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SOHOドメイン(旧 月刊SOHO) 2004年1月号より転載

     
  プロップ・ステーション便り ナミねえの道  
 
 
  第19回――プロップセミナーはプロへの登竜門  
 
“魔法の足”の講師が
PCを使って達人を育てる
 
 
 
     

掲載ページの見出し

プロップ・ステーション
プロップ・ステーションは、1998年に社会福祉法人として認可され、コンピュータと情報通信を活用してチャレンジド(障害者)の自立と社会参画、特に就労の促進と雇用の創出を目標に活動している。

ホームページ
http://www.prop.or.jp/

竹中ナミ氏
通称“ナミねぇ”。社会福祉法人プロップ・ステーション理事長。重症心身障害児の長女を授かったことから独学で障害児医療・福祉・教育を学ぶ。1991年、プロップ・ステーションを設立した。現在は各行政機関の委員などを歴任する傍ら、各地で講演を行うなどチャレンジドの社会参加と自立を支援する活動を展開している。近著に『ラッキーウーマン 〜マイナスこそプラスの種!』(飛鳥新社)がある。

自らの可能性を信じて、パソコンに向かう受講生たち。プロップのコンピュータセミナーは、チャレンジドにとってプロへの登竜門である。講師として教鞭をとる岡本敏己さんもプロップのセミナーで学んだ第1期卒業生。その温厚な人柄とわかりやすい授業で慕われる岡本さんは、足の指で巧みにマウスを扱う達人だ。


自分の才能を見つける


 受講生の中には、PCに一度も触れたことのない人も少なくない。岡本さんはその都度受講生たちの質問に答え、コンピュータのイロハをわかりやすく丁寧に指導する。
「岡本さんとはプロップを立ち上げる前からの長いお付き合いなんです。何より彼がPCを習おうとした理由がすごい。一つは印刷業界のコンピュータ化を予測して、働いていた作業所の印刷の仕事をDTP化すること。もう一つは将来、親を介護するときにPCを習っていれば在宅で仕事ができるということでした。両手が動かないというハンディがありながら、職場の将来や親の介護のことを考えていることに驚かされましたね」(ナミねぇ)

 岡本さんは13歳のときにポリオ(※)を発症し、その後遺症で上肢がまったく動かない。30歳までは両親による介護に頼っていたが、足を使って作品を描くある障害を持つ画家の記事を新聞で見つけ、直接会って「身辺自立」の考え方を伝授してもらう。それ以外、身の回りのほとんどのことを自分一人でこなすようになったという。
「これからもよき指導者として、有能なチャレンジドを世に送り出してほしいと期待しています」(ナミねぇ)

――身辺自立の考え方とは。

岡本●本人に直接会って教えてもらったのは、要するに「できることをやればいい」という考え方でした。たとえば、駅の自動販売機で切符を買いにくければ、人に頼めばいい。足を使えば服も着られるし、手でボタンが留められなければボタンのない服を着ればいいというように。それまで足を使うことを教えてくれる人はおらんかったし、東京や大阪のリハビリテーションセンターでもノウハウはありませんでした。

――PCとの出会いは。

岡本●最初は身体障害者福祉センターで友人に和文タイプを教わり、大阪では作業所として草分け的な存在のセルフ社で印刷の仕事をするようになりました。機関誌やミニコミなどを作る仕事で、足でタイプをカチャカチャと。そのうちワープロが出て書式を作ったり。やがて、ナミねぇがプロップを立ち上げると聞いて、足掛け3年ほどPCセミナーに通ってワープロソフトやIllustrator、Photoshopなどを習いました。

――現在の仕事内容は。

岡本●当初はボランティアとしてプロップで教えていましたが、講師のお呼びがかかって……。勧めていた作業所にもDTPのシステムを導入するという目的も叶いましたので、プロップの講師を引き受けることにしました。今はWindowsの初心者コースとグラフィックコース、ホームページ作成のためのコースなどを担当しています。

――講師として苦労するところは。

岡本●障害の種類やレベル、覚え方、センスなど、同じ課題を制作するにもそれぞれの進み方が違うところが難しいですね。姿勢として受講すればそれで済むかなという考え方はして欲しくないですね。あくまでもセミナーはスタート地点、一つのことを粘り強くずっと続けていくことが大事だと思います。また、自分が覚えたらそれを惜しまず仲間に教えて欲しいし、その中から才能のある人が出てくればいいじゃないですか。今ではPCは使えて当たり前ですから、もっと自分ができること、自分しかできないことを見つけて欲しいんです。

――チャレンジドの就労について。

岡本●お金を出して学んでもらう限り、お金を儲けて元を取って欲しいんですよ。そのために個人のスキルに応じたいろんな仕事ができる世の中の仕組みができることを望みます。ナミねぇの「チャレンジドを納税者に」というのは、ええ言葉やと思います。日頃、チャレンジドはしてもらうのほうが多いので、ほんの一部でもええから他の人を支えるためにできることをするという気持ちがあればいい。

――チャレンジドへのメッセージを。

岡本●何でもええから達人になってほしいんですわ。絵を描くこと、プログラミング、サーバーの管理など自分に備わっている才能を見つけて欲しいです。コンピュータ勉強したからいうて、コンピュータせんと売る立場に立ってもええんですから。


※ポリオ  手や足の麻痺があらわれる病気。

 

「プロップセミナー」で講義中の岡本さん。一人一人に丁寧に接しながら教えている。 岡本さんの写真 岡本さんは山登りとスキーなど多彩な趣味を持つ。「チャレンジドもいろんなところへ出かけて積極的に交流を図ることが大事」と話す。

 


潜在能力を引き出す


 岡本さんはプロップで講師を務める傍ら、今でも週1回はセルフ社に手弁当で通い、仕事のアドバイスをしている。料理も得意で趣味も多彩、その健脚ぶりからはハンディがあるなど微塵も感じさせない。
「プロップのセミナーは、決してPCを得意になってもらうためにやってるのではありません。その人の得意なところを伸ばすために、PCという道具を使っているわけです」(ナミねぇ)

 もし、作業所などでも「この子らにPCなんて無理」という人がいたら、たとえその子にグラフィックの才能があってもPCすら触れない日常になってしまうこともある。才能は身近にいる親には案外見えにくいもので、第三者のプロが見ることで光る部分を発掘することは多いとナミねぇは話す。
「だからそれぞれのチャレンジドが持つ潜在的な能力を世の中に出すチャンスをどれだけ探せるか、どれだけそういう場を提供できるかが福祉の第一歩ではないかと思っています」(ナミねぇ)

 


Column

チャレンジド・クリエイティブ・プロジェクトが
和歌山でもスタート


小規模作業所や授産施設などの福祉就労の場を、「本当の働く場」にするための試みとして始動したチャレンジド・クリエイティブ・プロジェクト(CCP)が、和歌山県でもスタートすることになった。去る11月9日に和歌山ビッグ愛(和歌山市手平)で説明会が行われ、関係者40人が参加。今回のCCPは、木村良樹・和歌山県知事の肝入りで始まり、兵庫・神戸に次ぐ第2弾として注目されている。第1弾の「ぐるぐるうずまきクッキー」「アトリエPATAPATA・さおり織り雑貨と手づくり小物」に続く地域の特性やオリジナリティあふれる作品の応募が期待されるところだ。
詳細は、http://www.prop.or.jp/CCP/

ホームページの写真

構成/木戸隆文  撮影/有本真紀


[チャレンジド] 神から挑戦する使命を与えられた人を示し、近年「ハンディキャップ」に代わる新たな言葉として米国で使われるようになった。


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●出版社 株式会社サイビズ