氏 ショコラティエ「ラ・ピエール・ブランシュ」シェフ(兵庫県)
田中千尋 氏 パティスリー「カフェタナカ」シェフ(愛知県)
原 富彦 氏 「名古屋東急ホテル」シェフパティシエ(愛知県)
井上 孝 氏 「西日本調理製菓専門学校」洋菓子講師(岡山県)
相墨一彦 氏 「修文大学短期大学部」生活文化学科講師(愛知県)

※2 ECRITURE:文体という意味のフランス語。日清製粉はパティシエそれぞれの技(=文体)を“表現”するという意味を込めている。

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