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神戸新聞  2002年5月22日より転載

     
  Let's ユニバーサル・シティKOBEフォーラム
 
  みんな主役の社会へ  ITが可能性をひらく  
 
 

すべての人が自分の持てる力を発揮し、互いに支え合う「ユニバーサルなまち」。情報技術(IT)を活用し、神戸を世界一ユニバーサルなまち」にしていこうという「Let’sユニバーサル・シティKOBEフォーラム2002」(神戸市、社会福祉法人プロップ・ステーション主催)がこのほど、神戸市で開かれた。
パネリストは政治家、経営者、学者、官僚と多彩な顔ぶれ。議論は「ITは社会的弱者が強者に逆転するための道具になる」との視点からITを使って障害者が開拓する仕事、行政の情報公開と市民意見の集約、基本法整備の取り組み―など幅広く展開した。3時間にわたる議論の内容を紹介する。

(西海恵都子、吹田仲)

パネリスト
金丸 恭文 フューチャーシステムコンサルティング社長
坂本 由紀子 厚生労働省東京労働局長
須藤 修  東京大学大学院教授
田中 直人 摂南大学教授
野田 聖子 衆議院議員
浜四津 敏子 参議院議員
コーディネーター・主催者
竹中 ナミ 社会福祉法人プロップ・ステーション理事長
主催者
矢田 立郎  神戸市長
梶本 日出夫  神戸市助役
意見を交わすパネリスト
ユニバーサルなまちをどうつくっていくか、多様な視点から議論された
会場の参加者たち
パネリストの発言に聞き入る参加者ら
いずれも神戸市東灘区、神戸ファッションマート
 

キーワード

チャレンジド
「神から挑戦するという課題、あるいはチャンスを与えられた人」を意味する英語。障害者を表す新たな表現として、アメリカで使われるようになった。障害をマイナスと受け止めず、前向きにとらえられる社会に、との願いが込められている。日本では、プロップ・ステーションが使い始め、次第に定着しつつある。

ユニバーサルデザイン
障害者や高齢者を含め、さまざまな人に利用可能なように、製品や建物、環境、まちなどをデザインすること。製品では「使い方が簡単」「少ない力で楽に使える」などの特徴をもつこと、環境では「アクセスしやすいスペースを確保する」ことなどが求められる。

 
金丸恭文氏
金丸 恭文

神戸大学工学部卒。89年にIT関連の相談や指導要請に応じる「フューチャーシステムコンサルティング」社を設立。
坂本由紀子氏
坂本 由紀子
氏 
72年に労働省入省。婦人政策課長などを歴任。静岡県副知事時代に全国初の「ユニバーサルデザイン室」を創設。
須藤修氏
須藤 修
氏 
東京大学大学院博士課程修了。参院商工委客員調査員などを歴任。プロップ・ステーション主宰の「チャレンジド・ジャパン・フォーラム座長。
田中直人氏
田中 直人氏 
神戸市出身。東京大学大学院修士課程修了。一級建築士。神戸市のニュータウンや公共施設のデザインなどを手がける。
野田聖子氏
野田 聖子
氏 
93年に衆院議員初当選。98年郵政大臣。与党女性議員による「ユニバーサル社会の形成促進プロジェクトチーム」座長を務める。
浜四津敏子氏
浜四津 敏子
氏 
20年の弁護士活動を経て、92年参院議員に初当選。94年環境庁長官。98年公明党代表代行。同プロジェクトチーム副座長。浜四津 敏子氏 20年の弁護士活動を経て、92年参院議員に初当選。94年環境庁長官。98年公明党代表代行。同プロジェクトチーム副座長。
矢田立郎氏
矢田 立郎
氏 
神戸市出身。59年神戸市採用。港湾整備局空港整備本部長、保健福祉局長、助役などを歴任し、01年から神戸市長。
梶本日出夫
梶本 日出夫

 60年神戸市採用。市民局長、保健福祉局長などを経て、01年から助役。
竹中ナミ氏
竹中 ナミ
氏 
神戸市出身。長女が重症心身障害を持つ。91年、ITを活用して障害者の自立と就労を推進するプロップ・ステーションを発足させた。

真の平等実現への視点

 金丸 「逆転の道具となる」
 坂本 潜在能力開発に注目
 須藤 地域から戦略考える


竹中:「ユニバーサルデザイン」という言葉はまだまだ知られていないが、ここでの共通認識は、すべての人が自分の持てる力を発揮して支え合う、神戸をそういう世界一のまちにしようということ。このテーマに対する自己アピールなどを。

金丸:コンピューターが世の中に出たときから、その定義は難しかった。ハードウエア、ソフトウエア、ハードとソフトの組み合わせ、あるいは単なる道具…。私はハード、ソフト、ネットワークのいろいろな組み合わせでつくり上げられる仕組み全体を、戦略的な武器として活用してほしいと会社をつくった。
最新技術の提供者として最もうれしいのは、社会的に小さい人が大きい人に逆転するために使われること。そのお手伝いをするのが私の本業であり、使命でもある。

坂本:1991年に旧労働省でチャレンジドの雇用対策の責任者をしていたとき、障害者雇用はなかなか進んでいなかった。障害があってもできることはいっぱいある。そこに目を向けようと取り組んだ。
静岡県の副知事時代、県政にユニバーサルデザインの考え方を取り込めば、県民すべてに暮らしやすい社会が実現すると考えた。いろいろな人がいることを前提に社会を見直すことが、高齢社会を迎える私たちにとって大切なことだ。

須藤:電子自治体や電子政府のプロジェクトに取り組み、地方自治体のIT顧問などもしている。昨年11月には岩手や高知、三重など9県の知事で「地域からIT戦略を考える会」が発足した。ポイントは行政組織の効率化、インターネットによるワンストップサービスの実現、参加型民主主義の構築だ。
ネットワークには組織が重要。地域住民、産業界…それぞれのネットワークのつなぎ目が必要で、その役割をNPO(民間非営利団体)などに果たしてほしい。

野田:私は今、42歳だが、パソコンを通じてITを知ったのは26歳のとき。地元の若い重度の障害者らが仲立ちをしてくれた。
保守的な自民党にあって4年前、郵政大臣を務めた。当時、閉塞(へいそく)した日本を変える手だての一つはITだという考えがあったが、大臣候補のおじさんたちはパソコンのふたも開けられない。パソコンを操っていた私に目を留めてもらった。私にとってITは、逆転の道具だ。

浜四津:スカンディナビア半島諸国を視察したとき、障害者が自然な形で社会参加しているのを見た。デンマークの大臣から「どんな人も生き生きと、その人らしく生きられる社会が豊かな社会」と聞き、その実現を目指したいと思った。
一昨年に竹中さんと会い、こんな人がいるなら日本でもアメリカのような障害者差別禁止法ができると思った。すべての人が個の尊厳を持って生きられる社会を目指し、与党女性議員で協議会をつくって基本法の法案づくりを進めている。

田中:学生時代から神戸でまちづくりや建築の仕事に関与してきた。神戸は福祉の先進都市という自負があったが、震災後の避難所などでは、高齢者や障害者が不自由な思いをされていた。地域に安全と安心をもたらす環境デザインを勉強し直さなければ、と思った。
ユニバーサルデザインという言葉は神戸ではあまり聞かれない。具体的な事例を打ち出す時期に来ている。対象は物が中心だが、環境や空間も含めるべき。視覚、聴覚、知的障害者らへの配慮も必要だ。

梶本:神戸市は1977年に「市民福祉条例」を施行し、市民全員を対象に、市民福祉社会をつくる取り組みを進めてきた。条例の延長線上で、ユニバーサルデザインの公共建築物づくりにITをどう活用するかが課題だ。
神戸市は「市民力」が高い。市民ニーズも多様化しており、これからのまちづくりは行政主体ではいけない。「共に支え合う自立支援のまちづくり」への取り組みが始まっている。IT活用で、いろんな人の垣根を低くしていきたい。


電子行政のもたらすもの
障害者の職域拡大を
 
 田中 多様な意見集約に道
 梶本 垣根低くし自立支援を


竹中:電子自治体や電子政府の構築で、一般市民はいかに豊かに、便利になるのか。

須藤:ITは代議制の補完物といえる。スウェーデンでは都市計画でも市民の意見を取り入れる。例えば建設計画を6ヵ月間公表し、市民から意見を寄せてもらう。議会でも議論し、修正を加えた上で工事に入る。
神戸にもいろいろな意見があるが、NPOに集約の役割を担ってほしい。建設計画書などをつくって発表し、議会、行政と意見を交わしながら施策を提案してほしい。その道具としてITを活用すればいい。

田中: まちづくりに限らず政策決定の過程では、学識経験者らによる委員会がよくつくられる。しかし、関係者一人ひとりの意見を委員らがどこまで理解しているか疑問。多様な意見を引き出すため、ITが活用できる。具体的に展開していくためのノウハウを実践的事例の中で残していくべきだ。

竹中:ITの習得と就労について意見を。

坂本:ある程度パソコンを使えることは、求職の必要条件になっている。障害者らには武器でもある。仕事の質自体がITによってすごく変わってきている。

金丸:昨年、立命館大理工学部を卒業した脳性まひの女性を正規採用し、研究開発の第一線のプロジェクトにかかわってもらっている。ITがなければ、彼女の履歴書の文字はとても読めなかっただろうが、ITの存在によってクリアし、技術のレベルそのもので活用できている。
社内では、離れた場所で仕事をしなければならないケースがあるが、彼女の入社によってその方法が工夫され、レベルアップにつながっている。こちらが与えているようで、学ばされていることが多い。

野田:12人の秘書のうち、2人は障害を持つ男性。1人は重度の筋ジストロフィーで、アメリカで福祉を勉強している。政策秘書として専門的なデータや資料をメールで送ってくれている。
最近、彼と新しい問題を発見した。高速道路の料金所で停車せず自動支払いができるノンストップ料金収受システム(ETC)は、ITを使って豊かな社会をつくろうという取り組みの一環だが、障害者は使えない。障害者が持つ割引券は窓口に出さなければならないためだ。2人は他の秘書から得られない財産を与えてもらっている。

竹中:ITは、例えば自分たちの活動を知らせる道具であって、すべての人がコンピューターを上手に扱えることがIT化ではない。浜四津さんのお考えは。

浜四津:ITは参画の手段であっていかにうまく利用するかがポイント。今、ユニバーサル社会の実現に向けた法整備を目指しているが、ITや障害者に限定するつもりはない。あらゆる差別の禁止、共生の社会を「ユニバーサル社会」と表現している。

竹中:梶本さん、皆さんの話からどんなヒントを?

梶本:市役所では4月、福祉と住まいの担当部局にユニバーサルデザインの名を付けた係をつくった。神戸は震災を経て、人に対する優しさが広がり、ユニバーサルデザインの考え方を受け入れやすい土壌ができている。市としても啓発を通じて理解を広げていきたい。


国、自治体の役割とは

浜四津  後押しへ基本法整備
野 田  縦割りを横につなげ

竹中:IT化では国と自治体の連携も高めなければならない。

野田:ITのメリットは時間と距離の制約。自治体の首長には、地方のハンディを覆すのだ、 という意欲と哲学を持ってほしい。
行政がITを使ってすべきことは、瞬時にパスポートをとれるといった利便性を国民に 実感してもらうこと。しかし、それを邪魔するのが縦割り。郵政省と自治省が総務省にな り、郵便局で住民票が取れるようになったのは良い例。変えていくのが私たちの仕事だ。

竹中:労働省と厚生省も合わさった。メリットは。

坂本:障害者に必要なのは、働く場と生活の支援。両面でサポートできるようになったのは成果だ。これまで福祉施設や作業所の人たちは福祉の中に閉じこもりがちで、能力のある人の就労の道筋ができていなかった。福祉と労働の融合に向けて、今ようやくスタートラインに立ったところだと思う。

浜四津教育と雇用の分断も問題だ。1人の障害者が生まれてから死ぬまで、安心して生きていける条件を整えるのが行政の仕事。その視点に立ってすべてを見直す必要がある。

竹中:国としても行動が必要では。

浜四津:本来、国は後押しではいけないが、先駆的な自治体が既にある。私たちが目指すユニバーサル社会化を促す基本法の制定は、国全体を変えていく大きな後押しになると思う。

野田:プロジェクトチームに参加する国会議員はまだ少ないが、このフォーラムを機に、 座長として、さっそく法案のたたき台をつくっていきたい。

 

矢田市長統括あいさつ

豊かさを実感できる社会へ

神戸市は情報文化都市を目指し、全市に光ファイバーを敷設している。医療産業や一般企業に、先端のIT技術やノウハウを活用してもらうため、情報伝達装置の高速化などを進めたい。ユニバーサルデザイン社会づくりを大きな役割を果たすはずだ。

障害者の在宅就労や電子政府を実現する仕組みを浸透させるため、市民の情報や知恵を集めながらやっていきたい。

時代は厳しいが、市民が豊かさを実感できる社会に向けて挑戦したい。都市を生き生きさせるまちづくりが必要だし、人権をベースに置き、世の中の仕組みを考えていかなければならない。そのために、多くの人が問題を理解し、認識を深め、共に取り組んでいただけるようお願いしたい。



プロップ・ステーション

7年間任意団体として活動を続けた後、98年に社会福祉法人格を取得。障害を持つ人たちを「チャレンジド」と前向きにとらえ、「チャレンジドを納税者にできる日本」というスローガンを掲げる。 チャレンジドらを対象に、コンピューターグラフィックスやプログラミングなどの講座を開くとともに、企業や行政などから仕事を受注、チャレンジドに対する在宅就労への橋 渡しもしている。
障害者は支援される人ではなく、すべての人が身の丈に合った形で社会を支える側に立つべき−というのが理事長を務める竹中ナミさんの持論。パソコンを使えばチャレンジドのハンディはなくなり、健常者と同じ出発点に立てるという考えから、現在の取り組みを進めている。



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