朝日新聞 1999年11月11日より転載

やるぞ!パソコン 新トラの穴 その12

障害者の仕事・表現に強み


講師の岡本敏己さんは、足でマウスを動かしながら教える。「パソコンができるようになって、表現手段を一つ増やしました」=神戸市東灘区のプロップ・ステーションで

「世の中広くなった」

障害者の人たちは、パソコンとどんな付きあい方をしているのでしょう。障害者を積極的に受け入れているパソコン教室を訪ねてみました。すると、先生もこの教室の卒業生でした。

「先生、ほら、これ消えちゃった」「もう一回、やり直しせなあきまへんな」「あー、いけた、いけた」──

教えるのは車いすに座った多島敏文さん(30)と、両手が動かないため、足の指先でキーボードをたたく岡本敏己さん(52)。

神戸市東灘区のビルの一室にある社会福祉法人「プロップ・ステーション」(竹中ナミ理事長)では週に1回、パソコン教室が開かれている。約30人の受講生のうち約2割が知的、身体障害者だ。

兵庫県尼崎市の多島さんは、もともとここのパソコン教室の生徒だった。ソフトウエア制作会社でプログラムを組んでいたが、筋ジストロフィーの症状が進んで長距離の歩行が困難となったため、退職。1997年に、新聞で「プロップ・ステーション」を知り「もう一度勉強し直してみよう」と思って受講した。修了後、「一緒にやらないか」と誘われ、昨年10月に職員として採用された。

「障害者にとってパソコンが特別なものだという意識はないが、自己表現をしやすいものだし、障害者の方が、自分なりの使い方を考えていると思う」と話す。

もう一人の講師の岡本さんも元受講生。ポリオで手が動かない。足をひょいとキーボードの上に乗せ、マウスも動かす。生徒に「きょう先生いないから」と教室で言われ、いつの間にか教える方に回ったと言う。

「パソコンで一つの表現手段を手に入れたように思う。知りあいとの連絡も楽だし、世の中が広くなった」と話す。
パソコン教室がスタートしたのは、92年。当時、人気が出始めたパソコン通信に「プロップ・ステーション」で障害者の自立と社会参加に取り組んでいた竹中さんが着日した。「パソコンが使えれば、家でも仕事が出来る。通勤が難しい重度の障害者にとって仕事のチャンスが増えるかも」と考えた。

全国の重度障害者にアンケートしたところ、約8割の障害者が「仕事がしたい」「パソコンが武器になる」と答えた。さっそく、支援してくれる企業を探してパソコンと場所を提供してもらい、世話係のボランティアを募集した。

スタートした時は5人だった生徒も今は、大阪の教室も合めてのべ約70人に増えた。「障害者の埋もれていた職域を開拓した」とも評価されるようになった。

大阪府高槻市の鈴木香穂さん(25)は、重度の知的障害がある。母の登美恵さん(52)が、新聞でこの教室を知り、親子でやってきた。以前から、二人で手織りのブラウスやジャケットなどの洋服をつくっている。将来、ホームページに作品の写真を載せて販売できればという。「(修得を)急いでません。大きな目標を持ってゆっくりやりたい。本人も楽しんでいるようなのでうれしい」と目を輝かせた。登美恵さんも娘と一緒にパソコンを覚えようと熱心に先生に質問をしていた。

一定以上の技術を修得した人たちは「バーチャル工房」という集団に所属し、企業からの、ポスターやホームページの作製を請け負うこともできる。

教室には、障害者ばかりではなく、高齢者も参加している。「障害者と一緒に勉強する場なんてあまりない。『気の毒』と見なしていた人たちが『先生』になっているのを見ることも新鮮」と竹中さんは話す。

講師の岡本さんはパソコンを修得した時の喜びをこう表現した。

「目が大きくなったよう、耳が大きくなったよう、手足が伸びたよう、背が高くなったよう」

「プロップ・ステーション」/ 078-845-2263 ホームページのアドレスはhttp://www.prop.or.jp

「プロップ・ステーション」を卒業した人が、全員、パソコン関連の仕事に就けるわけではもちろんありません。ただ、皆さんのパソコンにかける思いは熱く、そのエネルギーの大きさには驚きました。パソコンは、人がこれまで独力で挑戦してきた以上の力を持って、創造、表現の幅を大きく広げでくれます。それぞれの事情はあるでしょうが、障害を持つ人にとってパソコンが一つの力になることは間違いなさそうです。

(T)

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