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WE'LL 2003年3月より転載

     
 
在宅就労という働き方
―Part3―
 
 
 

 

働く意欲があり能力があるにもかかわらず、公共交通機関を利用してオフィスに通えない、あるいは職場のバリアフリーが徹底していないなどの理由で、就職・復職がかなわないケースもある。
そんなときに選択肢のひとつとして、「在宅就労」を考えてみてはいかがだろう。
コンピュータを駆使することで、仕事のスタイルと幅はグンと広がるのだ。


障害者(チャレンジド)を納税者に

社会福祉法人プロップ・ステーションの挑戦
取材・文/中村 元 撮影/中本淑子

竹中ナミの写真竹中ナミさん
社会福祉法人プロップ・ステーション理事長。1948年生まれ。重症心身障害児の長女(現在30歳)を授かったことから、日々の療育のかたわら障害児医療・福祉・教育について独学し、ボランティア活動を経て、92年にプロップ・ステーションを設立。98年より社会福祉法人。
http://www.prop.or.jp

障害者を納税者にできる日本

 「チャレンジドを納税者にできる日本」。ドキッとするようなフレーズが「社会福祉法人プロップ・ステーション」のキャッチフレーズだ。チャレンジドとは、近年アメリカで使われている「障害」をポジティブにとらえた言葉で、「挑戦するという運命を与えられた人たち」という意味。また、「障害者を納税者に」というのは、J.F.ケネディが大統領のに就任して最初の「教書」で語った言葉だ。

 プロップ・ステーションを主宰するのが、歯切れのいい関西弁で人をひき付ける理事長・竹中ナミさん。自身を「鉄の心臓に毛が五重に生えたおばさん」と表現するが、障害者が就労できる社会を実現するためにさまざまな企画を立て次々と実行していくバイタリティは、各界で賛同を得、障害者や仲間はもちろんのこと、財界や政界においても、「ナミねぇ」と敬愛を込めて呼ばれている。


補助金やなくて仕事くれ

 ナミねぇがプロップ・ステーションを立ち上げた理由は、重症心身障害児の長女・麻紀さんを授かり、その関係で数多くの障害のある人たちに出会ったからである。彼らの多くは福祉行政から「仕事が一人前にできない」と決めつけられてしまっていたが、「そんなことはない」と感じたのだ。

 「障害者って、私らにはないすごい能力をもってるやないですか。それに働きたいと言うてる人がいっぱいいてたんです。補助金やなくて仕事くれって(笑)」

 そこで、働きたいという障害者にアンケートをとってみたところ、多くの人たちが、「これからの時代はパソコンが障害を克服できるツールである」と考えていることがわかった。当時はパソコン1台が100万円もするような時代だったが、彼女はパソコンを障害者就労の武器、ITを在宅就労の武器にしようと考えたのである。
 そこまではだれもが考えつくことなのかもしれない。しかし、それを実現するためには大きな壁があった。障害者がパソコン技術を習得する場所がない、その技術の正当な評価が得られない、技術があっても自分では仕事をとってくることができない。

 それらの壁をクリアするために設立したのがプロップ・ステーションである。同組織では障害者にパソコン技術を教えるだけでなく、企業や自治体に営業をかけて業務を受注、そしてチャレンジドそれぞれの個性に合わせた仕事を紹介する。もちろん、障害をもった仕事人であるから、技術や能力だけでなく、1日の仕事量も一人ひとりで違うし、健康状態にも配慮しなくてはならない。それらの管理はプロップ・ステーションの大切な役割だ。

 こうして進められる仕事の完成度は高く、関西電力、NTT、大阪府などの大きな仕事も手がけている。障害者の仕事が結果で評価されるしくみがあるからこその実績である。


セミナーの様子の写真 ナミねぇと川本浩之さんの写真
(右上)ナミねぇ(右)とプロップ・ステーション出身者の川本浩之さん。現在は起業し、在宅でホームページ制作とTシャツのネット通販を行っている。(上)プロップ・ステーションのITセミナーの様子。グラフィック、ネットワーク管理、ワード・エクセルなどコースの内容はさまざまだ。

自分に投資せんとあかん

 「どんな重度なチャレンジドでもね、半年もここで勉強したら、私のパソコン技術は超えるんです」それほど、プロップでのセミナーは定評があるが、それはプログラムだけのせいではなく、パソコンは自分で買い、受講料も有料というシステムによるところが大きい。

 当初は無料だったのだが脱落者が続出。「教えてもらってあたりまえ」「できなくてもしかたがない」障害者には往々にしてそんな甘えがあると彼女は指摘する。しかし、本当にやる気のあるチャレンジドであれば、パソコンとその技術は、生きていくのに必要なものと認識をし、みずからリスクを負ってでも習得しようとするものなのだ。そのリスクが、短期間でのマスターを可能にし、仕事上での自信につながるのである。

 本誌創刊ゼロ号で紹介された川本浩之さんもここでパソコン技術を学んだ一人である。彼はテレビでプロップの存在を知るとすぐに電話で申し込み、片道2時間半をかけて通った。

 ナミねぇは言う。
 「年金もらって恵まれてるんやから、それをパソコンや技術に投資せんとあかん」「プロップはセミナーの場所じゃなくて、仕事をしたい気持ちを無視しない場所なんよ」こうしてプロップ・ステーションで学びセミナーを卒業していった人たちは、延べ1000人にも上り、昨年の実績ではそのうち100人ほどに仕事が振り分けられた。

チャレンジドの表紙の写真
プロップの仲間たちの素顔が見られる写真集
『チャレンジド ナミねぇとプロップな仲間たち』

プロップ・ステーションの歩みを写真と文章で綴った一冊。撮影は牧田清さん。題字はくぼりえさん。吉本音楽出版・刊、1,905円(税別)

自分が納得した道を選ぶ

 障害者から講習料をとるやり方には、「なんでもしてもらってあたりまえ」と思っている障害者は驚き、福祉関係者から批判を受けることも多い。しかし、それこそが、福祉が障害者の道を勝手に決めている表れだとナミねぇは言う。
 「同情される道を決めつけてるんです。ナンボでも道はあるのに。ITは、やりたいことを実現する道具で、それで目指した道をそれぞれが納得できることが大事です」。パソコンを使えば計算もできるし絵も描ける。現代のIT技術でなら、在宅であってもさまざまなデータのやりとりが瞬時にできる。ますます道は増えているのだから、自分のやりたいことを納得しつつ探していけばいいのだ。
 「自分で見つけた道なら失敗しても納得できるし、頑張ることができる。無理に押しつけられた道はいつでも逃げることができて、頑張ることもしない」

 ナミねぇの福祉行政に問いかける言葉は、同時に職を求めるチャレンジドへのアドバイスでもある。


気づくと、他の業者と普通に比較 して発注するようになりました

 プロップ・ステーションが企業や行政から業務を受けることができるのはなぜか? それは、セールスの巧さよりも、信用を得ているためである。
 プロップ・ステーションがホームページ作成などを何度も受注されているNTT東日本の五十嵐由紀さんを訪ねた。
 五十嵐さんがプロップ・ステーションを知ったのは、NTTのホームページのなかでボランティアサイトを立ち上げる過程だ。
 「最初は、普通の委託企業とは違うという先入観にとらわれ、支援という気持ちが心の中にありました。身がまえてしまったのですね。ですが、仕事の出来がとてもよかったんです。デザイン的にも使う側に立ったもので、それに常によりよい提案をしてくました。気づくと、他の業者と普通に比較して発注するようになりました」
 五十嵐さんはルールを決めて契約をすることにしているという。重要なのは納期だ。クライアントに納期遅れなどのいいわけは効かない。もちろん、体調不良になったからといって、途中で中断したり投げ出したりすることは許されない。その点、プロップ・ステーションが仲介をするシステムは、多くの人材によるバックアップが可能であるし、それだけデザイナーの多様性も望めるということでもある。
 ナミねぇは胸を張って語る。
 「企業から求められるのは、納期、価格、グレードなんです。それを保証しているからプロップは信頼してもらってる。とりわけチャレンジドは、仕事の仲間や健康状態に制約のあることが多いから、その点をしっかり管理してます。だから普通にほかの業者さんと比べてもらえれば……。ええ仕事しまっせ〜!」
五十嵐由紀さんの写真 NTT東日本の五十嵐由紀さん。
 
 

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