月刊CYBiZ SOHOコンピューティング 2002年9月号(2002年8月13日発売) より転載

【プロップ・ステーション便り ナミねぇの道 障害者の社会参加の現場から】(第5回)

絵本作家デビューで自立の第一歩

車椅子で通学する子やその友達にも読んでほしい

くぼりえさん(27歳) 絵本作家、プロップ・ステーション在宅スタッフ

構成/木戸隆文 撮影/有本真紀

芸術の世界に障害の壁はないという。そして、作品を世に発表する手段として、また自らの芸術性を高める学習手段として今、チャレンジドアーティストたちにとって、これまで以上にチャンスは広がっているのだ。今回は夢だった絵本作家デビューを果たした一人の女性を紹介する。

ITは図書館代わり


くぼさんの『バースデーケーキができたよ!』(ひさかたチャイルド)は、2002年9月全国書店にて発売予定。

くぼりえさんのホームページ
http://kcat.zaq.ne.jp/kuborie/

その絵本には車椅子がさりげなく描かれている。車椅子の主人公が驚くような活躍をするとか、車椅子だからこんなに苦労があるんだ、といった話は微塵もない。車椅子に乗っている子も元気に走り回っている子と同じように、やりたいことや考えていることは一緒なんだというメッセージを伝えたいと、作者であるくぼりえさんは話す。初めての絵本製作だが、りえさんに気負いはない。
「りえさんはウエルトニッヒ・ホフマン病という脊髄性筋萎縮症で、身体の姿勢を維持するだけでも大変なんです。マウスを持つにも他の人の手を借りて乗せてもらうという状態です。にもかかわらず自分の強い意志を貫いて、目標の絵本作家になったのは素晴らしいことやと思いますね。彼女のITの活用法はすごくユニークで、マウスも鉛筆のひとつなんですよ。商業的なグラフィックの仕事で得た収入を、絵本制作のための画材の購入費
用に使うというように、鉛筆とITを使い分けて、なおかつどちらでも感性を表現できるというのがすごいなぁと思います」(ナミねぇ)

絵本作家としてデビューしたくぼさんにとって、パソコンはまさに新しい世界を開いた魔法のランプだったに違いない。


――
絵本作家になろうと思ったわけは?
くぼ
中学1年のホームルームの時間に「将来の針路を考える」という授業でじっくり考えたのが最初です。そのとき幼い頃に母がよく絵本を読んで聞かせてくれたこと、それがすごく楽しみだったことを思い出して絵本作家になりたいと思うようになりました。
――
成安造形短期大学(京都)では何を学びましたか。
くぼ
専攻は日本画でした。中学生のときに透明水彩という絵の具を使って絵の勉強をしていました。その頃、東山魁夷画伯の日本画を見て感動し、いいなって思うところは自分の絵に取り入れたいと思ったんです。短大のグラフィックの授業でMacを使ったのがパソコンとの出会いでしたが、もう少し勉強してみたいという気持ちもありました。
――
そこでプロップのグラフィックセミナーを受講されたわけですね。
くぼ
はい。短大を卒業するときに友人がアルバイトなどで生計を立てながら絵本作家を目指しているのを見て、私も経済的に自立したいと思ったんです。そのとき、プロップのセミナーの小さな新聞記事を見て、在宅勤務という文字が目にとまりました。これだっら私にもできるかもしれないと思ったんです。
――
プロップのセミナーの印象は?
くぼ
第一線で活躍している先生方が講師でしたので、技術と同時に“社会で働くことはどういうことか”を教えてもらったことが役立ちましたね。特に私は短大を卒業するまで普通の学校に通っていましたので、初めて他のチャレンジドの方と接してとても刺激を受けました。
――
くぼさんにとってパソコンは?
くぼ
パソコンがなければ生きてゆけないほど重要なもの。家にいながら外の世界が覗けるのは私にとって大きなことです。今では画材も簡単に注文できますし、調べものをするにも以前は苦労して図書館に通っていましたが、インターネットがその役目を果たしてくれています。
――
絵本を通じて伝えたいメッセージは?
くぼ
大それたことは考えていませんが、私の描く絵本を通じて一瞬でも心が和んでもらえれば嬉しいですね。もちろん、今実際に車椅子で学校に通っている子どもたちにも私の幼い頃の感動体験に共感してもらいたいし、その家族と友達にも親近感をもって読んでもらえればありがたいと思います。
――
これからの目標を聞かせてください。
くぼ
2003年度のチャイルドブック・アップルシリーズ2冊目の絵本の出版が決まりました。理想は絵本だけで生活することですが、そのためにも今できることを精一杯頑張って大好きな絵を描き続けていきたいと思っています。

身の丈にあった働き方を

プロップ・ステーションのグラフィックセミナーで腕を磨いたくぼりえさんだが、卒業後は電力会社のイベント用のイラスト制作を皮切りにポスターやCG(コンピュータグラフィックス)制作などを次々と手がけた。現在も自作の絵はがきセットをホームページで販売するかたわら、プロップの誇るグラフィックデザイナーズ集団「バーチャル工房」でリーダーを務めるなど、その活動は幅広い。
「プロップではいろいろな人が多様な働き方をしてるじゃないですか。今までの日本は右肩上がりで、残業も厭わない一定の人たちが経済を支えてきました。その時代が終わりを告げ、誰もが自分の身の丈にあった方法で働いて支え合う時代が来たと思います。その意味で彼女の存在は、プロップの精神を実証してもらってるという気がしますね」(ナミねぇ)

自分の体調と相談しながら仕事を受注するか否かを、自分自身で判断できるのも在宅ワークならでは。
「プロップの活動を通じて障害を持つ人々が何かできると考え始めること自体に意味があるんです。そのように個人の発想を変えること、それを可能にする制度をつくることの2つがこれから大事になると思います」(ナミねぇ)

column

写真集を発行『チャレンジド ナミねぇとプロップな仲間たち』

プロップの活動とは何か、ナミねぇとは一体何者なのか、そして娘麻紀さんのことなどプロップ・ステーションの歩みが写真と文章で綴られている初の写真集。プロップを縁としてたくさんのチャレンジドたちがITを活用し、社会にはばたこうとしているという熱きメッセージでもある。関西の笑いと元気、そして自分の力でチャンスをつかむ「チャレンジド界の吉本」を自認するプロップだけに、吉本音楽出版から発売されるというのもおもしろい。題字の“チャレンジド”はくぼりえさん筆。牧田清氏撮影。

◆ 写真集
2000円(税別)
http://open.open.prop.or.jp/
◆ お知らせ

「第8回チャレンジド・ジャパン・フォーラム 2002 in いわて」が開催されます
開催日時:2002年8月27日(火) PM1:30〜8月28日(水) PM3:45
場所:ホテルメトロポリタン盛岡ニューウイング

お近くの方はぜひご参加ください

[チャレンジド]
神から挑戦する使命を与えられた人を示し、近年「ハンディキャップ」に代わる新たな言葉として米国で使われるようになった。

● プロップ・ステーション
プロップ・ステーションは、1998年に社会福祉法人として認可され、コンピュータと情報通信を活用してチャレンジド(障害者)の自立と社会参画、特に就労の促進と雇用の創出を目標に活動している。ホームページ http://www.prop.or.jp/
● 竹中ナミ氏
通称"ナミねぇ"。社会福祉法人プロップ・ステーション理事長。重症心身障害児の長女を授かったことから独学で障害児医療・福祉・教育を学ぶ。1991年、プロップ・ステーションを設立した。現在は各行政機関の委員などを歴任する傍ら、各地で講演を行うなどチャレンジドの社会参加と自立を支援する活動を展開している。

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