[up] [next] [previous]
  

NEW MEDIA 2004年2月号より転載

     
 
テーマレポートのカット
 
 

福島 智 VS 竹中ナミ―2
「日本自体がチャレンジド」の時代、
すべての人が試されている

 
     

東京大学先端科学技術研究センター助教授・福島 智さんと社会福祉法人プロップステーション理事長・竹中ナミさんの対談は、盲ろう者・福島さんが歩んだ道をめぐる話題(前号1月号参照)から、ITと少子高齢化時代の社会変革の話題へと展開していった。「チャレンジドを納税者にできる日本」という竹中さんが掲げるキャッチフレーズに、あえて懸念をぶつける福島さん。自らの戦略を解き明かす竹中さん。さて、議論の行方は……。

(構成:中和正彦=ジャーナリスト、写真:大川亮夫)

 


機械が苦手な研究者が
東大先端研に来たわけ


竹中 福島さんは日本で初めて盲ろうで大学の先生になった人だと思いますけど、世界的にはどうなんですか。

福島 私が知る限りでは、ほかにいないです。私は世界盲ろう者連盟の役員をしていますが、そこの仲間もほかに知らないと言っているので、もしかすると本当に私しかいないのかも知れません。

竹中 世界盲ろう者連盟では、いつ頃からあるんですか。

福島 2001年10月に発足したばかりです。

竹中 それは、インターネットの普及が関係していますか。

福島 そうですね。それは重要な指摘です。盲ろう者は、電話もファックスも使わず、電子メールが登場して、やっと自力で離れた人と連絡を取り合えるようになったわけですからね。

竹中 福島さんが電子メールを使い始めたのは、いつ頃ですか。

福島 7年ぐらい前ですけど、教えてくれる友だちがいたから、何とか使えるようになったんです。機械は得意な方ではありません。

竹中 でも、その福島さんが、東大の先端科学技術研究センター(先端研)に招かれたわけですよね。

福島 そのお話でメールをいただくまで、私は先端研のことを名前すら知りませんでした。でも、なぜか直感的に「これは行くことになるだろうな」と思いました。その後、しだいに私をスカウトした人の考えがわかってきました。

 それは、こういうことだと思います。これまでの科学技術や学問領域の中には、「障害」という視点がなかった。福島という教員は、指点字という新しいコミュニケーション手段を使って、日々、見えない聞こえないという極限状況の中で社会とつながっている。そこにはきっと、科学技術に示唆を与えるものがあるはずだ。そう思ってくださったようです。

竹中 福島さんとしては、どんな先端研での研究に取り組んでおられるのですか。

福島 私が持っている視点は、専門である教育学やコミュニケーション論の視点と、障害を持つ者としての「当事者性」の視点です。その2つの視点で現在の科学技術やほかの学問分野と交わることによって、新しいものを生み出せるのではないかと考えています。

 


東大を変えれば
社会システムが変わる


竹中 研究スタッフは健常者ですか。

福島 いいえ。健常者だけではありません。研究室には盲ろうの私のほかに、盲と聾の研究者がそれぞれ2名ずついます。車いすの人もパートタイムの研究員として参加しています。その点では、だいぶ「当事者性」が強まったと感じています。

 コミュニケーションは、例えば私が聾の研究者と話すときは、彼女の手話通訳と私の指点字通訳、2名の通訳者を介して話します。その一方で、メールやホームページで情報共有も図っています。

 これほど障害種別の異なる人が同じところでコミュニケーションしながら仕事をしている例は、珍しいと思います。

竹中 チャレンジドが働きやすい社会をつくるにはどうしたらよいと思いますか。

福島 社会システムを変える必要があります。一つの方法は、例えば東大の法学部を変えることです。

 社会システムの根本は法制度で、それをつくるのは議員や官僚ですが、そのかなりの割合は東大法学部出身です。特に官僚はそうです。彼らは障害者に出会わずに勉強してきて東大法学部に入り、そのまま霞ヶ関という特殊な世界に入ってしまいます。その人たちに障害者が暮らしやすい社会システムを考えなさいといっても、土台無理なんです。

 だから、東大はどんどん障害者を迎えてほしい。学生だけでなく、教員、学外からの聴講生、ゲスト講師も含めて。

竹中 「社会システムの根幹は法制度」ということは、私も痛感しています。実は、2002年2月に与党の女性国会議員が「ユニバーサル社会形成促進プロジェクトチーム」を組み、2003年5月に正式に与党プロジェクトになりましたが、私はその活動に専任講師として関わっています。これは、まさに新しい法制度をつくる活動です。福島さんにもぜひこの活動にコミットしていただき、国会議員の皆さんの意識改革の輪を広げたいと思っています。

 

竹中さん、福島さん、通訳の金田さんの写真

写真撮影の時も、指点字でおしゃべり。(写真左から)竹中ナミさん、福島 智さん、通訳の金田由起子さん

点字電子手帳と点字器の写真 福島さん携帯の点字電子手帳(手前)と点字器(右後方)

福島 智
1962年神戸市生まれ。1992年、東京都立大学人文学部助手、金沢大学教育学部助教授などを経て、2001年4月より東京大学先端科学技術研究センター助教授(バリアフリー分野)。現在、障害者・高齢者のニーズと先端科学技術を相互作用させる新しい学際的研究の取り組み「バリアフリープロジェクト」を推進中。


「チャレンジドを納税者に」
納税者になれない人は?


福島 実は、竹中さんに一度はきちんとお聞きしたいと思っていたことがあるんです。「チャレンジドを納税者にできる日本」というキャッチフレーズです。

 働きたい人を、もっとたくさん働けるようにするのは、素晴らしいことだと思います。しかし、働けない人はどうするのかという大きな問題が残ります。

 竹中さんご自身は重症心身障害の娘さんをお持ちで、働くという価値では量れないところで生きている人たちの思いを、百もご承知だと思います。だから、あのキャッチフレーズは戦略的に使っておられるだと思います。しかし、「働けない人はどうするのか」という問題をカバーするようなキャッチフレーズを作っていかないと、「税金も払えないような人はダメだよね」という価値観に、図らずも加担してしまいかねない。そのあたりは、どう考えて来られたのでしょうか。

竹中 あれは、まさに戦略的に使ってきたキャッチフレーズです。障害を持つ人たちは、「あなた方は働くのは無理だから働かなくていいです。税金も払わなくていいです」と言われ、一人前の扱いをされてきませんでした。そういう日本を根底から変えるには、あのくらい強い言葉も必要かなと思って使ってきたんです。

 また、日本の納税者は年貢を取られるようなイメージしか持っていない人が多いですけど、アメリカのタックスペイヤーは、自分から税金を払い、当然の権利として自分の国や地域をどうするかについて発言する人です。私は「納税者」という言葉を、「誇りを持ったタックスペイヤーになってほしい」という意味を込めて使ってきました。

 しかし、その結果として税金を払う側に回る人が増えても、そうはいかない人は残ります。その代表が、私の娘です。そこで次のステップとして、税金を払う側に回った人たちが、本当に税金を払えない人たちのための政策を訴えることができるか、つまりその人たちに共感できるか、そこにテーマを進めたい。

 最近、私があのキャッチフレーズよりも「ユニバーサル社会」というキーワードをよく口にするには、そのためです。

福島 障害が重くて何もしていないように思える人でも、身近にいるとその人の喜びや悲しみが伝わって、周りの人たちはその人がいてうれしいと感じている。そういうことは、重度の障害者の周りでよくあることだと思います。

 これはコミュニケーションの問題で、それによって満たされる、お金には換算できない価値がある。ただ、それを経済中心に回るこの社会にうまく位置づける概念がないんですね。たぶん、竹中さんがおっしゃる「納税者」の意味がもっと広がって豊かになったとき、ユニバーサル社会が実現するのだろうと思います。

竹中 おっしゃる通りです。

福島 その意味では、娘さんはすでに「納税者」になっていると思います。

竹中 広い意味で、そうですね。私にとっては彼女が非常に大きな存在で、彼女が私をいまの私に育てた。そういう意味では、私を超えた奴なんですね。

 だけど、一般社会の基準でいうと、重度の脳障害があって何もできない人ということになる。この正反対の価値観のどちらを意識して、これからの日本社会がつくられていくのか。それが私の活動の勝負どころと思っています。

福島 ITについて言うと、バリバリ働くためのITがあると同時に、一人の人間の生を助けるITもある。そこにはすごく重い意味があると思っています。

 例えば、植物状態に陥ったように見える人も、本当は言いたいことややりたいことのサインを出していて、周りの人がわからないだけかもしれない。その人がものを言えないのではなくて、周りの人に聞く能力がないだけかもしれない。

 そこに、脳波など何らかの身体的な指標を電子化してコミュニケーションのチャンネルを拓くITが出てきたら、家族や親戚や友人とともに豊かに暮らす人生を提供できると思います。

竹中 そうですね。人のやりたいことを引き出す道具としてコンピュータを使うという意味では、私たちも同じなんです。

 プロップステーションは、ともすれば埋もれてしまいがちな障害者の表現したいこと伝えたいことを、コンピュータを活用して世の中に発信させていこうという活動をしてきました。それが「納税者に」という言葉を使うがために誤解されかねないことを、私は、わかった上であえて言ってきたんです。

福島 なるほど。安心しました。やはり戦略的に考えておられるんだなと思いました。

 


最も少子高齢化の進む日本は
世界にモデルを示すチャンス


福島 戦略ということでいうと、いまお話ししたような「障害者・高齢者と周囲の人の生活や人生を豊かにするテクノロジー」を開発して世界に貢献していくことは、今後の日本という国の戦略として、とても大きな意味を持つと思います。

竹中 まったく同感です。日本はいま、世界一のスピードで少子高齢化が進んでいますけど、少子高齢化は多くの国が抱えているテーマです。だとすると、最も少子高齢化が厳しい日本には、そういう国になっても心豊かに生きていける方法を考え出して世界に発信するチャンスがある。私は、そういう姿勢で挑戦する人を「チャレンジド」と呼んでいますが、いま日本自体がまさにチャレンジドなんだと思います。

福島 「日本自体がチャレンジド」というのは、すごくいいフレーズです。高齢化の先頭を行っている日本がどう振る舞うか。確かにそれは世界が注目するところですから、「ハンディを背負っている」といった認識ではなく、「試されている」という認識で考えていきたいですね。

竹中 で、その答えは、まさに障害者・高齢者としてチャレンジドの中にあるんですよね。それを引き出したい。そして発信したい。

 そういう意味で、福島さんは、いま言った壮大な挑戦、いわば「ニッポン・チャレンジド・プロジェクト」のキーパーソンです。これから2人が、いろんなところでこういう話をすることが、とっても重要になってくると思います。

 漫才コンビ、結成しましょう(笑)。

福島 では今度、国連総会で(笑)。

竹中 チャレンジド・ジャパン・漫才をやりましょう(笑)。

――ありがとうございました。

 



[up] [next] [previous]



プロップのトップページへ

TOPページへ