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神戸新聞 2002年11月26日より転載

  チャレンジド
中途失聴の私からの手紙 2
 
     
 
自立 障害者も納税者 働く場の確保を
 
     
 
 
 
小椋知子
 


「人は期待されることで誇りを持てる。前例がないなら、つくったらいいやん」と話す竹中ナミさん=神戸市の社会福祉法人「プロップ・ステーション」

 「プロップ設立時はハッタリもかましましたよ。世の中を変えてみせるって」。神戸市の社会福祉法人「プロップ・ステーション」の理事長、竹中ナミさん(54)=同市在住=が笑う。

 情報通信を活用して障害者の可能性を引き出し、自立と就労促進を目指す「プロップ」。「ナミねえ(姉)!」。チャレンジドたちは親しみを込めて竹中さんをこう呼ぶ。もちろん私も。

 ナミねえが23歳で出産した娘には重い心身障害があった。が、周囲の人から「かわいそう」と繰り返し言われることに、当初から疑問を感じていた。

 障害者と密着して付き合うことで、娘の障害を学ぼうと考えた。視覚障害者のガイド、痴ほう症者のケア、手話通訳など、20年の福祉活動を続けるうち、世間から「障害者は何もできない人たち」と、マイナス面しか見ないことに憤った。

 「この人たちはハンディを補う助けさえあれば働ける。納税者にもなれるのに。日本はなんてもったいないことをしてる国だろう」

 全国の重度障害者約1300人にアンケートをとった。「あなたは働きたいですか? 武器は何だと思いますか?」。8割の人が「働きたい。武器はコンピューター」と答えた。しかし、「高度な技術を勉強できる場所がない」、「仕事が在宅でできない」などの不満を抱えていた。

 「問題を解決すれば働けるようになるんやな」と1991年、プロップ・ステーションを発足させた。スローガンは「チャレンジドを納税者にできる日本!」。

 道は平たんではなかった。障害者の就労支援をパソコンを使って始めようと言った途端、周囲は反対の声ばかり。当時、パソコンは1台約100万円と高額だったからだ。「資金もないのに無謀すぎる。無理や」と言われた。だが、この一言がナミねえの心に火を付けた。

 マスコミを使い、技術ボランティアを募集した。IT企業には「あなたの会社の製品を使う優秀な技術者を育てますから先行投資をしてください」と訴えた。

 ナミねえの情熱に企業が支援を申し出た。高度な知識と経験を持つ技術ボランティアも集まり、ついにコンピューターセミナーが始まった。以後、多くのチャレンジドがプロップで学び、在宅で仕事をしている。

 「私に、できないとか無理やとか言わないでね。ますます燃えるから」。ナミねえと話すたび、私は挑戦する元気と勇気をもらう。

(フリーライター)


おぐら・ともこ

 1965年北九州市生まれ。31才のとき突然聴力を失い中途失聴に。障害者問題を中心に執筆活動中で、取材は手話やパソコン要約筆記という通訳を介して行う。


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