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SOHOドメイン(旧 月刊SOHO) 2004年2月号より転載

     
  プロップ・ステーション便り ナミねえの道  
 
 
  第20回――プロップに追いつけ! 追い越せ!  
 
島根の実力派施設(ピー・ター・パン)は
「ネバーランド」を目指す
 
 
 
     

掲載ページの見出し
作業所「ピー・ター・パン」でPCに向かって仕事中の一コマ(上)と、インタビューに応えるリーダーの新田さん。

プロップ・ステーション
プロップ・ステーションは、1998年に社会福祉法人として認可され、コンピュータと情報通信を活用してチャレンジド(障害者)の自立と社会参画、特に就労の促進と雇用の創出を目標に活動している。

ホームページ
http://www.prop.or.jp/

竹中ナミ氏
通称“ナミねぇ”。社会福祉法人プロップ・ステーション理事長。重症心身障害児の長女を授かったことから独学で障害児医療・福祉・教育を学ぶ。1991年、プロップ・ステーションを設立した。現在は各行政機関の委員などを歴任する傍ら、各地で講演を行うなどチャレンジドの社会参加と自立を支援する活動を展開している。近著に『ラッキーウーマン 〜マイナスこそプラスの種!』(飛鳥新社)がある。

夕景が美しい宍道湖(しんじこ)を抱き、城郭に巡らされた堀の水面に鳥たちが憩う。水の都・松江は風光明媚な観光都市だ。市街から車で約20分、閑静な住宅街の一角に小規模通所授産施設「ピー・ター・パン」がある。PCに向かい黙々と仕事をするチャレンジドたち。リーダーの新田裕之さんは車椅子で巡回しながらその作業を見守る。


“接着剤”の役割を担う

 コンピュータ歴は8ビット時代から20年という新田裕之さんは、脳性麻痺の障害で4歳の頃から親元を離れて児童施設で過ごした。その後も更生施設、職業リハビリテーション施設を経験し、27歳で福祉施設に事務員として就職。得意とするPCでの仕事は会計関係のデータ入力や文書作成などで、給与システムも自らが開発した。そこで施設の運営のことや仕組み、会計のことなど数多くを学んだ新田さんは33歳のとき、高校時代からの夢だった作業所の創設に参画。周囲の協力もあって、「障害はあってもやればできる、気兼ねなく働ける場」である、作業所「ピー・ター・パン」が設立された。 「チャレンジドの就労では仕事ができて当たり前、技術は必須。それ以上に重要なのが人柄や個性なんです。PCを使うと顔を合わせることが少ないですから、データの受け渡し一つでも人格が問われる。新田さんのキャラクターは、元気で明るい。彼の明るさに触れてピー・ター・パンが発展する予感はありました」(ナミねぇ)

 現在、ピー・ター・パンで働くチャレンジドは、在宅スタッフを含めて20人。それぞれが役割分担しながら責任のある仕事を遂行する。

――ナミねぇとの出会いは。

新田●きっかけは共同作業所としてピー・ター・パンを起ち上げた頃に、ナミねぇの講演会で参考になる話を聞かせてもらったのが最初です。それから神戸出張のときにお会いして、プロップ・ステーションの活動とピー・ター・パンとが、場所は違うけれど活動は一緒だと思い、2003年の11月にナミねぇを招いて記念講演会を開催しました。話を聞くにつれてすごいことをされているので、地方都市でもプロップのような動きにつなげていくために勉強させてほしいです。

 

ピー・ター・パンが発行する情報誌『ネバーランド』は、無料配布(1500部)で大手書店や公的施設に置かれている。

――仕事の内容について。

新田●施設としては、印刷関連のデータ作成、いわゆるDTPが全体の90%を占め、ホームページの作成が10%という割合です。スタッフはチャレンジド14人、健常者2人で、LANで6人の在宅スタッフともつながっています。社内では10人ほどがPCを扱えるようになったので、今後はホームページ作成に力を入れたいですね。私は現場での仕事の段取りや、種々の事業に携わっているため事務的な処理に追われています。今でも忙しいときには現場に入って手伝うこともありますが、作業所立ち上げ当初は残業も珍しくなかった(笑)。今ではスタッフも実力がつき、安心して任せています。

――なぜ、チャレンジド主体なのか。

新田●確かにチャレンジドが運営主体という点では、ピー・ター・パンの特徴かもしれませんね。僕自身、小さい頃から施設で暮らしてきましたが、普通の施設だと健常者の職員がいて、言われたことを仕事としてやればとりあえずOKなんですよ。でも、どうしても甘えが出たり、いい加減になったするんじゃないかと。今の職場で仕事の厳しさを口にすることはありませんが、自然な形で仕事に対する真剣な雰囲気が出てくればいいなと思っています。

――給与システムについて。

新田●月々の売上げを単純に分配することになると、多かったり少なかったりするため安定した生活は望めません。そこで、作業所の時代から自立して地域で暮らしていけることを前提に、必ず決まった給料を出すことにしています。それは個人のスキルなどによって決めるわけですが、その分毎月の売上げを確保する必要があります。それだけに責任ある仕事の役割分担が要求されるので、厳しいなりにやりがいがあると思います。少しずつですが、給与水準もアップしていますし、今までに一度も決めた額を下回ったことはありません。

――今後のビジョンを。

新田●2002年に通所授産施設になったこともあって、やはり中心になる「仕事」を前面に打ち出して、仕事のできる環境整備を進めていきたいです。一方では、地域で暮らしていくためにチャレンジドが生活できる施設にしていきたい。そのために、『ネバーランド』という情報誌を発行し、僕らの活動を紹介していますが、もっと周りに理解してもらえるよう努力したい。また、施設としてさまざまな事務局を兼任しているため、接着剤のようなつなぎの役割もあると思います。一人一人は小さいことしかできませんが、みんなでやれば結構大きなことができるってことを私たちは実感していますので、理解してもらい、一緒にできる人たちとともに夢を実現したいですね。


地方都市の実力派として

 全国にはおよそ6000ヵ所の小規模作業所と呼ばれる施設があり、毎年約300ヵ所増え続けているという。だが、「作業所や授産施設を“本当の働く場”に」というナミねぇの願いとは裏腹に、月給1万円に満たない給料の作業所や施設が少なくないのが現状だ。
「当初から作業所は、障害者は働くのが無理やから集いの場に、という感覚が出発点でした。やがて補助金が出て、作業所職員と言われる人たちの一大就労の場になりましたが、障害者はお世話してもらう場であり、就労の場ではないというのが、長年かけて定着していったんです」(ナミねぇ)

 都心部では比較的PCなどを勉強する環境も整いつつあるが、地方都市における実力派の授産施設としてピー・ター・パンに寄せられるチャレンジドの期待は大きい。
「目指すべきところは同じでも、プロップは関西独特のノリがある組織で、地方にもう一つのプロップを作る必要はありません。仕事をシェアできる仲間として、切磋琢磨できるライバルとして、その地域のカラーやスピードに合った独自の組織が増えていくことを望んでいます」(ナミねぇ)


Column

社会福祉法人ふらっと
小規模通所授産施設
「ピー・ター・パン」とは?

写真:ピー・ター・パン建物外観[企業データ]

1998年4月に障害者共同作業所「ピー・ター・パン」として開所。2002年7月に社会福祉法人認可。同年11月より小規模通所授産施設「ピー・ター・パン」として新しくスタートした。ピー・ター・パンは、お互いに高め合いながら障害者主体の事業運営を目指すほか、一人の社会人として責任ある仕事を通じて社会貢献を果たし、その経験や情報を提供し障害者の自立を応援している。主な業務内容は各種印刷、DTP、データ入力、ホームページ作成など。ピー・ター・パンには「ピー」=人、プリント(印刷)、問題などを一人ではなく、「ター」=人と人とを結びつけるターミナル、「パン」=そして元気にはじけよう! の意味がある。

http://www.ptp-net.com/

写真:ピー・ター・パン ホームページ

 

構成/木戸隆文  撮影/有本真紀・田中康弘


[チャレンジド] 神から挑戦する使命を与えられた人を示し、近年「ハンディキャップ」に代わる新たな言葉として米国で使われるようになった。


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