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NEW MEDIA 2003年4月号より転載

     
 
テーマレポートのカット
 
 
「チャレンジドを納税者に」を
シーティング技術が底上げする!?
 
 
 

山崎さんは車椅子の自立支援機器の輸入販売とコンピュータコンサルティングで起業したが、近年はそれに加えて、車椅子利用者に正しい座位を提供する「シーティング」に力を注いでいる。褥創(※注)や体の変形に悩まされる日本の車椅子利用者の現状を、同じ経験を持つ者として放置できないのだ。
これは当然、ITを活用したチャレンジドの就労拡大の上でも大きな問題。現場でそのこ
とを直面してきた竹中さんの間で、シーティングと働くことについて語ってもらった。

(構成:中和正彦=ジャーナリスト、写真:大川亮夫)

※注 通称「とこずれ」。長時間同じ姿勢にある場合、衣類や寝具、車椅子の座席などで圧迫を受ける部位に生じる壊疽。ひどいときは骨に達することもある。


頑張る車椅子利用者ほど体を悪くする現実を変えたい

山崎泰広さんの写真

山崎泰広

株式会社アクセスインターナショナル代表取締役

―― 山崎さんがシーティングに取り組み始めたきっかけは何ですか。

山崎 ぼくは下半身麻痺で車椅子に乗っていますけれど、左右で障害が違うので、体が左側に傾くんです。そのために左側のお尻に褥創ができて、手術をしても完全に治らなくて、再発しては手術をして、ということを何度も繰り返しました。しかも、お医者さんからは「あなたのような障害を持った人の場合、こういう二次障害が起こるのは仕方がない」とか「自己管理が悪い」とか、そんなことしか言われない。
 そういう状況に我慢できなくなって、何か方法があるはずだと思い、十数年前、アメリカに行って手術を受けました。その時、シーティングに出会ったんです。
 「きちんと体の状態を評価して、それに対応した車椅子やクッションを処方すれば、褥創や体の変形は防げる」という話を聞いて「これだ」と思って、シーティング・スペシャリストになるための訓練を受けて、日本に広めることにしたんです。ぼく自身、あれから十数年、褥創は一度も再発していませんよ。

―― 竹中さん、プロップステーションには、働いて自立しようとする車椅子のチャレンジドがたくさんいますけれど、その人たちの体の問題はどうですか。

竹中 やはり、ほとんどが褥創や体の歪みに悩んでいます。意欲的に働こうとすればするほど体が悪くなるのでは、本当に辛い。ところが、行政のお金で支給されている車椅子には、いまだにほとんど選択肢がないし、自分の体に合ったセットアップもありません。だから、山崎さんが広めているシーティングの技術は、とっても大事。チャレンジドの人たちにもっと知ってほしいし、行政や企業にも認知されてほしい。

山崎 シーティングが普及しているアメリカでは、かなり重い障害を持った車椅子利用者でも、フルタイムで働いている人がたくさんいます。日本でも、今まで褥創のために会社を休んだり辞めたりしなければならなかった人を、フルタイムで安定的に働けるようにできると思います。
 竹中さんは「チャレンジドを納税者に」という目標を掲げて活動してこられましたけれど、より高いレベルの納税者を増やすことができると思います。


褥創を予防できれば巨大な経済効果

竹中ナミさんの写真

竹中ナミ

社会福祉法人プロップステーション理事長

竹中 「以前は褥創で何度も入院して手術したけれども、シーティングをしてからは一度もそういうことがない」というお話でした。それは、掛かったお金で言うと、どのくらいの違いになりますか。

山崎 車椅子の人が褥創で入院して、手術とリハビリを受けて退院するとします。1ヵ月で退院したとしても100万円掛かります。一方、褥創防止のマットは、一番良いものでも5万円ぐらいです。5万円で100万円の医療費をセーブできるんです。
 しかも、その後、何度も再発して入院と手術を繰り返すこともなくなるんです。ぼくの場合、2〜3ヵ月入院したことが何度かありましたし、6ヵ月入院してその間に3回手術したこともあります。シーティングをした後はそれがなくなったんですから、金銭的にもものすごい違いです。

竹中 チャレンジドの場合、その医療費は国から出ている。つまり、税金が注ぎ込まれているわけですね。それを、これまでは、費用対効果も考えずに注ぎこんでいた。「障害福祉について、そういうことを考えてはいけない」みたいな空気があって、半ば聖域になっていた。そういう部分も見直しが必要ですよね。

山崎 弊社が日本総代理店になっているシーティング関連のトップメーカー「ジェイメディカル」社の製品が、やっと身体障害者福祉法に規定された「座位保持装置」として給付されるようになりました。でも、体の変形などが出ている人が対象です。予防のために使えるようにしたら、もっと効果が上がると思うんですけれど。

竹中 そうですね。

山崎 実は、厚生労働省のある局長にシーティングの話をしたら、こんな話が返ってきました。車椅子の人、特に脊髄損傷の人たちは、せっかく就職口を得て働き始めても、みんな褥創のために会社を休まなければならなくなってしまう。これは、ひょっとすると労災認定できるかも知れない。だけど、褥創ができてからお金を出すくらいなら、最初に出して予防に使った方がよっぽどいいですね――。
 もちろん、そう簡単に制度は変えられないわけですけれど、これはすごく的を得た話だと思います

山崎泰広さんとナミねぇの写真


機能性を伸ばすシーティングで働くチャレンジドを強力支援

―― ところで、姿勢の保持や褥創の予防といったところは、既存のリハビリの専門家たちによって行われているものと思っていましたが、そうではないですね。

山崎 車椅子に乗って起こる問題への対応については、抜け落ちていたんです。日本のリハビリは五体満足な人のように体を動かせるのが目標で、道具で補うことには否定的だったんです。だから、車椅子はただの運ぶ道具ぐらいしか見られてこなかったし、車椅子がないと移動できない人は、その点においてリハビリから脱落した人のように見られてきた。それで、問題を放置されてきたんです。

竹中 ただ、山崎さんが毎年全国で理学療法士や作業療法士などのリハビリの専門家を対象にセミナーをやってきたので、シーティングのできる人はどんどん増えているんじゃないですか。

山崎 そうですね。それとともに、リハビリの考え方も変わればいいと思います。
 日本では「歩かないと歩けなくなるよ」と言われますけれど、アメリカでは「無理して歩くと残存機能までも失う」と言われます。「人生で大事なのは、歩くことよりも勉強したり働いたりすること。そういう活動のために便利で快適な車椅子があるなら、使えばいい。歩く能力はスポーツやレクリエーションで楽しみながら維持しましょう」という考え方なんですね。

竹中 日本では、「とにかく歩けるようになりましょう」「頑張りましょう」ですよね。でも、その先の学ぶ機会や働く機会が十分でなくて、どう頑張ればどんなチャンスがつかめるのかもわからない。プロップがやってきたのは、それを示してあげる場の提供、チャンスの提供なんです。

山崎 昔、シーティングが「座位保持」という考え方だった時は、いい姿勢は作っても、それを維持するために、動きにくい状態にしてしまったんです。それで、今「機能性を伸ばすシーティング」がテーマになっていて、ぼくももっと勉強しようと思っています。これを生かすと、プロップが展開している就労関連のプロジェクトにも、すごく役立てると思います。

竹中 ありがとうございます。重度のチャレンジドが働くには、必ず介護やシーティングような支援が必要になります。しかし、あれもこれもとテーマ立てしたら、一番中心のテーマが何なのかわからなくなるので、プロップは「重度のチャレンジドが働く」という目標を前面に押し出して活動してきました。そして、実際にたくさんの重度のチャレンジドが働くようになりました。
 私としては、ここで満を持して「実は重度の人が働くには、こういう問題もあるんだよ」と問題提起をしたいという気持ちでいます。実は、そういう意味で、山崎さんには8月に千葉市で開かれる「チャレンジド・ジャパン・フォーラム」で、大いに語っていただきたいと思っているんです。

―― ありがとうございました。


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