週刊スパ 1998年11月18日号 (1998年11月11日発行)より転載

"税金を払える障害者"を目指す
「チャレンジド」とパソコンの新しい関係

「チャレンジド」とは「神から挑戦すべき運命を与えられた人々」という意味で、アメリカで「障害者」の呼称として生まれた造語だ。日本でも、コンピュータと通信ネットワークを利用して、チャレンジドたちが企業や在宅で働いて自立することを支援する動きが全国に広がっている。大阪の社会福祉法人「プロップ・ステーション」(以下プロップ)もチャレンジドなどを対象にパソコン教室を開き、彼らの就労を支援している。「能力を生かして働き、税金を納めるチャレンジド」を目指す彼らの話を聞いてみた。

吉田幾俊さん(41歳) 自分も社会を支えてるという実感が持てた

「取材に来るんなら憂国ギャルも連れてきてやァ、デヘヘヘ」

と、すでに取材前からオヤジ臭さをプンプンさせていた吉田さん。もともと趣味で油絵を描いていた彼が、プロップの主催するパソコンセミナーで学び始めたのは'96年1月のことだ。

「最初はパソコンで絵が描けたらエエなぁ程度で、まさかその絵が仕事になるとは思わへんかった。実際、絵の構図も簡単に変えられるし、油絵は色を作るのに苦労すんねんけど、パソコンなら一瞬やし、修正も簡単。便利なもんやと実感したわ」

だが脳性マヒの彼は両足と左手があまり動かない。室内では上体を左右に振りながら、その反動で這って移動し、外出時には車椅子が欠かせない。しかも動かせる右手は、思い通りに動かそうとするほど緊張して、うまく動かせなくなるという脳性マヒ特有の症状が出る。だから曲線ひとつ描くのも、実は慣れるまでかなり苦労した。

「きれいなハート描くのに2週間もかかった(笑い)。でも左手使わんと操作できへん部分があるから、リハビリにもなったけどね。ボクは熱中したら食事もせんと没頭するタイプで、しかも正座でやるから姿勢も前かがみになりがちで、左足の膝に水がたまってもうたりね。これがホンマの水商売! ハハハ」

さすがは大阪人、話にオチをつけないと気がすまないらしい。

今まで関西電力やNTTのホームページに、彼はCG作品を仕事として提供してきた。すべて在宅作業で、スポンサーと画像やデータをメールなどでやり取りしながら仕上げている。

「今まで社会に保護されて消費するだけやったけど、作品をお金で評価してもらうことで、自分も社会を支えているんやっていう実感が持てるようになった。その自信はやっぱり大きいわ」

CGで稼いだ収入は、パソコン機器等に先行投資して残金は少々。国から1級1種の障害者に認定されている彼が、納税者になる日はまだ遠い。

「SPA!でも仕事チョーダイよ。時価でエエ仕事しまっせ」 話のオチと営業だけでは絶対忘れないところが、さすがは大阪人。

久保利恵さん(24歳) 自分が将来働けるとは想像もしてなかった

「去年の夏、諸星君とファンクラブのハワイ旅行にお母さんと初参加したんです! ファンクラブの握手会では何度か握手してたんですけど、旅行では彼が参加者の部屋を回ってくれて、私もお話ししました。私、もう舞い上がっちゃって、どんな話したか全然ワカリマセーン!」

今なお、少し上ずった感激口調で利恵さんが話す<諸星君>とは光GENJIのメンバーで、今は俳優兼歌手の諸星和己君のこと。彼女は光GENJI時代から彼の大ファンで、この旅行も、関西電力やNTTのホームページ等に提供したCG作品等への報酬をもとに初参加した。自分で稼いだお金での初めての海外旅行という点でも、それは思い出深いものだった。

「私、赤ちゃんの頃からすぐ死ぬって言われ続けてて、1歳の時は2歳までもたない、2歳の時は3歳までもたないって。だから小・中学校時代も、自分が将来働けるなんて本当に想像もしてなかったんですよ」

彼女の病名は、ウェルドニッヒ・ホフマン病。生まれながら筋力がほとんどない先天性の難病だ。自宅内でも車椅子の生活だが、自力で座る姿勢が保つことができないため、全身にコルセットをはめている。

そんな彼女とパソコンの出会いは学生時代だ。短期大学の造形芸術学科で日本画を専攻していた彼女は、CGに興味を覚え、大学卒業後にパソコンを購入し、'95年の春からプロップのセミナーに通い始めた。CGでもその実力を発揮。最近はガーデニング用品メーカーのキャラクターデザインも手がけた。

「仕事は当然納期があるし、自分がいくらイイと思っても、相手に気に入ってもらえないと、ダメなんで大変です。でも画材やパソコン機器とか、自分が買いたいものは自分が稼いだお金で買いたいから頑張らないと」

お母さんに時折、営業してきてぇ、っとハッパをかける。すると親戚や近所から、「赤ちゃんが生まれる記念に」とか「引っ越しする新居の玄関用に」と様々な注文が舞い込むという。

大阪人ってホンマ、男も女もタフやなぁ。

次々に社会進出するチャレンジド

「チャレンジドを納税者に」というスローガンを掲げるプロップは、NPO(非営利団体)として出発して7年目だ。今年9月には社会福祉法人としての認可も受けた。

大阪市と神戸市で行っているパソコンセミナー受講者は約60人。インターネットによる在宅受講も可能。セミナー終了後、企業に就職したチャレンジドは3人。吉田さんや久保さんら在宅で働く人は約40人だ。グラフィック以外に、フランチャイズ加盟店の受発注システムの開発も手がける。

取材・文/荒川 龍  撮影/井上周邦

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