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独立行政法人 高齢・障害者雇用支援機構 働く広場 2003年11月号より転載
 
 
 
千葉からのユニバーサルな風を
 
 

―「第9回チャレンジド・ジャパン・フォーラム2003国際会議inちば」から―

 
     

本誌編集委員 法政大学教授 松井亮輔

写真:チャレンジド・ジャパン・フォーラム会場風景
 はじめに
開催プログラム
8月21日(木)
● オープニング
「主催者挨拶」
● 特別講演
「チャレンジドを納税者に! スウェーデンの福祉最新情報」
● セッション1
「ユニバーサル社会の創造に向けて」
● 対談と鼎談
「アクセシブルなITがユニバーサル社会を拓く」
● チャレンジド・ワーカーからの発信
「介護を得ながら働くということ」
● セッション2
「ユニバーサル社会創造の課題」
● コミュニケーションパーティー
8月22日(金)
● 特別講演
「すべての人が誇りを持って生きられる国に」
● 千葉からの発信
「チャレンジドが千葉を変える」
● 特別講座
「疲れ、変形、褥瘡を防止してフルタイムで働くために不可欠な、車いすシーティング」
● セッション3
「ユニバーサル社会創造に向けた官からの発信」
● セッション4
「ユニバーサルな日本創造は地域から!」
● 第10回CJFを2005年兵庫・神戸で!
● エンディング
「大会宣言・記念撮影」

 筆者が社会福祉法人プロップ・ステーション(以下、プロップ)の情報技術(IT)活用による障害者自立・就労支援への取組みに興味を持つようになったのは、去る5月20日、都内で行われた日本IBM主催の「アクセシビリティ・フォーラム2003」に参加した際、同法人理事長竹中ナミ氏の講演「ITが拓く、チャレンジドの多様な働き方」を聴いてからである。

 その講演のなかで、同法人の事業の一環として、ITをキーワードに障害者の自立、社会参加および就労に関して産・官・学・民・メディアなどの関係者が一堂に会し、「チャレンジド(注1)を納税者にできる日本」の実現をめざした「チャレンジド・ジャパン・フォーラム」(以下、フォーラム)が1996年以降毎年ひらかれていること。そしてこの8月21、22日には、第9回フォーラムが千葉市の幕張メッセで開催されるという案内があった。 とかくこの種のイベント参加者の大部分は、障害当事者をはじめ福祉関係者というのが一般的であるのに対し、フォーラムにはそうした関係者だけでなく、産業界、政界、官界、大学およびメディアなどの関係者も多数参加するという話なので、このような多分野の人びとを惹きつける秘訣がどこにあるのか知りたいという思いもあって、今回フォーラムを取材させていただいた。

 プロップとフォーラムの経緯
写真:ナミねぇ
プロップ・ステーション 竹中ナミ理事長

 プロップの設立準備委員会が発足したのが91年5月で、その生みの親が、竹中氏である。同氏は重症心身障害児の長女を授かったことから、障害児医療・教育・福祉を独学し、障害者の自立と社会参加支援活動に従事した。

 プロップは92年夏から障害者の就労に向けたコンピュータセミナーを開始し、これまでにその修了生は延べ1,000名に上る。その修了生の一部(昨年の実績では、約100名)に対して、プロップが企業や自治体から受注した業務を紹介することにより、その在宅や施設での就労を支援してもいる。

写真:川本浩之さん
川本浩之さん
 
写真:後藤田勇二さん
後藤田勇二さん

 修了生の中には、京都府内の療護施設で生活支援を受けながら、ホームページの制作代行業とオリジナルTシャツのネット通信販売業のSOHOを立ち上げた川本浩之氏(40歳。25歳のときモトクロスレースで事故を起こし、頚髄損傷)や、徳島県内の療護施設で同様に生活支援を受けながらプロップのスタッフとしてシステム開発などに従事する後藤田勇二氏(41歳。22歳のとき二輪車の事故で両下肢と右上肢の機能障害)などもいる。両氏は、今回のフォーラムの「チャレンジド・ワーカーからの発信」セッションで、介護を得ながら働く自らの体験を発表している。

 また、新たな試みとして、プロップ、(株)フェリシモ、兵庫県および神戸市の4者合同の「チャレンジド・クリエイティブ・プロジェクト」が今年始まった。これは大手通販企業であるフェリシモの企画プロとしての知識・技術面での協力を受けて、授産施設・小規模作業所が市場で流通しうるものを提供することで、それらの福祉就労の場を「本当の働く場」に転換していこうとするもの。

 現在のところ50近くの施設などでつくられた、さをり織り雑貨、手づくり小物および手づくりクッキーなどが商品化され、フェリシモの通販ルートを通じ販売されている。

 プロップはこうした活動実績が認められ、98年9月には社会福祉法人(所在地は、神戸市内)として認可される。

 プロップのもうひとつの活動の柱が、96年夏以来、開催しているフォーラムである。竹中氏の近著『ラッキーウーマン』(飛鳥新社発行)によれば、フォーラム開催の目的は、プロップの基本理念でもある「障害の有無に関係なく、すべての人が持てる力を発揮できるユニバーサル社会(注2)」実現のための法律づくりをめざした市民運動ともいうべきもので、その手助けをしたのがフォーラム座長を務める、東京大学大学院情報学環教授須藤修氏、三鷹市長清原慶子氏(当時は東京工科大学教授)およびプロップ後援会長の慶応義塾大学大学院教授金子郁容氏などである。

 第1回フォーラムの参加者では、30〜40名程度であったのが、最近では1,000名以上(今回は、約1,200名)にまでなっている。

 第9回フォーラムの主な特色と内容
写真:北川正恭知事
北川正恭早稲田
大学大学院教授
(前三重県知事)
写真:堂本暁子知事
堂本暁子
千葉県知事
写真:増田寛也知事
増田寛也
岩手県知事
写真:浅野史郎知事
浅野史郎
宮城県知事
写真:木村良樹知事
木村良樹
和歌山県知事
写真:井戸敏三知事
井戸敏三
兵庫県知事
写真:矢田立郎市長
矢田立郎
神戸市長
個性豊かな知事たちも発言「ユニバーサルな日本創造は地域から!」

 今回のフォーラムは、8月21日(木)午後1時から22日(金)午後6時30分までの1日半にわたる日程でひらかれた。そのプログラムは、別表(19頁)のとおりである。

 その主な特色は、タイトルにもあるように、千葉県で開催されたことと、「国際会議」とされていることである。

堂本暁子千葉県知事、浜四津敏子参議院議員、野田聖子衆議院議員もパネリストで登場

 オープニングの挨拶のなかで、堂本暁子千葉県知事は、「経済的価値が最優先される時代から、一人ひとりが自分らしく生きられる新しい時代にしていくこと、そうした社会を実現するためにも障害者も含め、各自が自分の可能性を最大限発揮して納税者としての責任を果たすことが重要である。

 また、千葉県は障害者雇用では全国で44番目なので、その早急な改善に向けて今年を『障害者雇用促進元年』と位置づけ、『世界に誇れるチャレンジド就労県ちば』をめざして各種の施策を展開している。その意味でも、今回のフォーラムは同県にとって大変意義がある」などを強調された。

「千葉からの発信」でコーディネーターを務める西嶋美那子さん

 第2日目午前中のセッション「千葉からの発信」(コーディネーターは、本誌の編集委員でもある、社団法人日本経済団体連合会障害者雇用アドバイザー西嶋美那子氏)では、キーボードやマウスのかわりにコンピュータを駆使するソフト(音声認識技術)を活用してホームページや情報提供システムづくりを支援している(株)クレセント、県立四街道養護学校卒業生9名(全員進行性筋ジストロフィー症)を対象として、同校内に設けられたワークショップ「まごころ」でのコンピュータグラフィックを活用したカレンダー、ポスターおよびホームページづくりなど、ならびに視覚障害者によるパソコンを使った就労の場である社会福祉法人「あかね」のワークアイ・船橋における講演会・会議などのテープ起こし、各種のデータ入力や点字名刺の作成など、障害者就労支援サイドでの取組みが紹介された。

 また地元企業の取組み事例として、NPO「ゆうゆう」が設立した、びんや缶、および家電製品のリサイクルなどを事業とする(株)本埜共進(従業員38名の大半は、知的障害者。同社の冷蔵庫や洗濯機などの家電製品を1台1台すべて手処理で分解していく方法は、循環型社会づくりに有効と評価されているという)、および東京ディズニーランドを経営する(株)オリエンタルランドの特例子会社(注3)として99年に設立された(株)舞浜ビジネスサービス(従業員170名中障害者122名(身体障害者44名および知的障害者78名)で、花卉栽培・クリーニング・フード関連業務・情報処理などの業務を親会社のオリエンタルランドから受託し、事業を展開)などが紹介された。

 千葉県では今年度新たに「障害者就業支援キャリアセンター」を設置。同センターはジョブコーチ8名と関係機関等との調整役となるコーディネーター1名を配置し、個人の能力・特性に合った就業支援を実施する。また来春からは、経済的に自立できる障害者の就労の場を県内に広げることを目的に、障害者雇用に関するノウハウを無償で提供する「協力企業」等と、実際に障害者雇用による事業を行う企業等を全国から公募し、県が両者を仲介、起業に結びつけようと計画している。協力企業等を8月中に決定し、9月には開業希望事業者を募集するなど、堂本知事のリーダーシップのもと、障害者雇用促進への積極的な意気込みが感じられる。

 なお、21日にはフォーラムの隣りの会場で、千葉県障害者技能競技大会が開催された。同大会は、障害者の技能に対する社会の認識を高めるとともに、障害者自身の技能の向上を目的として72年から毎年ひらかれている全国障害者技能競技大会(アビリンピック)に千葉県から出場する選手の選考会でもある。今年の千葉県大会は、IT分野に特定した、ワードプロセッサー、表計算、データベース、ホームページの5種目について競技が行われ、参加者は47名(うち視覚障害者10名)であった。

海外からのゲストも多数参加

 今回のフォーラムで海外からのゲスト・スピーカーが登場するのは、第1日目冒頭のスウェーデン関係者(スウェーデン障害研究所部長スティーク・ベッケル氏等)による「特別講演」、野田聖子衆議院議員とビデオ対談するマイクロソフト社会長ビル・ゲイツ氏、ならびに第2日目冒頭の米国関係者(国防総省コンピュータ電子調整プログラム(CAP)理事長ダイナー・コーエン氏等)による「特別講演」と昼の「ワーキングランチ」である(特別講演者の招聘などは、スウェーデンおよび米国両大使館の協力で実現)。

 これらの特別講演などで印象深かった点は、次のとおり。

 スウェーデンでは、障害者が市民社会にふつうに参加できるよう、2010年までにすべての公共施設をアクセシブルなものにするための取組みが進められている。また、国立障害研究所は、障害者に質の高い福祉機器を安価で提供するシステムを構築。こうした福祉機器の提供により障害当事者およびそのケアにあたる家族や関係者のQOL(生活の質)の向上に寄与するばかりでなく、費用対効果の点からも有利であることなど。

 米国国防総省に設置された、ITで障害者の就労を支援するCAPは、いまでは国防総省以外の政府機関に対しても技術支援を行っている。毎年夏、連邦政府機関が全米から200名以上の障害を持つ大学生を実習生として受け入れることで、それらの学生の就職を支援するなど、連邦政府機関が雇用主として率先して障害者雇用に取り組んでいる。

 また、2001年6月に施行されたリハビリテーション法第508条では、連邦政府が購入する製品やサービスは、障害者を含む、すべての人びとにとってアクセシブルなものでなければならないと規定。そのことを通して連邦政府は、すべての人にアクセシブルな製品やサービスの普及の促進を図っていること。

 スウェーデンや米国での取組みは、我が国関係者にとっても大いに参考になろう。

 ユニバーサル社会基本法案(仮称)とは
千葉障害者技能競技大会

 前述したように、フォーラムはユニバーサル社会実現に向けての法律づくりをめざしているわけであるが、第1日目の セッション1「ユニバーサル社会の創造に向けて」にパネリストとして参加した衆議院議員野田聖子氏および参議院議員浜四津敏子氏などによれば、同基本法の基本的な考え方は次のとおり。

 同基本法は、社会を障害者に合わせるという「障害を持つアメリカ人法」(ADA)の理念をもとにしたものであるが、ADAがその対象を障害者に限定しているのに対し、同基本法では障害者だけでなく、高齢者も女性も含む、社会全体を考えることを意図しているところが異なる。少子高齢化の進展で今後さらに労働力の減少が避けられないわが国では、すべての人が能力に応じた役割を果たせるようにすること。そして、すべての人がその人なりに幸せに生きうる社会が、国および社会全体にとっても大切。現在与党3党のユニバーサル社会形成促進プロジェクト・チーム(野田議員と浜四津議員がそれぞれ座長および副座長に就任、竹中氏も専任講師として当初から参加)でその法案づくりをすすめているとのこと。

セッション「官からの発信」では、6省の関係者が出席

 一方、同じくそのパネリストを務めた堂本知事は、「一人ひとりに合わせるのでなく、国の制度に合わせなければならないのがいまの仕組み。一人ひとりの都合が認められることが、ユニバーサル社会ではないか」と発言。

 当事者の立場から参加した社会福祉法人愛光専務理事高梨憲司は、「近年、施設福祉から地域福祉へということが強調されているが、施設利用者が地域に戻った場合、周囲の人びとの協力がないと孤独生活になってしまう危険性がある。そのためには地域の人びとの意識を変えることが大切」と強調。

 また、千葉市障害者相談センター職員山口亜紀彦氏(同氏と介助犬「オリーブ」については、本誌6月号のグラビアで紹介)は、「身体障害者補助犬法」(昨年10月1日より施行)ができたことで、周囲の人びとの介助犬への対応が変わったという実体験から、「制度が変わることによって人びとの意識が変わる一方、人びとの意識が変わることによって制度が変わること」と指摘。

 次回のフォーラムは2005年神戸で

 第2日目の最後に「すべての人が力を発揮し合い、支え合うユニバーサル社会実現に向けてさらに積極的な活動を展開すること。また次回のフォーラムを阪神・淡路大震災10周年にあたる2005年、神戸で開催すること」などをうたった大会宣言を満場一致で採択し、フォーラムは成功裏に終了した。

大会宣言を満場一致で採択

 

「チャレンジド・ジャパン・フォーラム(CJF)2003国際会議inちば宣言」
(1) 私たちは、CJFの理念に賛同した「ユニバーサル社会」形成に向けた動きが、国政レベルで始ったことを歓迎し、この動きの前進に向けていっそうの情報発信に努めます。
(2) 私たちは、これまでCJFが発信してきたメッセージが、国や都道府県の新しい障害者施策づくりにも反映されるようになってきたことを歓迎し、より良い社会システムが実現されるよう、いっそうの情報発信に努めます。
(3) 私たちは、チャレンジドの多様な働き方を創出する企業やNPOなどの取り組みや、当事者の努力を歓迎し、各人の立場で可能な限り、支援や連携に努めます。
(4) 私たちは、障害の有無、老若男女の別、政治的・経済的価値観や境遇の別などにかかわらず、今この社会に生きるすべての大人にこの社会に対する責任があるという認識に立って、すべての人が持てる力を発揮し、支え合う「ユニバーサル社会」の整備に努めます。
 おわりに

 今回のフォーラムでパネリストなどとして登場したフォーラム座長の須藤教授、野田・浜四津両議員ならびに堂本知事などから一様に聞かれたのは、フォーラムに参加して「元気がもらえる」、「文句を言うだけでなく、課題を乗り越えるための対案を出すだけの努力をするパワーを感じる」、「いまの日本を変えるヒントがあるのでないか」などという言葉であった。少子高齢化が進むなかで、制度疲労から出口が見えない現在の日本にとって、フォーラムが標榜する「ユニバーサル社会の実現」は、確かに魅力のある概念であるが、その現実化にはさまざまなハードルが存在することもまた事実と思われる。

 「障害者を税の消費者から納税者に転換」することを支援する職業リハビリテーション・サービスが、障害当事者や関係者ばかりでなく、国にとってもきわめて有利な投資であることが、米国ではすでに50年代から強調されてきたことを想起すれば、プロップが提唱する「チャレンジドを納税者に」というキャッチフレーズは、必ずしも新しい概念とはいえない。しかし、いまの日本でそれが大きな意味を持つのは、「現在350億円の税金が滞納されていることが千葉県の財源を圧迫」(堂本知事)、また「全国的にも地方税の徴収率は93.4%(2001年度)と『終戦直後以来の低水準』で、地方税の累積滞納額は2兆3,000億円にも達する」(日本経済新聞2003年8月24日)といった状況にあるためと思われる。

 このような意味でフォーラムが多くの多様な人びとを惹きつける魅力があるイベントであることとともに、個人的にもきわめて得るところの多い、2日間であった。


編集委員の素顔  松井亮輔
 法政大学現代福祉学部教授。学部では障害者福祉論等、大学院ではリハビリテーション持論等を担当。最初の職場(障害者授産施設)以来、障害者の職業リハビリテーションおよび雇用・就労をテーマに取り組む。また、国際労働機関(ILO)、リハビリテーション・インターナショナル(RI)および国際協力事業団などの関係で、とくにアジアの途上国における障害分野の国際協力プロジェクトなどにも深く関わっている。

 

 

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