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SOHOコンピューティング 2003年10月号より転載

     
  プロップ・ステーション便り ナミねえの道  
 
 
  第16回――
「デジタル地図バーチャルファクトリ」開始
 
  NTTネオメイトより受注
通勤困難なチャレンジドが
エリアフリーで遠隔就労
 
 
 
     

掲載ページの見出し

プロップ・ステーション
プロップ・ステーションは、1998年に社会福祉法人として認可され、コンピュータと情報通信を活用してチャレンジド(障害者)の自立と社会参画、特に就労の促進と雇用の創出を目標に活動している。

ホームページ
http://www.prop.or.jp/

竹中ナミ氏
通称“ナミねぇ”。社会福祉法人プロップ・ステーション理事長。重症心身障害児の長女を授かったことから独学で障害児医療・福祉・教育を学ぶ。1991年、プロップ・ステーションを設立した。現在は各行政機関の委員などを歴任する傍ら、各地で講演を行うなどチャレンジドの社会参加と自立を支援する活動を展開している。近著に『ラッキーウーマン 〜マイナスこそプラスの種!』(飛鳥新社)がある。

 NTT西日本のグループ会社であるNTTネオメイトが、デジタル地図の製造・メンテナンス業務のためにITネットワークを駆使して、国内初のチャレンジドによるオンラインでのテレワーク形態を採用した。その「デジタル地図バーチャルファクトリ」のオープニングセレモニーが、去る7月22日、プロップ・ステーション(神戸)と熊本会場とを結んだ二元中継で開催された。「バーチャルファクトリ(仮想工場)」は、熊本市のデジタル地図センタと神戸市及び熊本市のデジタル地図工房で構成され、そのクリエータとして白羽の矢が立ったのが熊本県が推進するチャレンジド・テレワークプロジェクト(※1)とプロップ・ステーションのチャレンジドたち。

 センタと工房は、NTT西日本の「Bフレッツ」や「フレッツ・オフィスワイド」などブロードバンドネットワークや高度なセキュリティ技術を活用してオンラインで結ばれる。熊本のセンタに常駐するスーパーバイザがPCによる会議システムや作業画面の共有機能を活用し、工房のクリエータとお互いに顔を見ながらリアルタイムで作業を進める。チャレンジドなど通勤困難な人にとって就労機会が広がる画期的なシステムだ。


ユニバーサル社会に向けて

――プロジェクトの経緯について。

ナミねぇ●最近、電子地図はカーナビゲーションの一つをとっても相当詳しい地域まで表示できるようになりましたが、たとえば“歩行者ナビ”や“車椅子ナビ”はまだありません。いつか車椅子や目の見えない人、高齢者が自由に情報を得ながら移動できる地図が欲しいと思ったんですね。

 そのためには企業主導で国民運動的にユニバーサルな地図を作る方向へと進め、それにチャレンジドがリーダーシップをとって参画する方法しかないと。そんなときにNTTネオメイトの西村憲一社長が、「チャレンジドの在宅ワーカーで電子地図を作れないか」という発想のもとに、プロップに相談に来られて実現に至りました。

――バーチャルファクトリについて。

ナミねぇ●プロップは以前から、「最先端の科学技術によって重度の障害を持つ人が世の中に進出できるんや」とずっと言い続けてきましたが、バーチャルファクトリはまさにその証明です。センタ(熊本)のスーパーバイザと直接繋がってアドバイスを受けながら仕事をする形態ですが、クリエータの入力状況はすべてセンタのサーバーによって管理されるため、非常にセキュリティの高いシステムです。神戸の工房は、まずプロップでセミナーを受講した在宅スタッフ5名でスタートしますが、彼らにはリーダーとして次の在宅チャレンジドを指導できるように育ってもらいたいですね。

――これからの可能性について。

ナミねぇ●介護の必要な人は、一人で働くことが難しい存在です。彼らが多数集まって、システムを組んで仕事をするのですから、役割分担などコーディネイトがしっかりしていないとバラバラになってしまう。その意味でプロップのような存在の役割が重要になると思います。プロップだけでなく中核を担う存在としては、授産施設や小規模作業所が考えられます。大事なことは技術論ではなく、施設の設置者や授産施設で働く人たちの意識が変われば、介護を受けながら仕事ができるSOHOの基地にすることも可能でしょう。モノづくり中心だった作業所も、最近ではPCを使うところも増えていますので、エリアフリーでチャレンジドが働けるようになればいいですね。

 セレモニーでは西日本電信電話株式会社の上野至大社長が主催者代表として挨拶し、レゾナントコミュニケーションネットワーク(※2)のモデルとして、新たな就労形態の広がりへの展望が述べられた。その後、バーチャルファクトリの運用開始の合図で、関係者らによってスイッチが押され、熊本会場と神戸会場で実際の作業がスタートした。

 ブロードバンドビデオトークでは潮谷義子熊本県知事、幸山政史熊本市長、井戸敏三兵庫県知事とナミねぇが参加。ブロードバンド普及による画期的なシステムへの驚きとともにチャレンジドに限らず女性、高齢者への雇用機会の拡大への期待が寄せられた。最後に西村社長からは地域発展に役立つためにクリエータと力を合わせて頑張りたいという決意が述べられ、大盛況のうちに閉幕した。


※ 1 チャレンジド・テレワーク・プロジェクト 熊本県が取り組んでいるチャレンジドの在宅就労推進のための実証実験プロジェクト。
※ 2 レゾナントコミュニケーション Resonantは「共鳴する」の意。BBで人や企業が双方向に結ばれ、互いに共鳴しながら進歩する新世代のコミュニケーションのこと。


まとうさんの写真
熊本と神戸をネットワークで直結。
PCを通じて顔を見ながら作業が可能となる。

個性さえ生かすITの威力

 車椅子の場合、障害が下半身だけなのか全身性なのかは一見してもわからないことがある。要は人のサポートが必要か否かが、大きな差であるとナミねぇは言う。

「下半身だけの障害はもとより、障害が全身性で困難の度合いが高い場合であっても、プロップのチャレンジドのようにITが可能性を開いてくれました」(ナミねぇ)

 チャレンジドが積極的に社会に参加し、自分自身を伝えることで世の中を変える原動力になる。一方で本人の性格や家族の雰囲気で一概には言えないのも事実。

「障害の有無に関係なく、引っ込み思案な性格の人が社交的になろうと無理をするのも苦しいだけでしょう。でもITが凄いのは、障害を持ったことで消極的になることなく、そのままの性格で社会とつながる、仕事ができるところ。自分を伝えることのが苦手な人でも、オンラインで出会っただけでお互いがスタッフとしての深い信頼関係を結べる。素晴らしいことですね」(ナミねぇ)

 


Column

「第9回CJF(チャレンジド・ジャパン・フォーラム)
国際会議 in ちば」速報!

ビル・ゲイツさんとナミねぇの写真
会場内の模様。以前、本企画で取材した福井県の在宅ワーカー・山崎安雅さんも登壇。

去る8月21、22日の2日間にわたって「第9回チャレンジド・ジャパン・フォーラム(CJF)2003 国際会議 in ちば」が千葉県幕張メッセ国際会議場で開催され、連日大勢の参加者で賑わった。今回は米国およびスウェーデンの最新の福祉施策づくりが紹介されたほか、MSのビル・ゲイツ氏によるビデオ対談やCJF初の健康に働くための「車椅子のシーティング」実践講座が行われ、注目を集めた。また、千葉県の堂本暁子知事をはじめ、浅野史郎宮城県知事、北川正恭早稲田大学大学院教授らによるパネルディスカッションでは、それぞれが各自治体の取り組みなどを披露。本音も交えた討論に会場は熱気に包まれた。最後にユニバーサル社会創造に向けての「大会宣言」を採択。本フォーラムの様子は次号、本誌で詳しくレポートする。

 


構成/木戸隆文  撮影/有本真紀・佐々木啓太


[チャレンジド] 神から挑戦する使命を与えられた人を示し、近年「ハンディキャップ」に代わる新たな言葉として米国で使われるようになった。


●月刊サイビズ ソーホー・コンピューティングの公式サイト http://www.soho-web.jp/
●出版社 株式会社サイビズ