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NEW MEDIA 2004年4月号より転載

     
 
テーマレポートのカット
 
 

晴眼者が視覚障害者と
点字の世界を共有してみれば
〜ITと点字が開く新しい世界〜

 
     

金子秀明
(株式会社日本テレソフト
代表取締役)
VS
竹中ナミ
(社会福祉法人
プロップステーション理事長)
竹中ナミの写真

金子秀明さんの写真

金子秀明・(株)日本テレソフト代表取締役(上)と 竹中ナミ・社会福祉法人プロップステーション理事長


金子秀明さん(53)は新聞記者として情報通信分野に関わり続けた後、1986年に(株)日本テレソフトを設立。同社はその後、福祉分野に進出し、昨年12月、点字と墨字を同時印刷できる点字プリンタの開発で東京都ベンチャー技術大賞・特別賞を受賞した。
一方、竹中ナミ・社会福祉法人プロップステーション理事長は最近、自らの名刺をすべて点字入りにして“点字名刺ムーブメント”を起こそうとしている。
点字とITから開ける可能性について、2人に語ってもらった。

(構成:中和正彦=ジャーナリスト、写真:吉井 勇=本誌編集長)

 


キッカケは点字を読めない
公務員の悩みだった


竹中 ベンチャー技術大賞・特別賞の受賞、おめでとうございます。日本テレソフトは最初からチャレンジド関係者の事業をしていたわけではないですよね。どういう経緯で点字プリンタを作るようになったのですか。

金子 ある時、視覚障害者への情報提供担当の行政マンからこんな悩みを聞いたんです。「自分たちで点字文書を作れないので外部にお願いするのですが、ボランティアに近い形でお願いしているので無理が言えない。上がってきたものに間違いがないかどうかもわからない」。

 これがきっかけになって、点字の専門知識がなくてもワープロ感覚で点字文書を作成できる点訳ソフト「ハートコミュニケーション」を開発し、とても良い評価を受けました。すると、点訳ソフト関係者から「優れた点字プリンタを作っていた会社が倒産してしまって困っている。あなたの会社で事業を引き継いでくれないか」と頼まれました。実際に非常に良い製品だったので、当社で引き継いで、改良を加えて出すことにしたんです。

竹中 今回の受賞理由は、「点字と墨字を同時印刷できる点字プリンタの開発で晴眼者と視覚障害者のコミュニケーション確保に寄与した」ということですね。どんな場面で使われていますか。

金子 「DOG−Multi」というプリンタですが、例えば、病院から「視覚障害者の患者さんに出す薬の説明書きに使いたい」という注文がかなりあります。薬は内容や患者さんの名前を間違えて渡したら大変ですよね。墨字と点字が別々だと、点字を読めない人はちゃんと墨字に対応した点字文書かどうかわからなくて不安になると思います。「DOG−Multi」を「ハートコミュニケーション」と一緒に使えば、一つの墨字文書から墨字・点字両方を同時に印刷できて安心なのです。

 


もう一つのバリアフリー支援
サポートする人にサポートを


金子 当社の点字プリンタには、燃やしてもダイオキシンが発生しない専用の透明シールを用意しています。それを使って「DOG−Multi」で印刷すれば、例えば、駅などの点字シールの間違いもなくなると思うんですよ。

竹中 よく聞きますね。階段の手すりで、下る人が触ったら上りの表示で、上る人が触ったら下りの表示になっていたとか。

金子 そうそう。最近はバリアフリーを謳ってエレベータをつける駅が増えていますけど、「開く」のボタンのところに貼ってある点字シールが「閉まる」の表示だったり(笑)。

竹中 貼る人が点字を読めなくて、確認しないまま貼るからですね。

金子 そうなんです。でも、墨字併記のシールなら間違えないでしょう。

竹中 素晴らしい!

金子 このように、当社の視覚障害関連製品は、障害を持つご本人が使うものではなくて、サポートする人が使うものなんです。

竹中 バリアフリーというと、チャレンジドが健常者の社会に入れるようにすることばかり考えがちですけど、健常者がチャレンジドの世界を共有するにもバリアがあるわけですよね。

金子 そうなんです。その壁を少しでも低くしたいというのが、当社の願いです。そういう意味では、東京ディズニーランドさんに買っていただいたときは、ひときわうれしかったですね。目が不自由なお子さんが来られるときに、点字・墨字併記のウェルカムメッセージを出したいのだとお聞きして。

 

マルチプレイの写真

盲ろう者用コミュニケーション端末「マルチプレイ」

点字プリンタ

点字プリンタの写真


点字名刺をオシャレで
カッコいいムーブメントに


竹中 点字・墨字併記といえば名刺ですけど、私は最初、点字入りをお渡しするのは視覚障害の方だけでした。でも、晴眼者に渡すと、点字が入っているだけで話題になることがわかって、それからは全部点字入りにしたんです。その分、名刺代が高いのに、講演会1回で何十枚も配ったりして100枚ぐらいすぐ使ってしまうものですから、経理担当・番頭の鈴木という者が怒ってますけど(笑)。

金子 いま点字を読める人は、全盲の人の中でも少数派になっています。点字の習得が困難な大人になってからの視覚障害者が増えていることもありますが、そうでない人も音声に頼るようになっています。しかし、能動的な学習には文字が大事と言われていますし、音声に頼れない盲ろう者の情報保障には、点字はとりわけ大事な手段です。一般の晴眼者の側から点字名刺を使う人が増えることは、点字の価値の見直しにもつながると思いますね。

竹中 私はいま、公務員や企業のトップなどに対して「とりあえず点字名刺を100枚作りましょう」という運動を起こしたいと思っています。チャレンジド・ジャパン・フォーラムで私と一緒に司会を務めた岸本周平さん(財務省国庫課長)などは、もうこの運動に巻き込まれて作っています(笑)。

 実は、全国の公務員さんが1人100枚の点字名刺を作るだけでも、チャレンジドに対してかなりの仕事が発生しています。最近、チャレンジドの間で、点字名刺などの点字文書を作ることを仕事にして自立を目指す人が増えているので、その人たちを後押しすることになるんです。

金子 なるほど。

竹中 でも、「点字名刺を持つよう義務づける」といった流れにはしたくありません。「持つとカッコいい」とか「オシャレ」とか、そういう流れを作りたい。そういう意味では、一般の人は別に名前や電話番号でなくてもいいかも知れません。好きな言葉を点字で入れることによってメッセージを込めるとか、そういうのもアリかなと思います。

金子 そう。変に生真面目で肩に力が入ったものにしない方がいいでしょうね。

 


少数者を切り捨てるな
日本のユニバーサルデザインス


竹中 チャレンジド関連の事業は、経営的にはいかがですか。

金子 おかげさまで高い評価をいただき、点字プリンタについては現在、海外展開も進めています。国内では年間300台が限度ですが、海外にはその10倍の市場があります。

 ただし、当初の製品は市場で一番高性能だけれども価格も一番高いので、それを下げないといけない。そのためにも海外進出で生産台数を増やし、1台あたりのコストを下げないといけないのです。また、中には最初から採算を度外視した仕事もあります。例えば、この盲ろう者用のコミュニケーション端末「マルチプレイ」(写真参照)。

竹中 携帯型のパソコンのようなものですか?

金子 いいえ、これをパソコンに接続して使います。点字入力と点字ディスプレイの読み取りができる盲ろう者でも、パソコンには独りではできない操作があります。そこで、この端末からボタン操作でパソコンの起動・終了など必要な操作をできるようにしたのです。

 で、例えば私がパソコンに「今日はいいお天気ですよ」と墨字入力すると端末の点字ディスプレイにそれが伝わり、盲ろう者が「そうですか」と点字入力すると、それがパソコンの画面に墨字表示され、音声でも出るという具合です。通信回線を介しての会話も可能です。

竹中 お値段は?

金子 60万円で提供しましたが、実はこの点字ディスプレイの点字1点分を表示する部品が1個1万円もするもので、40字表示で40万円。その他、もろもろの開発費を含めると、本当は1台100万円ぐらいなんです。日本でこれを使える盲ろう者は最大200人程度なので、量産効果も期待できません。

竹中 なぜそのようなお仕事を?

金子 「盲ろう者にも情報機器の活用によって広がる世界があるんだ」ということを、ご本人たちにも社会にも知ってもらう突破口を開きたかったんです。

 残念ながら、そこまでには至らず、ウィンドウズ98対応で作ったまま止まっていますが、当社としてはこの開発で培った技術をまた別の製品で活かすつもりです。でも、本当はこういう仕事は、もっと大きな企業にやってほしい。少なくとも、協力はしていただきたいですね。

竹中 私は、「すべての人が力を発揮して支える側に回れるし、できないことでは支えてもらえる社会」という意味で、「ユニバーサル社会」を提唱しています。それを実現するには、個別の事情に応じた道具が必要で、それがあって初めて重度のチャレンジドも同じ土俵に立てる。

 ところが、残念ながら日本のユニバーサルデザインは、「標準的な製品を障害者・高齢者にも使いやすい物にして市場を大きくしましょう」という話止まりで、それでは解決できない少数者や個別の問題が切り捨てかねません。本当はそこが一番試されているところなのに。

 ぜひそういう部分に訴えるモノづくりに、これからも挑戦していただきたいと思います。

金子 ええ。アイデアはいろいろありますから、期待してください。

―― ありがとうございました。

 



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