電子情報通信学会誌 1998年9月号(1998年9月25日発行)より転載

TECHNICAL SURVEY

高齢者,障害者と電子情報通信技術

解説    清原 慶子   市川 熹

清原慶子:ルーテル学院大学文学部社会福祉学科
市川 熹:正員 千葉大学大学院自然科学研究科情報科学専攻
E-mail ichikawa@ics.tj.chiba-u.ac.jp

The Aged Handicapped People and Information and Communication Technologies For Them.By keiko KIYOHARA, Nonmember (College of Arts Sciences Japan Lutheran College, Mitaka-shi, 181-0015 Japan), and Akira HIKAWA, Member(Graduate School of science and Technology, Chiba University, Chiba-shi, 263-8522 Japan).

ABSTRACT

電子情報通信技術を活用することにより、高齢者・障害者にとっての社会参加の機会が拡大する可能性が指摘される一方で、情報格差を受けるという問題性も指摘されている。障害の種別によって直面している情報障害は多様である。障害の有無、種別を超えて、情報交換やコミュニケーションが適正に行われるような社会的・技術的条件整備がなされる必要がある。新たな基本的人権概念としての「情報発信権」と「情報アクセス権」では、障壁のない「情報バリヤフリー」を保障することが求められている。だれでもが電子情報通信を利用できるユニバーサルデザインが重視され、安い料金で利用できるユニバーサルサービスが実現される必要がある。

キーワード:高齢者,障害者, 情報発信権,情報アクセス権,情報バリヤフリー

1. はじめに

電子情報通信技術の急速な革新の中で、「利用者」や「人間生活」の視点から、情報環境のあり方を点検し、望ましい情報環境を構築することは、いまや現在社会の重要かつ緊急の課題となっている。人間は情報技術を開発する存在である以上に、情報環境のあり方に大きな影響を受ける存在であるとの認識から、情報技術やサービスについて、技術や制度の専門家だけではなく、利用者が積極的に提言していくことが必要である。こうした認識は次第に強まってきているが、今後更に具体的に進めていかなければならない。特に、従来は、障害者は新しいメディアの利用者としては、なかなか発言する機会がなかった。しかしながら、電子情報通信技術を活用することにより、一方で高齢者・障害者にとって就業をはじめとする社会参加の機会が拡大する可能性が指摘されてきており、他方では高齢者・障害者が情報格差を受けるという問題性が指摘されてきている。

従って高齢者・障害者と電子情報通信技術に関する諸問題を検討する出発点として、まずは「高齢者・障害者の情報保障の実現」を明確に位置づけなければならない。そして、高齢者・障害者の視点から「情報保障」の問題を考えることを通じて、単に高齢者・障害者の情報環境や社会参加の基礎的条件を改善することにとどまらず、地方分権や情報公開が進められようとする時代にあって、広く国民・住民・利用者の立場からみて望ましい情報環境を提示し、積極的な社会参加を実行していくための条件を提起するという意義をもつ。電子情報通信技術が、人間にとって、それぞれの生を実現し、生き甲斐のある社会にしていく可能性をもつならば、その可能性を実現するための制度を構築すると共に、技術的にもそれを実現させる方向性を模索しなければならない。

2.「高齢者・障害者と電子情報通信技術の問題」をめぐる社会的背景

2.1高齢者・障害者の情報環境の現状と課題

(a) 高齢化の進展と保健医療福祉分野の情報化の基本理念

1997年8月29日に厚生省が発表したデータによれば、日本人の平均寿命は女性83.59歳、男性77.01歳と史上最高齢となり、世界最高である。

総務庁が1996年9月15日現在で推計した老齢人口(65歳以上)は、1,899万人で、総人口に占める割合は、15.1%で過去最高、前年比0.6ポイント増となっている。男女別では、男性784万人、女性1,116万人で、女性が男性の約1.4倍になっている。1995年の厚生省「国民生活基礎調査」によれば、高齢者世帯(65歳以上の高齢者のいる世帯)は全世帯の13.8%を占める。そもそも、1世帯当たりの人数は減少傾向にあり、1世帯当たり2.91人と1953年の調査開始以来最低であると相まって、世帯数そのものは20年前に比べて約1.2倍に増えている。その中で、高齢者世帯は約3.5倍に増加しているということで、急激な増加が示されている。1995年の国勢調査の結果によると、高齢者の一人暮らし(単独世帯)が225万世帯ということで、1990年の前回調査に比較して、38.8%の増加である。男性が47万人に対して、女性は約4倍の178万人で、女性は65歳のほぼ6人に一人が一人暮らしになっている。高齢化と共に、一人暮らしの高齢者の生活の自立を支援することが重要な社会的課題になっている。また、高齢と共に、視聴覚をはじめとして中途障害をもつ可能性は増し、高齢者の多くが情報行動について再適応を求められている。

厚生省は、1995年8月28日、郵政省、通商産業省、文部省および自治省の協力の下に、「保健医療福祉分野における情報化実施指針」をまとめた。更に、1996年2月に改定しているが、それは、まさに高齢化社会を迎え、情報化を有効に生かすことで、ニーズの高まる保健医療福祉分野の充実を図ることが目指されている。この実施指針では、保健医療福祉分野の情報化の基本理念を以下のように規定している。すなわち、

  1. 情報機器や情報システムに処理され、伝達される情報そのものに価値があり、情報の活用にこそ意義がある。
  2. 情報の活用により、サービスを利用する国民や関係機関等の便益をいかに高めるかという観点から、これらのサービスの利用者の立場に立って情報化を進めていく。
  3. サービスの利用者本人の意志に反してその者に係る情報が利用されないよう、情報の安全の確保に努めていく。

である。具体的な施策については、国民等に対する情報・サービスの提供については、「生活に役立つ情報の提供」、「医療・介護等の支援」、「ICカード等の活用」、「緊急時の健康や安全の確保」、「障害者等の生活の支援」、「人材の養成・確保」が挙げられ、保健医療行政等の支援については、「保健医療福祉行政機関の連携」、「行政サービスの向上」、「情報化の基盤・推進体制の整備」が挙げられている。

具体的な事例では、ネットワークを活用して映像を交換したりICカードを利用した「在宅保健医療福祉支援システム」、「社会福祉情報通信システム」などがあるが、現行の医師法では、医師の診断行為は患者と対面する必要があり、制度の変革ももちろん必要がある。

(b) 情報通信を生かした高齢者・障害者の就業機会やコミュニケーション

例えば、大阪府社会福祉協議会に拠点をもつNPO(非営利団体)である「プロップステーション」は、コンピュータを活用して障害者の社会参加、特に修了を支援することを目的とした活動を行っている。各種相談事業、パソコン利用講座の開催、機関誌の定期発行、パソコン通信ホスト局の運営、シンポジウム等の開催、実務部門「プロップ・ウイング」の運営等を行っている。「プロップ・ウイング」は、通信ネットワークを利用した障害者による在宅勤務システムとして、データベースの制作、インターネットのホームページの制作、アニメーションの制作等を受注している。障害者の社会参加にあたって、こうしたコンピュータや情報通信を活用する試みや、障害者による草の根−パソコン通信の実践は少しずつ増加してきている。コンピュータの世界は、まだまだ新しい世界であり、特にソフト制作の分野は未開拓の部分も少なくないので、障害者の参加機会の可能性が注目される。コンピュータや情報通信がもたらす表現手段としての効用のみでなく、就業して経済的に自立する手段としての効用が重視されるのである。情報化がもたらす働き方の変化は、従来の労働市場に参加することが困難だった層、例えば、障害者や高齢者の就業機会、出産育児期や高齢者介護のために中断していた女性の再就職の機会をもたらす可能性が示唆されている。

(c) 日常生活にみる高齢者・障害者と電子情報通信技術の問題点

近年の多メディア化、多チャネル化、電子情報通信機器の小型化、携帯化、操作性の簡易化は、日常生活の場面での電子情報通信機器の利用を一般化させてきている。しかしながら、高齢者・障害者の視点に立って、こうした機器の利用場面を点検するならば、いくつかの課題が生じてもいる。例えば、駅頭の券売機や銀行端末は、タッチパネル化してきているが、視覚や指等に障害をもつ場合、利用は困難である。反面、あらかじめ切符を買わなくても改札できるプリペードカードのほうが利便性が高い。しかし、この自動改札も車いすや視覚障害の場合、スムーズに利用するのは難しい。交通機関では静粛を好む声から、音声によるアナウンスを控え、電光文字表示を増やしてきている。これは従来情報提供が不十分であった聴覚障害者にとっては有用な情報提示方法であるが、視覚障害者にとっては相変わらず音声によるアナウンスが必要である。携帯電話の普及は著しいが、聴覚障害者にとっては簡易型・携帯型ファクシミリや文字による情報伝達手段が必要である。このような一部の事例をみてもわかるように、障害の種別によって障害者が直面している情報障害は多様である。

しかも、インターネットカード社会においては、前述のような街角でだけではなく、教育、就業、社会参加といった多様な場で、情報収集、コミュニケーション、トランザクション、決済の手段として、主としてコンピュータやコンピュータ通信を利用することが必要になってくる。そこでは、音声入力等の入力手段の多様化や、障害の有無、障害の種別を超えて、情報交換やコミュニケーションが適正に行われるような条件整備がなされる必要がある。

なお、コンピュータ関係では平成7年4月20日に障害者等情報処理機器アクセシビリティ指針が通産大臣から官報に告示されている(通産省告示231号)。通信機器に対しても指針がまとめられるよう期待したい。

2.2高齢者・障害者の視点から電子情報通信技術を考える方向性

(a) 社会慣習や制度の改革

人間のコミュニケーションの基本的な形式は、直接出会って交わす会話である。しかし、高齢者・障害者が何らかの事情で会話や移動ができない場合、距離的な・時間的な阻害条件を克服するために、電子情報通信技術が貢献する可能性は大きい。しかしながら、その普及や正当性を実現するためには、直接対面や文書の価値を重視したり依存してきた社会の諸制度や慣習の変革を必要とする。例えば、一般に社会的契約の場合、押印、印鑑証明を伴う契約書や文書重視の伝統的な慣習の改革や直接診断を超える方向での医師法の再検討などの制度変革、それを受け入れる人々の意識の変革が求められる。

(b) 新たな社会問題・情報格差等の是正や対応の必要性

生活の情報化が進展するにつれて、猥褻情報が青少年が利用する家庭用端末で簡単に受信できたり、商取引やプライバシーに関する情報へのアクセスが不正になされたり、データが改ざんされたりすることがあり得る。また、情報メディアやネットワークにアクセスができる層とできない層との間に生じる格差や、それを通じた他者のプライバシーの侵害や違法行為、犯罪が大きな問題となる。

情報に対するアクセス可能性の格差としては、地域の情報基盤等の整備による格差があるが、利用者の視点に立つとき、指摘できるのは、情報メディアの利用における、世代差、性差、職業差、能力差という問題点である。また、情報メディアに接触する機会にみられる差や、情報メディアを利用する際にかかる端末や回線利用料等を負担する経済力に関する格差も問題になる。

3.高齢者、障害者対応電子情報通信技術とその例

高齢者、障害者対応電子情報通信技術には、

(1) 視聴覚などの障害によるコミュニケーショ障害を補償する技術

(2) 運動機能などの障害による社会的活動機能を補償する技術

(3) 痴呆性障害に対処する技術

(4) 先端技術により生まれる新しい可能性を与える技術

などが考えられよう。

本稿では高齢者の障害を想定した場合を中心に、以下に今後開発されると思われる例を示す。なお、本学会誌の特集「21世紀の電子情報通信技術―人に優しい社会を目指して―」[(1)(2)]にはいくつかの開発例が紹介されているので参照されたい。

3.1 コミュニケーショ障害の補償技術

視聴覚などの障害は、その障害となった時期や程度より保障方法が大きく異なる。高齢化に伴う障害のように言語獲得時期以降に障害になった場合は、新たに外国語の獲得が難しいように、手話や点字の利用が困難な場合が多い。従って音声や文字情報をどのように保障するかが大きな問題になる。図形や空間の概念構成も先天的障害者は後天的な場合と異なるものと考えられる。

(1) 聴覚的障害対応

まず考えられるのは補聴器であるが、これについてはディジタル技術を用いたものが内外からすでにいつか実用化されているので割愛する。

高齢化に伴う聴覚的障害は、単に聴覚損失が大きくなるだけではなく、高次の処理である理解処理が遅くなり、入力に追いつかないということも考えられる。そこで、音声の速度を落とす「話速変換」という考え方が試みられている。もともとは、速記の書き起こし補助手段として、テープからの再生音声の速度を落とすことが古くから試みられてきたのである(「スピーチ・テレッチャー」等とよばれ製品もあった)。それを現在のディジタル技術で正確にかつ小型に実現しようというものである。しかし、問題は単に処理速度の問題だけではなく、流行語などの新しい言葉を知らないがために理解できないにもかかわらず、本人は耳が遠くなったため聞き取れないと思い込んでいるケースも多いようである。知らない言葉を手軽に知ることができる手段の開発は大きな課題であろう。

テレビでは音声の代わりに字幕放送を充実させることも課題である。放送法が改正され、文字放送免許がなくても字幕放送が可能になった。米国では受信機については字幕受信機能が義務づけられているが、日本ではまだ義務づけられてはいない。その理由としては、漢字かな混じり文での表示が必要であり、アルファベット等のみでよい欧米とは異なる点が挙げられている。しかし、これは技術的には解決可能である。

送信側にも、人手に頼っているため字幕情報作成コストの問題がある。しかし、多くの情報が電子化されるこれからの時代を考えると、ある程度の部分については自動化を可能とする技術開発があり得よう。例えば、ニュースの原稿やドラマの脚本が電子化データとして与えていれば、最近の音声認識技法を用いることによって、音声や文字データを対応付けることはそれほど困難ではないと思われる。更に要約技術があれば、もとの電子化データと要約原稿をあらかじめ対応付けておけば、要約文字情報を音声に同期して自動出力することも可能となろう。

更にこの文字情報と電子化辞書などとを組み合わせれば、先に述べた問題点である、お年寄りが知らない新しい言葉に対しても、解説を取り出す機能などの開発も考えられよう。

(2) 視覚的障害対応

家庭用のパソコンもかなり普及し、多くの人がGUIをベースとしたインタフェースを用いて様々な活動をするようになってきた。しかし、これらの人々が高齢化と共に視覚に障害が現れた場合、非常に困ることになるのは目に見えている。健常者も共用できるようなユニバーサルな構造をもつ視覚障害者用GUIの開発が必要である。当然のことながら音情報の利用が中心になるが、視覚情報を用いないとすれば、画面の空間的関係にこだわる必要はない。音情報のみによる使いやすいインタフェースのあり方の検討が必要である。情報の理論的関係にベースを置き、操作手順に一貫性をもたせたWEBの開発などの試みが始まっている[(3)]。

テレビドラマの場面解説も、上述の字幕自動化の技術を用い、進行を伴い脚本の場面設定の説明部分を合成音声で出力することは可能である。動画の画面転換の検出は既に実用化されており、組み合わせることは容易であろう。

3.2 社会的活動機能の補償技術

高齢化社会の一つの課題は、独居老人が問題なく日常生活を送っているかを見落とすことなく把握することである。TV報道によれば、東京の池袋では地域のコミュニティが発案したシステムが活動しているという。独居老人宅のポットとパソコンネットを結び、ポットを使用している状態をセンターに送り、日常的使われ方をしているか、利用を止まっていないか、をボランティアの主婦らが交替で監視している。

このようなシステムが地域から生まれたのは初めてのことと思われる。それだけにこのような問題が今後現実に重要になってくることを物語っていよう。なお、筆者の一人は、TVのリモコン操作などの検出を利用してはどうかと考えている。独居老人では使用頻度が高く、外に持ち出されるなどの可能性も少ないのではなかろうか。

3.3 痴呆性障害に対処する技術

痴呆性徘徊老人の問題も重要である。これまで開発されてきた防止技術は、家庭や施設から外出しようとしたときに、出入口に設置されているセンサが働き、警報装置が作動するというものが主流である。

また、徘徊老人の探査システムとして、GPSと移動体通信技術を利用した方法などが検討されている[(1)]。しかし、通信機能と測位機能をもつデバイスをもたせることは、それが小型軽量であっても、かなり困難なことが予想される。体に物を付けることを嫌うことが多いからである。

そもそも、老人ホームに預けたり、あるいは在宅介護を目指す日本の制度のあり方は、コストがかかる割にかえって痴呆性老人を生み、また家族の負担を増すという批判もあり、スウェーデンのようなケア付き在宅にすべきという意見もある。当面の技術対策と、制度を含めた長期的あり方の双方を追求せざるを得ないであろう。

3.4 新たな可能性を与える技術

高齢者の健康状態把握のため、体調の情報を家庭で測定し、通信を用いてセンターに送るシステムの開発も進められている。その多くのシステムは測定結果をパソコンなどに読み取り送信する操作を高齢者自身に期待する構造のものとなっている。しかし、独居老人がパソコンを操作するのは、恐らくかなり困難であろう。

更に高齢者の場合は、いつ体調が急変するかも予測しがたく、またそのときこそ緊急に通報する必要がある。異常状態のオンライン検出可能な携帯型の心電監視とPHSなどを組み合わせた緊急通信システムなどの開発も必要だろう。ここでは、生活時間帯ごとの正常な状態の常時学習機能と、そこからの逸脱状態をオンラインで検出する機能が欲しい。異常時に緊急通信を発したPHS端末の位置は、かなり絞った実用的な範囲で逆探知が可能と思われる。学習機能は、ここでも音声認識の非線形時間軸整合法などの応用が考えられよう。

寝たきり老人などのためにVRを活用することの検討もあろう。しかし、この点については今のところ技術の側からの議論が中心であり、相当慎重な事前検討が必要のように思われる。現在の立体画像の技術はかなり視覚に負担をかけるし、ソフトウェアも体調を十分配慮し、よほど慎重に作らないと、刺激が強く、かえって精神的負担をかけすぎる恐れがあるからである。

4.おわりに

日本は特にこれまで直面したことのない未曾有の高齢社会を突入している。そこで、国は、高齢者の社会活動への参加と選択の機会の拡大、安心して健やかに生活できる社会、国民の自立と連携などを盛り込んだ「高齢社会対策基本法」を制定した。そして、1995年12月には、障害者対策に関する新長期計画(1993年度から2002年度)の具体化による社会的自立の促進、バリヤフリー化の促進、生活の質の向上、安全な暮らしの確保などの七つの視点を重点的に整備するための「障害者プラン(ノーマライゼーション7ヵ年戦略)」を発表した。基本的には、高齢者と障害者は、従来ともすると、社会における参加の機会を十分保障されないまま、保護する対象として位置づけられてきた傾向がないわけではない。情報通信の発達は、医療、社会福祉、教育、学習、就業といった、具体的な生活の場面で、高齢者・障害者の参加を保障する可能性をもたらしてきている。そこで、改めて重視しなければならないのは、「情報」にかかわる保障を「人権」としてとらえる視点である。1993年12月に、国連総会において決議された「障害者の機会均等化に関する標準規則」であるが、そこでは、「あらゆる種類の障害のある人々に対して、各国は、(中略)情報及びコミュニティへの機会を提供するための手段を講じなければならない」と明示されている。

また、1995年5月の電気通信審議会答申において、情報通信基盤整備の基本的考え方として、「新たな基本的人権としての『情報発信権』及び『情報アクセス権』の保証」が挙げられており、「情報にかかわる人権」が注目されてきている。基本的人権であるかには、だれでもが、情報通信ネットワークにおいて、発信する際にも、あらゆるサービスを利用する際にも、例えば価格面でも、操作面でも差別なく利用できなければならない。このための具体的政策を検討するために、郵政省内において、1995年度には「高齢者・身体障害者の社会参加支援のための情報通信のあり方に関する調査研究会」が設置され、筆者の一人清原も委員を務めた[(4)〜(6)]。現状では、価格面でも、操作面でも、必ずしもその発信や利用が容易ではない。

そこで、階段のスロープ化や建物のエレベータや自動ドアの設置によるアクセスの容易さを、移動に障壁がないという意味で「バイヤフリー」ということに現れているように、情報の発信と利用においても、障壁のない「情報バイヤフリー」を保障することが求められている。

高齢者・障害者を含めてだれでもが電子情報通信を利用しやすいユニバーサルデザインが重視し、高齢者・障害者を含めてだれでもが利用しやすい料金で利用できるようなユニバーサルサービスが実現される必要がある。具体的には、視覚障害、聴覚障害、四肢障害等障害の部位を問わず、それぞれの必要に応じて、情報利用が容易に可能になるような、技術的支援や、サービス実施や利用における制度的支援などが検討され、実施されなければならない。既存メディアでいうなら、文字・字幕放送、音声多重放送、端末の操作性の向上、端末や回線利用料金の低廉化、情報通信を活用した生活面での多用なサービスの実現等が十分推進される必要がある[(7)]。

文献

(1) 稲田 紘、若松秀俊、山本博美、清水孝一、鈴木真、土肥健純、"高齢者に優しい技術"、信学誌、vol.80、no.8、pp.812-821、Aug.1997。

(2) 藤野雄一、伊福部達、"マルチメディア時代における医療・福祉技術"、信学誌、vol.80、no.8、pp.822-829、Aug.1997。

(3) 岡本修一、藤原敦史、堀内靖雄、市川 熹、"視覚障害者用WWWブラウザのUI設計"、信学技報、IN97−73、pp.27−32、Sept.1997。

(4) 郵政省通信政策局情報企画課(監修)、共生型情報社会の展望、NTT出版、1996。

(5) 清原慶子"パソコンボランティアが提起する共に生きる人間のための情報環境作り"、パソコンボランティア、JDプロジェクト(編)、日本評論社、pp.187-200、Aug.1997。

(6) 清原慶子"生活の情報化の将来"、情報生活とメディア、水野博介、清原慶子、ほか(著)、PP.148-179、北樹出版、1997。

(7) 清原慶子"融合化に伴う社会変動の展望"、通信・放送の融合-その理念と制度変容-、菅原 実、清原慶子、ほか(編)、日本評論社、PP.343-368、1997。 

清原 慶子(きよはら けいこ)
昭49慶大・法・政治卒、昭54同大学院社会学博士課程了。昭62ルーテル学院・文・助教授、平4同教授。情報通信の社会的影響や地域の情報化政策のあり方について利用者・自治体の視点から研究。情報通信学会・日本社会情報学会理事。著書「情報生活とメディア」など。
市川 熹(いちかわ あきら・正員)
昭39慶大・工・電気卒。日立中研を経て平4千葉大・工・情報・教授、平10同大学院自然科学研究科教授、工博。本会編集理事、音声研究会委員長、人工知能学会理事、H日本音響学会評議員などを歴任。現在、手話工学研究会副委員長、電子協情報機器アクセシビリティ委員会委員など。

ページの先頭へ戻る