全電通 1998年9月19日号より転載

マルチメディアが雇用広げる

パソコンが仕事場! プロップ・ステーション


チャレンジド・ジャパン・フォーラムで。右が吉田幾俊さん。中央はマルチメディアビジネス開発部でプロップとホームページを制作している五十嵐由紀さん


たた今仕事中

パソコン・インターネットの普及をはじめとして、マルチメディアが私たちの生活にも浸透してきている。今号はマルチメディア=パソコンが障害者の雇用に一役買っている例として、市民団体『プロップ・ステーション』の活動について紹介したい。

(編集部)

ホームページの制作も

『チャレンジド』とは試練を科せられた人

『チャレンジド』(Challenged)という言葉をご存じだろうか。これは障害を持つ人をさす米語で、“挑まれた者=障害を克服する試練を科せられたもの”という意味になる。一般的に使われている障害者という言葉を、もっと能動的・積極的に捉えたものだ。

障害者というと従来、保護されるべきものとして受け止められがちで、「社会参加を促進する」という意識は薄かった。そのような状況の中で、市民団体などが先頭に立ち障害者の雇用促進の取り組みを進めている。その中で全国的に活動を広げているのが大阪・神戸を拠点に活動する団体『プロップ・ステーション(以下プロップ)』だ。「チャレンジドを納税者に」を合言葉に活動するこの団体を紹介し、チャレンジドの雇用をどう進めているのか見てみたい。

研修から渉外まできめ細かに活動中

プロップの武器はパソコン。ソフトウェアの設計、データベースの設計・入力、ホームページのCG(コンピューター・グラフィックス)制作、翻訳などの仕事を請け負っている。

そのためにプロップは参加募集・パソコンの各種研修・官公庁への働きかけ・企業との折衝・斡旋・イベントの開催まで、キメ細かな活動を展開している。言葉で言うと簡単だが、市民団体としてそこまで活動するのは並大抵のことではない。何しろそれまで、「マルチメディアによるチャレンジドの雇用促進」という分野に、官民ともまとまって取り組んだことがなかったのだから。

東京の仕事も大阪でできる

マルチメディアはチャレンジドにとって、大きな可能性を秘めた分野。たとえば、車椅子で毎日の通勤をこなすことはたいへん難しく、そのことが雇用のチャンスを少なからず奪っていた。しかし家にいながらにしてパソコンで仕事ができれば、その点は解消される。また、ネットワークを介せば、大阪で受けた仕事を東京でこなすこともできるのだ。実際、プロップの拠点は大阪・神戸と近畿圏だが、メンバーは全国に広がっている。

初心者でも大丈夫

パソコン習得には「やる気」が大切

メンバーはさまざま。もともとコンピューターに達者な人もいるし、まったくキーボードに触れたことがなかったという人もいる。プロップでは未経験の人のために講習を行なっている。講師は以前の卒業生が担当し、初歩の初歩から始まってマッキントッシュでのCG講座、マイクロソフトACCESSを使ったプログラミング、翻訳などを教える。チャレンジドであるなしに関わらず、根気と努力がなければ続かない内容だ。そして、直接通えない人のために、ネットワーク上でも講習が受けられるシステムがある。

この講座ではいくらかの受講料を払うことになる。福祉の側面で捉えた場合、お金をとるのは少し違和感もあったようだが、プロップはあくまでも「自立支援が基本」と考えている。要するに「まず大事なのは、ヤル気」ということだ。

「最初はお金をとらなかったんです。でも、タダだと甘えも出てくる。遅刻する人もいたので、より自覚と責任を持ってもらう意味でお金をいただくことにしました」と竹中代表。

チャレンジドがパソコンによって仕事をこなすためには健常者の何倍もの努力が必要になる。厳しい講習をがんばって修め、社会に参加してほしい、というのが竹中さんの気持ちだ。

各方面から仕事を受注

より使いやすい機能 企業と協力して開発

チャレンジド ギャラリー
(インターネットから採録)


吉田幾俊さん
『ポップなナミねえ』


久保利恵さん
『おひるねうさこ』

プロップは企業等から仕事の依頼を受け、メンバーに振り分ける。これまでマイクロソフト、NTT、関西電力、トヨタ自動車などの企業からデータベースの構築・入力やホームページの作成などの依頼が来た。

例えば、チャレンジド・ジャパン・フォーラム(別掲)でもパネリストをつとめたマイクロソフト社・成毛真社長もプロップ・ステーションの活動に協力を惜しまない一人。マイクロソフト社では、オペレーションソフト『ウィンドウズ』の中で障害を持つ人のためにより使いやすい機能を追求しており、プロップのメンバーも参加して開発を続けている。

そして、NTTもホームページ『ハローねっと・ぼらんていあ』をプロップと共同制作している。このページは、ボランティアに関する情報を広く集め知らせているページだが、そのタイトルページの絵はプロップのメンバー・久保利恵さんの作品、優しい画風が好評だ。

「ハローねっと・ぼらんていあ」担当でプロップと関わっている、マルチメディアビジネス開発部(本社支部・マルチメディア推進本部分会)の五十嵐由紀さんは、「どうやって作ったのだろう、と驚く作品に出会うことが多いです。この分野は可能性を秘めていますし、今後も協力しあっていきたいですね」と語る。

またチャレンジド・ジャパン・フォーラムではフェニックス(テレビ会議システム)を利用し橋本大二郎高知県知事が登場したが、そこでは当地のNTT神戸支店と高知支店、そしてマルチメディアビジネス開発部のプロジェクトチームが携わった。

在宅勤務の可能性今後ますます増加


NTTで開設したホームページ
『ハローねっと・ぼらんていあ』

現在、マスコミで「SOHO」という言葉がよく取り上げられる。small office home officeの略で在宅勤務やサテライト・オフィスなど通勤の手間を省き会社にいるのと同じ仕事をすることだ。今、プロップなどが取り組んでいるのはまさに、SOHOといえる。そして、これはチャレンジドだけに限らず、高齢者、在宅で働きたい人にとっても関係の深い話だ。

近年、障害者雇用を含めた在宅勤務、公的支援のあり方などが検討されるようになってきた。特に情報化の面では、郵政省で「高齢者・身体障害者の社会参加支援のための情報通信の在り方に関する調査研究会」が設置されたほか、労働省や自治省なども取り組みを始めている。

パソコンによる障害者雇用については、プロップをはじめNGOが先鞭をつけてきたが、これからますます進むSOHOの動きに対して、官民が一体となって環境の整備などに取り組むことが求められている。

法人化で活躍期待

情報技術の進展が新たなチャンスを

「現在はCGの製作をしていますが、グループでのアニメーション製作にも携わり新しい分野にもチャレンジしているところです。課題としては、新しいアプリケーションがどんどん出てきますので、スキルアップを重ねていかなアカンということですね」とNTTのホームページ作成にも関わっているプロップのメンバー・吉田幾俊さんは語る。

マルチメディアは新しい分野で大きな可能性を持っている。その分、技術革新は日進月歩。世界じゅうを網の目のように覆ったネットワークの中は、情報があふれている。しかしその技術革新が、チャレンジドにとってより大きなチャンスでもあるのだ。

先般、プロップは厚生大臣認可を受けて9月3日付で社会福祉法人となり、新たなステップを潜み出した。チャレンジドの雇用をはかるプロップの活動が、ネットワークを介して官・民・産・学あらゆる場に広がることを期待したい。

もつと詳しく知りたい人に

プロップ・ステーション ホームページ
http://www.prop.or.jp

NTT 『ハローぬっと・ぼらんていあ』ホームページ
http://wnnserv2.wnn.or.jp/wnn-v/

※プロップの活動について筑摩書房から「プロップ・ステーションの挑戦」という本が出ている

こんなこと・こんなひと

チャレンジド・ジャパン・フォーラム


チャレンジド・ジャパン・フォーラムのもよう

8月8〜9日、神戸市で『チャレンジド・ジャパン・フォーラム国際会議』(主催・CJF国際会議実行委員会/実行委員長=神戸大学・北村新三工学部長)が開かれ400人が参加した。

プロップ・ステーションの呼びかけではじまったこのフォーラムはすでに3回実施されているが、今回は海外からもパネリストを招き拡大したものとなった。テーマは『Go for it!(やるしかない!)』。会場には有識者、企業、官庁、自治体首長などさまざまな分野から参加があった。

フォーラムの趣旨は「情報技術の活用によるチャレンジドの雇用促進をどのようにしてはかるか」。

具体的には海外の障害者雇用・チャレンジド就労の現状・情報技術・高齢者の参画・地域における役割など6つのテーマについて、専門家がそれぞれの立場から意見を述べ、認識を深めあった。

また、会場ではチャレンジドを描いたドキュメンタリー映画が上映され、大きな拍手を受けた。

竹中ナミさん


代表の竹中ナミさん

プロップ・ステーション代表の竹中ナミさんは誰からも親しみを持って“ナミねぇ”と呼ばれている。失礼ながら、プロップのアネゴという表現がぴったりだ。

竹中さんが障害者の自立について取り組むようになったのは、娘の麻紀さんが重度の心身障害を持って生まれたことがきっかけだった。それから竹中さんは手探りの状況の中で、「楽しく過ごそう」と考え、麻紀さんを育ててきた。

麻紀さんといっしょに過ごす中で、竹中さんは福祉の問題を考え実際に行動するようになった。それ以降手話通訳をはじめ、さまざまなボランティアに参加。その中で障害者の自立について考え始めるようになる。

当時、アメリカで障害者の自立に関する取り組みがかなり進んでいることを知った竹中さんは、コンピューターを武器にして「仕事をする」ことに思い至る。そこからプロップのアイデアが生まれたのだ。

ページの先頭へ戻る