日本経済新聞 1999年(平成11年)12月8日(水曜日)より転載

【経済教室】

企業、NPOなどと連携急げ

重要な「利害関係者」 価値の多様性、受容必要に

  1. 環境・人権など広範な分野で国際的な非政府組織(NGO)の影響力が急拡大し、多国籍企業などに多様な価値観を認めさせ、経営姿勢も改めさせるケースが増えてきた。
  2. グローバル化が進むなか、大企業などは、利害関係者として非営利組織(NPO)やNGOなどとも協調体制を組むよう経営理念を変革することが重要になってきた。

米ベントレー大学客員研究員 菱山 隆二

NGOの抗議シェルも揺らす

NGOは先の世界貿易機関(WTO)閣僚会議で一部過激な動きをみせたが、対企業を含め影響力が増しているのは確かである。

メキシコの太平洋岸に塩田の拡張計画に対して反対運動が起きている、との報道が相次いでいる。塩田の経営主体はメキシコ政府が51%、三菱商事が49%を出資する塩輸出公社(ESSA)で、反対運動の中心は米国の環境NGOである。クジラやウミガメに悪影響を与えるかどうかが焦点になっている。

最近この反対運動に、資産合計が140億j規模にも達する投資信託15社が加わり投資姿勢にもそれを反映させた。いわゆる「行動する株主(シェアホールダー・アクティビスト)」の動きである。

彼らは「社会的責任を果たす投資(ソーシャリー・レスポンシブル・インベストメント=SRI)」を旗印とし、収益を追うだけでなく、投資を通じ環境・人権、企業統治など広範な分野で社会の進歩に貢献しようと行動する。広義の米SRIファンドの残高は既に2兆ドルを超えている。

1989年にエクソン・バルティス号がアラスカで座礁し大量の原油が流出した。怒ったSRIファンドと環境NGOは、企業の環境への取り組み方を10項目に要約した「セレス原則」をまとめ、株主の立場から大企業などの株主総会で採択を迫り、ゼネラル・モーターズ、コカ・コーラなどが受け入れた。そこで中心的な役割を演じたSRIファンドが今回の塩田反対運動にも参加している。

97年5月、ロイヤル・ダッチ・シェルの株主総会で、アクティビストが約10%の株数を集め、会社に「環境・人権問題への取り組みを強化せよ」と要望する議案を提出した。同社が揺さぶられた背景には、2つの社会的事件が同時並行的に起きたことがある。

シェルでは当時、北海で15年間使用した巨大な鋼鉄製の海上原油貯蔵・積み出し施設「グレント・スパー」の処分が懸案だった。3年間検討し大西洋の深海投棄が最も合理的と判断、英国政府の承認や関係国政府の了解も取り付けた。

その矢先、汚染を心配した環境NGOのグリーンピースが反対運動を開始、インターネットでも国際的な連帯を呼びかけ、不買運動や街頭、海上での抗議活動を展開したのだ。メディアもそれをカバーした。シェルは、ガソリン売上高がドイツで3割も減るなど影響を受け、97年6月に投棄計画の中止を決めた。

同社のもう1つの問題は産油国ナイジェリアの軍事独裁政権に関係する。95年11月、同政権は9人の人種運動家を捕らえた。このときナイジェリアの石油の45%を生産していることから、政権に圧力をかけられるとみた人権NGOは、人道的な措置をとるよう働きかけてほしいと同社に要望している。

だが運動家の死刑が実施され、願いは裏切られた。人権NGOはシェルが実質的に黙認し圧制に加担したと非難、その声がマスコミとインターネットで世界に広がり支持を集めたのである。結局、主権国家が選択した政治的プロセスに対し、企業がとれる行動には限界があるという同社の基本的見解は通じなかった。

事業の免許は社会全体から

自信を持った判断にもかかわらず、それが招いた社会の反発は大きい。欠けていたのは何か。

シェルは対応の徹底的な見直しに乗り出し、10ヵ国7500人の一般人、25ヵ国1300人のオピニオンリーダー、55ヵ国600人の社員に面接した。その結果は「世界は変化していた。価値観は多様化している。多国籍企業や政府が、判断を信用してほしいと望んでも、それが通る時代ではなくなった。異なった価値観を持った人たちにも情報を開示し、対話をして、社会全体から"ライセンス・トゥ・ドゥ"(事業免許)を得なければやって行けない時代となっている」というものである。

同社は「社会との合意形成」路線へ体質を変革しグレント・スパーについても改めて処分法を募った。NGOなどを招き4ヵ所で対話集会を開催、関係者の納得を得て代替案を決定し、ナイジェリアについては世界人種宣言支持を表明、アムネスティ・インターナショナルやパックス・クリスティなどの人権NGOと定期的な対話を開始した。

政府や伝統的企業などの権威が低下している。「まず話を聞かせてほしい」と望み、それから自らの価値観に照らし自分たちで考える人たちが増えている。現在社会には様々な価値観の人たちが存在するがゆえに、企業は異なる意見や主張に耳を傾ける努力が必要であり、それは今後さらに強化されねばならない。

今やNGOなどがそのプレゼンスを実証し、社会が評価するようになった。ノーベル平和賞は97年の「地雷禁止国際キャンペーン」、99年の「国境なき医師団」とNGOなどへの授賞が増え始めている。

今年2月に経済協力開発機構(OECD)の贈賄防止条約が発効するまでは、汚職監視の分野で「トランスアレンシー・インターナショナル(TI)」というNGOも国際貢献してきた。今年10月、TIは「海外で仕事を取るために賄賂を贈るのは、どの国の企業と思うか」という調査を14の輸入増加国で実施、その結果を発表し評価が悪い国の反省を求めている。ちなみに日本企業は主要19輸出国の中でワースト5と認識された(ニューヨーク・タイムズ紙による)。

協調未熟だが萌芽もみえ

NGOは多国籍企業との関係をどう見ているだろうか。米ノートルダム大学などが140の世界の主要NGOを対象に実施した調査によると、41%が対立関係にあり、47%がかかわりなしと答えた半面、61%が将来は協力関係を持つと見ている。企業とNGOはお互いの力を再認識し、対話を重ねてともに歩むことを考える時代となってきている、といえよう。

協調を組む例はシェルだけではない。この9月、ダウ・ケミカルは「パブリック・リポート99年版」を発刊し社会的、環境的、経済的責任をバランスさせる、いわゆる「3つの最低条件」を化学業界で初めて経営哲学に掲げた。その方針と実績を公表する課程で、環境NGOや地域社会と対話しつつ、ライセンス・トゥ・ドゥを得ていく様子を示している。

環境については、7人前後のNGOリーダー、学者、ジャーナリスト、コンサルタントをメンバーとする「環境諮問委員会」を、年に2〜3回開催している。そこには社会のかい離をなくし透明度を高める意識が働いている。

これまで論じた中では「NGO」という言葉を使ったが、日本国内を考える場合は「NPO」と置き換えて考えるほうが適切だろう。NGOが海外での協力活動を主とする団体を指し、NPOが主に国内での地域活動を担う団体を指す場合が多い。歴史的経緯が異なり、地域をベースにするNPOが多いこともあって、現時点ではNPOから企業への働きかけは少ない。企業との協調体制を作り出していく力も十分ではない。

一方、企業側のNPOに対する認識も未熟ではあるが萌芽(ほうが)も出てきている。国内NPOでは例えば「共用品推進機構」(東京)が複数企業と提携して目の不自由な人も健常者も使える商品を開発し、「プロップ・ステーション」(大阪)はコンピューター・ネットワークを活用して障害を持つ人の雇用創出を促している。NPOが新しい存在理由を持ちつつあり、パートナーとして連携する重要性に企業が目に向けることが望まれる。

今後、アクティビストが企業に問題提起し、株主総会で議決権の行使をする動きは強まろう。NGOやアクティビストだけでなく、地域社会もその存在感を高めていく。政府や労働組合もそれぞれの役割を担う。こうした多様な価値観を内包する組織すべてを、重要なステークホールダー(利害関係者)の一員として認識し、対話を重ねるべきである。その課程でライセンス・トゥ・ドゥを獲得し、次のミレニアム(千年紀)の経営の在り方を探っていくことになるだろう。

欧米の社会、企業は先行してこうした道を歩み始めている。グローバル化とは日本企業も、海外であろうと国内であろうと、新しい社会の潮流の蚊帳の外に居続けられないことを意味するのである。

35年生まれ。国際基督教大卒、三菱石油開発専務など経て現大学に。専門は企業行動論、経営論理。

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