NEW MEDIA 1999年3月号 (1999年2月1日発売)より転載

【The Challenged とメディアサポート】(19)

DAISYとインターネットアクセス

国際会議・東京で開催

「DAISYと障害者のインターネットアクセス」という国際セミナーが、去る12月16日、東京で開催された。
DAISYとは、digital Audio Information System(デジタル音声情報システム)の頭文字を取ったもの。カセットテープ版のアナログ録音図書の次代を担うデジタル録音図書の事実上の国際標準規格で、視覚障害者らにテープ版よりも格段に使い勝手のいいCD版の録音図書を提供する技術である。また、国際標準のデジタル方式なので、インターネットを使った世界規模での録音情報の提供や交換に道を開く技術でもある(本誌1月号参照)。
今回の国際セミナーでは、DAISY関連の研究開発の最前線で活躍する内外の専門家が一堂に会し、現在の技術的な到達点の紹介を行うとともに、発展途上国を巻き込んで障害者の情報アクセスを向上させることの重要性などについて意見が交わされた。

(報告:中和正彦=ジャーナリスト)

ここまで来たDAISYプロジェクト

セミナーは、DAISYの国際共同開発で主導的な役割を果たしてきた河村宏氏(日本障害者リハビリテーション協会・情報センター長)の基調報告から始まった。
河村氏は、まずDAISYと障害者のインターネットアクセスに関する内外の最新の技術動向を紹介した。DAISYに関するこれまでの経緯を付け加えて、その内容を要約すると以下の通りだ。
1990年代に入ると、テープ版の録音図書に替わるデジタル方式の次世代録音図書の開発を目指す動きが生まれたが、当初は国際間の規格統一がなされないまま進みそうになった。そんな中で1995年、「開かれた国際標準を」と提唱し、国際共同開発のリーダーシップを取ったのが、当時、国際図書館連盟(IFLA)の盲人図書館部会長を務めていた河村氏だった。
1996年にDAISYコンソーシアムという国際開発共同体が組織され、1997年にはIFLAでDAISYが事実上の国際標準規格と認められた。そして、昨年はCD版DAISY録音図書のための個人用読書機が発売になり、DAISY&インターネット関連のソフトの開発も進んでいる。
読書機の方は、日本のプレクスター社から発売された「プレクストーク」。ソフトの方は、コンソーシアム内の共同プロジェクトで開発された3つのソフトだ。
そして、ここからが河村氏の基調報告の内容になるが、そのプロジェクトは、スウェーデン、アメリカ、日本の3国の関連企業に呼びかけて最初に会議を持ったスウェーデンの地名にちなんで「シグツナ・プロジェクト」と呼ばれている。日本障害者リハビリテーション協会との間で共同開発されているソフトは以下の3つだ。(1) DAISY録音図書を製作するためのツール、(2) インターネットの情報へ視覚に依存しないでアクセスできるようにする通称「シグツナ・ブラウザ」。(3) 電話機からインターネットの情報へにアクセスできるようにする「テレホン・ブラウザ」。
一方、こうしたDAISYコンソーシアムの動きと並行して、インターネットの世界でも障害者のアクセスに関する国際的な動きがあった。WWWコンソーシアムで、「マルチメディアを駆使した情報提供の道具であるウェブを、すべての障害者がアクセスできるものにしていこう」という国際的な動き「WAI」(Web Accessibility Initiative)が生まれ、その中で開発されたSMIL(Synchronized Multimedia Language)という技術が、1998年に国際標準として成立した。
SMILは、文字情報、音声情報、画像情報を効率的に結び付けてシンクロされる技術で、視覚障害者のみならず、その他の障害者も含めたより多くの人々の間でのインターネット情報の共有を可能にする。そして、DAISYコンソーシアムはWAIと緊密な協力関係にあって、DAISYとSMILは相対応する技術になっているという。 以上のような経緯で、いま、世界のどこでも誰でもアクセス可能な情報環境を作り出そうとしているが、DAISYおよび関連の諸技術なのである。
河村氏はこのような現状を紹介し、あらゆる障害者にアクセス可能な技術を開発していく必要があると同時に、先進国でのそうした動きを発展途上国の障害者が置かれている状況の改善に結び付けていく必要があることを指摘。今回の国際会議をそのような2つの観点から企画したことを報告した。

アクセシビリティ向上への努力

後に続いたプログラムを、技術開発に関するものから紹介すると、まずプロダクティビティ・ワークス社(アメリカ)の副社長、マーク・ハッキネン氏が「DAISYとインターネットの電話ナビゲーション」について語った。同氏は、視覚に依存しないインターネットブラウザの開発をしていた関係でシグツナ・プロジェクトに参加し、テレホンブラウザの共同開発に関わってきたという。
テレホンブラウザは、電話をかけてWebサイト上のブラウザを呼び出すと、「次のページに行くなら8を押してください」というように案内してくれるもの。ハッキネン氏はこの開発で、パソコンが苦手な高齢者や障害者の利用だけでなく、まだパソコンが手軽なものでない途上国での利用も視野に入れていると話した。
「われわれがやっているDAISY関係の仕事は、『ユニバーサル・アクセス』というコンセプトを実現するもの。世界のどこでも誰でもインターネットの情報にアクセスできるようにするものです。そのとき、先進国では主にパソコンが手段になりますが、途上国ではもっと手軽な手段が必要です」
続いて、アメリカのアーケンストンという非営利団体のマーケティング部長、ロベルタ・ブロスナハン氏が「DAISYと学習障害における情報ニーズ」について語った。
アーケンストンは盲人用の読書機を世界60ヵ国に提供してきたが、その活動の中でユーザーの15%が「目は見えるが文書の理解に困難がある」という不読症の人々であることがわかったという。
不読症は学習障害の一種。学習障害の子供は先生の教えることが身についていかないが、それは精神発達遅滞や教育環境の問題とは関係なく、脳の言語習得の機能の障害であることがわかってきている。
学習障害を持つ子供の教育に携わった経験があるブロスナハン氏は、不読症者を支援する製品を構想。アーケンストンは、不読症の学生たちに盲人用読書機を使ってもらって意見の聴取を重ね、昨年、その結果を「WYNN」という不読症者の支援ソフトに結実させた。今年はさらに新製品を出す予定という。
「不読症の人は文字のつながりをうまく理解できませんが、音声で音節で分けて聞いていくことで理解できます。音節で分けて聞いて文字のつながりを理解することで、スペリングもできるようになります。(中略)私たちとしては今後、SMILを使ったり、DAISYを使ったりして、さらにアクセシビリティの拡大に務めていきたいと考えています」と、ブロスナハン氏は結んだ。
午後のパネル討論「DAISYプレーヤーのユーザー・インタフェース」は、DAISYコンソーシアムのプロジェクトマネージャー、ジョージ・カーン氏(アメリカ)の司会進行で行われた。いくつかの発言を紹介すると、 「これまでは情報を得てから、それを基にして何かをした。しかし、いまは情報に対してすぐに反応しなければならない場面が多くなっている。障害を持つ人々にもそれができるように考えていかなければならない」(ヤープ・リリーフェルト氏=ヨーロッパ盲人連合・支援機器委員会委員長:オランダ) 
「いまフル・マルチメディア対応のシステムを開発している(前出・プロダクティビティ社と共同で)。これを使うと、たとえば視覚障害者はそのマルチメディア図書の音声を聞けばいい。不読症の人は文字と音声の両方を活用して学習できる。つまり、一つの本が使う人の事情にあわせて利用できる」(ヤン・リントホルム氏=ラビリンテンデータ社:スウェーデン)
「われわれは、録音図書にいろいろな機器を提供してくれる会社を支援することも重要と考えているので、『プレクストーク』も何台か購入した。(中略)アナログからデジタルに切り替わってもらう一番最初の層を大学生と考えている」(シェル・ハンソン氏=スウェーデン国立点字録音図書館)

途上国支援、一番必要なのは人!?

発展途上国の障害者に関するプログラムとしては、まず国連アジア太平洋社会経済委員会(ESCAP)の障害担当専門官として、タイのバンコクを拠点に活動する高嶺豊氏が「情報技術と国連アジア太平洋障害者の十年」と題する招待講演を行った。
高嶺氏によれば、90年代に入って急速な経済発展を見せた国々が、いま一転して経済危機の渦中にあるが、そうした状況の中でも情報化は急速に進んでいる。そして、障害者がコンピュータを使って仕事に就く例も出てきているという。だが、それは都市型の話。 「アジア太平洋地域の障害者の大半は、実は貧しい農村地域に住んでいて、コンピュータやインターネットを自分のお金で導入することはほとんど不可能です。こうした人々の情報技術による社会参加をどう実現していくかが、大きな課題です」
これを受ける形で、午後にはもう一つのパネル討論「発展途上国における障害者の情報ニーズ」が、河村氏の司会進行で行われた。パネリストの発言をいくつか紹介すると、 「私はいま、アジア太平洋地域の国々に提供する訓練セミナーを計画している。その目的は、障害を持つ子供や若者に教育や情報アクセスの機会を提供すること。(中略)情報技術に関しては、コストのかからない形で使っていかなければならない」(アネット・フィアルメフィオルド氏=国連ESCAP)
「現地語の録音図書がないと、初等中等教育に使えない。その国その国の録音図書を作るための製作ツールやソフトが必要。それらは、安く、わかりやすく、メンテナンスも簡単でなければならない」(クーン・クリカール氏=オランダ視覚障害学生図書館)
「どこの国でも一番の資源は人であり、障害を持つ人もその重要な一部。途上国がそれを無駄にしないように支援したい。(中略)障害を持つ子供たちに、支援技術を使うことで好きな仕事に就けることを認識してもらうために、『障害を持っていても、ああいう職業に就けるんだ』というモデルを作っていきたい」(ジム・フラクターマン氏=アーケンストン:アメリカ)
そして各パネリストは、途上国での教育・訓練の必要性を強調した。これを受けて、河村氏は結びの中で次のように述べた。
「訓練は人手のかかる仕事で、専門家が現地に足を運んで一緒に考えて作っていくプロセスが必要です。日本は金額の上では世界一の援助大国ですが、そういう面でも援助大国になることが求められているのを痛感しました。『シグツナ・ブラウザ』や『テレホン・ブラウザ』は、日本政府が開発資金を提供しました。開発された貴重な資産を世界に広めていくのは、私たちの責任です」
DAISY関連の技術に精通した人はまだ多くない。一方、世界中には約10億人の障害者がいて、その90%以上は発展途上国に住んでいるという。今年、DAISYによる次世代録音図書の製作が本格化するが、こうした動きの中で、まず教育・訓練を行う人材を教育・訓練することが求められているのかも知れない。

中和和彦(なかわ・かずひこ)
1960年神奈川県生まれ。明治大学文学部卒。出版社勤務の後、フリー編集者を経て取 材執筆活動に専念。障害者支援の問題の他、バブル崩壊後の経済や社会、教育問題を幅広く執筆中。

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