神戸新聞 2006年2月10日より転載

市場主義から決別を

関西財界セミナー

「めざすべきこの国のあり方」をテーマに京都市で始まった関西財界セミナーは9日、「構造改革」「企業価値の向上」「魅力的な地域づくり」などの7分科会で論議が進められた。ライブドア事件をきっかけに"マネー資本主義"が厳しく問われる中、「会社は誰のものか」をめぐって議論が白熱。株主だけでなく従業員や顧客、地域を見据えた日本的経営の強みを再評価する声が目立った。また、市場原理主義を基本に据えた小泉構造改革にも批判的な意見が相次いだ。

障害者に就労の場必要

地域づくり

住み、働き、訪れたくなるまちをつくるためには何が必要なのか―。分科会では、都市機能のあり方や道州制など自治体の枠組み、さらには治安や雇用維持に至るまで、地域づくりに関する幅広い論議が交わされた。

財界セミナー初参加の竹中ナミ・プロップ・ステーション理事長は「チャレンジド(障害のある人)や高齢者が、元気と誇りを持って働ける国に」と題して報告。補助金ではなく障害のある人らが働いて納税者になれる国に―と訴え続ける活動を通じ、「民の力が官を動かすと実感する一方で、縦割り行政の弊害も痛感した」と述べた。

横浜のまちづくりの事例を紹介したのは、横浜市参与の北沢猛・東京大教授。行政が遊休地を借り上げて芸術家らに開放するなど、文化が生まれて定着するまちを目指して、官民が協力していることなどを紹介した。

「安全安心を考える」がテーマの論議では、大阪・ミナミのまちで市民が団結し、風俗案内店の規制条例制定につなげたした事例が報告された。道州制についての議論では、「関西は第二首都の素質はあるが、中核となる大阪の財政が厳しい」との指摘も。「モノづくりなどの企業誘致を積極的に進めなければいけない」との声も上がった。「州政府は梅田の北ヤードがよい」といったユニークな"構想"も飛び出した。

(白倉麻子)

日本的経営の強み評価

企業の合併・買収

「企業価値の向上と企業の持続的発展」をテーマに議論した分科会では、阪急ホールディングス(大阪市)の大株主となり、宝塚歌劇団などの管理会社の設立・上場を提案している松村謙三・プリヴェチューリッヒ企業再生グループ社長が登壇。阪急側の防衛策を指南する佐山展生・一橋大大学院教授との"対決"に注目が集まった。

松村社長は「株主全員が良くなる形で企業価値を上げたい」と友好的株主という立場を強調した。

しかし、出席者からは「保有株式が5%を超えて、突然、目の前に現れるのは友好的には見えない」「短期的な利益を追求しないというが、どのくらいまで株式を保有するつもりか」と、相次ぎ追及の声があがった。佐山教授も「経営陣に『もう買わないでくれ』と言われた後も、株式を買い増すのか」と詰め寄ったが、議長役の井上礼之・ダイキン工業会長が「あとは場外でやってください」と議論の幕を引いた。

このほか「株主優先の米国型資本主義、利害関係者重視のヨーロッパ型資本主義がある。(双方を内包する)日本独自の資本主義を築いていくべきだ」(井澤吉幸・三井物産常務執行役員)との問題提起も。他の参加者からは「どんな人に株を持ってもらいたいか、経営者が意思表明しないといけない」と、反省する経営者もあった。

さらに「日本的経営の強み」をテーマにした議論では、家次恒・シスメックス社長が「海外での採用や企業の買収・統合により、新しい人材や技術が獲得でき、新たな相乗効果が生まれる」と次世代につながる日本企業の発展モデルを示した。

また、和田勇・積水ハウス社長は「地域づくりや環境保護など、社会的責任を果たすことが、消費者の信頼につながり、結果的に企業価値の向上になる」と強調した。

(藤嶋 亨、段 貴則)

[写真]
分科会で発言する岩田弘三・ロック・フィールド社長(中央)と竹中ナミ・プロップ・ステーション理事長(左端)ら―京都市、京都国際会館

新"玄関口"期待と不安

神戸空港の開港まで1週間となった9日、関西財界セミナーの参加者からは、新たな玄関口の誕生に期待を寄せる声と、採算を危ぶむ見方が交錯した。関西、大阪(伊丹)、神戸の関西3空港を「地域経済の起爆剤に」とする提案もあった。

神戸空港に対する経済人の声
家次 恒・シスメックス社長 航空需要が伸びる時期に絶好の装置を得た。
国定浩一・大阪学院大教授 とにかく使いましょうや。関西に3つもあるのは強み。
高須秀視・ローム取締役 3空港を結ぶアクセスの利便性を高めるべき。
村山 敦・関空会社社長 お互い採算性は厳しいが、すみ分けは十分できる。
キム・モーテンセン・デンマーク通商代表事務所長 何より好立地。成田便があればなお便利なのだが。
森 詳介・関西電力社長 他空港と差別化するなら午後10時以降も運用することだ。

国のあり方議論を

構造改革

小泉政権は構造改革により「小さな政府」の実現を、と言っているが、それは手段であって目的ではないはずー。議論は奥田務・大丸会長の問題提起で始まった。まず、どんな国を目指すのかを議論し、それを実現するための政府の在り方を考えるべきというのだ。

「再挑戦が可能な社会を」と主張したのは、神野直彦・東大大学院教授(財政学)。安全網である社会保障と、情報化社会で能力を発揮できるような教育投資を充実する必要があるとし、「目指すべきは、ほどよい大きさの政府。これ以上、政府を小さくすれば社会的危機が激化する」と述べた。

しかし、社会保障の「支え手」は少子高齢化で減る一方。危機感を反映して、一昨年の年金改革に批判が集中した。「保険料率アップなど単なる数合わせ」(岡本好央・住友信託銀行顧問)、「国の予想より人口減が早く始まり、改革の前提が崩れた。これでは国民は安心できない」(松本孝・三和実業社長)

年金など安全網の充実や見直しには、財源議論が不可欠だ。「消費税率アップは避けられない」との意見が相次ぐ中、国定浩一・大阪学院大教授は「これ以上の負担は我慢の限度を超えているとの声は多く、増税は難しいのでは」と話した。

議論は、国や地方の累積債務にも及んだ。土居丈朗・慶応大経済学部助教授(財政学)は「議論のたたき台として、税金の使い道が詳しく開示されるべき」と指摘。これに対し、巨額の財政赤字に苦しむ大阪市の柏木孝助役は「市民の理解を得るために、歳出の削減目標を数値化して公表しているのだが…」と答えるのに精いっぱいだった。

官僚主導の社会から脱却すべきという点では一致したが、目指す国家像についての議論が深まっていない現状が浮き彫りになった。「民と官が危機感を共有するところから始めよう」との発言がそれを象徴している。

(小林由佳)

地元参加者のひとこと

中規模都市発展考える

○…神戸、大阪、京都の3都市の連携が話題になった分科会で、「大規模でも過疎地でもない、中規模都市の発展戦略はどうあるべきか」と問題提起したのは、長谷川雄三・ヤヱガキ醗酵技術社長。姫路や加古川など、兵庫県内の人口30−50万人程度の市名を挙げた。会場から「どんなまちにも個性はある。それを伸ばして」と声が上がっていた。

「人間の時代」心づくり強調

○…「ものづくりも大切だが、これからは心づくりの時代になる」と強調したのは、岩田弘三・ロック・フィールド社長(神戸商工会議所副会頭)。同じ神戸出身の竹中ナミ・プロップ・ステーション理事長の「障害のある人たちが前向きに生き、自律できる社会に」との意見に共鳴。経済社会は混迷しているが、「今は人間の時代」ときっぱり。

神戸開催に期待膨らむ

○…熱心な財界セミナー参加で知られる下村俊子・神戸●(フウ=かぜかんむりに百)月堂会長は「神戸で開いた昨年より(兵庫からの)参加者が減ったのは残念…」。ダークスーツの財界人に混じって華やかな雰囲気で、神戸空港もアピールしたが、「大勢で参加し発言するのは地元経済人の責任」とちくり。「再びの神戸開催」も待ち遠しそうな様子だった。

経済発展には世界平和前提

○…「経済発展の大前提は世界が平和であること」と力説したのは新(あたらし)向一・神栄社長(神戸商工会議所副会頭)。「アジア発展の方向性」のテーマで報告し、「経済人は、平和と自由を守る"民間外交官"の役割がある」と述べ、共感を呼んだ。小泉首相の靖国参拝でアジア外交は行き詰まっているが、「お互いを尊重し合わないとね」。

兵庫の存在感来年は発揮を

○…「兵庫には多様な会社が集積しているのだが…」。水越浩士・神戸商工会議所会頭は、兵庫からの参加者54人のうち、会長を務める神戸製鋼所グループが5分の1を占めたことに、ちょっぴり複雑な表情。「一グループが突出するのは良くない。来年は多くの企業からの参加で兵庫の存在感を発揮したい」

産学連携の重要性痛感

○…「経営者が率直に本音をぶつけ合うセミナーは刺激的で、学ぶべき点が多い」と話すのは、山口喜弘・コベルコ科研社長。新産業創出をテーマにした分科会に参加し、産学連携の重要性をあらためて痛感したという。「時代の大きな変革期だけに、大学の"知"をうまく活用するのは、製造業にとって大きな戦略課題だ」と力を込めた。

自負心忘れず頑張っていく

○…「ものづくりメーカーとして、事業が地球規模で世の中の役に立っているという自負心を忘れずに頑張りたい」とは真玉(またま)洋一・神崎高級工機製作所専務。「(投資ファンドやライブドア事件などの)流れに乗った浮ついた議論ではなく、冷静に正しい経済活動のあるべき姿について議論できたのでは」と話していた。

難民学生に就学機会を

○…「人材育成と大学の使命」をテーマに話した平松一夫・関西学院大学長。具体的な取り組みとして、「難民学生を受け入れて国際貢献を果たそうと考えているのです」。日本の途上国支援は資金面に偏りがちだが、「就学の機会をつくり、人的な支援に力を入れたい」と力を込めていた。

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