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NEW MEDIA 2003年10月号より転載

     
 
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日本のチャレンジドももっと大学へ!
〜IT時代の高等教育就学支援策

 
     

日本では今日、学力と学費さえあれば高等教育(大学・短大・専門学校)を受けられるものと思われている。しかし、チャレンジドにとっては、そうではない。いまだに受け入れ環境が整備されておらず、そのことが学力や学費の問題以上に高いバリアになっている。

文部科学省の大学共同利用機関であるメディア教育開発センター(NIME)で高等教育におけるサポートシステムについて研究する広瀬洋子助教授は、「先進諸国の中で日本の大学は現状を恥じるべき」という。「優秀なチャレンジドが高等教育を受けられないのは日本の損失」という竹中ナミ・社会福祉法人プロップステーション理事長と語り合ってもらった。
(報告:中和正彦=ジャーナリスト)

 


竹中ナミ
社会福祉法人プロップステーション理事長」
広瀬洋子
メディア教育開発センター
メディア活用研究開発系 助教授」
竹中ナミさんの写真
広瀬洋子さんの写真

 


日本の大学は現状を恥じるべき


―― 日本のチャレンジドの大学進学率は、アメリカの数十分の一だそうです。それは、日本のチャレンジドが劣っているからではなくて、大学の環境整備が大きく遅れているからですよね。

広瀬 大きな要因だと思います。たとえば、最近はどの大学も見栄えのするウェブサイトを開設していますが、NIMEの調査から、障害を持つ学生関連情報を掲載していたのは400以上の大学でたった6校だけでした。アメリカだったら、どの大学でも公式サイトで検索をかければ、支援オフィスや相談窓口にリンクされますし、教員向けのガイドブックなどが掲載されていることも少なくありません。

 私は2年前、全米の大学の障害者支援局のコーディネータや研究者が集まるAHEAD(Association of Higher Education and Disability)の第24回大会であちらの会長に日本の現状を話したら、「アメリカの30年前と同じだ」と言われました。

 世界の大学ランキングの中で日本の大学の教育力は高いとはいえず、文部科学省も大学関係者も改革に乗り出そうとしています。ところが、障害者を含む多様な学生への支援ということは言われない。子育て中の母親、シニア世代、勤労者、留学生など、こうした人々に充実した教育をいかに届けるか、それこそ大学全体の教育力アップに繋がると思うのですが。

竹中 世の中には資格を取らないと就けない仕事がありますが、資格には大学に出ないと取れないものがたくさんあります。また、学歴社会では、学歴がないために就きたい仕事に就けなかったり、就いた仕事の中でも昇進できなかったりします。そんな中で、障害のために大学に入れないというのは、「あなたは障害者だから一般社会でのサクセスを望んではいけない」と言われるようなものです。

 身体的なハンディは致し方ないとしても、社会的ハンディは社会を挙げてなくしていかなければいけません。そういう意味では、いまだに障害を持つ人が思うように高等教育を受けられない日本の状況は、本当に社会として恥ずかしいことだと思いますね。

 


チャレンジドの高等教育
放送大学で感じた可能性


竹中 ところで、私は重症心身障害の娘を授かったことから、チャレンジドの教育に関心を持ちました。

 いろいろな障害を持った人に会って、才能のある人がたくさんいることを知ったんですが、そういう人が、高等教育はおろか、「就学義務の免除・猶予」の名の下で義務教育すら受けられないまま大人になっていたりするんです(義務化されたのは1979年)。「日本は何てもったいないことをしているのか」と思いました。

 障害があろうがなかろうが、教育を受けていようがいまいが、何かをしたい、そのために今から学びたいと思ったとき、学べる仕組みが必要だと思いました。それが、就労のためのコンピュータセミナーを基盤としたプロップステーションの活動を始めた大きな理由の一つです。

 広瀬さんの場合は、どういうことからチャレンジドの高等教育の問題に持たれたんですか?

広瀬 私はイギリスの大学院で社会人類学を学びました。帰国後、民間の研究所を経て、現在の職場の前身の放送教育開発センターに入りました。

 当時は、放送大学の全国化に向けての調査や、遠隔教育の比較研究などが主な仕事でしたが、その中で放送大学には一般大学の2倍くらいのチャレンジドが学んでいることに気づきました。

 そんな時、全盲の学生の卒論のために、各界で活躍している障害者にインタビューして回るのにつきあうことになりました。それから、放送大学のチャレンジドにインタビューを重ね、従来の高等教育の枠からはずれていた多様な人たちの大学教育の重要性と、放送大学のようなメディアを活用した遠隔教育の役割を考えるようになりました。

 15年ぐらいの話。まだITによる遠隔教育が出てくる前のことです。

 


イギリスとアメリカそれぞれの取り組み


竹中 広瀬さんはその後、イギリスやアメリカの先進的な取り組みを日本に紹介されていますね。今日は是非そのあたりのことをお聞きしたいと思います。

広瀬 イギリスの取り組みでお話ししたいのは、放送大学のモデルにもなったオープンユニバーシティ(OU)です。OUは現在博士課程も設置され、英国の大学の中でも高い教育力と評価されています。

 かつてイギリスの大学はエリート育成の場だったのですが、もっと大勢の人に大学教育をしなければ国力は高まらないという問題意識から生まれたのがOUです。1973年、欧州で最大規模の遠隔教育の大学として開設されました。対象としたのは、戦争で教育を中断された人、勤労者、中には潜水艦の乗組員や服役中の受刑者、入院中の人さえいます。開設当初からチャレンジドは優先的に入学できる制度になっていましたし、教材も工夫されていました。是非OUのサイトで「disability」を検索してください。チャレンジドの就学関連の情報がたくさん出てきます。

 日本の放送大学はOUをモデルにして生まれたはずなのに、なぜかチャレンジドへの対応は見習っていません。IT時代になってますます可能性の拡がる大学教育システムであることはOUが実証しているので、もう一歩踏み込んだ取り組みをしてほしいと思います。

―― 通学する大学の就学環境については、アメリカが非常に進んでいるようですね。

広瀬 アメリカの場合は、「すべての人間に平等なチャンスを与える」ということが建国以来の国是になっています。とくに、1960年代に黒人が公民権獲得に立ち上がって以降、女性や先住民など数々のグループが差別撤廃に立ち上がりました。チャレンジドの運動もその人種獲得運動の流れの中で生まれました。その結果、高等教育に絞って言うと、70年代に出来たリハビリテーション法504条と1990年の障害を持つアメリカ人法(ADA)によって、ほとんどの大学にチャレンジド支援体制が整備されました。

 いまアメリカの大学は、もしチャレンジドから「差別的な対応を受けた」と告訴されて敗れたら、多額の賠償金を課せられる上に、連邦政府からの助成金も打ち切られ、経営破たんに追い込まれます。ですから、大学はチャレンジド就学支援のオフィスを持つだけでなく、学長や副学長直属で、学内でADA違反がないようにチェックする「ADAコーディネータ」という専門職を置いています。

 


大学教育でも障害者対応が
すべての人の利益になる


―― 実際に学生に教える教員も、日本とは違いますか?

広瀬 いまアメリカでは、「教師は3つの方法で授業を展開できなかったら良い教師とは言えない」といわれています。従来型の講義、ビデオなど視聴覚教材の活用、デジタル化した授業内容のウェブ掲載です。

 とくに情報技術の活用は、盲人がテキストを音声読み上げソフトで読んだり、聴覚障害者がコンピュータを使った同時字幕を使ったりと、大きな恩恵を受け、彼らの中にある能力がどんどん引き出していくことができます。自分に合った方法で学習を続けていける。これは一般の人にとってもありがたい。

 人にはそれぞれ知識の吸収や表現の仕方に得意な方法と不得意な方法があります。さまざまな教授法を考えることは、結局、すべての学生の利益につながるんです。

竹中 でも、ビデオやウェブを作るのも、先生が全部自分でやるんですか?

広瀬 いいえ、多くの大学には「イントラクション・デザイン」という部署があって、教師の指示で講義内容のウェブを制作したり、ビデオ教材を作ったりするスタッフがいるんです。これも、日本にはないですね。

 日本の場合、機器を買う予算はついても、それを駆使して教員を支援する人を雇う予算はつかない。だから、機器に強い教員がいると、みんなその人に頼むようになるんですけど、それでその人のお給料が上がるわけではない。善意でがんばるほど、評価にはつながらない仕事が増えて、結局、燃え尽きてしまう、といったことが起こりがちです。

 こうした支援の仕事に、それこそプロップステーションのような組織と連携して大学のIT支援を行っていくのもいいですね。

 


得意なことで組んでことに当たる関係が大事


竹中 「先生も万能ではないから、ちゃんとサポーターをつけましょう」というお話ですよね。それは、プロップの考え方と同じです。たとえば、私はいまだにコンピュータはダメで、人よりも強いことと言ったら口と心臓と体力ぐらい。だから、それをフル回転させて全国を飛び回ってメッセージを発信するのが、私の役割なんです。コンピュータのことは、身体は不自由だけれどもコンピュータには強いという人にやってもらえたらいい。

 こういう発想に立つと、障害は決定的なマイナスではなくなるんです。自分ができないことは得意な人と組めばできる。その分、自分は自分の得意なことを伸ばして貢献すればいいんです。

 日本のチャレンジド高等教育の状況はアメリカに30年遅れているということですが、アメリカやイギリスの先進事例をきちんと学べば、日本は10年や5年で追いつける。私はそう思います。そのための行動を、プロップとしても起こしていきたいと思います。広瀬さんともぜひタッグを組んでやっていきたいので、よろしくお願いいたします。

広瀬 竹中さんのような説得力とコーディネート能力がある方が、われわれをチャレンジドの運動に巻き込んでくださるのを、とてもありがたいと思っています。本当に力を得たと思います。

―― ありがとうございました。

 



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