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NEW MEDIA 2003年6月号より転載

     
 
テーマレポートのカット
 
 
匂いで聴覚障害者を守る!
〜IT時代の警報システム実現に向けて〜
 
     

聴覚障害者には火災報知器の音が聞こえない人も多く、音以外の警報手段が求められている。そんな中、公的研究機関である消防研究所が、香りに関する先端技術企業ピクセンと共同で、「匂いで知らせる」という警報システム研究開発に取り組んでいる。阪神淡路大震災で障害を持つ人々の被災に直面した体験もある竹中さんが、この新しい警報システムの実現性や有効性に迫った。
(報告:中和正彦=ジャーナリスト、写真:大川亮夫)
漆畑直樹の写真
河関大祐の写真
Urushihata Naoki
漆畑直樹
株式会社ピクセン代表取締役
Kozeki Dasuke
河関大祐
  独立行政法人消防研究所基礎研究部
感知通報研究グループ長

香りの先端技術企業と消防研究所の出会い
―― 「匂いで警報を伝える」という研究は、どんな経緯で始まったのですか。

河関 私どもは、平成14年度から「災害弱者の火災時避難安全のための警報・通報手法の開発」という研究を進めています。「聴覚に障害のある人に重点を置こう」と考えていたので、音以外、つまり光や振動や匂いによる警報伝達を研究の対象として列挙しました。
 しかし、計画当初、光や振動で聴覚障害者の注意を喚起する参考事例はありましたが、匂いを使ったものについては知らなくて、技術的な当てはありませんでした。昨年の夏、火災から聴覚障害者を守るというテーマの研究会に出席してピクセンさんと出会ったことが、具体的な研究に入る大きなきっかけになりました。
 そのとき、香りを使った目覚まし時計のサンプルを見せていただいて、「聴覚に障害を持つ人にも、香りでいろいろなシグナルを送ることができる」というお話を聞き、その後、共同研究契約を結びました。

竹中 香りを使った目覚まし時計というのは、どういうものなのですか。

漆畑 例えば、いまポッカコーヒーのプレゼントに採用されているものは、目覚ましの音が鳴る前に、ローストしたコーヒーの一番いい香りが出るようにしています。香りが体内に入ると、内分泌ホルモンが出て身体に起きる準備をさせる。その後に音が鳴るので心地よく起きられる。そういう機能を持った目覚まし時計です。
 実は、これは当初「耳の不自由な方々の目覚まし時計に」と思って開発したものでした。ですから、河関さんからの研究のことをうかがったとき、その方々のセキュリティのためにも、ぜひわれわれの香りのノウハウを生かしたいと思いました。
田村裕之の写真
竹中ナミの写真
Tamura Hiroyuki
田村裕之
独立行政法人消防研究所基礎研究部
感知通報研究グループ主任研究官
Takenaka Nami
竹中ナミ
  社会福祉法人プロップステーション
理事長

携帯電話からニオイ発生させ聴覚障害者の緊急警報に!?
竹中 火災報知器の音はかなり遠くでも聞こえますし、聞こえ方で火事が遠いか近いかもわかります。匂いでは、それは難しいと思いますから、ガス検知器のように各戸に付ける形になりますか。

田村 そうですね。今回の研究は、匂いにしても光や振動にしても、自宅で火災が起きた場合の警報手段として考えています。その有効性がわかったら、ホテルなどでの警報にも応用したいと思っています。耳の聞こえる人にも有効な場面があると思います。例えば、カラオケボックスとか工場とか、大きな音が発生しているところで非常事態を伝えるときですね。

漆畑 建物に設置するだけでなく、携帯電話や目の不自由な方々の白杖など、皆さんが携帯しておられるツールの中に香りの発生器を入れて知らせることも、技術的には可能です。
 弊社は『携帯くんくん』という商品を発売していますが、これは携帯電話に取り付け、特定の電波をキャッチすると香りで知らせるというものです。ですから、警報が鳴るときに特定の電波も発信するようなシステムを作れば、それぞれの手元で警報の匂いを発生させることも可能です。

竹中 それはいい! というのは、聴覚障害者にとって携帯電話は、電子メール機能がついて以来、健聴者以上に必需品になっているんですよ。最初は「持ち込み禁止」と言っていた聾学校も、ほとんど全員が持つようになった今では、緊急連絡などに活用するようになっています。恐らく寝るときも携帯電話を枕元に置いている人が多いと思います。そこに緊急警報の電波が飛んで、匂いで火事だと知らせる。これはメッチャ・グーやないですか!(笑)

漆畑 メッチャ・グーでしょう(笑)。そういう意味でも、私どもは「香りの電送技術は重要だな」と思っているんです。

竹中 香りの電送……ですか?

漆畑 はい。『携帯くんくん』の場合は、すでに調合された香りがユニットの中に入っていて、それが特定の電波によって発香するようになっています。発する香りは1種類だけです。実は、弊社ではそれとは別に、デジタル化した香りのデータを受信して、それに従って調合して発香させる技術も持っているんです。
 色の場合は、基本的に3原色の組み合わせですべての色を表現でき、保存も簡単です。しかし、香りの場合は30種類とか40種類の中からの組み合わせで、保存も難しかったので、調合して発香させるユニットをなかなか作ることができませんでした。それを実現したんです。

竹中 そのユニットで、すべての香りを再現できるのですか。

漆畑 はい。今回の共同研究では、香りの保存が特に重要だと思っています。香りは、普通は紫外線や温度によって時間とともに変化してしまいますが、警報用に使うものは、変化して人を起こす機能を失っては困ります。それでは、水が時間とともに火を消す機能を失ってしまうようなものです。私たちは、そういう変化が起こらないように制御する技術も持っているんです。
対談風景の写真

普及の方法なども考慮して日本発の世界標準に!
竹中 非常ベルは、強烈な音を発して危険を知らせますが、匂いで知らせる場合も、何かただごとではない強烈な匂いを発生させるのですか。

河関 どんな匂いにするかは、まだ今後の研究課題ですが、参考事例としては家庭で使うLPガスや都市ガスの匂いがあります。あの匂いは、ガス漏れした際にそれとわかるように人工的に付けたものです。あの匂いがしたら、皆さん、「ガス漏れだ!」と思って行動を起こしますよね。
 あれに習って、「普段かぐことがない匂い」「一度かげば皆が『火事だ!』と思って行動する匂い」という条件で詰めていきたいと思っています。
 もちろん、それには単に匂いを決めるだけでなく、広く「これが火事を知らせる匂い」と知らしめる方法も併せて考える必要があります。

竹中 子どもの頃から教育されて、その匂いを感じたら誰もがパッと反応できるようになったらいいですね。
 たまたま今日(4月11日)の毎日新聞に「ロシア南部ダゲスタン共和国の聾唖学校寄宿舎から出火し、就寝中だった児童生徒28人が焼死」という悲惨なニュースが報じられています。こういうことが起こらないように……。

漆畑 本当に生命に関わる問題ですよね。だから、今回の仕事には、絶対にいいものを完成させなければいけない、という使命感を感じています。

河関 ささやかな野望もあります。米国には障害者の権利を保障する「障害を持つ米国人法」(ADA)という法律があって、ホテルなどでは警報を伝える手段の用意を義務づけられています。しかし、匂いを使った警報伝達は、いろいろ調べてみましたが、まだないようです。だから、「今のうちなら、日本から向こうに発信できる」かなと。

竹中 日本発の世界標準ですか。それはすごい!

河関 もし世界標準のようになれば、どこの国に行っても「この匂いがしたら火事だ」ということになるわけですね。

竹中 導入しやすい方法や価格といった条件もクリアして、ぜひ実現させてください。今日はありがとうございました。


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