神戸新聞 2003年7月9日より転載

     
  全国リレーフォーラム 電子自治体と未来のくらし  
 
どう変わる暮らし
課題と未来像を探る
 
 

 


 全国リレーフォーラム「電子自治体と未来のくらし〜住民サービス向上と行政の効率化をめざして〜」がこのほど、神戸市内で開かれた。昨年8月、電子自治体を支える住民基本台帳ネットワークシステムの第一次サービスがスタート。今年8月からは、住民基本台帳カードの交付も始まる。身近な役所が変わることで暮らしはどうなるのか。井戸敏三・兵庫県知事が「住基ネットシステムはこれからの情報化社会の基礎的社会基盤となる」と述べ、畠中誠二郎・総務省自治行政局長は「個人情報の保護に配慮しながら電子政府・自治体の実現に努めたい」とあいさつした後、「電子自治体の現状と今後の課題」についてパネリストによる討議が行われた。

(文中敬称略)


基調講演

ITが拓くユニバーサル社会

社会福祉法人プロップ・ステーション理事長 竹中ナミさん

竹中ナミ写真
たけなか・なみ 神戸市出身。「プロツプ・ステーション」設立とともに、障害者対象のコンピューター講座を開き、仕事を受注し在宅就労への橋渡しを行う。98年に社会福祉法人に。今年1月より総務省・情報通信審議会委員。


 私は30年前、重症心身障害を持つ長女を授かりました。視覚、聴覚、精神、肢体など複合の障害を持つ娘をどのように育てればよいのか途方に暮れましたが、同じように障害を持つ人たちと付き合うことで、さまざまなことを教わり、気づかされました。

 何よりも強く感じたことは、チャレンジド(障害を持つ人、挑戦するチャンスを与えられた人の意)の中でも、娘のように100%だれかに守られないと生きていけない人はごくわずかで、ほとんどは社会とのつながりを求め、働く意欲を持っていることでした。

 ところが、日本では障害の有無で線を引かれ、マイナスを埋めるのが福祉だと考えられています。それではもったいない。チャレンジドの持つ意欲や可能性を引っ張り出してこそ福祉です。そうなれば今後の少子高齢化社会で、弱者といわれていた人が支える側に回ることができるだけでなく、娘のような存在も皆で守っていける社会になるだろうと考えました。

 私は1991年に、働く意欲を持ったチャレンジドたちとプロップ・ステーションを設立しました。パソコンを学ぶ場を設け、チャレンジドがコンピューターでコミュニケーションを取り合って自分の力を発揮し、就労できるよう、支え合う活動をしています。私たちの活動のスローガンは「チャレンジドを納税者にできる日本」です。

 今、プロップ・ステーションのスタッフ10人のうち7人が重度のチャレンジドで、パソコン講師として高齢者やチャレンジドに伝授しています。中には両手が使えず、足を使ってパソコンを教えている人もいます。

 バリアフリーとは、障壁を取り除くことですが、ユニバーサルはすべての人が力を発揮できるように、という考え方です。ITの登場でチャレンジドが自分に適したやり方で、対等に多くの人とコミュニケーションできるようになりました。

 ITとは、私たちにとっては人類が火を発見したのと同じくらい、革命的な道具です。コンピューターを使い、ネット化された世界に入り込めることで、今まで社会参画の難しかった人たちが、自分の意思で参画できるようになりました。

 電子自治体の実現でも、ぜひ住民のすべてのカが発揮できるような仕組みにし、単に行政側から情報が流れるサービスではなく、だれでもNPO活動、住民活動に参画できるような道具になってほしいと思います。

 


どう変わる暮らし
自分主張の手段住基カード 大橋氏
見届けたい個人情報の保護 
山下氏
普及へ産学官民協働で推進 
和崎氏
吉田氏 介護情報など幅広く利用を
高原氏 5年以内には世界最先端へ

出席者
 パネリスト
大橋有弘・明星大学人文学部教授
山下 淳・神戸大学大学院法学研究科教授
和ア 宏・はりまスマートスクールプロジェクト代表
吉田 稔・西宮市情報化推進部長
高原 剛・総務省自治行政局市町村課住民台帳企画官
 コーディネーター
中元孝迪・神戸新聞社論説委員室特別顧問

 

おおはし・ともひろ写真
やました・あつし写真
 おおはし・ともひろ 1969年、東京大学教育学部卒後、行政管理庁(現・総務省)入庁。92年より現職。住民基本台帳ネットワークシステム大臣懇談会委員など歴任。(財)地方自治情報センター「市町村合併に伴う情報システムのあり方に関する調査研究会」座長。  やました・あつし 1981年、東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了。92年より神戸大学教授。2000年より現職。専門は行政法。兵庫県本人確認情報保護審議会会長、県民生活審議会委員などを務める。


 中元 インターネット後進国と呼ばれていた日本も、2000年から世界最先端のIT国家を目指す「e−Japan戦略」に取り組み、ブロードバンドの普及も急速に進んでいる。まずは、行政情報化の第一人者である大橋さんに、日本の情報化の現状についてうかがいたい。

 大橋 よく日本の遅れが指摘されるが、気にしなくてよい。インフラがそろえば、自ずと普及する。行政手続きのオンライン化では、官と民の間の「官民手続き」二万種類、行政機関同士の「官官手続き」三万種類が1、2年の間にオンライン化されるわけで、これは世界的に見ても驚くべき規模である。

 中元 高原さんには国の立場から戦略策定の狙いや進ちょく状況などをお聞きしたい。

 高原 5年以内に世界最先端のIT国家をつくろうと「eーJapan戦略」が作られた。テー
マはインフラ、電子商取引、電子政府・自治体。特に基盤整備ではADSLが世界一安い水準で提供され、7割の世帯が高速インターネット環境アクセスができる状況だ。ただ実際の加入は2割ほど。IT利活用を推進するため「e−Japan戦略U」を策定中で、医療、食、中小企業金融など七分野を先導役に、と考えている。

 中元 山下さんは住民に信頼される情報システム構築について造けいが深い。住基ネットでは本人確認の問題など不安も多いが。

 山下 ITは、われわれの生活をより便利にするが、そのために情報化社会に向かってルールを作り直していく必要がある。悩ましいのは、個人情報保護の問題においても、どこまで情報提供していくべきなのか、どのように保護の仕組みを作っていくのかがバランスの問題であって、常にジレンマを抱えていることだ。そのバランスを決めていくために、だれがどういうプロセスでかかわり、決まっていくのかをしっかりと見ていかなければならない。

 中元 西宮市は情報化推進都市として知られる。現状を。

 吉田 西宮市の情報システムは、行政情報システムと地域情報システムに分かれている。特色は職員が自前で開発してきたこと。特に、阪神・淡路大震災においては、被災者支援を中核とする震災業務支援を自ら構築し、絶大な効果を上げた。ほかにも、地図情報システムを大いに活用して、市民向けの介護情報や地図案内システムなどWebサービスに役立て、市民にも幅広く利用されている。

 中元 和崎さんは西播磨で地域の情報化に取り組まれている。

 和崎 インターネットが近い将来、重要な社会基盤になると感じ、草の根から地域の情報化を産学官民協働で進めてきた。子どもたちの学校ですべての教室からインターネットが使えるよう親や地域住民が配線工事をする「ネットデイ」に取り組んできた。そののち、学校を支援する地域の仕組みができ上がったり、地域情報化の担い手が育ち、連携にもつながっていった。地域情報化とは、システムづくりではなく、人づくりだと感じている。

 中元 住基ネットは八月からサービスの幅が変わってくる。その役割についてお話を。

 大橋 日本の住民基本台帳制度はその仕組み、活用のされ方でも世界的に誇れる。だからこそ、住基ネットが次のステップとして存在する。本人データの共有化で行政のワンストップサービスが実現できる。日本には今、公的な身分証明書がない。住基カードが普及すれば、自分が自分であることを主張する手段ができる。

 


フォーラム写真 IT化の導入で地方自治体、私たちの暮らしはどうなるのか。関係者が集まって話し合われたフォーラム「電子自治体と未来のくらし」=いずれも神戸新聞松方ホール(6月18日)
未来社会のありようについて、参加者も真剣な表情で探った 会場写真
 

課題と未来像を探る
新しいIT戦略は民主導で 大橋氏
政策決定プロセスに住民も 
山下氏
IT活用し人間曼陀羅構築 
和崎氏
吉田氏 人にやさしい情報化が重要
高原氏 住民票コードは用途を限定へ

わさき・ひろし写真
よしだ・みのる写真
 わさき・ひろし 琉球大学理学部卒。1996年にインターネット接続業のインフォミームを設立。99年から、学校の教室にインターネット網を引き込む、はりまスマートスクールプロジェクトに取り組む。  よしだ・みのる 1971年、西宮市役所入庁。震災時には情報システム課長補佐として被災者支援オンラインシステムなどの開発を統括。昨年4月より現職。02年には優良情報化団体総務大臣表彰を受賞。


 中元 住基ネットは、国民総背番号制ではないかという指摘についてはどうか。県内の自治体からはどんな問題提起がなされているか。

 高原 十一ケタの番号が割り振られる住民票コードについては、官民を問わず、使われる共通番号になるのではないか。そこに個人情報を蓄積していくのではないかという不安が皆さんから寄せられている。
 しかし、住民票コードは、あくまでも住基ネットにおいて本人確認をする用途に限定している。住基ネットはセキュリティーに守られ、外部から攻撃されないようになっており、内部の不正利用も防止している。

 吉田 セキュリティーの問題については今後、議論の推移を見守りたい。一般的には、住基ネット導入による市民へのメリットが見えにくいという意見も出されている。しかし、電子自治体の構想のためにも、使ってもらえる住基ネット、住基カードにしていかなければならない。

 中元 山下さんが会長を務める兵庫県の本人確認情報保護審議会では、住基ネットのさまざまな活用法を考えているようだが。また、西宮市は住基ネットを具体的にどう活用しようとしているのか。

 山下 審議会の答申では、県の徴税事務などについて納税義務者の転居先の住所の確認などに使うことを提案するとともに、本人の知らないところで個人情報が利用されることを防ぐためのルール作りの必要性など、活用にあたっての基本的な考えを盛り込んでいる。これをもとに透明性をもって議論していっていただきたいと考えている。

 吉田 今の段階で具体的な方向性は考えていない。今、すでにある印鑑証明や税の諸証明などに住基カードを多目的に活用できるようにするのが、取っ掛かりになるのではないかと思う。

 中元 ユーザー、市民側の立場から住基ネットをどのようにとらえているか。

 和崎 米国シリコンバレーでは、一九九二年から、住民自らがITの利活用を議論して実験を重ね、その成果をインフラに組み込んできた。日本ではまず、官が主導になってしまうが、住民ももっと勉強して積極的な活用を考えなくてはいけないのではないか。例えば、地域通貨を住基カードに組み込むことも応用の一つだろう。

 中元 電子自治体が生み出す電子社会でどのような未来が実現するのだろうか。ITを使ってどんな地域社会を目指していけばよいのか。

 高原 住基ネットが持つ公的個人認証サービスは、非常に将来性があると感じている。カルテなどの医療情報が医療機関同士、そして患者にも公開、共有されるようになれば安心のシステムが構築できる。そういうところへ認証基盤の利用を進めていけば、市民にとって利便性が向上するのではないか。

 吉田 これからは住民が自治体を選ぶ都市間競争が進む。自治体の魅力づくりのためには、住民のためになる情報化に取り組んでいきたい。特に地域の特性、景観や人の情緒に配慮した人にやさしいインターフェースを築いていくことは重要だ。

 和崎 ITで地域コミュニティーはできない。地域社会がITを活用してコミュニティーをどうするかを考えないといけない。地域情報化を生活の質の向上、地域経済の活性化、地域競争力の創出という観点から評価しながら、人の連携につなげていく必要がある。ITを手段にして、人と人がつながる人間曼陀羅(まんだら)を作ることが、住みよい地域を生み出すことになる。

 中元 自治体が電子社会において果たす役割をどう考えるか。今後の電子自治体の進む方向を示してほしい。

 山下 住民は行政サービスの消費者というだけではなく、主権者でもある。今後は情報化技術を使って住民が政策決定プロセスにかかわっていけるようにする視点も重要になってくる。自治体には電子化がもたらすであろう新しいガバナンスの発想が必要であり、そこをイメージして電子自治体に対応していく必要があるのではないか。

 大橋 最終的にはこれが電子社会だと示す必要はなく、自然体の中でメリットが享受できることが理想の姿だと思う。新しいIT戦略では民が主導になってくるとともに、個の生活者を踏まえた視点が出てきている。行政は最小限の役割を果たし、ITを使って市民に託していくことが、そのまま生活の質の向上につながっていくのではないか。

 


たかはら・つよし写真
中元論説特別顧問写真
 たかはら・つよし 1984年、京都大学法学部卒後、自治省(現・総務省)に入省。宮崎県財政課長、神戸市財政部長、自治省総務課理事官兼振興課理事官を経て現職。
中元論説特別顧問

 主催 総務省、兵庫県、財団法人地方自治情報センター、神戸新聞社、全国地方新聞社連合会

 後援 全国知事会、全国市長会、全国町村会、サンテレビジョン、ラジオ関西、神戸商工会議所、兵庫県商工会連合会、兵庫ニューメディア推進協議会、兵庫県電子自治体推進協議会