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魁(さきがけ)Vol.2 2003年8月31日より転載

     
  チャレンジドを
納税者にできる日本に
 
 
障害者の就労自立応援に奔走する竹中ナミさん
 
 

 

かじってある
リンゴのマークの
段ボール箱が届いた!?
そんなスタッフがドでかいことに挑戦し始める。

 

竹中ナミの写真

 

転換期をむかえた日本の障害者福祉


 冒頭から、横文字ことばに少なからず抵抗を感じておられる方も多いと思います。それもそのはず、日本では介護や身辺サポートが必要なチャレンジド(障害者)が「働いてお金を稼ぎたい」といっても、「家族が面倒みればいい」「年金や補助金あげるから、静かに暮らしていればいい」という「保護と救済」の福祉観が根強く、就労への思いはなかなか理解されていないのが現実です。「チャレンジドが誇りをもって働き、納税者になる」というのは、アメリカやスウェーデンでは当然のことと考えられているといいます。ペンタゴンをはじめ政府機関や教育機関、企業やNPOでチャレンジドが大勢働いている海外の事例に学ぶしかありません。

 人生、いつどこで何が起きて、体が不自由になるかはわからない。不自由になると、即「障害者」と呼ばれ、会社をクビになったり、学校に通えなくなり、外出もままならなくなったり…と社会から隔離されてしまいがちなのが現在の日本社会といえます。また、生まれつき障害のある人は「かわいそう」といわれ続けたりします。日本のチャレンジドもどうしたらアメリカのチャレンジドと同じように「誇りをもって働ける人」になれるのだろうか。障害の有無にかかわらず、持てる力を発揮し支え合って生きる社会にしなければいけない、「税金からナンボとってくるかが福祉」という福祉の常識をくつがえすことからスタートしたのがプロップ・ステーションなのです。

 

コンピュータが五感や脳の一部に


 「プロップ」とは「支え合い」という意味。重度の障害者にアンケートをとったところ、「コンピュータを使って、在宅で仕事をしたい」の声が圧倒的でした。10年も前の、まだパソコン通信がまだ一部の人たちの間で始まったばかりという時代です。チャレンジドにとって、「コンピュータが五感や脳の一部になる」ことを予感したといいます。しかし、そのアンケートで4つの課題が浮き彫りになりました。学ぶ場所がない、技術がプロとして通用するのかの評価のシステムがない、果たして仕事に結びつくのか、そして仕事があったとしても通勤ではなく在宅で働きたい。

 この四重の壁をキーワードに、チャレンジドとともに試行錯誤を重ね、現在はすべてクリア。社会全体に広まっていくにはこれからだ、と竹中ナミさん。

 

パソコンでの作業風景の写真

オンラインの仕事は結果がすべて。
納期と値段とグレードが合えば何人でやろうと構わないはず。

 

健常者と同じ土俵に立って


 実力主義になった時代だけに、コンピュータという道具を使えば、障害者が障害のない人と同じ土俵に上がれるというメリットが出てきたと思っている。この時期をチャンスととらえるか否かによって、状況を自分で変えることができる。特にオンラインの仕事は、結果がすべて。ただ、障害があるゆえに、グレードはまったく同じでもスピードや量では負けてしまう。そういうときにプロップ・ステーションのようなコーディネイト機関が、ふたりでひとり分の仕事を請け負うような仕組みをつくればいい。発注側にとっては、納期と値段とグレードが合えば、何人でやろうが構わないはず。障害の有無にかかわらず、在宅やフリーで働く人が多いIT関連の分野では、今後このようなシステムが定着していくのではないでしょうか、という。

 

 


解説
 ザ・チャレンジド(The Challenged)
 15年ほど前、アメリカで「ハンディキャップ・ピープル」という呼称に代わって生まれたことば。「神様から挑戦という使命や課題、チャンスを与えられた人」という意味がこめられている言葉。また「チャレンジド」には「すべての人間には、生まれながらに自分の課題に向き合う力が眠っているよ」というメッセージも含まれている。そのきっかけづくりをしているのがプロップ・ステーションというわけ。

 

眠っている力を呼び覚まそう


 「チャレンジド」という言葉は、インターネット上、行政の公文書、研究者の論文などいろいろな文書のなかで使われ、この言葉が広く認知されていることが分かります。
 解説にも触れましたが、「チャレンジド」に込められている「自分のなかにいろんな力が眠っているよ」というメッセージに気づいてそれを生かそうとするきっかけづくりがプロップ・ステーションの役割だという。
 最終的には本人が変化しなければ何も始まらない。人は何故わざわざ過激で厳しい訓練が必要なスポーツに挑戦するのか、ということです。要するに、人間は「自分を磨くためにはリスクも負う」ということを、本来わかっている生き物。その感覚に障害の有無は関係ない。
 その「勉強」だったり「投資」だったり、人によって異なる。家から一歩出れば「身の危険」というリスクかもしれない。でも、そのリスクをひとつひとつクリアしながら「次へ進もう」とするか否かの問題。
 これまでは「障害がある人はみな守ってあげないといけない」という視点だけでした。「いらんお世話や」と思う人もいるのに、と竹中さん。

 

竹中ナミの写真

 

この子がいるからこんな生き方ができる


 昔は「障害をもつということは不幸」「障害児がいるということは不幸」という考えが大勢を占めていました。そこへ「いや、そうじゃない。この子がいるから私はこんな生き方ができるんだ」というお母さん達が現れた。竹中さんもそのひとり。
 次頁にご紹介した著書「ラッキーウーマン」のなかにも語られているように、竹中さんがこの活動をはじめたきっかけは、重度心身障害をもった娘さんが生まれたこと。
 生来、他人が敷いたレールに乗るのが嫌いで、レールそのものを疑う性格とか。そのため、わが娘のことについても、専門書をよみあさったり、医師や福祉関係者やリハビリの大家といわれる人に会っては質問攻め。「もうあんたには来てほしくない」といわれたほど。とにかく納得できるまで徹底追及。その性格が、障害のある子が生まれてきたことで、いい方向に活かされた。そう思っているのは自分だけかも…と笑い飛ばしている。

 

身の丈にあった働き方で
支え合う社会は夢ではない


 障害者の就労自立応援に奔走する竹中ナミさん。企業のトップ、政治家、ジャーナリスト、はてはマイクロソフトのビル・ゲイツを巻き込んでのシステムづくり。その甲斐あって、プロップ・ステーションは日本初の「コンピュータを活用してチャレンジドの自立を支援する、厚生労働大臣認可の社会福祉法人格」を取得。
 いま神戸を拠点に、パソコンの技術指導と在宅ワークのコーディネイトのかたわら、全国各地でシンポジウム(公開討論会)を開いています。
 「時代は動いている。誰もが自分の身の丈に合った働き方で支え合う社会は夢ではない」と言い切る。

 


オフィスビルの写真 プロップ・ステーション
(Prop Station)

 1992年、チャレンジド(障害者)の自立を支援する任意団体として活動開始。
 ラグビーのポジション名でもある「プロップ」は「支え合い」「つっかえ棒」を意味する言葉。
 チャレンジドの就労を目的としたパソコン・セミナーを開催。インターネット上で、全国どこからでもアクセスできるセミナーもスタート。厚生大臣認可の社会福祉法人。
 現在、コンピュータ・セミナーは週に10コースを開催。チャレンジドの自立と就労に関する相談をEメールや電話、ファックス、面談などで受け付けている。

←プロップ・ステーション本部がある神戸のオフィスビル

 

「ラッキーウーマン」の紹介
 ナミねぇは
これからもチャレンジドと一緒に
不良パワー全開でいきまっせ!
 「うちは貧乏や」

 赤ん坊のころ、父ちゃんの背中で聞かされた子守歌は軍歌。母ちゃんはといえば女性解放運動に入れ込み、夕食時の話題も、「日ソサケ・マス漁業交渉」。貧しいなかにも夢みる少女は女優をめざす。

 「不良少女ナミ」

 新劇に入って女優の道まっしぐら。映画出演の話が飛び込むも「それって、ピンク映画じゃないですか?」生来の放浪癖が高じて水商売に。世話になった紹介者と姉御から「二度とこっちの世界にきたらあかん」と。

 「新婦16歳」

 弟に助けられながらも公立高校合格。が夏休みにサボリ癖が。小遣い欲しさのバイトがきっかけで同棲、16歳で「幼な妻」に。生まれてきた2人目が麻紀さん。彼女が母ナミさんの人生に無限大の可能性をもたらすことになる。

 「長女麻紀の誕生」

 可愛い孫の脳障害を知らされたナミさんのお父ちゃん「わしが麻紀を連れて死んでやる!」。軍歌を唄って自分をおぶってくれた父親に泣き言は口にすまい、幸せ、不幸せは自分で決める−と心に誓う。

 「すべては麻紀のため」

 育児に無関心な夫に気遣いながらも、自動車の免許を取って足を確保。視覚・聴覚障害の人との関わりから、手話をはじめいろんなことに挑戦。障害者は決して弱者じゃない。「数の多い、比率の高い人たちが、比率の少ない人への想像力を欠いて制度を作るから差別が起きる」ことを実感。母ナミさんの目は外に向かうようになる。

 「武器はコンピュータ」

 ある日、アテンダント(有料介助者)の話が舞い込む。ナミさんの目は「障害を持っているが、働いて社会参加したい人たち」へと広がる。「すべての障害者を納税者にしたい」というケネディ大統領の言葉に奮起、「プロップ・ステーション」を立ち上げる。全国の重度障害者1300人のアンケートの回答は「働きたい」「武器はコンピュータ」。夢は大きいが資金が足りない。企業のトップにSOS。やがて法人格を取得。念願のパソコンセミナーが本格始動する。

 「私はつなぎのメリケン粉」

 チャレンジドがプロになるために、と幾セットもの機器や多額の基金が寄せられる。「共感と志」の輪は政官学業へと広がり、そのうねりは「ユニバーサル社会」づくりへ。

 「法律を作ろう」

 ある会議の講師を務めた幹部職員を訪ねてペンタゴン(米国国防総省)へ。そこでホンマもんユニバーサルを見聞。ADA法(アメリカ障害者差別禁止法)を取り入れた「ユニバーサル社会基本法案」のプロジェクトは、いま、現職女性議員ふたりとともに実現に向け動いている。

 


ラッキーウーマンの表紙の写真 社会福祉法人
プロップ・ステーション理事長
竹中ナミ著
飛鳥新社刊
定価1300円+税

Prop Station
URL http://www.prop.or.jp