NEW MEDIA 1999年5月号 (1999年4月1日発売)より転載

【雇用創出とIT】(第4回)

いまこそ官民連携で 障害者の在宅就労の拡大を

写真:竹中ナミ

竹中ナミ
(社会福祉法人)プロップ・ステーション理事長
1948年神戸市生まれ。娘が重度心身障害者であったことをきっかけに、20年以上にわたり、おもちゃライブラリーの運営、肢体不自由者の介護など、各種のボランティア活動に携わる。その後、コンピュータとインターネットでチャレンジド(障害者)の自立と就労を支援するNPO組織とプロップ・ステーションを立ち上げる。設立時のアンケートに「コンピュータが武器になる」と答えたチャレンジドが多数いたことから、コンピュータとネットワークを活動の柱に据え、1998年ITを軸にした社会福祉法人としてスタートした。

写真:甘利明

甘利 明
労働大臣
1949年神奈川県生まれ。1972年慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、ソニー鞄社。1983年衆議院議員初当選(以来5期連続当選)。1989年通産政務次官(宇野、海部内閣)、1993年自民党商工部会長、1995年衆議院商工委員会委員長、1997年同党中心市街地再活性化調査会事務総長、同党副幹事長、1998年緊急経済対策に関する特別委員会筆頭理事、労働大臣に就任

写真:勝又和夫

勝又和夫
(社会福祉法人)東京コロニー 常務理事・事務局長
1948年岐阜県生まれ。3才の時から脊髄カリエスにかかり、中学1年で再発。16才の時に手術を受け、以後、下半身不随により車イス利用になる。1969年から2年間、国立のリハビリテーション機関で機能回復訓練と職業訓練を受け、1971年に東京コロニーの施設利用者となる。1973年東京コロニー・コロニー印刷所事務職員。以後、東京コロニーにおけるいくつかの事業や事業所の課長、部長、所長などを歴任。1988年理事に就任、1993年常務理事に就任。現在、3つの施設の施設長の職にある。

未曾有の不況で、障害者の雇用情勢も厳しいものになっている。しかし、その一方で、これまで通勤できないために働く機会がなかった障害者のあいだで、パソコン&ネットワークによる在宅就労への意欲がひときわ高まりを見せている。彼らを支援するNPO活動も活発化してきている。

こうした中で、労働省は昨年度、障害者の在宅就労に関する研究会を設け、第三次補正予算では500台のパソコンを用意。民間就労支援組織と連携して、障害者在宅就労に必要な条件整備のあり方を模索しながら、実際の就労者数を拡大していこうとしている。 今回は、その連携に加わる民間就労支援組織の側から、社会福祉法人「東京コロニー」常務理事の勝又和夫氏と同「プロップ・ステーション」理事長の竹中ナミ氏が、甘利明労働大臣を訪ね、意見交換した。

(司会は吉井勇・本誌編集部)

通勤雇用から多様な就労形態へ

──

まず労働大臣から、今回の障害者在宅就労支援事業のねらいについてお話し願います。

甘利

労働省は、障害のある人もない人も一緒に生活できる社会づくり、いわゆるノーマライゼーションを、労働に関して進めてきました。その施策の一つとして、企業に障害者雇用率を課して、それをクリアしていただくようにお願いしてきました。昨年7月からは知的障害を持つ方々も含めて1.8%(以前は身体障害者を1.6%)ということにして、いっそうの努力をお願いしているところです。

ただ、障害を持つ方々の中には、そもそも普通の人と同じように通勤しろというのが就労の妨げになっているという方々もいる。そこで、通勤しない雇用も雇用率にカウントできるようになっています。今回の施策は、その流れをさらに進めて、個人事業も含めて「障害者が在宅で主体的に仕事ができる」という方向へも支援して行こうというものです。具体的には、パソコンとネットワークを使った仕事が増えているので、とりあえず、そこに比重を置いたというわけです。

──

民間で在宅就労支援をなさってきたお2人としては、今回の労働省の施策をどう受け止めていますか。

勝又

私どもは昭和57年から、障害を持つ人がコンピュータ技術で自立できるようにする活動を始めましたが、途中までは週に何日かなら通える人でした。ところが、だんだん通える人の雇用が増えたことも一因でしょうが、私どもの方には在宅でなければ働けない重度の人たちが増えていきました。それで、平成元年からは、その人たちが在宅でもキチッと技術を身につけれるようにするための取り組みをしてきました。

ただ、草の根的にやることには、自ずと限界があります。今回、在宅就労支援を労働省が政策の中に位置づけたことで、私どもやプロップさんがやってきたことが大きな広がりを持つのではないかと期待しています。

竹中
私たちはこの8年間、コンピュータとネットワークを使った在宅就労の支援に絞って活動してきました。多くの企業や団体の支援をいただいてやってきましたけど、やはり勝又さんがおっしゃったように、草の根の力にはそれなりの限界がある。今回、官民一緒になって障害者の在宅就労の拡大に取り組むことになったのは、いままで在宅で眠っていた力を掘り起こす、すごく大きなキッカケになるのではないかと、うれしく思っています。

働くことは喜び、そして誇り

──

大臣には最初に労働省の施策をお話しいただきましたが、大臣個人としては障害者が働くということの意味を、どう考えておられますか。

甘利

日本では、働くことは苦しみとしてではなく、喜びとして捉えられていると思います。働くことは強制されてすることでなく、自分の生きた証を残していく表現方法、そういうものだと思うんです。これは、すべての人に等しく与えられている権利ですから、私としては、すべての人がそれを行使できるような体制を、行政や政治がどう作っていけるかが問われると思っています。

勝又

私は16歳の時に車椅子になりました。その後、どう生きていったらいいのかわからないまま働く場に就いたのですが、初めて給料をもらった日は、うれしくて眠れませんでした。その喜びというのは、どんな障害を持った人でも同じだと思います。いま大臣がおっしゃったことに付け加えれば、働くことには社会の中で自分の存在というものを認めてもらえる喜びという側面があると思います。

竹中

私の場合、こういう活動に入ったのは自分の娘が重度心身障害だったのがキッカケなんですが、障害を持った方々を見渡してみると、私の娘のような本当に何もできない人は少数派で、他は皆いろんな能力を持っていて意欲もある人たちでした。

なのに、世の中は「障害を持った人」と一くくりにして見ている。政策も、その人たちのエネルギーを生かすよりも、封じ込めているように見える。「日本の国は何てもったいないことをしているんだろう」と思いました。

高齢化社会というのは、私の娘のような状態の高齢者が増えてくる社会です。いったいその人たちをどうやって支えていくのかを考えると、一人でも多くの人に、たとえ1日数時間でも働いて、社会を支える側に回ってもらいたい。それが、本当に保護が必要な人を支える意味でも、支える側に回った人が誇りを持って生きていけるという意味でも、いいのではないかと思っています。

中間支援組織の役割

甘利

『五体不満足』という本には感動しましたけれども、あの著者の乙武君がいわんとしているのは、雇用政策も福祉政策も「かわいそうだから」という視点ではなく、「その人が本当は何を必要としているのか」という視点でやってもらいたいということだと思います。行政には、どうしても「こうであるはずだ」と頭で考えてやって現実とズレてしまうところがあります。障害者の問題にしても、「かわいそうだから」というところからしか施策が出て来ない面が、確かにある。

だから、「障害者がもっと働けるようにするには、どうしたらいいか」という問題は、われわれが考えるよりも、携わってこられた皆さんが考える方が早いし、実効性が担保される。そういう意味で、皆さん方の団体との連携というのは施策立案上、すごく大事だと思っています。

勝又

大臣から『五体不満足』のお話が出てとてもうれしく思いました。というのは、実は私もあの本に少し登場しているからですが、それはさておき、早稲田商店会会長の安井さんという方が登場なさって、こんなことをおっしゃっているんです。「うちの商店会では『失敗』と書いて『経験』と読むんだ。俺たちは行政じゃないんだから、失敗を恐れずにどんどん動いていこう」と。また、「市民参加という言葉があるが、俺たちがやっているのはそんなスタイルじゃない。俺たちが場を作って、そこに行政に加わってもらう、いわば『行政参加』なんだ」と。たいへんおもしろく読みました。

われわれも、やはり、これから財政が厳しくなる中で、行政だけに頼って何かをしてもらうというのには限界があると思っています。むしろ、われわれ民間が中心になって、必要な部分だけ行政にお願いするという形ではないかと考えています。

竹中

障害を持つ方々が直接企業と向き合って雇用契約を結ぶとなると、やはり障害者個々人は弱者になります。あいだにコーディネイト機関が入ることで、スムーズに雇用・就労に結びつける一方、その人が無理してボロボロになったり権利侵害を受けたりするのことのないよう、歯止め役も果たせます。また、企業としては、その人の実力について第三者機関による評価を求めています。そういうわけで、両方に公平な中間組織が必要だと思うんです。で、すでにその実験を、勝又さんのところや私たちのところが行ってきたわけです。

昨年から始まった労働省の障害者の在宅就労についての研究会というのは、そういうことを数年かけてキチッと考えて、政策に反映していきましょうということなので、非常に期待しています。政策を作っていく官と、アイデアを出したり具体的な行動をする民が、いよいよ本当に一緒になってやっていけるのではないかと。

勝又

今回の500台のパソコンのことでいうと、要は500人のモニターができたということ。その方々からいろいろなお声をいただいたのを研究会に持っていて、5,000人、1万人と、在宅就労を拡大していく政策にしていけるかどうか、それが課題だと受け止めています。

甘利

いい話をお聞きしました。勉強になりました。

──

旧来の「障害者の就労」のイメージを一新するような成果が挙がることを期待しています。ありがとうございました。


前列は勝又、後列左が竹中、甘利の各氏
(1999年3月8日、労働大臣室で撮影)

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