朝日新聞 2010年7月9日より転載

Opinion 耕論

2010参院選 「強い社会保障」って?

ハンディある人も支える側に

社会福祉法人プロップ・ステーション理事長
竹中 ナミさん


1948年生まれ。重度心身障害の娘を授かったことをきっかけに障害者の就労支援に携わる。著書に「ラッキーウーマン」など。=麻生健撮影

 管直人首相が言う「強い社会保障」という言葉自体に違和感があります。強い経済、強い財政はともかく、社会保障に「強い」という言葉はあまりなじまない。中身についても全然説明してくれへん。「強い」っていうからには「今までは弱かった」っていうことでしょう。どこが弱くてどう強くするのか、せめてそれぐらいは言わないと有権者を納得させられないでしょう。

■安定政権で柱を

 私は阪神大震災以降、いろいろな政府の審議会や会議に出ていますが、小泉政権後は総理か代わるたびにスタッフも担当部局も代わって、多くの議論が一からやり直し。私もそのたびに最初から説明せんとあかんようになる。

 国のトップがころころ代わるのは、国民の生活にとってすごいマイナスのはず。とりわけ社会保障のように人の一生にかかわる長期の問題は、安定した政権の下できちっとした柱を決めないといけないし、必要なことは政権が代わっても継続していくべきです。

 例えば、障害者自立支援法については、民主党政権になって廃止が決まりました。私はあの法律をすべて肯定するつもりはないけど、チャレンジド(障害者)への就労支援を入れたことは、すごく評価していた。全否定されたのはとても残念です。

 6月22日にあった、自立支援法に代わる新しい法律を議論する会議をインターネットの動画で見ました。厚生労働省の山井和則政務官は「非常に厳しい財政条件の中で、社会保障のみならず、すべての予算について厳しい姿勢で挑む」と冒頭あいさつしただけで中座しようとして、出席者の激しい批判を浴びていました。

 民主党も野党でいる間は与党をつついて「自立支援法はおかしい。もっといい福祉ができるはずや」って言うてたけど、いざ自分がやってみたら財源の裏づけはないし、「難しい」ってすぐに分かったんでしょう。

 社会保障にはお金がかかります。本当に支えられるだけの人、というのは極めて少数でないと社会保障は維持できません。私自身がイメージする社会保障のあり方は、「循環する社会保障です。支えられる側が1人でも多く支える側に回って、経済や社会保障に貢献する。弱者に手当てをするのではなく、弱者を弱者でなくするのが社会保障だと思っているんです。

 私たちは意欲のあるチャレンジドがパソコンや製菓の技術を学び、スキルアップすることを通じて、タックスペイヤー(納税者)になってもらうことを目指しています。講師はほとんどがボランティアですが、プロの健常者が講義を受けたがるような一流の人が集まっています。その代わり講義の内容は厳しい。企業が戦力と見なせる人、自ら起業できる人、在宅で就労できる人を育てるのが目標ですから。しっかりとスキルを磨けば、ずっとベッドの上でも働ける人が生まれてきます。

 あえて「チャレンジド」と呼ぶのは「障害者、障がい者」という言葉には「その人に何かを期待する」イメージが全くないからです。年金を受け取ったり介護を受けたりしている高齢者や子育て中の女性も、社会に支えられながらも、環境が整えば社会を支える側に回る力を秘めています。支えられる側の人がどんどん支える側になって初めて、本当に必要なセーフティーネットのための財政的な裏づけもできる。

■補助金より仕事

 でも、政府の会議では社会保障の話になった途端に「どうやって財源を確保しよう」「弱者にどう分配しよう」という話になりがちで、「多くの人をタックスペイヤーに」という視点はない。だから私は「補助金よりも仕事をくれ!」って言い続けてきました。

 社会保障で経済成長を、という議論もあります。学者のいろいろな意見を聞くと、それぞれが正しいように思えて、どれが正しいか分からなくなる。でも、支えられる側が支える側に回れば、その分、働き手も増えて経済もよくなるのは確かや、と思うんです。

 それに、今まで「何もできない」と思われていた人たちが、自分の力でお金を得て「他人に期待される人生」に踏み出すことが、何千億円を稼ぐよりも、ずっと世の中を元気にするかもしれない。他人に期待されない人生ほど、むなしいものはないですから。

 国がこれまですごくお金をかけて社会保障をやってきたのに、みんながあまり幸せになれた気がしないのは、こういう視点が欠けていたからだと思うんです。国が「社会保障ってこんなもんや」とか「人を幸せにするというのはこういうことだ」というのを決めて制度をつくり、それに基づいて本人にお金を配ったり、事業者に補助金を配ったり、というやり方をしてきた。

 でも、私たち「プロップ」は運営に補助金がない法人としてやってきました。政府の補助金の対象にならなくても「こういうことが必要やろう」と思ってやってきた。それを多くの人がボランティアをしたり、寄付金を出したりして支えてくれた。その人たちにできるお返しは、「自分たちが支援、参画したことでプラスの結果が出た」と実感してもらい、「世の中が良くなっていくかも」というワクワク感を味わってもらうことだけです。

 国レベルの社会保障でも、ずっと続けるには、自分が払った保険料や税金が社会の問題の単なる穴埋めになるのでなく、「生きたお金になる」という実感が大事。そのためには国がつくった既存のシステムと、「支えられる側を支える側に」という現場で生み出された社会保障とが混じり合って新しいものにしていかないと。そうして初めて「循環する社会保障」が実現できると思います。  (聞き手太田啓之)

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