読売新聞 10月17日夕刊より転載

障害者福祉 最前線 セミナー報告 下

働くことが暮らしの基本

稼げても 稼げなくても

■パネリスト
社会福祉法人「訪問の家」(横浜市)  理事長  日浦美智江さん
社会福祉法人 「プロップ・ステーション」(神戸市)  理事長  竹中ナミさん
社会福祉法人  [あおぞら共生会](川崎市)  副理事長  明石洋子さん
川崎市職員  明石徹之さん  
■コーディネーター
慶大教授  浅野史郎さん

 障害のある人たちが自立した生活を送るためには、働くことが欠かせない。 「福祉のトッブセミナーin雲仙2007」(南高愛隣会、読売新聞社共催) のメーンとなるパネル討論では、就労支援をテーマに熱い思いがぶつかり 合った。(安田武晴)

軍事技術

 パネル討論では、まず、高度なパソコン技術を教えて障害者を就労に結びつける活動に取り組んでいる竹中さんが、米国の国防総省の取り組みを紹介。軍事技術を転用した高度なIT(情報技術)機器を提供し、多くの重度障害者が行政機関や企業で活躍していると述べた。

 竹中さんは、「日本も少子高齢化社会で、支え手は減る一方。障害者を弱者のままにしておくことは、社会全体にとってマイナスだ」と力を込めた。

 竹中さんの活動理念は「障害者を納税者に」。そのスローガンを実現したのが、次に発言した明石さん親子だ。障害があっても、適切な訓練や支援があれば普通に働けることを、見事に証明した。

パネリストの写真
活発に意見を交わすパネリスト(長崎県島原市で)=中司雅信撮影

障害を生かす

 明石洋子さんの長男で公務員の徹之さん(34)は重い知的障害と自閉症を持つ。公務員になりたいと希望する徹之さんと二人三脚で奮闘。徹之さんは、定時制高校在学中の19歳の時、健常者と同じ川崎市の職員採用試験に合格した。

 「障害者の特性をマイナスととらえず、逆に利用しょうと考えた」と洋子さん。徹之さんは、幼いころから他人の家に勝手に上がり込んでトイレの水を流したりするなど、水への強いこだわりがあった。このこだわりを利用し、風呂やトイレの掃除を教えた。目で繰り返し見て覚えることが得意という長所も見逃さず、計算や漢字の練習をしたという。

 現在は、老人福祉センターで清掃業務を担当。会話は苦手だが、手順書を確認しながら作業をすれば、丁寧に仕事をこなすことができる。6年前、貯金を頭金にローンを組み、マンションを購入した。「次の夢は結婚です。もう子供の名前も決めてあります」と、徹之さんは壇上で意欲を見せた。

重度の障害

 ここで浅野さんが、「どんなに障害が重くても、働くことができるだろうか?」と問題提起。重症心身障害者の支援活動を行っている日浦さんが笞えた。

 日浦さんが支援している人たちは、働いて稼ぐことは難しい。だが、「社会に対して立派に役割を果たしている」と強調した。

 日浦さんの法人は、常に地域を巻き込みながら活動を展開している,住民だけてなく、学生ボランティアや企業との交流も盛んだ。学生たちは、「みんなの笑顔が見たいので、応援し続けたい」と言ってくれる。障害者の雇用に力を入れている地元企業も、「交流のおかげで、人に優しい社風ができた」と喜んでいるという。

 日浦さんは、「お金を稼ぐことだけがすべてではない。障害は重くても、多くの人に喜びを与えている。こうした豊かな生活を送れるよう、私たちはこれからも支援を続けていきたい」と語った。

本人も周囲も豊かになれる

 日本には700万人を超える障害者がいるが、障害の種類も程度も様々だ。障害 のない人と同じように働ける人がいる一方、ほとんどが寝たきりの人もいる。だが どんなに障害が重くても働いたり、社会参加したりすることで、本人も周囲も豊か になれる福祉関係者は、こうした根幹を忘れずに支援すべきだ。登壇したトップた ちの発言から、そんなメッセージを感じた。

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