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NEW MEDIA 2004年6月号より転載

     
 
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加速しはじめた
「ユニバーサル社会」形成への動き

 
     

 すべての人が持てる力を発揮して支え合う「ユニバーサル社会」の実現に向けた動きが本格化してきた。
 提唱者である竹中ナミ・社会福祉法人プロップステーション理事長はこの春先、衆参両院に相次いで招致されたほか、国と地方の求めに応じて走り回った。その動きから、「ユニバーサル社会」実現に向けた動きの現状を追った。

(構成・写真:中和正彦=ジャーナリスト)


国会へ地方へと飛び回る
ユニバーサル社会提唱者

ナミねぇのストリーミング画像

ストリーミング画像で衆議院予算委員会で発言する竹中ナミさんが見られます。
http://www.shugiintv.go.jp/ref.cfm?deli_id=22590&media_type=rb
衆議院HP
http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index.htm

 去る2月26日、衆議院予算委員会は平成16年度予算について各方面の専門家の意見を聴取すべく、公聴会を開催した。財政学・金融論・イラク情勢などの研究者や労働界の代表など8名の公述人が招致されて意見陳述を行ったが、竹中さんはその一人として「ユニバーサル社会」の実現に向けた予算編成を訴えた。

 3月10日に開かれた参議院の「国民生活・経済に関する調査会」は、まさに今年のテーマを「ユニバーサル社会の形成促進」として開会されたものだった。竹中さんは3人の参考人のトップバッターとして意見陳述した。

 3月24日には、国土交通省が「ユニバーサル社会の実現に向けた取り組みの一環」と明確に位置づけたプロジェクトを始動した。竹中さんはその「自律的移動支援プロジェクト」の推進委員の一人。

 こうした国レベルの動きの一方、地方でも動きがあった。3月26日に千葉県館山市で開催された「安房からのチャレンジド大会」だ。これは、幕張メッセで開催された「チャレンジド・ジャパン・フォーラム(CJF)国際会議」で盛り上がったユニバーサル社会形成の機運を、しっかりと地域に根づかせようと、地域の有志が開いたもの。竹中さんは、基調講演者・パネリストとして応援に駆けつけていた。

 


ユニバーサルデザインから
ユニバーサル社会へ

 そもそも「ユニバーサル社会」という言葉は、どのように生まれて広まったのか。その経緯は2年前にさかのぼる。

 2002年2月、選択的夫婦別姓など女性に関連の深い政策課題に取り組む与党女性議員政策提言協議会が、その名も「ユニバーサル社会の形成促進プロジェクトチーム」という集まりを発足させた。

 折しも「ユニバーサルデザイン」という言葉が、すべての人に使いやすいモノづくりの意味で知られつつあった。「ユニバーサル社会」は、この言葉を発展させ、「すべての人が持てる力を発揮して支え合う社会づくり」の意味を込めた造語。

 実は、このプロジェクトチームは「チャレンジドを納税者にできる日本」という竹中さんの主張に共鳴した議員が発足させたもの。竹中さんを特別講師に招いて、ユニバーサル社会形成のための法整備に着手した。

 これを契機に、国政の場で「ユニバーサル社会」という概念に基づく議論が始まるとともに、竹中さんも自身の活動で広く訴えるようになった。それに触発された堂本暁子・千葉県知事のリーダーシップで開催されたのが、昨年のCJF。「千葉からユニバーサルな風を!」というサブタイトルの通り、ここで行われた議論から、参加した中央省庁の官僚、地方自治体の首長や職員、企業やNPOで活躍する人々など各方面の人々を通じて、「ユニバーサル社会」という言葉が大いに広まった感がある。

 ちなみに、3月に発足した国土交通省プロジェクトのトータルコーディネータは、このCJFにも参加した同省技監だ。

 


すべての人の能力発揮で
少子高齢社会も乗り切るぶ

 一連の舞台での竹中さんの主張は一貫している。要約すると次の通りだ。

 自分にも心身ともに重い障害を持って生まれた娘がいるが、障害者と呼ばれる人々の中で、彼女のようにまったく社会参加を望めないほど障害の重い人は少数派。多くは何とか働いて自立したいと望んでいる。ところが、日本の障害者政策は、弱者保護一辺倒で、意欲や能力を引き出すことに目が向けられていない。

 少子高齢社会の到来で、一人でも多くの人が真に支えを必要としている人を支える側に回ることが求められている。いまこそ、「支えられる側」とされている人々の中にも、一般の人々と同じように学び、働き、社会に貢献したいと望んでいる人が多数いることに着目し、その人々の力を引き出す必要がある。

 プロップステーションは、障害を持つ人々を、いろいろできないことのある「障害者」ではなく、挑戦すべき課題を与えられた「チャレンジド」ととらえ、ITを活用して彼らの可能性を引き出してきた。これまで、介護が必要な人は働けないと思われてきたが、プロップは介護を受けながら、コンピュータを駆使して働く人を何人も育成してきた。

 しかし、チャレンジドが働くことを後押しする制度は、いまだに介助なしに通勤フルタイム労働できることを基本とする雇用率制度しかない。ITなどによるチャレンジドの可能性拡大と少子高齢社会の到来を見据え、すべての人が持てる力を発揮して支え合う「ユニバーサル社会」を実現するための意識改革と制度改革を急がなければならない――。

 


衆参両院議員vsナミねぇ
ユニバーサル社会を探る

 衆議院の公聴会および参議院の調査会では、こうした竹中さんの意見陳述に対して議員からさまざまな質問が飛んだ。質疑応答の一部を要約してお伝えする。

石田祝稔衆院議員(公明党) 障害のある人が働くことをもっと支援するには、具体的にどういう法律があればよいか。

竹中公述人 いまのように雇用率未達成企業に罰則を科すのではなく、きちっと仕事をアウトソースすれば政府調達や自治体調達のインセンティブをつける。あるいは、フランス、アメリカ、イギリスなどで行われているように、チャレンジドの技術習得を支援すればその企業は社会責任を果たしたとみなす。そのように、いろいろな法制が考えられます。

山東昭子参院議員(自民党) 我々は障害を持つ人々に何をしたらよいのか、あるいは何をしてはいけないのか。

竹中参考人 実は、「障害があるかないかで分けることを、もうそろそろやめたいですよね」というのが、私たちが一番言いたいことです。

 健常者と言われる人でも、たとえば自分で稲作して御飯を食べている人は、ほとんどいません。文明や科学が進めば進むほど、自分独りで何もかもできる人がいなくなります。にもかかわらず、健常者を自認する人は、目の前に障害のある人が現れた瞬間、「自分は何でもできるけれど、この人はあれもこれもできない」という見方をします。私たちが言いたいのは、こういう文化そのものを変えようということです。

 お互いに自分のできることを出し合い、できないところを支え合う。それを生き方にし、社会のシステムにもしていきましょうというのが、「ユニバーサル社会」の考え方で、そのために政治家の皆さんのお力も借りたいと思っています。

伊藤基隆参院議員(民主党・新緑風会) 政治に期待することは。

竹中参考人 私は神戸生まれの神戸育ちで、あの阪神大震災も体験しました。あのときは、いままでなら皆が役所に頼ったことが、市役所や区役所もつぶれて、官も民もなく、どんな立場の人も自分たちで何とかすることを迫られました。

 私たちは、その姿勢でチャレンジドが働くモデルを生み出してきました。それが社会にとって非常にプラスになるから、今度は政策として推進し、制度にする必要があります。そこを政治にバトンタッチしたい。そういう意味で、政治家の皆さんに今日こういうふうにお話をさせていただいたことも受け止めていただいて、受け取ったバトンを制度づくりに生かしていただければと思います。

 


障害の有無・種別を問わず
地域の人々が一緒になって

写真:「安房からのチャレンジド大会」の様子
3月26日、千葉県館山市で開催された「安房からのチャレンジド大会」
写真:秋山岩生さん
「安房からのチャレンジド大会」実行委員長の秋山岩生さん。チャレンジドの就労機会を開拓するグループ「ふぁっとえばー」の設立者

 衆参両院の竹中さんを迎えての質疑応答は国政レベルの意識が変わりつつあることを感じさせたが、その一方で地域レベルでの意識の変化も着実に起きていることを感じさせたのが、「安房からのチャレンジド大会」だった。

 実行委員長の秋山岩生さんは、1988年に脳出血で倒れて障害が残り、一度は仕事を失ったが、竹中さんの主張に出会って共鳴し、94年にチャレンジド自らの手で就労機会を開拓するグループ「ふぁっとえばー」を設立。昨年のCJFでも実行委員長を務めた。

 その呼びかけで集まったのは、基調講演に立った竹中さんを除くと、ほとんどが地元の人々だった。基調講演に続くパネリストディスカッションは、地元の園芸療法研究者・高橋幸男さんのコーディネートで、次のような人々が語り合った。

 視覚障害者を中心とする福祉作業所「福祉情報センター・ワークアイ船橋」の所長で、自らも中途視覚障害者である金子楓さん。交通事故で車いす生活になり、介助犬同伴で出勤している山口亜紀彦さん。NPO法人「南房総精神障害者の生活を支える会」を設立し、同障害者と地域の共生を目指す西村瑞絵さん。そして竹中さんと秋山さん。

 そのほか、知的障害者の作業所によるパンの販売など、地域の各種団体が展示や販売を行い、まさに障害の有無や種別を問わない地域の人々の手づくりの催しという趣き。

 「私たちチャレンジドは、社会に支えられるばかりの存在ではなく、社会を変える状況を生み出していきたいのです。障害者支援に目を向けることは大切ですが、福祉をもっと大きな意味でとらえ、誰もが人間として可能性を高める環境を一緒に作っていきたいのです」という秋山さんの訴えが結実したような会だった。

 阪神淡路大震災10周年になる来年、第10回CJFが神戸で開催される。3月に発足した国土交通省プロジェクトも、これに合わせて神戸をモデル地区にした実験を行うことになっている。来年に向けて、「ユニバーサル社会」形成に向けた動きは、国レベル・地域レベル合わせてますます加速していきそうだ。

 


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