月刊CYBiZ SOHOコンピューティング 2002年6月号(2002年5月13日発売) より転載

【プロップ・ステーション便り ナミねぇの道 障害者の社会参加の現場から】(第2回)

エンジニアを目指すある女性の挑戦

技術はあるのに就職できない

池内里羽(さとわ)さん(23歳) フューチャーシステムコンサルティング勤務 コンサルタント

構成/木戸隆文 撮影/有本真紀・田中康弘

IT革命により、一歩一歩だが着実にチャレンジド(障害者)が社会進出を果たしつつある。だが、就職活動での現実は厳しい。今回は出生時の脳性麻痺で四肢と発語に不自由のある女性の、エンジニアとして就職するまでを紹介する。

技術よりもむしろ人間性


池内さんの同僚のみなさんと記念撮影。二列目中央が、池内さんの直属の上司である斎藤勉さん。

ナミねぇには一日数十通という相談のメールが届く。当事者や家族はもちろん、養護学校の先生やハローワークの担当者まで官民問わず障害者の就職のアドバイスを求める声が多い。

池内里羽さん(23歳)は昨年、立命館大学理工学部を卒業。IT業界への就職を目指して30社に及ぶ最終面接の結果、望んだ企業からの内定通知はもらえなかった。半ばIT業界への就職をあきらめかけていた頃にナミねぇと出会う。
「能力があっても就職できないという悔しい気持ちは痛いほど分かりましたね。どんな仕事でもいいという彼女に、私はあえてPCの技術を生かすべきだと言いました。そこでITコンサルティング業界で急成長しているフューチャーシステムコンサルティング(以下フューチャー)に、ほかの有能なチャレンジドと一緒に紹介したんです。彼女を推薦したのは技術もさることながら向上心など人間性の部分が大きかったですね」(ナミねぇ)

今、試験に合格したフューチャーに入社した池内さんの、社内の評価は高い。

──
学生時代、専門で学んだことは?
池内
電子工学科で集積回路の配置配線に関して研究していました。コンピュータの基礎的な構造や仕組みを勉強したのと、C言語に触れられたことが役立っています。
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コンピュータ関連の仕事に就きたかった理由は?
池内
四肢に障害があって字を書くことが苦手でしたので、小学校の頃からワープロを使っていました。ワープロのおかげで健常者と同じ教室で授業を受けることができたのだと思います。ですから健常者と同等に仕事ができるエンジニアを志望しました。
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就職活動中、厳しい現実に直面されたそうですが。
池内
法律で障害者の雇用制度があるのだから、ましてや今まで健常者と同じように生活してきたのだから問題ないだろうと甘く考えていました。障害者の雇用経験がある会社で実際に法律で定められた基準を満たしているといっても、より障害の軽い人たちで満たしているのが現実だと感じました。一度、社員全員が障害者という会社を訪問したのですが、山奥にあり何だか隔離されたようで……。
──
プロップ・ステーションの取り組みについて。
池内
障害者にとって社会への扉を開くことのできる場所だと思います。私ももっと早く出会いたかったし、多くの障害者に早くプロップを知ってほしい。ナミねぇはパワフルで、初めてお会いしたのにいろいろ相談にのっていただきました。
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フューチャーシステムコンサルティングという会社について。
池内
クライアントの経営戦略を実現するための情報システムを構築するコンサルティングインテグレーション*です。「エンジョイ・ビジネス」という企業カルチャーがあって、新人でもどんどん仕事を任せられ、発言できる会社です。
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現在、担当されている仕事は?
池内
社内のナレッジマネジメントを推進するシステムの一部で、個人の資格を検索、管理するデータベースの構築を担当しています。Javaによるシステム構築を習得中ですが、まだまだ技術力不足で勉強の毎日です。将来は、ユーザーの視点に立って信頼されるコンサルタントになりたいと思っています。
──
チャレンジドの社会進出について。
池内
これからITの発展に伴って障害者が社会へ出やすくなると思います。だから障害があるからといって諦めず、どんどん情報を入手してどんな小さなことでもチャンスがあれば積極的に参加して欲しいと思います。将来は障害者が健常者と同じように働くのが当たり前の社会が実現して欲しいです。

池内さんを採用したフューチャーは、プロップ・ステーションの活動を支える支援企業の一つだが、ユニークな新人研修を実践する。たとえば、新人が入社すると3ヶ月の研修期間中、既存社員による支援チームがつく。「チーム○○」と新人の名前を冠した支援体制は、障害者雇用のために作ったものではないが、誰もが疎外感を持つことのない優れた制度だ。

仕事の厳しさを伝えたい

プロップ・ステーションは、企業や自治体などから業務委託された仕事を、PCによるネットワークサービスで在宅のチャレンジドへ紹介するコーディネートの役割を果たしている。しかし、ボランティアや浄財(支援金)に頼るほかない現状での支援には限界があるという。
「全国津々浦々で仕事が在宅のチャレンジドへ流れる仕組みを作るには、やはり公的な機関とのリンクは欠かせません。国や行政との話し合いのなかで、いかに社会制度化していくかがこれからの課題ですね」(ナミねぇ)

また、アウトソースされた仕事を受ける側の人材教育の必要性も急務だ。「技術的な面とともにソーシャルな部分での教育も重要です。どうしても障害の重い方のなかには狭い世間しか知らず、仕事に対する憧れと厳しい現実との間にギャップがある場合が多いんです。そのあたりからきちんと伝えていくのもプロップの役割です」(ナミねぇ)

column

リンク集に支援者紹介まで プロップのネットワーク拠点

社会福祉法人プロップ・ステーションの沿革、組織など詳しい情報が満載されているほか、前述したフューチャーシステムコンサルティングやマイクロソフトなどの支援企業・団体、支援メディアの一覧も掲載されている。また、チャレンジドの仕事の実績とともに、受注可能な仕事内容や使用ソフトまで明記されているので仕事を委託する際に参考になる。「ナミねぇの部屋」コーナーにはプロフィールのほかに、普段の活動が写真で見られる。ナミねぇのスケジュール帳は予定でぴっしり埋まっており、さまざまな分野に対する彼女の奮闘ぶりが伺える。さらにチャレンジド自らが学ぶための情報ページ「Propどこでもドア」にはさまざまなおすすめリンクが集合、福祉情報やトピックス、頑張るチャレンジドの活躍ぶりが紹介されている。

(ホームページ http://www.prop.or.jp/)

※インテグレーション
クライアントに最適な情報システムを企画、構築、運用まで一括して提供するサービスのこと。

[チャレンジド] 神から挑戦する使命を与えられた人を示し、近年「ハンディキャップ」に代わる新たな言葉として米国で使われるようになった。

● プロップ・ステーション
プロップ・ステーションは、1998年に社会福祉法人として認可され、コンピュータと情報通信を活用してチャレンジド(障害者)の自立と社会参画、特に就労の促進と雇用の創出を目標に活動している。ホームページ http://www.prop.or.jp/
● 竹中ナミ氏
社会福祉法人プロップ・ステーション理事長。重症心身障害児の長女を授かったことから独学で障害児医療・福祉・教育を学ぶ。1991年、プロップ・ステーションを設立した。現在は各行政機関の委員などを歴任する傍ら、各地で講演を行うなどチャレンジドの社会参加と自立を支援する活動を展開している。

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