月刊ガイア 2002年7月号(2002年6月10日発売) より転載

【巻頭 interview 元気達人】

誰もが自分の能力を発揮できるユニバーサル社会を目指して

社会福祉法人 プロップステーション 理事長 竹中 ナミ

「チャレンジド(障害者)を納税者に」――。これまでの福祉観を覆すスローガンを掲げ、多くのチャレンジドに働く喜びや厳しさを伝えてきた社会福祉法人プロップ・ステーション。社会の枠にはまることが大嫌いだった「元不良」が重度心身障害者の娘をもったことから「私が世の中を変える!」と動き出し、そしていま、彼女の提言からスタートした活動が日本を変えようとしている。

「チャレンジド」という言葉を聞いたことがあるだろうか。「チャレンジド」とは「神様から挑戦すべきことを与えられた人」という意味で、障害をもつ人を表す。障害者というとどことなくマイナスのイメージがするのに対し、ポジティブな響きをもつ新しい言葉だ。

チャレンジドのなかには、少しの手助けや道具があれば、健常者と変わらない生活ができる人も多い。高い能力をもち、やる気も十分にある。なのに、現在の社会の仕組みでは力を発揮できない……。

そんな多くのチャレンジドの想いを知り、「自分の能力をもっと生かせる社会を」と訴えるのは、竹中ナミさんだ。91年、チャレンジドの自立と社会参画を目指し、ITをフルに活用することで彼らが勉強できる場の提供と仕事のコーディネーションをトータルに行うNPO組織、プロップ・ステーションを設立した。

竹中さんの底抜けな明るさと、常に時代の先を読む先駆的な発想に惹かれた多くの人の支援を受けながら、プロップ・ステーションが社会に与える影響力は確実に大きくなっている。

……まず、プロップ・ステーションを設立されたきっかけを教えて下さい。

もともとのきっかけは、30年前に娘の麻紀が重度の心身障害者として生まれたことです。当時、周囲の人々は「かわいそう」というだけで、育て方など誰も教えてくれませんでした。だから、どう育てればいいか、どうすれば楽しく過ごせるかを自分で考え、試しながら、自分のマニュアルを作るしかなかったんです。

それで、娘の療育に役立てばと思い、ボランティアなどを通じてさまざまな障害をもつ人とお付き合いするようになり、色々なことを教えてもらいました。そんななかで分かったことは、娘のように一生赤ちゃんような状態の人はほんのひとにぎりで、ほかの大勢の人には色々な想いがあってやりたいこともある。すごいパワーをもっているということでした。

そして思ったんですよ。日本の社会って、「できない」ことしか見ない。でもそうじゃなくて、もっと「できる」ことに目を向けて、その力を発揮してもらえば彼らの力は世の中できっと役立つだろうし、そんな力を生かせない社会はすごくもったいないってね。だから、彼らの眠っている能力を引き出して、障害のある人もない人も、お互いに支え合う社会にするために皆で一緒にやろうと始めたんです。プロップは「支える」という意味で、私達は健常者とチャレンジドがお互いに支える側、支えられる側を行ったり来たりできる乗り換え駅でありたいと、プロップ・ステーションという名前を付けたんですよ。

……現在ほど一般に普及していない時代に就労支援の核としてコンピュータを捉えたのはどうしてですか。

これは、実際にチャレンジド自身から挙がってきた声なんです。プロップの設立に当たって、私達はチャレンジドに就労に関するアンケートをとりました。その結果、「在宅で仕事がしたい」「コンピュータを使って働きたい」「コンピュータを勉強する場がほしい」「プロとして認定してくれる仕組みがほしい」といった声がたくさん寄せられました。そこで、私は「あっ、たった4つか」と(笑)。つまり、「勉強する場所つくって、プロの先生連れてきて、プロになれるように勉強してもらって、営業に出て仕事とってきて、家でやってもろたらいいやんか」って(笑)。始まりはそんな風に非常に軽いノリだったんですが、彼らは本気でした。だから私はその本気を信じ切って、彼らと仕事をコーディネートしようと決めたんです。

設立して約10年ですが、コンピュータの目覚ましい発達は本当にびっくりしています。私はこんな時代が来るなんて、全然想像しなかったけど、パソコンに期待していたチャレンジドは、こういう時代が来ることを予感していたんでしょう。そんな予感をそのまま実現するように、この10年のとコンピュータの発達は、本当にぴったり合うんですよ。もう、ドラマみたいに。時代の変化が追い風になったんだと思いますね。

……チャレンジドがコンピュータを使って実際に仕事ができるようになるまでは、具体的にどのようなプロセスをたどるのですか。

プロップではチャレンジドと、チャレンジドに仕事を出したい企業や自治体のご相談を受けています。障害の状態によってどのようにコンピュータを使えるか、どんな勉強をしたいかなど、様々なご相談を受けます。その後、パソコンを学ぶ場として開催しているコンピュータ・セミナーを受けて頂きます。主にグラフィックコースとWindowsコースがあり、希望でどちらかの方向に進んでもらいます。セミナーを卒業して仕事のできる技術が身に着けば、次にプロップが企業や自治体などから仕事の依頼を受け、チャレンジドと技術や状況に応じて仕事をコーディネーションします。もちろん、納期、グレード、価格をしっかり守ってクライアントの期待に応えられるようプロの仕事をしてもらいます。

……勉強したことを生かせる仕事を得て報酬をもらうということで、これまで保護されるばかりだった頃に比べ、チャレンジド自身も変わるのでは?

すっごい変わりますよ。もう、全然違います。初めて自分で稼いだお金を受け取った時は、「ああ、お金ってこんなに公平なものだったんだ」って思うそうです。それでまた更にやる気が大きくなって、そのお金をほとんど勉強やコンピュータの設備につぎこんじゃうみたい(笑)。

……プロップ・ステーションの活動にはたくさんの産・官・学・民の著名な方が支援者として名を連ねていますよね。これほど多くの、しかも普通では知り合えないような方々の心を捉えたのは何だと思いますか。

まず、チャレンジドに保護や援助を「してあげる」のではなく、能力を発揮し、社会を支える側に回ることで誇りを持てる社会に、という考えに賛同してくれたということでしょう。支援して下さる方は、その一番大切なところを本当に理解して下さる方ばかりです。

それと、人間のつきあいってお互いにメリットがないと続かないでしょう?支援して下さる方は皆さん全くのボランティアですから、私達はお金に変わる何かをお返ししないといけない。それは、プロップの活動を楽しんでもらって目に見える形で結果を出し、「応援して良かった!」と思ってもらうことなんですよ。

私は人間同士が本音でつきあうには、友達にならないとだめと思うんです。だから私は、霞ヶ関にも色々な要求に行くんじゃなく、友達として話ができる人を探しに行くんです。そして、1人と友達になれば、その人が信頼できる人を紹介してもらう。そしてまたその友達も、というように、始めは小さな輪でもだんだんと大きくなってくるんですね。そうして友達を増やすことで、プロップの活動をたくさんの方に知ってもらっています。友達になればあくまで個人のつきあいですから、私にとっては大きな会社の社長さんも、霞ヶ関のお役人さんも、重度のチャレンジドもみんな対等。まぁ、いつも対等でいるためにはこちらにも努力が必要ですけどね。

……それにしても、竹中さんの明るさは、大変なこともたくさんあるはずなのにそれを全然感じさせませんね。

よく言われるんですよ(笑)。無理しないからでしょうね。自分の力の限界を知っているから、限界を超えるといろんな人にSOSを出すんです。だから大変なのは周りの人達かも。私は、自分のことをよく「つなぎのメリケン粉役」っていうですけど、自分がこの口で(笑)優秀な能力や情報なんかを集めてくることができれば、何かが成し遂げられるんじゃないかって思っています。

……課題は次々と出てきて尽きないと思うのですが、いま現在、課題とされていることは?

最近では仕事のやりとりをオンラインで行う人も増えて、チャレンジドがパソコンを使って仕事をするという目標はほぼ達成されています。そこで大きな問題があるんですよ。それは、日本で障害者が働くことを支援する法律は、法定雇用率しかないということ。つまり、正式に企業に雇用されなければ、様々な保障が受けられないんです。プロップを通じて仕事をしている人は、在宅などいわゆるフリーがほとんどです。だというのに、そういった働き方をしてくれる法律がないんですよ。

いまある法律は、チャレンジドが「できない」ことを前提にした法律で、「雇用で働けない気の毒な人達に何かあげましょう」っていう考えから年金や補助金を決めています。でも私達が考えているのは、「雇用以外の働き方ができる人もいるんだから、その人達が社会で力を発揮できるシステムをつくろう」ということ。色々な働き方ができる法律が成立すれば、実際に働くチャレンジドをもっと増やすことができ、「こういう風に社会参加できる」という層がもっと厚くなるんです。

もちろん、法律をつくるというのは私ができないことだから、議員の方々やその法律を執行する自治体の職員さん、官僚の方々にこの活動を応援してもらうよう働きかけています。新しい制度をつくるには、政・官が志をひとつにして取り組まなければできないし、日本のシステムを変えることだから、変えようとしている人同士がつながらないとだめなんです。私の話を真剣に聞いてくれて、自分の立場を少し踏み外してでも一緒にやろうという人が集まらないと、新しい制度はできません。

その活動の一貫として、今年の2月、衆議院議員の野田聖子さんと、参議院議員の浜四津敏子さんなど与党の女性議員が中心となって「ユニバーサル社会の形成促進プロジェクト・チーム」が結成されました。その目的は、すべての人が力を発揮できて、本当に保護が必要な人達を守れる国、そんなユニバーサル社会の実現です。初めて政治分野のネットワークが生まれ、しかもそれが女性議員の方々が中心ということで、私としては大変嬉しいことなんですよ。あと2年ほどすれば、新しい制度に向けて状況はかなり変わってくると思います。

……最終的に竹中さんが望むのはどのような社会なのでしょうか。

ひとことでいうとユニバーサル社会ですね。これは、すべての人が性別や年齢、障害の有無などに関係なく、自分の責任で自分の力が発揮できる義務と権利を享受する社会を意味します。私達は、決してチャレンジドだけが幸せになればいいと思っているわけではないんですよ。チャレンジドのように、様々な社会的要因によって働くことが困難な人達が自分を発揮できる社会システムができれば、女性や高齢者などこれまで社会のしくみが壁になって働きたくても働けなかった人達もそのシステムにのれるでしょう?そんな社会になれば、娘のような重度心身障害者は存在的に社会に貢献できることはなくても、社会全体でその人達を守ることができるし、人間としての尊厳をもって生きることができるんです。

最後に麻紀の母ちゃんとしていわせてもらえば、国の経済がすごく落ち込んだり人の心がすさんだ時、娘のように何もできない人間は排除されてしまう危険性があるんです。過去には様々な国でそういうことが実際に何度も起こっているんですよ。日本はそんな国になってほしくない。だから、右肩上がりの経済成長も終わって少子高齢化社会が急速に進むこの時代に、いま私達が手を打たないといけないんです。

あのね、知ってます?障害者の子供を持つお母さんって、「この子が私より一日だけ先に死んでほしい」っていうんです。これっておかしいじゃないですか。たとえ子供に障害があってもなくても、やっぱり年の順に親から安心して死ねる、そういう社会にしたいんですよ。それが究極の目標です。

麻紀の存在があったから、私はいまこういう活動をしてこういう人間になったけど、最後はやっぱり母ちゃんに戻るんですよね(笑)。


娘の麻紀さんと。麻紀さんは、現在兵庫県の国立療養所に入院し、温かい看護を受けて過ごしている。「忙しい合間に娘に会うのが楽しみです」

今回、この取材を通して、自身が体当たりで経験してきた人の話は説得力が違う、とつくづく感じさせられた。とにかくどんな話も分かりやすく明快なのだ。関西弁で巧みなたとえと笑いを織りまぜながらポンポン話す。時代の流れの中で、いま何をどうすべきかという問題意識をはっきりと持ち、どんどん進む行動力もすごい。パワフルなイメージは想像通りだったが、「最後はやっぱり母ちゃんに戻るんです」というひとことは印象的だった。NPOの代表として、会議や講演に全国を飛び回る竹中さんの原点は、やはりそこにあるかもしれない。

(取材日)平成14年4月2日

社会福祉法人プロップ・ステーション

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