読売新聞 4月9日より

ユニバーサル社会の実現を目指すシンポジウム

「ユニバーサル社会の実現を目指すシンポジウム」(主催=読売新聞東京本社、社会福祉法人プロップ・ステーション)が都内で開かれ、政界、経済界の幹部や一般市民ら約250人が参加した。すべての人がいきいきと暮らせる社会についての講演や議論の後、超党派での制定が期待されている「ユニバーサル社会基本法」の趣旨が発表された。(司会進行は竹中ナミ・プロップ・ステーション理事長)

  • * ユニバーサル社会
    年齢、性別、障害の有無などにかかわりなく、誰もが暮らしやすい社会のこと。誰でも使いやすいユニバーサルデザインの理念を社会全体に拡大した。障害者のバリア排除に重点を置いた「バリアフリー」に対し、より普遍的な価値の実現を目指している。

日本全体を明るく

福田首相のあいさつ 「少子高齢化が進む中、わが国は女性、高齢者、障害者が持てる力を発揮できるよう、全員参加型社会に変わっていく必要がある。子育て中の父母を地域のお年寄りが助けることで、悩みが解消され、子育ての喜びを共有できる。一生懸命、楽しそうに働くチャレンジド(障害者)の姿に、周りが勇気づけられている。これがきっかけとなって、日本全体が明るく元気になれば素晴らしい」(ビデオメッセージ)

民主党も協力する

鳩山由紀夫・民主党幹事長のあいさつ 「ユニバーサル社会の基本法を作りたいという考えを、自民党、公明党がはぐくんできた。民主党も考え方は同感で、遅ればせではあるが大いに協力したい。自立と共生の社会は、友愛の社会。一人一人が尊厳を持って暮らすことができ、一人一人が能力で生かされる。このような理念に基づいた基本法の制定に、万感の思いで協力したい」

働く障害者、高度技術で支援


基調講演
ダイナー・コーエン 氏
米国防総省コンピューター・
電子調整プログラム理事長

米国防総省が1990年に創設した「コンピューター・電子調整プログラム(CAP)」は、高度のコンピューター技術を駆使し、重い障害がある人が、障害のない人と同じようにパソコンを使い、働けるよう支援する仕組みだ。現在、65の連邦政府機関に支援を提供している。

障害者一人一人のニーズを調べ、障害を補う技術を探し出す。次に、その技術を使い仕事ができる水準まで訓練する。採用時だけでなく、昇進し、その後も働き続けられるよう支援を続ける。支援実績は6万1000件を超え、その大半が、障害者として雇った人ではなく、謙譲だった人が後で障害を持ったケースだ。

同時多発テロで手を失った国防総省の女性職員は、音声を認識する装置の付いたコンピューターを使い、働き続けている。話すことも歩くことも、手を使うこともできない重度障害を負った傷痍しょうい軍人も仕事を続けている。

世界中で、労働人口が高齢化している。10年もたてば、職場で誰かが病気や事故で障害者になる。障害を持ったからといって、能力にあふれる人たちが有効に生かされない社会にしてはいけない。米国では、仕事で負傷しても引き続き働いてもらうのが基本姿勢だ。労災補償で2万9000ドル(約290万円)払わなくてはいけない場合でも、CAPなら500ドル(約5万円)程度ですむ。

日本でも、CAPのような方法を導入すれば、障害を持った人も働き続けることができる。これは、障害の問題ではなく、管理のあり方の問題だ。きちんとできれば有能な人に長く勤めてもらえ、いいビジネスにつながる。障害の有無にかかわらず働ける「ユニバーサル社会」を、ぜひ日本で実現していただきたい。

基本法制定で暮らしやすく


石破 茂(いしばしげる) 氏
防衛相
何らかの「実利」も必要


大平 光代(おおひらみつよ) 氏
弁護士
障害と決めつけぬ心を


浜四津 敏子(はまよつとしこ) 氏
公明党代表代行
国による違いなくそう


紀陸 孝(きりくたかし) 氏
日本経済団体連合会専務理事
全員参加型 あるべき姿

竹中 ユニバーサル社会とのかかわりをうかがいたい。

浜四津 ユニバーサル社会を実現する法律を作ろうと思い立ったが、最初はドン・キホーテのような心境だった。2003年に与党内にプロジェクトチームを作り、04年には、参議院でユニバーサル社会の実現を目指す決議がなされた。一歩一歩、水かさを増してきた。日本の国を、誰もが幸せに生きられる社会にするためにも、法律が必要。法律ができれば、社会の現実は後からついてくる。

大平 1年半前に生まれた娘には、ダウン症という障害があるが、せっかく生まれてきたのだから、少しでも社会の役に立つような人間になってほしい。ダウン症は、染色体検査で出生前に分かるので、「いらない命」として葬り去られてしまうこともある。だが、「いらない命なんてないんだよ」と、娘を通して世の中に訴えたい。誰もが役に立てる社会を実現することは、日本がよくなることでもある。

石破 かつて、衆議院運輸委員会で交通バリアフリー法の審議にかかわり、これをきっかけに、自民党内にバリアフリー推進議連、ユニバーサル社会推進議連を作った。米国は、「国民一人一人が、誇りを持って生きることが国防の第一歩」という理念のもと、国防総省が真っ先に、障害者の雇用に取り組んでいることがすごい。ユニバーサル社会を作ることと国を守ることは、通じることが多い。

紀陸 労働力の供給が減ってくる中、障害者はもちろん、若い人、女性、高齢者を含め、全員参加型の社会こそ、あるべき姿だ。日本経団連は昨年1月、「希望の国、日本」というビジョンの中で、全員参加型社会を作ろうという提言をした。情報技術(IT)を活用して在宅で仕事をするなど、様々な働き方を通じて雇用の枠を広げたい。

コーエン 米国でも、多くの企業が、障害者を雇うにはコストがかかると思って最初は及び腰になる。だが、実際に雇用してみると、むしろ利益を得られるとわかる。長寿社会では誰もが障害者になる可能性がある。ユニバーサル社会は、障害を持たない人たちにも利益をもたらす。

紀陸 企業の社会的責任が強く言われる中、障害者を雇用する意欲はかつてに比べ相当強くなっているが、技術や技能の育成が難しい問題だ。福祉の側、つまり授産施設で、技能を上げる機会を増やすことも必要だが、企業の方も、トライアル雇用の場を作るなど、技術レベルを上げていく努力が求められている。

竹中 障害がある人がベッドの上にいても、家族の介護を受けていても、能力を生かして仕事をするには技術・能力を磨くことが不可欠。その機会を広げていくことは、とても重要だ。

大平 障害とは、そういう人たちを障害者と決めつける心にある。大人になってから意識を変えようとしても難しい。子どもたちが物心つくころから、世の中にはいろいろな人がいること、ハンデのある人も同じ人間だということを実感できる教育環境を、国は作ってほしい。

浜四津 歌手で画家、作家としても活躍するスウェーデンのレーナ・マリアさんは、両腕がなく、左足は右足の半分しかないが、「私は障害を持って生まれて良かった。スウェーデンに生まれてよかった」と言っている。他の人と変わらない価値を持ち、やろうと思えば何でもできると言われて育ってきた。学校でも社会でも、激励はされたが、差別はされなかったという。生まれる国によって、幸不幸が決まるのだと思う。

石破 ユニバーサル社会の実現には、何らかの「実利」が必要だ。アメリカでは、失明した士官であっても働ける。もし退職させてしまったら、かえって高い金を払わなくてはいけない。働ければ、その分が浮く。実利というといやらしく聞こえるかも知れないが、こうした考え方も必要だ。

竹中 私には35歳の娘がいて、重症心身障害を持っている。彼女を残して安心して死ねるには、一人でもたくさんの人が彼女のような人を支えてくれる社会にしなければと思う。

コーエン 法律と皆さんのエネルギーがあれば、日本を必ずユニバーサルな社会にでき、この国は大きく変わると信じている。

ユニバーサル社会基本法の趣旨(抜粋)

格差、少子化問題、ストレスフルな職場、家族や地域のきずなの弱体化など問題が山積している。様々な国際ランキングでも日本の地位が低下している。

日本が元気になるには、一人一人が自身と誇りを持って暮らすことが必要だ。

年齢、性別、障害の有無などにかかわりなく、誰もが個性や能力を認められ、異なる個性や能力を持つものが力を合わせることで、誰もが暮らしやすく、しなやかで強い地域や職場を作り出すことが可能となる。

誰もが住みよく暮らしやすい真の意味で強くやさしい社会を我々は「ユニバーサル社会」と呼びたい。我が国の少子高齢化は今後ますます加速する。「ユニバーサル社会」の形成は喫緊の課題だ。

人は、だれもが年をとる。障害を持ち、心を病む可能性を持つ。この問題は「他人事」ではなく、今の自分、将来の自分、自分の子供たちの住みやすい社会づくりの問題だ。

次のことを目指して「ユニバーサル社会基本法」を早急に制定することを提案する。

一、国民一人一人が個性や能力を生かして活躍できる環境を整備して個人を元気にしよう。

一、個性や能力の違う個人が助け合うことにより生きやすい、暮らしやすい環境を生み出し、地域や職場を元気にしよう。

一、個人と地域や職場が元気になることにより日本を元気にしよう。

この特集は、社会保障部の服部真と安田武晴が担当しました。

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