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神戸新聞 2002年11月25日より転載

  チャレンジド
中途失聴の私からの手紙 1
 
     
 
ITの翼 「絵本作家」の道 パソコンが支援
 
     
 
 
 
小椋知子
 


  「チャレンジド」。挑戦するチャンスを神から与えられた人を意味し、米国で定着した英語。障害者に代わる言葉として注目されている。障害があっても自分の好きな仕事や夢、生きがいを追求したい。聴覚障害のある私も、そんな1人。そして今、情報技術(IT)の発達が、私たちの可能性を広げている。元健常者の私から「チャレンジドとその応援団」の奮闘ぶりを報告します。


筆を持つと絵本作家“くぼりえ”の顔に。「次回作はファンタジーを描きます」と話す久保利恵さん=大阪府枚方市の自宅

 電動車いすのスティックで操作し、ゆっくりと前へ。絵本作家の久保利恵さん(28)=大阪府枚方市在住=が移動する。母の手により、右手がマウス、左手がキーボードに乗せられると、わずかに動く指でコンピューターを操作し始めた。グラフィックソフトを駆使しての描画。企業から依頼されるデジタルイラスト制作などの副業だ。

 夢見るウサギ、モバイルクマちゃん。やさしいタッチの絵が次々と画面から誕生していく。「パソコンではマウスさえ握らせてもらえば1人で描くことができる。絵の具の用意がいらないし、母を介助から少し解放することもできました」

 生後6ヵ月でウェルドニッヒ・ホフマンという難病にかかった。腕は自分では持ち上がらない。体をコルセットで支え、車いすに座る。24時間の全介護も必要だ。

 京都の美術短大を卒業後、夢であった絵本作家の道を志す。友人たちはアルバイトをしつつ出版社への原稿持ち込み続けたが、久保さんは体が弱く外での仕事は無理。でも画材を買うための収入が欲しい。「どうしたらいいんやろう?」。

 悩んでいたある日、新聞で「プロップ・ステーション」(神戸市)という社会福祉法人が、障害があっても働く意欲のある人にコンピューターセミナーを開講すると呼びかけていた。「プロップ」は、チャレンジドの可能性を、ITで活用することで引き出し、就労促進に積極的に取り組んでいる団体だ。

 神戸市の会場まで電車を乗り継ぎ片道2時間半。母親とともに車いすで通い始めた。セミナーは、やる気と吸収の早さで初級と中級のクラスを同時に受講した。「プロから仕事として通用する技術を学べ、企業ポスター制作などを手がけました。メールで連絡を取り、在宅で仕事ができる。感激しました」。在宅ワークの収入で画材を購入。手がき絵本の制作にもさらに打ち込めた。

 9月、最初の絵本「バースデーケーキができたよ!」(ひさかたチャイルド刊)が出版された。主人公は車いすの女の子。「いろんな人がいることを、さりげなく子どもに伝えられうれしい」との反響が出版社に寄せられている。2作目の出版も決まった。

 実力で夢を現実にした久保さん。パソコンは、私たちチャレンジドに可能性という“翼”をくれたのだ。

(フリーライター)


おぐら・ともこ

 1965年北九州市生まれ。31才のとき突然聴力を失い中途失聴に。障害者問題を中心に執筆活動中で、取材は手話やパソコン要約筆記という通訳を介して行う。


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