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神戸シルバー人材センター 2004年講座より転載

 

 
 

ラッキーウーマン

 
 

〜マイナスこそプラスの種!〜

 
     

竹中ナミの写真
社会福祉法人
プロップ・ステーション理事長

竹中ナミ氏
IT技術を駆使し、重度の障害のある人達が在宅で働けるように支援するプロップ・ステーション。ナミねぇの愛称で慕われる理事長の竹中ナミさんは「障害者を納税者にできる日本」をスローガンに福祉活動に積極的にとりくんでいます。人は一人ひとり違う、だからマイナス部分ばかりにとらわれず、プラス部分に着目して、笑顔で充実した毎日を送りましょう…と熱く語ってくださいました。
働いて自立したいと願う
意欲ある重度障害者を支援

 私は障害をお持ちの方に、コンピューターやインターネットなど、IT(インフォメーションテクノロジー)と呼ばれる情報通信技術を駆使して、やりたいこと、やれることを世の中に発揮し、社会参加や社会進出しましょうという活動を行っています。パソコンセミナーを開催して働くために必要な専門技術を修得してもらい、それらの技術をいかせる仕事を仲介しています。もちろんセミナーに通ってこられない障害の重い方も大勢いらっしゃいますから、家にいながら学べるシステムを構築し、仕事も一人でこなすのではなく何名かで分担して仕上げるチーム制にしています。仲間の一人が急に体調を崩しても納期に遅れることなく、仕事ができる仕組みです。人に必要とされている、人の役に立っていることで生きる張り合いになると皆さんに喜んでいただいています。

 

パソコンが珍しかった時代
だけどITが可能性を広げた

 プロップ・ステーションは今から14年前の1991年に発足しました。当時は一般家庭にパソコンはなく、インターネットもまだあまり知られていませんでした。ところが今ではセミナー参加者は半年から1年で、HPの作成をはじめ、グラフィックデザインやデータベースの構築まで出来るようになります。すごいんです。昔、コンピューター機能に自身の未来をゆだねているんですね。

 会社発足時に全国の重度障害を持つ人たちにアンケートをお願いしました。回答して下さった人の8割が働きたいとの意欲を示され、そしてそのほとんどの方がコンピューターが役立つだろうという答。私達が始めようとしているIT事業のニーズに確信がもてました。

 IT技術に着目したもう一つの理由に、プロップ・ステーションを私といっしょに始めた青年の存在があります。彼は関西学院大学の高等部に通う優秀なラグビー選手で、将来は世界的なラガーマンになると期待されてきました。ところが高校3年のときの試合で頸椎を損傷、一命はとりとめたものの、自分の意思では左手の指先しか動かせない寝たきりの障害者になってしまうのです。ショックで自殺も考えたとか。だけど病院の屋上から飛び下りようにも首をつろうにも自分一人では出来ない。だからもうこれ以上、くよくよしないと決め、体は不自由だけれど、自分に唯一残された考える力を磨いて、働いて復帰したいと両親に告げたそうです。彼の両親も素晴らしい人達で、寝たきりの彼のたわ言と聞き流すのではなく、ならば応援するから家業を継げとおっしゃった。そうして彼は家業のマンション経営の勉強のためにさまざまな障害をのりこえて関西学院大学に入学、大学院まで進み、博士課程も修得して卒業し、家業を継ぐことになりました。

 彼は父親が試行錯誤の上に完成させた特殊仕様の電動車椅子を乗りこなし、イキイキと働き始めます。事務所のパソコンには大学で学んだ知識を生かしてマンション管理のためのデータベースを完璧に組み上げました。清掃などは地域の知的ハンディの人達と契約し、給料の支払いや税金処理もすべて彼一人でこなしているのです。「すごいやん、青年実業家だね!」と言いながら私はハッと気がつきました。介護が必要でかわいそうな人と思われていただろう彼が経営者として働いている。それを可能としたのが3つの要素でした。1つは本人の働きたいという意思。2つめは周りの人の応援。3つめはコンピューターなどの最新最高の科学技術。働きたいと願う障害者、応援したいと思う周りの人達は彼の他にも大勢いる。だから事業として展開するのに足りないIT技術に着目したわけです。

 

出来ないことの手助けではなく
出来ることに着目する福祉を

 今までの日本の福祉活動やボランティア活動は障害をもつ人の出来ないことに目を向け、手助けしてあげようという考えでした。行政の補助金制度や割引きなどもそうですね。親切にしようとか励ますことは別に悪いことではありません。しかし出来ないことだけに着目し、手助けしてあげようという福祉がずっと日本で行われてきた結果として、出来ることややりたいことには蓋をしていたのではないか。出来ないことではなく、その人が出来ることややりたいことに着目し、人の力と科学技術の力を組み合わせて、仕事がしたい人には働いてもらう。そんな福祉活動をやりたい。そう話すと彼は大きくうなずき、僕もいっしょにやるよと賛同してくれました。活動するグループ名は彼のラグビーポジションから取りました。支え合うという意味を持つ”プロップ”は私達の活動にぴったり。障害を持つ人は支えられ、障害を持たない人が支える、それが当然のように思われた従来の福祉には一線を画す活動をスタートさせたのです。

 

人は一人ひとりが違う
皆が安心して生きる未来を

 私には34歳の息子と31歳の娘がいます。下の娘は重症心身障害で視力、聴力その他多くの身体的障害があります。くわえて精神の障害もあり、接触拒否で抱くとパニックの発作を起こすんです。ところが長い年月をかけてですが、少しずつ彼女自身から体をすり寄せてくるようになりました。嬉しいですよ。上の息子が一年で出来たことを何十年もかけてやり遂げる成長のプロセスにとても感動します。人間ってすごい、そしてこんなにも一人ひとりが違う。生きるスピードも、できることも、何もかも違うということを彼女から教わり続けています。

 今、少子高齢化が問題視されています。あと15年も経たないうちに社会を支える人と支えられる人の数が逆転し、皆自分が生きていくことに必死になるでしょう。皆で支えあうという意識と経済の裏付けのある世の中にならないと、娘を残して安心して死ねない。どんな人でも自分のできることは社会に発揮し、できないことは支え合ってほしい。だからこの活動は正義でも善意でもなく、単なる母ちゃんの我がままなんです(笑)。

 

“チャレンジド”を
納税者にできる日本に!
セミナー風景の写真

 人間は自分一人では生きていません。例えば、今日食べたご飯のお米を自分で作りましたか、今日着ている服のために蚕を育て、糸をつむぎ、布にして・・・なんて誰もやっていませんよね。にも関わらず障害を持たない人は自分のことは自分一人の力ででき、障害を持つ人はできないのだと無意識のうちに考え、そこから福祉の感覚が始まっているんです。社会システムや技術や流通や法律や制度を考え直すことで、障害を持つ人達も自立できるようになるのではないかという発想にはならない。私はこれを何とかしたいと考えました。まず日本にとって経済と福祉国家のお手本であるアメリカやスエーデンについて調べました。どちらも40年ほど前に国の根幹となる社会福祉や社会保障の考え方を変えているんですね。たとえばアメリカでは当時のケネディ大統領がすべての障害者を納税者にしたいという教書を議会に提出しています。彼の考えは支持され、アメリカは法律や制度をどんどん変えていくんですね。例えば現在、アメリカの大学生全体のうち障害を持つ人の比率は平均4%。しかもこれを10%にすることをブッシュ大統領は目標にしています。残念ながら日本の大学は0.09%という低い数字しかありません。

 一方の福祉国家スエーデンがとった施策が税金を上げ、税で住み良い国作りをすることでした。スエーデンでは消費税が25%、所得税は50%を越えています。障害をもつ、もたないに関係なく同じ率の税金を払うんです。重度の障害をもつ人は税金を払うのは自分の権利であり、権利を行使しているからこそ、自分の働ける環境が税金で完璧に整えられているのだと考えます。スエーデンでは40年前に重度の障害をもつ人も働くことができる国営企業を作り、今やその会社は国内全企業中7位の成績をおさめ、投入される税金の何倍もの税金を納めています。

 やり方は違うものの、障害者がタックスペイヤーになることが両国にとって、非常に大きな税収になっています。私はプロップ・ステーションの活動のキャッチフレーズを「”チャレンジド”を納税者にできる日本」にしました。チャレンジドという言葉はアメリカで生まれたそうです。私がアメリカに住む知人からこの言葉を教えてもらったのはちょうど阪神淡路大震災のときでした。「チャレンジャーの間違いじゃないの?」と尋ねるとchallenged(チャレンジド)と最後にedが付くのは受身形で、挑戦という使命や課題、チャンスや資格を与えられた人であり、障害者だけではなく、震災復興に立ち向かう人も含め、幅広く使えるのだということでした。すべての人間には自分の課題に向き合う力が備わっている。そして課題が大きいほど、その力はたくさん与えられるのだと。それを聞いて私自身、非常に大きな勇気が湧き、元気がでてきたんです。人間の可能性にエールを送る。自宅が全焼し、仲間も被災した最悪の事態でしたが、震災に向き合うことはできると思いました。向き合うことで勇気が湧いてきたのです。それからプロップ・ステーションでは、チャレンジドという言葉を積極的に使っていこうと決めました。

 私たちのキャッチフレーズには、「障害者に働いて、納税しろというのか!」と反論や異論も寄せられました。日本の福祉は税からいくら補助金をとってくるかが主な活動だと考えられているからでしょう。私は税から手当てされてということ自体を変えていきたいと考えています。自分の力を世の中に出していける仕組みを自分達で作る、今までなかった考え方や活動を、決して強制や押し付けではなく一つの選択肢として、賛同する人は一緒にやりましょうと呼び掛けています。

 この14年間でIT業界は飛躍的な発達をとげ、不可能と思われていたこともどんどんできるようになりました。感覚的に操作できることも多く、知的障害や自閉症の方や精神の障害の方も含めて、あらゆる障害をもつ人達が自分の力を世の中に発揮できるのです。これからも自分ができることを支援する活動の輪をどんどん広げていきたいと思います。

 




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