月刊CYBiZ SOHOコンピューティング 2002年10月号(2002年9月13日発売) より転載

【プロップ・ステーション便り ナミねぇの道 障害者の社会参加の現場から】(第6回)

プロップ・コンピュータ・セミナー訪問記

教える者、学ぶ者甘えのない真剣勝負

構成/木戸隆文 撮影/有本真紀

セミナーは真剣勝負の場

整然と並ぶパソコンを前に、車椅子のチャレンジドたちの真剣な眼差し。講師の声は時にやさしく、そして時に厳しい。プロップのコンピュータ・セミナーは主にグラフィックとビジネスソフトを学ぶコースがあり、プロとしての知識や技術を学ぶための実践的な授業が用意されている。卒業して仕事ができる資質が身につけば、企業や自治体から受けた仕事をプロップがチャレンジドの技術や状況に応じてコーディネートする。

もちろん納期やクオリティなど、求められるものは一般の事業者と何ら差はない。癲癇(てんかん)の発作で職場を転々とし、プロップのセミナーを受講してSOHOとして独立を目指したという菊田能成講師は「何としても技術を身に付けてほしいという講師やボランティアの方々の熱意が伝わってきました」と当時を振り返る。

両手が不自由で、足の指で巧にマウスを扱う岡本敏己講師はプロップの第1期生。「技術を詰め込むだけではなく、社会人としてのものの考え方や心構えなど、生徒には口やかましく聞こえるでしょうね」と。二人ともプロップの仕事を通じて、また臨時講師をしているうちに講師として抜擢されたそうだが、その人柄や仕事への前向きさゆえと想像に難くない。社会では障害の種類や程度に関係なく仕事は同一線上で評価される。それだけにここは教える側、学ぶ側ともに甘えの許されない真剣勝負の場でもある。

有料化に腹をくくる

今月8月のセミナー風景

ナミねぇ――

じつはプロップがセミナーを始めた当初、受講料は無料やったんですよ。ところが授業に平気で遅れてくる子がいる。ボランティアが仕事を終えて汗かいて駆けつけてくれているにもかかわらずね。そのときにこれはあかん、これじゃ本物のプロは育たんと思ったんです。いかに障害者がいろんな人から無料で助けてもらっていることに慣れてきたか、いやむしろ社会がそうしてしまって、本人も当然のように思っていることに気づいたんです。人間は自分を向上させて目標を達成しようとするとき、いろんなリスクを背負うじゃないですか。だから私は、原点に戻って障害の有無にかかわらず、少なくとも自分から投資をして初めて元を取ろうという気持ちがわいてくるんじゃないかと思ったんですね。

もちろんセミナーを有料にすることに反発がありましたよ、特に障害者から。でもそのときに申し上げたのは「私たちはこのやり方が善だとも正義だとも思っていない。ただ、今まで障害者が自己投資をして勉強する場がなかったから、選択肢の一つとして認めてもいいではないですか」と。結果としてリスクを背負いながら勉強した人の中からプロが生まれてきたわけです。

また、障害者は困っている人たちだから寄付してください、というのが企業へのごく一般的な運動でした。でも私は「このセミナーから将来きっとあなたの会社の仕事を助ける人材が生まれるから、先行投資として寄付してほしい」とお願いしてきたんです。

こういう努力を求められたのは初めてだと励まされ、今やいろんなIT関連企業の応援の輪が広がっています。守られて当然、手助けしてもらうのが当然じゃない。それに頼ってたらどこかで限界に来てしまうことを柱にしたことが、ここまで来れた大きな理由やと思います。日本で障害者からお金をいただく活動はそれまで皆無でしたから、一歩踏み出すのに随分と腹をくくりましたけどね(笑)。

マウスが新しい絵筆

プロップには在宅で学ぶスキルアップ・セミナーもある。特に重度障害の場合、通学するだけで相当な体力を消耗するため、本格的なブロードバンド時代の到来には大きな期待が寄せられている。ブロードバンドはプロップにとって遠隔教育、就労実現の第一歩なのだ。

この夏にはあるお絵描き教室の先生から相談を受け、重度の知的障害者のセミナーを開催した。アートの世界で著しい才能を見せる知的障害者のなかには、マウスという新しい絵筆に興味を示した受講生も少なくなかった。

また、この9月からはネットワーク管理者養成講座も実験的に行う。一人1台のサーバー構築実習用マシンとネットワーク環境を活用した実践講座だ。重度のチャレンジドの力を世の中に発揮するために、プロップはまさに時代の最先端を走り続けている。

小さな組織の成功を糧に

ナミねぇ――

セミナーを始めるにも会場の手配やボランティアへの依頼などいろんな苦労がありましたが、10年たってその努力が報われつつあるのを感じています。なかでも厚生労働省の職業安定局が、今年、省内に重度の障害者の在宅を含む多様な働き方を推進する研究組織を立ち上げたのは画期的なことでした。私も研究会のメンバーに選ばれましたが、今後の動向に期待しています。

また、今年は障害者基本法の大幅な見直しが計られる年ですが、日本の障害者対策が従来の救済型から自立支援型へと向かうことが示されています。まさに日本の障害者福祉の転換期であり、今後はプロップという小さな組織が実験プロジェクトとして成功したことで、これをいかに全国的なシステムとして波及できるかという課題に向けて、まだまだ身の引き締まる思いです。

※現在、プロップのセミナーの受講料は2時間1500円が基本になっている。

column

在宅就労者に欠かせない「シーティング」の技術

シーティング(座位保持)とは障害者の身体に合わせて車椅子を設定することで、長時間使用しても疲れや痛みを感じずに残存機能を最大限に発揮できるという車椅子処方の技術のことである。欧米諸国ではすでに医療関係者や障害者の間で一般的になっているが、働くことを前提とした車椅子という発想はまだまだ日本に根づいていない。シーティングは入念に行われ、目的や症状に応じてさまざまなクッションやパーツが用意されている。たとえば骨盤を正しい向きに保持することで褥創(じょくそう:床ずれ)など車椅子上で生じる問題の多くは解決できるという。長時間パソコンを使う在宅就労のチャレンジドにとっては朗報であり、また、車椅子を使用することで活動の幅が広がることが期待される。

[チャレンジド]
神から挑戦する使命を与えられた人を示し、近年「ハンディキャップ」に代わる新たな言葉として米国で使われるようになった。

● プロップ・ステーション
プロップ・ステーションは、1998年に社会福祉法人として認可され、コンピュータと情報通信を活用してチャレンジド(障害者)の自立と社会参画、特に就労の促進と雇用の創出を目標に活動している。ホームページ http://www.prop.or.jp/
● 竹中ナミ氏
通称"ナミねぇ"。社会福祉法人プロップ・ステーション理事長。重症心身障害児の長女を授かったことから独学で障害児医療・福祉・教育を学ぶ。1991年、プロップ・ステーションを設立した。現在は各行政機関の委員などを歴任する傍ら、各地で講演を行うなどチャレンジドの社会参加と自立を支援する活動を展開している。

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