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日刊建設産業新聞 2005年6月30日より転載

 

 
 
ユニバーサル社会の
実現に向けて
 
 

考え方を180度転換

 
 

国を活性化させる手段に

 

竹中ナミの写真

社会福祉法人
プロップ・ステーション理事長

竹中 ナミ氏

 わが国社会は、急速な高齢化と少子化が進行し、かつて経験したことのない人口減少を迎えようとしている。また、女性や障害者の社会参画が強く求められ、さらに、国際化の進む中で、ビジネス、観光など様々な領域で外国人のわが国との関わりが深まっている。こうした中、国土交通省は、21世紀の社会を変える社会資本整備について、「どこでも、だれでも、自由に、使いやすく」というユニバーサルデザインの考え方に基づいた国土交通行政を推進することとしている。ユニバーサル社会実現へ向けて国土交通省が推進している自律移動支援プロジェクトの推進委員会のメンバーでもあり、自らもユニバーサル社会実現に向けた活動を行っている社会福祉法人プロップ・ステーション理事長の竹中ナミさんにお話を伺った。


プロップ・ステーションの活動について

 プロップ・ステーションは発足して15年になります。ボランティア活動をしていましたが、98年に、日本で唯一、ITを活用して障害のある方々の社会参加や自立を支援する社会福祉法人として認可を受けました。私たちの特徴は、コンピュータネットワークなど、ITの活用によってチャレンジド(障害者)の人たちの社会参加などの力を引き出そうというもので、日本で初めての活動です。

 決して障害のある方たちに何かをしてあげることが目的ではありません。彼らが社会に何を成せるかが目的であって、彼らが社会に何ができるかというような世の中がユニバーサル社会だと思っています。その人がどんな状況にあっても、その人なりに力の発揮ができる社会をユニバーサル社会と呼びましょうという一つの前提をつくって、それに向けた各省庁にも一緒に動いて下さいとの働きかけを行っています。

 

わが国の現状について

 バリアフリーという概念はかなり広がってきていると思います。ここに段差があるから車いすの方とか、足腰の弱い人には大変だということで段差をなくしましょうと、そうした考え方はものすごく広がってきました。ところが、バリアフリーとユニバーサルの違うところは、段差を無くして、じゃあ、その人がその後何ができるかというところまで考えましょうというのが、ユニバーサル社会なのですね。

 それは意識の問題だけではなく、法律の問題とか、あるいはいろんな科学技術を使って可能にするというような部分もありますから、これが今からものすごく重要になってくるのかなと感じています。そういう意味で、国交省の進めている自律移動支援プロジェクトは、日本をユニバーサル社会にするためのものすごく大きな第一歩として期待しているところです。

 

アメリカのADA法(障害者差別法)に関する調査について

 3年くらい前から与党に「ユニバーサル社会の形成促進プロジェクトチーム」(野田聖子衆議院議員)が立ち上がり、各省をユニバーサルな政策に変えていくという勉強を行っています。PTの目的は、ユニバーサル社会基本法(仮称)を日本でもつくりたいということであって、その一環として、今回、アメリカのADA法を勉強することになりました。

 ADA法は、障害を持つアメリカ人も、障害を持たないアメリカ人と同じように社会に参画し、タックスペイヤー(納税者)となり、サクセスをつかんでいく平等の権利があるという法律です。
 アメリカは実は、ケネディ大統領の時代から公民権法ということで、人種の差別による職業差別をなくすこと、男女の差別をなくすというふうに、ずっと法律をつくり込んできました。それで、15年前に今のブッシュ大統領のお父さん、ブッシュ・シニアの時に制定されたのがこのADA法です。

 02年にはシニアの法律もできています。年齢による差別をなくす、つまり何歳になっても働く意欲のある人がそのチャンスをつかめる。日本はこれだけ高齢社会が進んできながら、まだ残念ながらそこまで踏み込めていません。だから、このままズルズルとゆっくりやっていると日本の経済は破綻してしまうことは目に見えているわけです。

 

アメリカに学ぶことは

 1つは、人の意識が、自分たちは多様な人たちと社会を構成しているのだから、当然のこととして多様な人たちと社会を動かしていく、発展させていかねばならないという考えがあります。しかも、多様であるけど個人が非常に大切なのですね。1人ひとりが大切で、その1人ひとりが多様だという考え方がアメリカのユニバーサルへ向かう出発になっています。

 地元の平均的な小学校を見てきましたが、様々な国の生徒が常に学んでいて、個人があって、家庭があって、地域があって、国家があり、社会があり、世界があるということを習っていくのです。個人があって当然社会があって国家がある、また、その逆もあって、それぞれが支えあっているのが当たり前、しかも他国籍であり、多様な人種であり、同時にいろんな障害のある人、ない人でいてということを自然に幼い時から学んでいくという仕組みをつくり上げているのです。それは困難なことであるけれど、それを共通の考え方を基にやろうと、法律も全部そちらに向けて整備をしているという部分は、これから日本が上手に取り入れていかなければいけないところだと思いました。

 これまでの日本の教育では、障害を持つ人を別けて教育してきました。一緒に学ぶのは無理ですという前提で、もちろん別けても一生懸命教育しますし、しかもそこには悪意はなく善意なのです。善意だからこそ逆に別けていることが当たり前になっていて、その結果、一緒に働くこともできないというような社会になってしまっているのです。

 これは考え方を少しずつではなく、一気に180度転換しなければいけない時期にきていると思います。それは何故かというと、日本の少子高齢化というのは世界一のスピードですから、今までのようにゆっくり融合しましょうとか、ボチボチといっていたら間に合わないのです。社会を支えるようという人より、支えられないと困るという人の方が増えるわけですから、一気に考え方をユニバーサルに考えて変えていかなければならないと思います。

 

国交省のユニバーサルデザイン政策大綱への期待

 私たちは、たくさんのチャレンジドの方と一緒に移動していて、例えば、移動1つとっても、何で私たちはここからここへスムーズに移動できるのに、この人たちと一緒に行きにくいのだろうということは日常茶飯事です。また、どこかの喫茶店に集まって打ち合わせしようと思っても、その喫茶店に入れないとかが日常茶飯事にあるわけです。

 こういうことを解決することは、個人でも努力したらコツコツ自分のまわりぐらいはできるだろうし、また、お店でも商店街に声を掛けたらその地域の商店街も何とかなるかもしれません。でも、この問題は今回、ある意味、世界中にあるわけですから、ここに着眼して何か新しい取り組みが始まれば、これは個人であっちこっちでバラバラやっているより、一気に広まっていくかもしれません。

 これまでの国土交通行政はどちらかというと、供給する側がどう供給するかという立場に立った施策だったと思います。今回、ユニバーサルデザイン政策大綱ということで、初めて、受ける側、ユーザー側の視点にたって、ユーザーとして自分が存在した時にどんなものが世の中に必要だろうということに着眼して始まった、しかもソフト的な取り組みです。国土交通行政としての大転換と思いますし、大いに期待しています。

 

ユニバーサル社会構築へ、今後の活動は

 まだまだこれは福祉の取り組みと考えている方々が多いと思います。福祉の話と言った瞬間に自分ではない、弱い誰かのためにと思ってしまいます。そうではなく、政府はビジット・ジャパン(グローバル観光戦略)という取り組みも行っていますが、国が元気になっていく、1人でもたくさんの人が社会へ出て行けるようにしよう、あるいは世界の各国から、日本語がわからなろうが、日本の地理がわからなくても、来て楽しく心地よく過ごしてもらえるようにしようということですから、まさに国を活性化させることの1つの方策なわけです。

 ところが、その部分が余りに伝わっていないのです。障害者の人も自由に動けるようにしましょうという部分はものすごく重要ですから、この部分は知っていただかないといけないのですが、どうしてもその部分ばかりがクローズアップされるので、自律移動支援プロジェクトにしても、あれは国交省がやる福祉的な取り組みと思われているのです。なぜ、今まで最も困難といわれた人たちを世の中に出てこられるようするのか、それはそうすることによってすべての人がこの社会で活躍でき、よき消費者になっていけるということを強く訴えたいと思っています。

 どうしても「障害者にとって親切なまち」みたいになってしまっていますが、そうではないのです。私たちは障害者をアメリカの新しい言葉で「チャレンジド」という言葉を使わせてもらっていますが、それは「for the challenged」ではなく、「by the challenged」なのです。彼らが行動することによって、おそらく日本は変わるし、その試金石なのです。

 私たちNPOができることはゼロのものを1にしたり、まあ10くらいまで。それをもっと大きなユーザーを対象にしようと思ったら企業になります。百とか千とか。ところが千を万にしていくとしたら行政の法律しかないわけです。法が制定され、執行される。そしてそこに不都合が生まれたら国民自身が自分たちの行動でここをこうしようといって法改正につなげていく。その環境が出来るのが自治国家だと思います。

 人の意識や法律というのは裏表。意識が変わって新たな法が生まれる。法が生まれるによってまた人の意識も変わっていく。それが上昇してスパイラルなるのが一番いいのでしょう。その上昇するバネに自律移動支援の取り組みがなされると思います。

 




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