internet@ASCII 1998年8月号(1998年7月29日発行)より転載

インターネットとChallenged

インターネットは打ち出の小槌。重度障害者の社会進出を支援するナミねぇのパワフルエッセイ開始!

竹中ナミ(nami@prop.or.jp):コンピュータネットワークを利用することで障害を持つ人々の社会的自立を目指すNPO「プロップ・ステーション」を'92年4月に設立。会員から「ナミねぇ」と慕われる組織の大黒柱。しゃべりはバリバリの大阪弁!

vol.15(最終回) ついに発表!Windows98のアクセシビリティ Microsoft Active Accessibility(MSAA)

細田和也くん、再び登場

5月26日、マイクロソフト社(以下MSと略)から「Windows 98でアクセシビリティーのためのプログラミングインターフェースを提供開始」というプレスリリースが出されました(http://www.microsoft.com/japan/info/releases/0526msaa.htm 参照)。そこで、我らが細田和也くんは、その後MSのアクセシビリティ担当技術開発者としてどんな仕事をしてるのか、今回のリリースの裏話なども聞かせてもらいたいと思って、彼の自宅に電話してみました(これまでの経緯を知らない方のために―、和也くんは、全盲ながらWindowsを使いこなし、学業を終えた今年から、MSの「研究開発本部ウィンドウズOS部一課」というところで働いているのです)。

土曜日やからデートかな? などと思いつつピポパすると「は〜い、おぅ! ナミねぇか」と元気な声。

ナミ
やぁ、土曜日やのに、おったん?
和也
いやぁ、この3ヵ月で、ゆっくりできる土曜日は今日が初めてなんだわ。
ナミ
そうか、せっかくの休みに申し訳ないけど、26日に発表されたリリースのこととか、和也くんの近況なんか教えてほしいと思って・・…。しかし、忙しそうやね。
和也
毎日12時間は働いてるね。会社の近くにアパートも借りたけど、寝るだけなのに同じ家賃を取られるなんて理不尽じゃ! 昼間は部屋を誰かに貸し出したいくらい、ははは。土日も、仕事に関係する人に会ったりする用事が多いので、デートもままならん状態ですよ。でもインターネット時代の恋愛は距離は関係ない!
ナミ
??
和也
デートがままならんので、パソコンが使えなかった彼女に、1日でメールが使えるように、セットアップから何から特訓したんですよ。今はE−mailを使った「インターネット・デート」の毎日ですよ。「愛だよ、愛」の世界です、ははは。
ナミ
う〜む、お主やるなぁ!

それにしても、のっけからこのようにノロケられたナミねぇでありましたが・・…。

共存がアクセシビリティの基本

ナミ
ところで和也くん、「アクセシビリティのためのプログラミングインターフェース(略称 MSAA)」っていうの、これはどんなん? ナミねぇにも使えるん?
和也
残念ながら、Windows 98上で動くアクセシビリティソフトを開発するデベロッパー向けなんで、個人や一般向けではないんですよ。
ナミ
なんや、プロ専用かいな。今まではなかったもんなん?
和也
今までは英語版のみが別パッケージで出てたけど、日本語のWindows 95にインストールするとクラッシュを起こすことが多くて、クレームが多かったんですよ。でも、今度は、全世界どこへ向けた製品にも"出荷時点で"組み込んであるので、全世界のデベロッパーが使えるんです。
ナミ
そうか・・…、いつ頃出るん?
和也
Windows 98の発売と同時だから、米国では6月25日発売予定ですけど、日本語版は1ヵ月くらい遅れるでしょうね。でも、チャレンジド・ジャパン・フォーラム国際会議(*1)には間に合うので、金子さん(上司の金子雅彦さん)と一緒に参加して、ぜひ自分自身でデモしようと思ってます!
ナミ
楽しみにしてるわ。3ヵ月で、すっかり学生気質が抜けたみたいやね、立派、立派。で、そのMSAAのどんな部分を和也くんは担当しているの?
和也
開発そのものはアメリカ本社なので、ボクと金子さんは日本語ドキュメントや動作確認を担当してるんです。でもリリース直後から、入手方法とかの問い合わせが殺到してるので、期待されてるなぁっていうのが肌で感じられて、緊張してます(*2)。
ナミ
ところで仕事場ではどういうふうにパソコンを使って開発してるの?
和也
驚くなかれ、最近はWindows 95だけなんですよ。マウスも使ってみると実に便利ってことが分かったし・・…。
ナミ
えっ、全盲の和也くんがマウスを?
和也
そう。<すべて選択>なんてメニューで選ぶと一発だから、場合によってはDOSを使うより便利だってことを視覚障害の人に知ってほしいなぁ。
ナミ
そういえば、さっき彼女にパソコンの特訓したって言うてたけど、彼女もWindowsでしょ? どないして教えてあげたん?
和也
MSで仕事を始めて、金子さんにタスクバーやアイコンの基本的な位置とか画面構成を教えてもらい、イメージを頭の中にたたき込んだんです。その上で音声装置と併用すると作業がすごく早いだけじゃなく、見える人と同じ画面を立ち上げながら、あーだ、こーだって言い合えるんですよ。新しいアプリケーションを使うときには、画面構成を教えてもらってから使い始めるとばっちりです。若い視覚障害者がWindowsを使うのときの勉強も、こういう方法を取り入れると早く使えるようになると思いますね。
ナミ
脳味噌の中にモニタがある、って感じやねっ!
和也
今、95Reader(*3)の開発者の人たちとも、協力しあって作業を進めてるんですよ。2月に出た新しい95Readerは、かなりイケルようになってて、基本操作の部分はほとんどしゃべらせることができるので、次は、Officeをはじめ、いろんなアプリをしゃべらせたいと必死で研究してます。
ナミ
1日も早く、日本語版Windowsが完全に音声で使えるようになったらいいね。
和也
頑張りまっせ、ははは。あ、それから開発者の立場で言えば、「GUIは見える人にはDOSよりずっと便利なものだ」って分かったので、「視覚障害者のために、パソコンをDOSに戻せ」というような議論が、いかに自分勝手かも分かりました。自分の障害に関する部分だけの改善を求めてはダメ、自分の言いたいことだけを主張しあう関係は不幸だってことです。さまざまな人が共存できるように、お互いが考えることが重要で、アクセシビリティの基本はそういうものじゃないかと、今、実感してるところです。
ナミ
共存がアクセシビリティの基本とは、さすがに平衡感覚にあふれた和也くんの言葉やなあ。障害を持つ人もそうでない人も、自己主張だけしとってはアカンということやね。ところで、これからパソコンを始めるChallengedに、何か先輩としてのメッセージがあるかな。
和也
「なにかやりたい」、「なんでもやりたい」じゃなくって、目的をはっきりさせてから習うっていうのが、いちばんの上達法。「1日でメールが出せるようにして!」などと頼まれたら、ボクなんか死にものぐるいで教えるからね。習う人の意欲が教える人を生み出し、育てるってことです。ボクがパソコンを触り始めた頃からすると、まだまだ難しい点はあるものの、地獄と天国ほどマシンもソフトも良くなってるので、大丈夫、やれますっ! て言いたいですね。今、ボクと晴眼の人がWindowsを使うときの違いは「CRTがない」ってことぐらい。視覚障害者がこれからパソコンを覚えるなら、MS−DOSを一から習うより、Windowsを習うほうがずっと簡単で便利なので、どうか先入観を持たずにチャレンジしてほしい。要は、「使わずに文句を言うんじゃなく、使って意見を言う」、「習うときには目的をはっきり持つ」という2点が、Challengedだけでなく、パソコンを始めるすべての人へのメッセージです。

久々の電話を終え、彼のポジティブさと誠実さに、改めて「和也くんという、えぇ友人を持ってわたしゃ幸せじゃ」と思いました。同時に「でも彼は障害者の中のエリートですから」などと、揶揄する声も聞こえるような気がします。

ジェラシーが人間の成長を止める様子をいっぱい見聞して来たナミねぇは、和也くんがつまらないジェラシーに負けず、自分だけやなく他者のためにも努力を続けることを支援したいと思います。第2、第3の和也くんが、きっと生まれることをナミねぇは信じるで〜!

プロップはこれからもやりまっせ!

さて、連載の最終回にあたり、ナミねぇの長女、麻紀(25歳)のことを少し書いてお別れしたいと思います。

現在、彼女は兵庫県にある国立療養所で入院生活を送っています。遠足、夏祭り、運動会、クリスマス会などの年中行事のほかに、定期面会日には誕生会や懇談会があります。実は今、8月の国際会議で上映する「プロップのドキュメンタリー映画」の撮影中で、プロップの日常活動やChallengedメンバー、ボランティア、支援者の皆さんをカメラが追っかけています。
先日のゴールデンウイークは、麻紀の帰省外泊の様子を撮影するということで、ナミねぇが車で麻紀を病院へ迎えに行くところや、帰省した麻紀を介護しながら仕事しているところなんかを撮りました。入院前は、結構「怒りパニック」を起こしやすい麻紀やったんですが、最近とみに成長し、外泊当日は笑顔も見せてくれたので「カメラを意識してるんちゃうか」と思ったくらいです。外泊直前に、麻紀をすごく可愛がってくれた父(麻紀にとっては祖父、84歳)が逝去し、私にとってはさびしいところやったんですが、麻紀の笑顔は何よりのカンフル剤でした。彼女は、生後何年間か「抱っこしても怒る」という状態やったけど、母子が距離をおいて、それぞれの生活を送る今は、「ひっついてるだけが愛情やないなぁ」と思うとともに、現実世界からいなくなった父が、生前より近いところにいるような感覚も覚え、人間の愛情というのは「特定の形をしてるもんじゃないんやな」としみじみ思います。

プロップは、麻紀を得たことで感じたさまざまな自分なりの課題を、たくさんの人の支援で解決していこう、といういわば「ナミねぇのわがまま」から出発した組織です。でも、麻紀のおかげで、そらもうすごいたくさんの人に出会え、一緒に活動できて、こんなに幸せなことはない、というのが正直な気持ちです。重症心身障害児の呼ばれる麻紀がナミねぇにくれたプレゼントを手に、これからもポジティブに生きようとするChallengedと支援者の皆さんと、プロップの活動を進めていきたいと思います。Challengedの仕事人を増やすとともに、働けない(麻紀のような) Challengedも尊厳をもって生きられる日本を目指して−。

長い間のご愛読、ありがとうございました。

*1 8月8〜9日に神戸で開催。詳しくは先月号の本コーナー、また、今月号のイベント情報(P.195)を参照ください。

*2 6月からアクセシビリティWebが始動(http://microsoft.com/japan/enable/)。MSAA  SDK(J)1.0に含まれる技術文書などのダウンロードできる。

*3 Windows 95用の画面読み上げソフト。
http://www.ssct.co.jp/95reader/

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