毎日新聞 2003年12月12日より転載

     
  毎日女性フォーラム  
 
起業女性の活動拡大
社会基盤活用カギに
 
 
これからの暮しとビジネスを考える
 
 

 


 毎日女性フォーラム「これからの暮らしとビジネスを考える」―地域社会を支える女からの発言―(主催・毎日新聞社、土木学会関東支部)が11月25日、東京都千代田区の丸ビルで開かれた。人材総合プロデュース会社ザ・アールの奥谷禮子社長がビジネスや女性の働き方について基調講演した。続いて、NPO(特定非営利活動)法人青い森空間創造女性会議理事長の北村真夕美、パリッシュ出版社長の土屋和子、社会福祉法人プロップ・ステーション理事長の竹中ナミ、由布院玉の湯社長の桑野和泉の4氏が地域の暮らしやビジネスの現状やその中での女性の役割について議論した。

 

人材総合プロデュース会社ザ・アール社長
奥谷禮子
基調講演
個人の力で付加価値のある仕事を
奥谷禮子氏の写真 おくたに・れいこ 兵庫県生まれ。甲南大法学部卒業後、日本航空に入社し国際線客室乗務員として働く。82年ザ・アール設立。86年には経済同友会初の女性会員の一人に選ばれる。02年ローソンの社外取締役に就任。


 私が資本金300万円を集めて、浜松町のワンルームマンションでザ・アールを起こしてちょうど22年目です。当時のビジネス会社はまさに男社会でしたが、今急激に崩れています。

 その理由の第一は、IT(情報技術)による情報化です。かつては偉い人ほど情報を入手できましたが、今は意思さえあればインターネットでいろいろな情報を取り出せますし、自分なりに新しい情報発信を出来ます。情報格差がなくなるということは男女格差がなくなることです。情報化時代には私は、情報の活用の仕方による「女女格差」が生まれ、最終的には男女関係なく個人の能力差の時代に突入すると思います。

 2番目のビジネス環境変化は高齢者社会と少子化社会です。今の日本には女性が子供を持とうと思うインセンティブがありません。教育にはばく大な投資がかかりますし、女性が子供を産んで働くための周辺環境の整備もまだまだです。しかし、若年労働力は05年には180万人も不足すると言われ、女性が働く必要性は一層高まっています。

 一番大きな変化は、ソフト化社会です。工業化社会では労働時間と生産が正比例していましたが、ソフト化社会ではしません。アイデアやひらめきは時間をかければ生まれるものではないからです。結果に対する付加価値がどれだけ高いものを生み出せるかが評価基準になります。しかも、グローバル社会は24時間365日がワーキングタイムですから、自分の生産性が一番高い時に仕事をすればいいのです。一方、ソフト化社会では企業は、高付加価値を生む人材しか必要としません。このような言い方をすると「強者の論理だ」と批判されますが、日本が世界市場と戦っていくためには、強者と弱者という区別ではなく、能力による役割分担の明確化が必要だと思います。働く人たちの間の階層化、かなりの高額の収入を得る人とそれなりのお給料という人の分化はいや応なく進むでしょう。そのような区別をつけないと、グローバルにいい人材は集まってきません。終身雇用、年功序列、企業内福祉といった“三種の神器”的な工業化社会ではすばらしかったシステムが、今は弊害になっています。一つの企業に勧め上げるという働き方は、働く人の人材としての価値をゼロにしてしまいます。労働市場の流動化も妨げるので、ソフト化社会の進展に伴い、これらはなくならざるを得ないのです。

 私が携わっている派遣労働というのは短期で不安定な労働だと思われていますが、全くナンセンスです。雇用形態の多様化に合わせて男性も女性も、自分のライフスタイルに合った形で雇用形態を選択するようになります。派遣労働もその選択肢の一つなのです。雇用形態の多様化の中では、女性が生産者、納税者、消費者という役割をきちっと担うことが必要になります。それは男性応分にリスク負担をすることでもあります。従って私は、配偶者特別控除やパートタイマー減税、年金の第3号被保険という制度はなくすべきだと思います。

 もはや、女性は決して弱者ではありません。22年前と違って、チャンスはいくらでもあります。高い能力を身につけ、経済力の裏付けを持ち、自立ということを認識する。そうすれば結婚や出産、育児は個人の生き方の選択肢の問題です。女性一人一人が「自分たちは自立していく。そのためにこういうやり方をしてほしい」と声を大きくしていきましょう。

 

――地域社会を支える女性からの発言――
山田編集委員の写真
山田編集委員


 山田道子・毎日新聞夕刊編集部編集委員 コーディネーターを務めさせていただきます。先ほど奥谷社長から「女性は弱者でなくなり、個人の力で付加価値のある仕事をできるようにビジネス環境は大きく変化してきている」というお話がありましたが、4人の方はまさにそれを実践している方々です。まずは自己紹介からお願いします。

 北村 私も奥谷先生同様、13年前に脱サラをして青森経営研究所を開きました。住まいは「お城と桜とリンゴの町」でおなじみの青森県弘前市ですが、会社は県庁所在地の青森市に設立しました。以来、弘前市から青森市まで片道約40キロを車で通勤しています。高齢の両親の介護をしながら働いているので、確実で速達性のある高速道路を利用しています。

 高速道路ユーザーとして一番衝撃的だったのは、青森市と県内2番目の都市である八戸市で高速道路でつながってないことです。あと26キロの工事が止まったままで、八戸のお客様の所に行くとなるとJRで1日がかりです。「21世紀になぜこんな不公平な目に遭わなければならないのか」と思い、働く女性を集めてNPO法人「青い森空間創造女性会議」をつくりました。昨年は、道路によって食料や電力を享受している首都圏の方にご理解いただこうと、東京で「地方からの『幸福づくり』女性フォーラム」を開催しました。

 土屋 私は群馬県高崎市から来ました。私どもの事業は生活情報誌「月刊パリッシュ」の制作・発行です。高崎、前橋、伊勢崎3市の家庭・事業所27万世帯に無料でポスティングしています。中身はグルメ、ショップ、ブライダル、住宅、教育、カルチャーなどさまざまですが、広告という形ではなく生活情報として編集しています。市民の声や行政のお知らせも掲載し、市民と企業と行政を結ぶ情報提供ツールにもなっています。

 「マイステージ」という会社では、群馬県内のインターネットを使っている3000人の女性をネットワークにして、企業の市場調査や商品開発に参加してもらう事業を行っています。地域経済の資源である人と企業を元気にすることが、役割だと考えています。

 竹中 こんにちは! プロップ・ステーションの竹中“ナミねぇ”です!
 プロップ・ステーション(以下プロップ)は、ITを活用して障害を持つ人が自分で情報をゲットし、自分ができることを世の中に発信することを目指しています。

 12年前にこのような活動を始めたのは、私がパソコンが得意だったからではなくて、重度心身障害児の母ちゃんだったからなんです。今年30歳になる娘は大変重い障害を持って授かりました。そのことでさまざまな障害を持つ方とおつきあいが始まりました。世の中の人は「障害者」とひとくくりにするけれど、実はいろいろな思いやできることを持っていることが分かりました。そのプラスの部分をひっぱり出すような活動がしたい。それによって、自分の娘も社会から受け入れられるのではないかと考えたのが出発点でした。

 私は今日、神戸から来ました。あの阪神大震災の被災地です。大震災の時に本当に役に立ったのがパソコン通信でした。ITに生死を分ける力があることを実感したのがきっかけで、ITの活用に積極的に取り組んでいるのです。

 山田 竹中さんは障害者を「チャレンジド」と呼んでいますね。

 竹中 新しい米語で、「挑戦という使命や課題あるいは挑戦するチャンスや資格を与えられた人」という大変ポジティブな意味を持っています。「ハンディキャップド」とか「ディスエイブル」というのはマイナス部分に着目した言葉です。目線を変えるだけで、自分の生活はすごく変わるものなんですよ。

 桑野 私の仕事は、大分県にある湯布院という人口1万2000人の町で年間400万人の方をお迎えすることです。私どもは昭和40年代から保養温泉地でしたが、私は「住んでいい町」が訪れる人にとってもいい町であると考えてきました。保養温泉地のまず静けさ、そして緑、澄んだ空気、のどかな空間です。工場は1年で建てられますが、私は100年かけて地域を作っていこうと考えています。

 そこで具体的に何をしているかですが、湯布院観光の柱は地域づくりです。湯布院は町づくりの分野では優等生だと言われていますが、やはり男性中心で、女性や子どもの視点や暮らしという角度から町を見てこなかったところもあると思います。私自身がベビーカーを押してみて初めて、ベビーカーを安心して押せる町を作ればいいんだと分かりました。子供たちと一緒に安全で安心で楽しく暮らしていける町が訪れていい町なのではないでしょうか。そして、お客さまをただお迎えするだけでなく、立ち止まって人と出会えるような空間を作ることもしていきたいと思ってます。

 


竹中氏 障害者を納税者に
竹中ナミ氏の写真

社会福祉法人
プロップ・ステーション理事長
竹中ナミ氏

たけなか・なみ 障害児医療を独学で学び、手話通訳や介護ボランティアなどの活動に取り組む。91年にプロップ・ステーションを設立。生活者起点推進会議運営委員、財政制度等審議会専門委員など多数務める。



 山田 最初に地域と暮らしに重点を置いてうかがいたいのですが、道路は青森県に限らず地域の暮らしにとって必要なものなのですね。

 北村 日本という国は地方がたくさん集まってできていると思うのです。「地方は日本ではない」というような風潮が最近なきにしあらずですが、地方の幸せこそが日本全体の幸せにつながると確信しています。

 でも東北地方一つとっても、高速道路はがい骨のようにぼつぼつ途切れています。そんな状況でも、東北地方は森や水を守り、都市に食料を送り、エネルギーを供給しています。最近では、ゴミの後始末までお引き受けしています。にもかかわらず、「地方に道路を」と申し上げても、「ぜいたくだ」と道路は悪者扱いです。しかし、地方に住む者にとって道路は救世主なのです。たった1本の道路をよすがに雪の日も嵐の日も移動しなければなりません。しかも地方では、町や村が産業、医療、教育、観光、文化の面では補完し合っています。隣の町に行かなければお医者さまがいない、学校がないというのが現実で、道路は不可欠です。

 土屋 群馬は気候的にも地理的にもまだ恵まれているのですね。
 群馬は昔から「空っ風とかかあ天下」と言われてますが、働く女性はとても多いんです。もち
ろん女性がビジネスの場面で自分の力を発揮しようとすると、あらゆる物理的、精神的なバリアを乗り越えていかなければなりません。私も7年前に会社を設立して、子供は3人おりますが、社会基盤整備は女性が働くためのバリアフリーとして大きく機能していると思います。群馬県の場合、車なしの社会参加は全く考えられません。車の保有率は全国1位で、特に20〜24歳の女性では99%です。ほとんどの女性が車を持って社会参加をしているんですね。

 車に加えて、ITも重要です。「マイステージ」では、主婦がウェブサイトで企業のアンケートやモニターに参加し、参加するたびにポイントがついて、ポイントを換金することでお小遣いをためていくというシステムを作っています。地域に住む生活者の声を、企業の商品やサービスに生かしていただきたいと考えたからです。

 


土屋氏 主婦情報網で特化
土屋和子氏の写真

パリッシュ出版社長
土屋和子氏

つちや・かずこ 日本大芸術学部卒業。結婚後、80年群馬県に移住。印刷会社勤務などを経て、97年パリッシュ出版を設立。01年には群馬県内の女性のネットワークによるマーケティング会社マイステージを設立する。



 山田 東京でフォーラムを開催なさって、理解されたという手応えはありましたか。

 北村 地図を見ていただいて道路が途切れている状況を視覚的に訴えると分かって下さいます。「クマやタヌキが通るだけの道路を作ってどうする」とよく言われますが、何故そのようになったのか、私たち地方の住民は全くかかわってきませんでした。結果だけを押しつけられ、「もう地方に道路は要らない」と言われても納得できません。

 山田 桑野さんは「生活型観光」を強調していますね。

 桑野 湯布院は観光地ですが、住民が幸せでない場所には誰も行きたくないですね。それだからこそ、自分たちの暮らしを非常に大事にしていきたいなと思っています。そもそも私は、何がなんでも今の仕事をしようと思っていたわけではなくて、湯布院という自分が生まれた町が大好きで、絶対に東京から戻りたかった。そして、そこで生きていくためには自分に何ができるか、と逆算した結果、今の仕事をしているのです。

 今まで11年間仕事してこられた理由を考えると、土屋さんと同じように道路とインターネットの存在が大きかったと思います。道路で言うと、地域の中で女性たちが子供を育てながら仕事をしていく時には、車で30分圏内に教育機関や病院があるのはとてもありがたい。10数年前は1時間半かかりましたが、それでは働きながら育児は難しい。

 今、日本の国土の面積の半分は過疎地域です。その大変さを都市の人にどう伝えるかというと、私はやはり来てもらって現場を見てもらうしかないと思うんです。現場を知ってもらうということは、人の往来があるということです。往来をするために道の役割は大きいのではないでしょうか。

 竹中 桑野さんは“旅館の女将(おかみ)”なんですね。

 桑野 たまたまそういう環境に生まれたので。旅館イコール美人女将のようなイメージは崩したいなと思っています。

 竹中 だれでも固定観念を持たれるのはいやですよね。チャレンジドは一番固定観念で見られているんですよ。「これができない、あれが無理。だから手を差し伸べてあげましょう」という形でマイナスのところを埋めてあげるという仕組みの中に組み込まれています。プロップがやりたいのは、チャレンジドが社会を支える一員になれるような地域作りです。チャレンジドに対する固定観念を住民一人一人が変えれば、地域も自然に変わっていくでしょうし、国のしくみそのものも変わっていくと思っています。

 山田 次に地域とビジネスですが、桑野さんは九州圏内の広域観光ネットワーク作りにも取り組んでいますね。

 桑野 今の時代、どこか1カ所で満足できる――ディズニーランドは別ですよ――観光地はありません。九州でいうと、熊本県の黒川温泉が最近有名ですが、湯布院からは1時間なので、湯布院――黒川というコースが生まれています。また、大分県内の他の奥山村や歴史的な地域にも皆さん必ず足を運ばれます。お客様は広域の観光の情報をすごく求められますので、私たちも湯布院をひとつの入り口と考えて、入り口で皆さんに広域の観光情報を伝えていきたいと思っています。観光には、広い地域全体を豊かにする作用があるのです。

 ただ、「九州は一つだ。みんな仲良く」とは言いますが、湯布院から長崎県のハウステ
ンボスまでは2時間半なのに、宮崎県のシーガイアまでは4時間もかかります。広域観光圏にはなり得ません。広域観光では社会基盤整備がとても大切です。

 


桑野氏 車とITの存在大
桑野和泉氏の写真

由布院玉の湯社長
桑野和泉氏

くわの・いずみ 大分県湯布院生まれ。清泉女子大文学部卒業。由布院温泉観光協会専務理事、大分経済同友会常任幹事、東京都観光事業審議会委員などを務める。10月に父から社長を継いだ。



 山田 土屋さんは地域のニーズにこだわっていますが、具体的例を。

 土屋 「マイステージ」では地域に特化したマーケティングをしています。その一つの事例をお話しすると、ある在宅メーカーさんと共同で、主婦1100人のアイデアを取り入れた「わがまま住宅」を1棟建ててしまいました。さらに、1100人の主婦の口コミの宣伝と活動を紹介した「月刊パリッシュ」の記事の相乗効果で、販売にもとても大きな成果をもたらしました。住宅作りにかかわった主婦が参加意識を持ち、その企業さんのファンになったからです。また、主婦のご近所情報の収集が潜在顧客の掘り起こしに役立ちました。例えば、「あそこの社宅に住んでいる人はいずれみんな、家を建てて出なければならないんだって」というような情報が約3000件も集まり、販売につながりました。

 私が考えるエリアマーケティングは、参加者が消費者でもあることです。今までの企業は一方的な狩猟型のマーケティングでしたが、地域では、消費者を参加させる農耕型が成立します。

 山田 プロップでは具体的にどのようなビジネスをやっていますか。

 竹中 最近はパソコン自体が非常に使いやすくなったので、チャレンジドでもいわゆる
感性――音楽とか絵とか文章とか――をそのまま外へ出していけるようになりました。ただ、チャレンジド自身がビジネスにつなぐことまではできません。そこで、プロップは企業や自治体、国から仕事を受託して、チャレンジドの能力を応じてアレンジする活動をしています。ITを使った究極のワークシェアリングみたいなものですね。

 実はこのモデルは、米国防総省のコンピューター電子調整プログラム(CAP)という、国防総省が開発した最先端の科学技術を使って、最重度の障害者を政府職員や企業のリーダーに育てる機関です。「すべての国民が誇りを持って生きられるようにすることが国防の第一歩」という考えがあるからです。

 プロップも同じようなことを目指してます。象徴的に過激に「チャレンジドを納税者にできる日本」がスローガンです。でも決して納税をすること自体が目的ではなくて、自分自身を表現して、どんどん外に出ることによって社会に認められ、社会を支える一員になるという循環を作ることが目的です。

 北村 今竹中さんのお話を聞いていて、ビジネスは納税のためではないというのはその通りだと思いました。働くのは認められて、評価されて報われたいからですよね。

 地方に住む私たちも、自分たちの手でビジネスを起こし、生きがいを感じたいと思っています。ところが、不便な所では成功するビジネスは限られます。山形県のある女性は「ITを駆使して世界に山形と東北を売り込みたい。でも東北地方には外国人が来てくれない。道路のアクセスが悪いから」となげき、レストランを経営する女性は「おいしかったからまた来るよといってくださる方が、なかなかリピーターになってくれない」と厳しい現実を指摘しています。必要な社会基盤は平等に与えてしかるべきです。

 


北村氏 地方に道路不可欠
北村真夕美氏の写真

NPO法人
青い森空間創造女性会議理事長
北村真夕美氏

きたむら・まゆみ 北海道函館市生まれ。90年青森経営研究所を設立。弘前青年会議所副理事長、青森県女性団体連絡会会長などを歴任。国土交通省国土審議会「豪雪地帯対策分科会」委員などを務める。



 山田 最後に、ご自身の経験を踏まえて女性の役割についてメッセージをお願いいたします。

 桑野 「自分の町」って言えるというのはすごく幸せなことだと思うんですよ。私は最近、NPOをつくりました。何をするかというと、「自分の町っていいよね」という情報発信をするためです。地域のことは、地域で生活している女性たちが一番よく分かっています。どこにおいしい食べ物屋さんがあるか、この季節の夕暮れはどこが一番すばらしいの
か……。そんな身近な「いいよ」を前向きに情報発信する仕組みを支援していただきたい。また、一人ひとりのニーズに合わせたものを作るのがこれからの観光の役割だと思います。そこでも生活者である女性の存在は大きいでしょう。

 竹中 障害者が本当に必要なのは、体調と精神状態のいいときだけ働けるというような「その人にあった働き方」です。

 実はそのような働き方は、チャレンジドだけではなく、定年後も働きたい高齢者、育児や家族の介護をしながら働きたい女性、リストラにあって新しい働き方を探っている人にも当てはまるのではないでしょうか。これからは高齢社会を迎えます。だから「支える側に回れる時だけ働く」という働き方を探ることは、チャレンジドのためでなけでなく、高齢社会に向けた先進的な取り組みなんです。女性はまだ介護や育児を担うことが多いだけに、そのような観点からとらえてみてほしいと思います。

 土屋 確かに女性が社会参加していく時には、家事とか、育児とか、介護とかの制約が男性より多いですね。でもマイステージに参加する主婦の皆さんは「ケンタ君のママ」とか「田中さんちの奥さん」とか呼ばれたくないという思いが強いのです。実際、ここぞという時には、女性の方が力になるかななんて最近ちょっぴり思ったりしています。

 例えば、マイステージは道づくりに関して、主婦たちと行政の方たちとの座談会を開きました。ガードレールや歩道橋の色彩など道路景観についても、女性の感性を生かせると思いました。また、沼田市から片品村に向かう国道120号の観光掘り起こし研究事業を大学と一緒にやっています。主婦が60〜70カ所の観光スポットを取材して、意見書をまとめます。このように生きた生活者の声を行政や企業に反映できるような場が増えれば、女性が力を発揮できる有効な分野になってくると思います。

 北村 私は今、青森市のコンピューターカレッジで非常勤講師をしていますが、教え子に「職場がない」と言われます。私はきっちり現場体験をして技術を習得して、故郷に帰って起業しなさいとすすめています。今は資本金が少なくても会社が起こせるようになりましたから、やる気のある女性には、自分の好きなビジネスを展開してほしいのです。

 もう一点は、応援団募集ということです。先に桑野さんが「現場に来てもらう」ということをおっしゃいましたが、白神山地でも十和田湖でも奥入瀬渓谷でもいいので一度来てみて下さい。そして、「何かおかしいんじゃないか」と私たちと一緒に感じてほしいのです。お出掛け下されば、運命を変える出会いが待ち受けているかもしれませんし、新しい自分の再発見があるかもしれません。それを通して地域の応援団になって下さることをお願いいたします。

 山田 人との出会い、人と人とのつながり、ネットワークというものが非常に大切だと痛感しました。そして、皆さん先入観を持たずに自ら能動的にネットワークを築いて自立しておられるのが印象的でした。ありがとうございました。

(敬称略)