週刊ダイヤモンド 1998年11月7日特大号(1998年10月31日発行) より転載

【編集長インタビュー】(272)

コンピュータを武器にして 障害者を納税者にしていく

聞き手 松室哲生(本誌編集長) 写真 森山 徹

プロップ・ステーション理事長 竹中ナミ
たけなか なみ 1948年兵庫県神戸市生まれ、50歳。神戸市立本山中学校卒業。
障害児の医療・福祉・教育について独学し、障害者自立支援組織、メインストリーム協会(西宮市)事務局長などのボランティア活動を経て、91年障害者の就労促進部門プロップ・ステーション設立、92年代表に就任。98年厚生省認可の社会福祉法人となり、理事長に就任。
各省で高齢者・障害者の情報通信システム研究関連委員会の委員を務めるほか、関西学院大学総合コース非常勤講師。主な著者は『プロップ・ステーションの挑戦』(筑摩書房)。その他、雑誌、機関誌等に著述。

通称「ナミねぇ」こと竹中ナミ理事長が率いる社会福祉法人が、にわかに注目される存在になってきた。障害者にコンピュータ教育を行い、これをツールにして仕事を持たせることで、介護される側から納税者にしようというのだ。この長年の運動が、徐々に実りつつある。コンピュータ・ネットワークによる新しい社会の可能性が、そこには見える。

1991年に、障害者の就労を支援するNPO(非営利団体)としてプロップ・ステーションを設立しましたが、きっかけはなんですか。
竹中
なにより、72年に自分の娘が重症心身障害を持って生まれてきたことです。そういう子に対して、世間は本当になにもできんという見方をする。でも、彼女をずっと見ていると、一般人の何百分の1のスピードやけど、確実に伸びている。彼女なりの個性も出てくる。絶対なにかあるって感じたのが出発点です。
でも日本には、障害者と呼ばれる人たちを、その程度に応じて社会貢献させようという発想がない。"標準"からはずれているものをマイナスとみて、それを補うのにゼニつけましょうというのが、日本の福祉が陥っているパターンです。
その問題は、北海道や沖縄に対する行政の取組みや、あるいは農政から高齢者問題まで日本を覆いつくしています。
竹中
ええ。私は田舎暮らしで知ったんですが、都会と違って田舎はお年寄りが元気です。80歳、90歳の人がシャキッとして仕切りはる。つまり、役割や立場があれば、人間は誇りを失わずにすむんですね。
一方で今、全国で障害者手帳を持っている人の6割以上がお年寄りです。厚生省では、20年後には2軒に1軒は要介護者を持つと試算しています。そうなると、逆に健常者がマイノリティーになる可能性が十分ある。その一握りの人に社会福祉も経済も頼るようになってから、線の引き直しをしても遅いんです。今から徐々にその線引きを変えていって、障害者でも働ける人は働くようにしたほうが、自由主義経済を維持するには絶対にいいんじゃないですか。
そのとおりですが、竹中さんはなぜ、あえて行動に出たのですか。
竹中
ナミねえと呼んでください。10回ぐらい呼んでいると慣れますから(笑)。なぜ、こんなことやっているのかは自分でもようわからへん。自分の性格やと思います。

介護をボランティアでなく有料にすることの意味

ナミねえが、この活動を始めるきっかけになったのがアテンダント(有料介助者)の存在ですね。ボランティアでなく、おカネを払って介助者を雇うというのは凄い。
竹中
アメリカの発想なんですけどね。自分が必要な対価を払って、それに見合う介護を自分で選択するというこの考え方は、カルチャー・ショックでした。だけど、対価を払うにはおカネが必要。年金だけでどうすんねんということです。
そこから、障害者を納税者にしようという考えに発展したと。
竹中
はい。チャレンジド(挑戦すべきことを与えられた人々)、私たちは、障害者をこう呼ぶんですが、彼らの世界には、これまで"働く"ことへの運動が欠けていました。その端的な例が、事故で重度の障害者になりはった、ある理科の先生です。その先生を復帰させようと応援する先生たちは元同僚で、すでにその学校を出た方ばかり。現役の先生は1人もいなかった。なぜなら、もしその先生が戻ってきたら、業務の負担が自分たちにくるから。「ああ、これは見えたな」って。チャレンジドが働く場合、すでに働いている人との折り合いが大きいなと感じました。
そのなかでパソコンに出会う。
竹中
はい。プロップを設立した時分は、いわゆるパソコン通信が日本でもやっと使われ始めたときやった。そんな折、プロップの発足地である西宮市から、日本ではおそらく初めての、自治体主催によるパソコン通信網を立ち上げるので、会議室の運営やってくれへんかと相談を持ちかけられた。ところが私は機械もんが全然あかん。そこで、ある男性を無理やり引きずり込んだ(笑)。 
彼は、ラグビーで首を骨折して左手の指、それもほんの少ししか動かないんやけど、コンピュータを使って大学院を受験したという経歴の持ち主で、自室を電脳化してアパート管理業務をしていたんです。
彼は嫌がったのですか?
竹中
パソコンはできるけれども、通信自体は初めての彼に、システム・オペレーターをやらせたんですから、そらもう(笑)。しかし、それを機に自分たちの会議もコンピュータ・ネットワークでしてみたら、めっちゃ便利。見えへん、聞こえへん、動けへんメンバーにとって、コンピュータ・ネットワークの会議なら、会いに集まる必要もないし、記録も残る。これは大きな武器になるなと。
 それで全国の重度といわれている人1300人にアンケートを送ったんですよ。質問は「あなたは仕事がしたいのですか」、「パソコンが役に立つと思いますか」、この2つです。
そうしたら200通弱の返事がきて、そのうちの8割が、「仕事がしたい。武器はコンピュータ」だと。余白にもいっぱい書いてあって、集約すると、問題はコンピュータを習得する場、技術評価の仕組み、在宅業務を提供してくれる企業ということやった。この声が、プロップを始める直接的な動機になったんです。
当時、パソコンは100万円以上しましたし、通信もまだ半分夢物語だった。勇気がありましたね。
竹中
私の楽天的な性格からでしょう(笑)。でも、その後の7年間で、これをクリアするのがいかにたいへんが、身にしみましたが。
最初の壁はなんでしたか。
竹中
チャレンジド自身にある「なんでわしらに稼げと言う」みたいな内部抵抗ですね。これを解決するには、働ける人を生み出すしかない。で、取りかかろうとしたときに、バブルが弾けた(笑)。応援すると言ってくれていた会社がつぶれたり。でも私、これチャンスやんかって思った。景気がよければ即戦力を求められる。だけど景気が悪ければ、仕事がない代わり、十分勉強できる。そのうちにインターネットの時代が来て、すかさず乗ったわけです。

セミナー開始時点から企業への営業で信頼関係築く

企業の支援はあったのですか。
竹中
ええ。最初はアップルコンピュータ。パソコンを5台申し込んだら、10台送り込んでくれました。そこで、ボランティア募集の記事を新聞に書いてもらいました。結局、精鋭のエンジニアが30人も集まってくれて。
しかし、彼らをプロにしていくには相当厳しい訓練が必要でしょ。
竹中
まず寄付された機械で、無料セミナーを始めました。ところが、1回来て習っても、翌週来たらゼロに戻っている。しかも、ボランティアの人が汗拭きながら来ているのに、チャレンジドの子が時間に遅れてくるわけね。タダというのはこうなるんだとわかった。で、1年後にプロップは、パソコンは自分で買う、自宅で予習復習、宿題をやる、運営費も自分で持とうと打ち出した。 
そしたらみんな目の色が変えて食いついて習い始めました。その第1期生で、足だけでコンピュータを操作する人は今、法人化したプロップの職員です。
今はマイクロソフトと契約したり、NTTや関西電力とも仕事をしたりと、実績を上げていますね。
竹中
私の役割で一番大事なのは、企業営業(笑)。人を育ててからでは遅いんです。彼らが勉強するセミナーの場にどれだけ企業の支援が集められるか、それが勝負。 これまで障害者雇用の交渉といえば、法定雇用率を達しているか否かという対立の図式でした。でも私は、「雇用率はいっさい関係ない。あなたの会社が欲しくなるような人材を育てるから、まず育てるところから応援してほしい。その代わり、育ってきたら彼らに仕事をやらしてね」という交渉で臨んできたんです。
今後は、プロップで学んだ人が本当にプロとして認められるかが重要な点です。
竹中
企業側で、社長が「やれ」と号令を出すのは簡単です。でも、現場の担当者が仕事出すときはすごくシビアなものです。それと向き合うのが私の仕事。そこを超えて担当者と信頼関係を築き、仕事をいただいたら、「君らそれに応えてくれなあかんねんで」といったメンバーとの関係がまた成り立つ。この関係を崩さないため、毎日、刃物の上を歩いている感じです。
プロップをどこまで発展させていこうと考えているのですか。
竹中
各地域で、チャレンジドや高齢者がコンピュータ・ネットワークをつくり、それを全国ネットワーク化させる、そこまでいきたいですねん。プロップは関西のノリで、ナミねえカラーで、実験プラントとしての存在。全国にはそういう人がなんぼでもいてるはずですから、自分の地域流にアレンジしたらいい。今、応援者の中には、会社を辞めて飛び込んでくるっていう方もいます。でも私、「お願いだから軸足はそっちに置いといて。その代わり、片方の足をちょっとだけこっちへ向けてね」と。実はそれが、双方にとって一番おいしいやり方なんです。
聞き手独自
竹中ナミさん、いやナミねえの話は櫻井よしこさんの本誌連載記事で知っていた。しかし聞くと会うとは大違い。とにかくそのパワーの凄さを知らされた。
障害者を納税者に、という発想は正しいが、誤解も受けやすい。またプロップような動きが突出すればするほど、やっかみのたぐいもまた増える。もっともナミねえは、そうした誤解、やっかみのたぐいものみ込むほど前向きで明るい人だから心配はないだろう。

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