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Governance 2003年7月号より転載

     
 
ITの進化は
社会を支え合う
すべての人のために
 
 

 

竹中ナミの写真 社会福祉法人 プロップステーション理事長
竹中ナミ
(Nami Takenaka)


1948年、神戸市生まれ。娘が障害を持って生まれたことをきっかけに、肢体不自由児の介護などを携わる。91年、インターネットを利用したチャレンジド(障害者)の自立と就労を支援するNPO「プロップ・ステーション」を立ち上げる。総務省情報通信審議会委員などを務める。

 


 経済界の方は、バブル後の経済停滞をさかんに「失われた10年」といいます。出口の見えないデフレと戦うビジネスマンにとっては、きっと溜め息の出るような思いなのでしょう。

 それまで経済発展の武器のひとつだったITは、ビジネスの世界を中心にいわば弱肉強食で進化してきました。しかし、技術の進歩が競争を促し、競争が新しい技術を生んできた飽和点、行き詰まった結果が「失われた10年」だったのではないでしょうか。

 ところが対照的に、私たちにとってはすごく豊かな10年でした。この10年のITの進化がチャレンジド(障害者)の未来を大きく切り拓いてくれたからです。

 ITの力によって一人ひとりが意見を表明したり、自由に行動できるようになってきました。そして、プロップステーションをはじめ、全国各地のITを活用したチャレンジドへの就労支援活動がクローズアップされるところまできました。

 パソコンは障害が重くて外出することもままならない人たちの社会参加を促進し、就労を可能にしはじめています。かれらは社会を支える側に回るのは難しい、と長年いわれてきた人たちです。「福祉」に扶養されるより、働いて納税できる自分でありたい、という願いがやっと手に届くところにきました。

 そして、チャレンジドが活躍できるということは、女性や高齢者などこれまで自分の力を発揮しにくかった人たちにもチャンスが広がったことを意味します。あとは人間の意識と社会システムの問題です。

 先日、ある県のIT戦略懇話会の会合がありました。そこでは、繰り返し電子自治体化による住民サービスの向上や事務の効率化が強調されていました。しかし、私はITの未来を利便性や効率性の点からばかり強調してほしくないのです。

 たしかに住民サービスの充実は重要です。しかし、私たちにとってITの本質とは、いかに市民の潜在的な力を引き出し、社会のなかで生かせるようになるかということなのです。つまり、自治体にはIT活用の目的を「与える住民サービス」の向上から「すべての生活者への支援」へと意識を転換してほしいのです。

 2年後の2005年、阪神大震災から10年になります。日本は、経済崩壊の後に安全神話の崩壊も経験したのです。

 この節目の年に合わせて、兵庫県と神戸市、プロップ・ステーションはユニバーサルをテーマにしたプロジェクトを計画しています。ちょうど与党3党も、6月5日、ユニバーサル社会基本法の制定に向け、プロジェクトチームを正式に発足させたところです。失った価値の回復を願うより、新しい生き方を見つける時期にきているのではないでしょうか。

 「すべての人の力が発揮され、支え合う」ユニバーサル社会の実現や、すべての市民の生きることのサポートにITがいかに力を発揮するのかを2005年に表現したいと考えているところです。

URL:http://www.prop.or.jp