NEW MEDIA 1998年12月号 (1998年11月1日発売)より転載

【特別インタビュー】

アクセシビリティを語る

マイクロソフト<Windows98>

「企業は障害者マーケットを軌道に乗せる。国は就労市場と雇用対策を進める。この二人三脚で21世紀の福祉政策が成立する」

成毛 真 マイクロソフト(株)代表取締役社長

「我々障害者に対する同情や慰めよりも、障害者マーケットをビジネス市場として立ち上げてくれる方が価値がある」

細田和也 マイクロソフト(株)研究開発本部

日本語版<WINDOWS98>に新しいソフト開発の環境として組み込まれたアクセシビリティ機能は、パソコンとチャレンジド(障害を持つ人を表す新しい米語)の距離を、また一歩近づけたといえるだろう。その名もMSAA(マイクロソフト・アクティブ・アクセシビリティ)−これによって、障害を持つユーザーがこれまで使えないとあきらめていた機能を活用できる可能性がさらに広がり、パソコンのツールパワーを趣味から仕事へと飛翔させるチャンスがますます大きくなるはずだ。このマイクロソフトのアクセシビリティへの挑戦の経緯と展望を、社長・成毛真氏と研究開発本部・細田和也氏の両氏に、それぞれの立場から語ってもらった。

 (インタビュア:吉井勇=本誌編集部)

ウィンドウズへの不満がきっかけで開発スタッフの一員に

筑波大学付属盲学校からコンピュータを自在に操り、"メディアの達人2"と呼ばれていた細田さんですが、マイクロソフト入社は、ウィンドウズへの不満がきっかけだったそうですね。
細田
ええ、<WINDOWS95>の時代、ぼくたちの間でマイクロソフトの評判はあまりよくありませんでした。ウィンドウズが事実上の標準OSの地位を占めているにもかかわらず、日本語版は視覚障害者には使えないままの状態で放置されていたからです。当時でも英語版は音声の案内で操作ができるようになっていて、アプリケーションもちゃんとしゃべるソフトがかなり出ていました。日本語版でも操作可能というソフトは出るには出ていましたが、アプリケーションに関してはほとんど使えるものがなかったのです。何とかならないものかと考えていたとき、ちょうど成毛社長とお会いする機会があったので、ウィンドウズの壁に阻まれている視覚障害者の思いをぶつけたのです。
そこで、成毛社長から「これからは視覚障害者をはじめとしたチャレンジドに対応できる製品づくりに本格的に取り組みたい」という表明があり、細田さんとマイクロソフトとのコンサルタント契約がスタートしたわけですね。
細田
全盲のニーズは全盲のプロに聞いてみるのがいちばんということだったんでしょうか(笑)。大学生だった1997年の6月からコンサルタントの契約をして、翌年3月に卒業してからは契約社員として働いています。 − 細田さんがこの1年半の間に携わった仕事というのはどんなものだったか、お話し願えますか。 細田 ぼく自身がやった仕事に限っていえば、製品を出すまえのデモの繰り返し、音声化されている製品の動きを確かめたりというようなことをしました。ただ、こうした開発の仕事は、これといった成果がすぐに出てくるものではないのです。それに、何といってもアクセシビリティ自体が社会的にまだまだ知られていないという現実があります。長年コンピュータ業界で働いている人でも、実際に視覚障害者がコンピュータを使っているところを見たことがないという人が結構いることもわかりました。テレビや雑誌で紹介されているのを見たとか、頭の中で想像していただけという人も多かったですね。だから、ぼくがいることで、コンピュータを使っているのが健常者ばかりではないということを、少しは周囲に伝えることができたのではと思っています。一緒のフロアで働き、直接意見交換することで、お互いに伝え合うことも多く、勉強にもなりました。そういった意味で、会社に入ってのいちばん大きな収穫は、社内にそうした流れを作ることができたことでしょうね。
なるほど。細田さんの存在がアクセシビリティということを、マイクロソフトのテーマとしてより強く位置づけることができたといえますね。

アクセシビリティにビジネスチャンスを直感

大阪にプロップ・ステーションという「チャレンジドを納税者に」をスローガンに活動しているグループがあります。障害者にパソコンを教えて、在宅で仕事をするサポートをしているグループですが、このグループと東京大学社会情報研究会、そして小誌が共催で、1997年秋に『第2回チャレンジド・ジャパン・フォーラム』を開きました。それには成毛社長も出席され、障害者に対するウィンドウズのポジショニングについてのディスカッションの中で「当社の日本語対応の製品について、アクセシビリティを重要な課題にしていきたい」という発言をされましたね。あれは、ウィンドウズが視覚障害者対応という問題に対して明確な意思表明をしたと、チャレンジドの間で大きな注目を集めたひと言でした。そこで成毛社長に、あの考えに至る成毛イズムというか、アクセシビリティに対するこだわりをうかがいたいのですが。
成毛
プロップ・ステーションの存在を知ったのは、数年前、雑誌で読んだのがきっかけでした。以来、私個人もマイクロソフトもこのグループを支援させてもらっています。実は、私がこういうグループに関心を持ったというのは、単に個人的な関心とは別にビジネス上の興味もあったんです。
つまり、アクセシビリティによって、マーケットの中に障害者たちを取り込んで行こうということですか。
成毛
変な誤解を招くのは本意ではありませんが、正直に答えるとその通りです。細田君の例を挙げるまでもなく、パソコンは障害を持った人たちがバリアを打破するうえでの強力なツールになります。経営者としては、ただ漠然と障害を持つ人に同情や哀れみの気持ちを抱くよりも、そういう人たちにアクセシビリティ機能を付加したパソコンをどんどん提供していくことを考えた方が、ずっと意義があると思ったのです。 − 当然、勝算ありと見ておられるのでしょうね。 成毛 もちろんです。この低成長期の時代にワールドワイドにビジネスを展開していこうとすれば、新しい市場に向けてニーズを開拓していかなくてはなりません。パソコンにしても、今まで使わなかった層、使いたくても使えなかった層にアプローチしていく必要があります。これまでパソコンに無縁だった人を相手にするのですから、短期間で売上げを伸ばすことはできないでしょう。最初は多少持ち出しになることも覚悟で、5年、10年といった長期的なスパンでとらえていくつもりでいます。
ビジネスマーケットとしての展望はいかがですか。
成毛
これは、ものすごく大きなマーケットですよ。障害を持つ人ということでは、視覚や聴覚に障害のある人、肢体が不自由な方をはじめ、表に出ない部分でいろいろな厳しい身体条件を抱えた人たちが考えられます。また、日常生活の中で文字や文章の読み書きに不自由されている人もいらっしゃるでしょう。さらに、いま日本では高齢化社会の到来が叫ばれており、実際、2020年には65歳以上のお年寄りが全人口の3分の1を占めるといわれています。いまは健常者だと思っている我々でも、いずれはさまざまな障害とともに生きることになるはず。したがって、今から障害を持つ人を考慮した製品やサービスについて考えることは、ビジネスの可能性を大いに広げることになると思います。
日本人口1億3,000万人の3分の1といえば4,000万人強。確かにこれを見逃す手はありませんね。

<WINDOWS98>発売から4ヵ月長期的な構えで成果を見守りたい

成毛社長と細田さん、それぞれの思いの下で誕生した日本語版<WINDOWS98>。これは、ここがすごいんだ、というようなアピールポイントを挙げていただけますか。
細田
これまでもアメリカなどでは、アクセシビリティを意識する動きはありましたが、それは本当にイングリッシュワールドだけのものでした。それが<WINDOWS98>になったとたんに、世界規模でアクセシビリティが強化されたOSが現れたのです。もちろんこれは実際に画面に出てくるのではなく、また何がソフトが組み込まれているというわけでもなく、将来、そういう機能が生かされたソフトウェアが作りやすくなるという、目に見えない技術ではあるのですが、それが英語バージョンだけでなく、各国語バージョンで使えるところはすごい。たいへんな前進であるといえます。
<WINDOWS98>は、1998年11月1日現在で30ヵ国語バージョンがリリースされているそうですが、売上げ状況はいかがですか。
成毛
マスコミでは50万本とか、100万本と報道されていますが、あれはパッケージソフトのバージョンアップ用の製品の売上げで、むしろ<WINDOWS98>が搭載されたパソコンそのものの方が、数字としては大きいんですよね。したがって、売上げ状況は、パソコンが売れているかどうかで決まってくるわけですが、残念ながら最近の景気の動向から見て、業界の対前年度比はマイナス10〜15%くらいが妥当な線でしょうね。ところが<WINDOWS98>が出たために、業界全体の底上げの期待ができそうです。<WINDOWS98>によって、最終的にはそのマイナス分をカバーできるのでは、と期待しています。
<WINDOWS95>と<WINDOWS98>の違いというのはやはり大きいんでしょうね。
細田
発売されてから、まだそんなにたっておらず、完全に比べることはできませんが、<WINDOWS98>でしか使えない技術というものは、<WINDOWS98>ユーザーのみが使えるわけで、<WINDOWS95>ではそれと同じソフト開発をすることはできません。これまで<WINDOWS95>ではできなかったことでも<WINDOWS98>ならできるという可能性があるわけですから、その評価は、他のディベロッパーやソフト開発者の技術をいかに生かしてくれるかどうかにかかってくると思います。数ヵ月で結果を出すことはできませんが、どんどん宣伝して使ってもらうことで、将来的には確実に<WINDOWS98>の方が使いやすいということになるはずです。
開発にかかわった1人として、細田さん自身の感想を聞かせてください。
細田
ぼく流の言い方でいうと、視覚障害者がウィンドウズを使えるようになったときに、これは役に立つことを初めて実感できると思うのです。DOSを使っている我々チャレンジドの世界は、今なお昔の時代で止まっているという感じです。それが一般のウィンドウズのレベルまで達した時に、ぼくたちも初めて目の見える多くの人たちと同じようにコンピュータを使いこなせるような状態になるでしょう。今の時点では、ほとんどの視覚障害者はDOSがまだ一番便利だといっています。何しろ、DOSが使えなければコンピュータは無用のものとして扱われてしまうわけですから、アクセシビリティの役割に高い期待が寄せられるのは当然です。こうした中で、成毛社長は、ウィンドウズを使いやすくしてコンピュータに無縁だった人に対しても売ってみたいとおっしゃいます。一方、ぼくにも、コンピュータが障害者のためにもっと使われるようになってほしいという希望があります。もし、この先、ウィンドウズがもっと使いやすくなれば、必ずユーザーは増えてくるでしょう。そういった意味で、社長もぼくも、初心者に<WINDOWS98>を何とか使わせたいと思っているところがアクセシビリティの出発点。ただ、<WINDOWS98>の出現で、ウィンドウズとチャレンジドの距離が確実に接近したということはいえると思うのですが、ビジネスチャンスという点においては、まだまだ問題が多いですよね。今後は、そういう部分へのチャレンジドがますます面白くなってきそうな気がします。

公的な補助金を当てにしない障害者の自立支援を

アクセシビリティに対しての成毛社長の着眼点というのは、従来の障害に対する福祉、あるいはボランティアの価値観で進めていこうというのではなく、ビジネスのマーケットとしてとらえていくといいきっておられます。このような考え方は、細田さんにとって、どういう風に映るのでしょうか。
細田
これはもう、ぼくの最も気に入っているところです。障害者に、いわゆる同情をくれる人はいっぱいいるんですけれど、実際には役に立たないことが多いんですよ。それよりも完全にビジネスとして捉える経営者の方が、将来的に確実に利益を与えてくれるんです。パソコンを自分のツールとして仕事に変えていく。あるいは労働市場に売り出していくために、いいものを作ってもらえるのなら、かわいそうだと慰めてもらうよりも価値があると思うし、それが自分の生き方にも合っています。
ということは、多くの視覚障害者にとって、これからもパソコンというのは自己実現のツールとしてあり続けることができるわけですね。
細田
今、DOSの環境というのは止まっているんですけれど、DOSの環境であっても、パソコンは自分を売り込んでいく武器になりえると思うんです。ただ、パソコンは、今ではほとんどのオフィスにありますから、パソコンができますということが、特別の売り文句にはなりません。そのパソコンを使って何ができるかというアイデアを持っていたり、使いこなしているかどうかということ自体が大事なんです。でも、パソコンを使って何ができるかという場合でも、ぼくたちは他の人よりもまだまだハードルが高いのが実情です。だからこそ、いいツールを作ってもらいたいというところへ話はいくわけですけれど。
成毛
企業は、障害者マーケットを立ち上げて、それを軌道にのせる。国は就労市場を作り雇用対策を進めていく。この二人三脚で21世紀の福祉政策というのは成立すると、私は思っています。
これまで障害者や高齢者へのビジネスといえば儲けは二の次にされることが多く、成毛社長のようなアプローチの仕方は、あまり例がなかったのでは?
成毛
いや、福祉分野のビジネスは、他の企業でもやってるところはかなりありますよ。コンピュータ業界以外でも、結構、真剣にやっています。自動車メーカーなんかが障害者用の車を開発しているのが、そのいい例。商売だからこそ真面目にやっているわけで、私は好感を持って見ています。あれが無償のボランティアやメセナ的な活動であったとしたら、途中で挫折しているケースも多いはずです。
思いやりだ、優しさだといいながら、会社の業績がおかしくなると、まず福祉の部門から縮小し、手を引いていく。そんな企業が少なくありませんからね。
成毛
もちろん我々は黒字にするつもりでやっているんですから、途中で止めることは絶対にありません。企業というのは、ビジネスでやっている限り、よほどのことがなければ止めたりしないものなんですよ。そういう意味で、障害者へのビジネスを仕事として割り切ってやる企業が増えると、お互いもっとやりやすくなると思いますよ。
国や自治体の補助を仰ぐということは考えられないのですか。
成毛
さっきもいいましたように、国と企業、それぞれ求められる部分が違うと思うのです。企業としては、メリットのあるツールを提供し、ユーザーにこれを使ってどう儲けるかを考えてもらい、新しい可能性やマーケット拡大を図り、その代償として利益を得ることは、決して間違った姿勢ではないはずです。そして、そういったときに、国が、たとえば障害を持つ人がコンピュータを買う際には補助金を出しますといってくれれば、必ずコンピュータは売れるし、それで全体の景気も上昇します。したがって、私が企業経営者の立場から望むことは、障害者のニーズが的確に反映される自由で公正な市場が国によって確立されること。その中で、障害を持つ人が本当に求める製品やサービスを選択できるようになれば、こんなうれしいことはありません。彼らがバリアを打破する手助けをすると同時に、我々企業としても適切な利益を享受し成長できるのですから。
必要なことは何でしょうか。
成毛
やはり、ひとつでも多くの成功事例を作るべきでしょうね。企業としてでもいいし、細田君個人でもいい、これは大成功という事例を作らないと同調者はなかなか現れないでしょう。
成毛社長の経営姿勢に共鳴するのは、チャレンジドだけではないはず。これからの展開に期待したいと思います。どうもありがとうございました。
成毛 真(なるけ・まこと)
1955年北海道生まれ。中央大学卒。1982年(株)アスキー入社。1983年同社ソフトウェア開発本部次長。1986年マイクロソフト(株)設立と同時に同社に入社、OEM営業部部長に就任。1990年取締役マーケティング部長に就任。アプリケーションから言語まで、幅広くマーケティング活動を展開。1991年社長就任。また、通商産業省産業構造審議会の情報産業部会委員などを歴任。
細田和也(ほそだ・かずや)
1974年京都生まれ。淑徳大学社会学部卒。1997年マイクロソフトとコンサルタント契約。1998年3月同社に契約社員として入社。現在、研究開発本部に所属。

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