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SOHOコンピューティング 2003年6月号より転載

     
  プロップ・ステーション便り ナミねえの道  
 
 
  第12回――脳性麻痺という障害を越えてマウスを握る  
  肉体という箍(たが)を破る芸術家魂
 
 
 
 
吉田幾俊さん(46歳)
プロップ・ステーション在宅スタッフ
 
     

掲載ページの見出し

プロップ・ステーション
プロップ・ステーションは、1998年に社会福祉法人として認可され、コンピュータと情報 通信を活用してチャレンジド(障害者)の自立と社会参画、特に就労の促進と雇用の創出 を目標に活動している。

ホームページ
http://www.prop.or.jp/

竹中ナミ氏
社会福祉法人プロップ・ステーション理事長。重症心身障害児の長女を授かったことから 独学で障害児医療・福祉・教育を学ぶ。1991年、プロップ・ステーションを設立した。現 在は各行政機関の委員などを歴任する傍ら、各地で講演を行うなどチャレンジドの社会参 加と自立を支援する活動を展開している。

プロップ・ステーションのセミナーは、障害の種類や程度の壁を越えてチャレンジドに開放されている。いわばチャンスの平等であり、ここには結果平等という甘えは一切ない。今回は脳性麻痺という障害と懸命に闘いながらPCの出現を待ち望んだ結果、内在する芸術の才能を見事に開花させた一人の男性を紹介する。


唯一使えるのは右手

 1000年後の神戸の空にコウノトリの大群が舞う。神戸新聞の元旦号の表紙を飾った吉田幾俊さんの絵画は何とも個性的だ(右上の作品)。ほかの作品にも独特のユーモアがあふれ、見ていて楽しくなる。

「幾くん(※1)はアテトーゼ型(※2)の重度の脳性麻痺による肢体不自由という障害を抱えています。出会った頃は言語障害も重かったですが、プロップで学んで仕事をするようになり、人と話す機会が増えるにしたがって話が上手になりました。講演会では私との掛け合い漫才で、会場が笑いの渦に包まれることもしばしば(笑)。関西のノリで障害をネタに笑い飛ばす力強さも彼らしいところかもしれません」(ナミねぇ)

 アテトーゼは自分の意志に反して筋肉が動いたりするため、この障害が社会進出のデメリットになることが多いという。吉田さんの場合も唯一動かせる右手を使うのが、鉛筆を持つ手が震えて思うように描くことができなかった。

「自分の精神が肉体の箍を破りたがっているという幾くんの一言に、ああ、この人はPCがあれば大化けするなと直感しました」(ナミねぇ)

 今や押しも押されもせぬプロップ在宅デザイナー(バーチャル工房サブリーダー)として内外からの評価が高い。


※ 1幾くん ナミねぇが使う吉田さんの愛称。
※ 2アテトーゼ 不随意運動のことで、アテトーゼ型脳性麻痺の場合、意識と関係なしに筋肉の緊張や不随意運動が現われる。

――幼い頃から絵が好きだったんですね。

吉田●はい。今では座れるようになりましたが、小さいときは寝たきりの状態で、うつ伏せのまま新聞広告の裏などにボールペンで絵を描いていました。漫画が好きで手塚治虫氏のアトムが流行った頃でした。

――油絵を始められたきっかけは?

吉田●堺市内の養護学校高等部を卒業するときになってどこにも行かれず、精神的に落ち込んでいました。そんなときに油絵の先生が家に来てくれて、展覧会に出品することで生きがいを見出せたわけです。

――プロップとの出合いは?

吉田●養護学校の先輩がプロップで勉強していて誘われました。最初の授業の前にナミねぇが「頑張れば仕事につながるから気合いを入れて」と励ましてくれたんです。そのときは“また調子のええこと言うて”と正直思いましたよ(笑)。まさかほんまに仕事ができるようになるとは……。

――初めての仕事の印象は?

吉田●電力会社のイベント用のイラストをくぼりえさん(※3)と2点ずつ制作しました。今までは好き勝手に描いてましたが、注文した人の真剣さとそれに応えなあかんという厳しさを目の当たりにして驚きもありました。結果、喜んでもらえて嬉しかったし、お金ってこんなに平等なものやったんやなというのが感想でした。

――何かご苦労する点はありますか?

吉田●作品を仕上げるのにかなりの時間がかかるということです。障害者向けのグラフィックソフトは市場にありませんし、ペンタブレット(※4)は私の筆圧が高いので滑ってしまう。でもアプリケーションが出るたびに表現の幅が広がる点は期待できます。

――今後の展望と後輩へのアドバイスを。

吉田●じつは今までPCで絵を描いていたので、原点に戻って手描きの線を生かしてみようかと思っています。手描きの絵やデジタルカメラで撮影した画像をスキャナで取り込んで、加工するなどいろいろ試してみたい。仕事のアドバイスとしては、まず人の話をよく聞くことが一番大事。上達の近道は自分の好きなことを見つけて、ソフトをとことん使って覚えていくことでしょうか。必要なものは必ず見つかるはずです。


※ 3くぼりえさん 絵本作家、プロップ・ステーション在宅スタッフ。本誌2002年9月号で紹介。
※ 4ペンタブレット ペン型のマウスのこと。

 

神戸新聞の元旦号の表紙を飾った「コウノトリ舞う千年後の神戸」。 吉田さんの最新作「みんなに優しいウェブ アクセシビリティ」。総務省が作成したウェブ アクセシビリティの冊子の表紙画。そのほか、吉田さんの作品は、ホームページで見ることができる。
http://www.sakai.zap.ne.jp/iku/works/1100frame.htm

身体を痛めないPC

 脳性麻痺という障害は、病気を知らない人から見ると、本人が何もできないのではないかと思われがちだと、ナミねぇはいう。日本の「縦割り福祉行政」のせいで種類の違うチャレンジド間の交流はほとんどないが、プロップのセミナーで、頸椎損傷の人が脳性麻痺の人にPCを教えたことがあった。

「そのとき頸椎損傷の人が『今までPCを扱うのに一番苦労していたのは私たちのほうだと思っていたが、脳性麻痺の人のほうが難しいと初めて知った』と感想を述べたくらいです。でも、幾くんをはじめ、私が出会った脳性麻痺の人は、優秀な人がとても多いんです」(ナミねぇ)

 つまり運動の機能障害のためにマウスで正確にポイントできない苦労がある。それゆえに無理をして身体を痛めてしまうケースも少なくないそうだ。

 「機械との接点が難しいチャレンジドのために、今後、身体を痛めないようなPCや使いやすいアプリケーションなど、ユニバーサルな規格商品の出現を望みたいです」(ナミねぇ)

 


Column

与党プロジェクトに格上げ

株式会社シィ・エイ・ティのホームページの写真
衆参21議員による発令式の様子。

 2002年2月に発足した「ユニバーサル社会の形成促進プロジェクトチーム」(座長:野田聖子衆議院議員、副座長:浜四津敏子参議院議員、講師:竹中ナミ)が、正式に与党プロジェクトとして位置づけられることになった。毎月1回のペースで勉強会を重ね、政策としての提言を検討してきた。ナミねぇの願いは実験プロジェクトとしてのプロップのプロセスを、社会システムへと昇華させること。チャレンジドが全国どこでも勉強でき、働くチャンスを得ることができるといったユニバーサル社会の実現を目指し、今後は与党プロジェクトとして議論されることになる。それに先立ち3月31日には麻生太郎衆議院議員(自民党政調会長、e-japan特命委員会会長)がプロップを訪問した。


[ナミねぇのお知らせです]

『ラッキーウーマン〜マイナスこそプラスの種!
(飛鳥新社・本体1300円+税)
 ナミねぇの生い立ちから、お嬢さんの療育のこと、プロップ設立の経緯……など、ナミねぇのすべてがわかる本が4月下旬に発売されました。きっと「元気パワー」がもらえますよ!

構成/木戸隆文  撮影/有本真紀・森本智


[チャレンジド] 神から挑戦する使命を与えられた人を示し、近年「ハンディキャップ」に代わる新たな言葉として米国で使われるようになった。


●月刊サイビズ ソーホー・コンピューティングの公式サイト http://www.soho-web.jp/
●出版社 株式会社サイビズ