朝日新聞 2007年1月23日より転載

朝日・大学 パートナーズシンポ

IT その光と陰

ITを地域に活かす ― 安全・安心・元気なまちづくり

朝日・大学 パートナーズシンポ

ITを地域に活(い)かす――安全・安心・元気なまちづくり」をテーマに、朝日・大学パートナーズシンポジウム(摂南大、朝日新聞社共催)が13日、大阪市北区のハービスHALLで開かれた。雇用の創設や災害支援、防犯、まちづくりなどに役立つIT活用の事例が報告されたほか、ITをめぐる陰の部分についても討論された。

(コーディネーターは中村正憲・朝日新聞論説委員)

進む技術 遅れる法整備

摂南大経営情報学部長
島田 達巳氏

しまだ・たつみ 経営情報システム論。総務省や大阪府の情報化に関する委員を歴任。67歳。

コンピューターとは、約40年前の真空管の時代からかかわってきた。当初、ITは専門家のものだったが、ここ10年でまるっきり変わった。携帯電話に見られるようにコミュニケーションの道具となり、大きく化ける可能性がある。

ITの進歩は社会の変化を加速させるが、一方で技術進歩が速すぎて法律や制度が追いついていない。プログを通じて仕事以外でも子育てなどのコミュニティーづくりに役立っているが、ウイルスや迷惑メール、掲示板が名誉棄損に使われるなどの問題もあり、光と陰の両方の側面があることにも注意が必要だ。

ITを元気なまちづくりに役立てている自治体がある。徳島県の上勝町は葉っぱを宝に変えた町で有名だ。日本料理に添えられる葉っぱ「つまもの」をITを活用してビジネスにし、全国シェアは実に70%を占める。高齢者も使える専用の端末を用意し、年収1千万円を稼ぐ人もいるという。

また、摂南大では全国の自治体を対象に情報化について毎年評価しているが、いつも上位にくるのが岩手県柴波町。町のホームページは子ども用、主婦用、高齢者用の3つの入り口がある。「結(ゆい)で協働のまちづくり」を掲げ、情報公開にも積極的だ。千葉県市川市は市民参画型行政を目指し、ネットを使ったモニター制度を採り入れる。双方向の意見交換によって住民参加のレベルを上げることができ、民主主義の実現につながる。

基調講演 住民主体の社会に

早大大学院教授
北川 正恭氏

きたがわ・まさやす 前三重県知事。選挙で政策や財源を約束するマニフェストを提言。62歳。

戦後60年間で築き上げてきた経済の論理は、「機械に使われやすい子」を育てようという思想を生んだ。一番便利なのは偏差値教育。百点満点のうち「まんべんなく80点をとればいい」というのは、産業革命から出てきた考え方ではないか。

だが、この考え方では1万点を取る個性は育たない。産業革命から情報革命の社会への大転換が必要になる。行政などのサブライ(供給)サイトに任せるのではなく、住民自らが主体となる社会への変革だ。

私が衆院議員に当選した80年代は情報化がスタートした時代だった。01年からは「e(イー)−ジャパン戦略」で大容量で高速のインフラ整備がなされ、ソフトも発達してきた。住民の生活向上のため、これはさらに徹底的にやるべきだ。

先進国の一員である日本はITの時代は避けられない。ただ、個人情報をどう保護するか、高齢者と若者や地域間の格差はどうするか、学校や社会人の教育はどうするか、安全安心なネットワークをつくるにはまだ課題も多い。

自動車ができてもう100年になるが、今でも環境への負荷や事故という問題は解決していない。ましてやITはまだ草創期だ。情報を瞬時に伝えるが、悪い情報も伝える。負の側面にも目を向けないと、逆に進歩の加速度は遅れてしまう。

投票率の低下が都市化のせいにされることがあるが、大事なのは住民の参加する意識だ。時間や空間を超えて、情報が双方向に瞬時に伝わるITは、民主主義をつくる力になるが、意識がひとまかせのままでは何にもならない。「住民の住民による住民ための政治」を作り上げることが必要だ。行政に任せておけるか、という高い志がある地域がこれから勝つことになる。

有害情報から子ども守ろう


討論するパネリストたち=大阪市北区で、伊ヶ崎忍撮影

中村 様々な現場でITが活用されていることはよくわかった。しかしバラ色の夢ばかりを振りまいていいのだろうか。登下校中に、子どもが発信装置を付ける社会は健全だろうか。

松永 はっきり言えば、健全ではない。しかし、ITがこれだけ発展している以上、避けて通れない。

中村 竹中さんの「障害者を納税者に」という主張は印象的だった。

竹中 欧米では省庁や企業のトップとして活躍する障害者もいる。米国では障害者を「挑戦という資格を持つ人」の意で「チャレンジド」と呼んでいる。一方、日本では「気の毒だから手助けするべき人」といった考え方が根強い。ITの活用で自立してきたチャレンジドたちの力を認め、どう社会に生かしていくかが課題だ。

中村 高齢者の間に、ITを活用できる人とできない人の格差が広がっているのでは。

桑原 インターネットは得意だが人とのコミュニケーションは苦手な人がいたり、その逆の人がいたりする。お互いが支え合うことが必要だ。中越地震の被災地では、インターネット上の地震情報を紙に印刷して全戸に配った例もあった。

竹中 電子メールは仕事に不可欠だが、知らないところで勝手に自分の名前を使われて怖いこともある。道具をどのように使うのか、人間の知恵が試されている。

松永 これまで、人は様々な困難を乗り越えてきた。コンピューターとネットワークの未来はもっといいものだと確信している。知恵と努力で問題を改善し、さらなる挑戦を続けたい。

中村 竹中さんは阪神淡路大震災で被災されたが、そのときにもプロップ・ステーションが活躍したと聞いた。

竹中 「パソコンボランティア」というジャンルがあるが、その第1号は、プロップの仲間たちだ。最初、パソコン通信で安否情報を流した。次に、弁当を配っている場所や、車いすで入れる銭湯などの情報を流した。「養護学校でおむつが足りないらしい」という仲間のメールが転々と流れ、メーカーからおむつが届いたこともあった。パソコンという冷たい箱みたいな機械の向こうに、確実に人がいる、ということに気づいた。

島田 ITはとても便利だが、使い方によっては怖い。有害情報から子どもを守るためにフィルタリング機能の充実を第一にやるべきだろう。匿名性の是非も絶えず議論になる。サーバーが海外にある場合、日本の警察は手に負えない。いずれ何らかの本人確認が必要になるのではないか。中高年の方にどうITに接してもらうかも課題といえる。

プログ使い被災情報発信

ながおか生活情報交流ねっと理事長
桑原 眞二氏

くわはら・じんじ IT関連会社員。NPOでまちづくりや情報化を支援。48歳。

私たちのNPO法人は、まちづくりの立場から、農業体験などのグリーンツーリズム事業をITで流すなどの活動を続けていた。03年ごろ、プログという便利なツールに出合って情報発信を始めた矢先、04年に新潟県で大水害が起きた。

各地で大きな被害が出たが、中之島町(現長岡市)からは情報が上がってこない。「役場が水につかって情報発信できなくなっている」と仲間に聞き、パソコンを担いで町に入り、行政の代わりに災害情報を発信した。中越地震のときも、山古志村(現長岡市)などの情報を発信した。

最近は地域SNSという便利なものもできた。コミュニティー型のサイトで、匿名か実名かも自由に設定できる。一般的な掲示板より匿名性が低く信頼性も高いため、災害時に活躍できる。記事が検索エンジンの対象になる点でも画期的だ。こうしたツールを一般に広く知ってもらうことが、ITの活用につながる。

障害者の社会貢献に寄与

社福法人プロップ・ステーション理事長
竹中 ナミ氏

たけなか・なみ ITを活用し、障害者の自立と社会参画を支援。58歳。

重い障害を持ち自宅や病院のベッドにいる人々が、コンピューターで自ら社会に貢献できる方法を探る。そんな活動を支援する組織を91年に発足させた。学んだことを仕事に発展させ、納税者として社会を支える側になることを目指す人々が集まっている。

34歳になる長女には重症心身障害がある。彼女を支えてくれる人が世の中に一人でも増えてくれれば、と考えたことが活動のきっかけだった。

ある全身まひの男性は、口にくわえた棒を使ってコンピュータープログラムができる。マイクロソフト社が投資するほどだ。筋肉の難病を抱える男性は、自宅にいながら、インターネットのテレビ会議を利用して、遠隔地にいる公務員やビジネスマンらにコンピューターを教える事業を始める。

ITを活用することで、ともに働いたり支え合ったりして地域をつくっていく世の中になるように今後も活動を続けたい。

防犯への活用なお検証を

摂南大経営情報学部教授
松永 公廣氏

まつなが・きみひろ 教育システム学。学校での情報教育に詳しい。59歳。

子どもと人に安全・安心なまちづくりについて、地域とITの調和の観点から話したい。

今の時代、道路の発達により、たくさんの人が地域に入り込み、一方で隣の人のこともよく知らない状況にある。では、どう対処すべきか、例えば総務省ではインターネットを活用した「地域安心安全情報共有システム」の構築に取り組んでいる。

警察や消防からの情報だけでなく、保護者やボランティアといった住民たちが携帯やパソコンを使って互いに情報を出し合い安全を確保する。

ITによる速やかな情報伝達の事例として、大阪府警の犯罪発生マップや、不審者情報などをメールで知らせる「安(あん)まちメール」がある。また、全地球即位システム(GPS)機能付きの携帯を使って子どもの位置確認ができるシステムの実証実験も行われている。だが、ITが安心、安全のうえで機能しているかは検証が必要だ。

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