朝日新聞 1998年7月25日より転載

市場経済 光と影

日本型システムの行方(12) NPO

「公」担う民間組織 広がる活動の舞台

パソコンがずらりと並ぶ大阪市内のビルの一室に、車いすの女性や高齢の夫婦らが集まってきた。障害者の就労を支援する民間非営利組織(NPO)、「プロップ・ステーション」が開いているコンピューター講座だ。

「彼女、ふだんは車いすでガンガン走り回ってます。皆さんひかれないように」「今日見学に来た彼は、飛んで火にいる夏の虫。講師の手伝いをしてもろてます」

この日は、半年続く講習の初日。プロップ代表の竹中ナミさん(49)が、高齢者を含む15人の受講生やボランティアを軽妙な語り口で紹介。現役プログラマーを講師にセミナーが始まった。

重度心身障害の娘を持つ竹中さんがプロップを設立したのは、1991年5月。全国の障害者にアンケートをとり、パソコンを使って仕事をしたいという声の広がりに驚いたのがきっかけだ。

デザイン分野を目指す人たち向けの「マック(マッキントッシュ)講座」と、ビジネス実務を志す「ウィンドウズ講座」を週1回ずつ開催。インターネットを使った在宅セミナーも始めた(ホームページはhttp://www.prop.or.jp/)。200人の「卒業生」の中にはソフトウエア会社に在宅勤務で採用されたり、仕事を請け負ったりする人が出ている。

19歳の時の交通事故で手足が不自由になった大阪府堺市の山崎博史さん(33)もそのひとり。28歳で結婚し、仕事を見つけたいと必死になっていたところ、プロップの存在を知り、電話でいきなり「金もうけできるようになりますか」と尋ねた。
竹中さんの答えは「あなた次第や」。

福祉の循環目指す

ワープロさえ触ったことがなかった山崎さんが、この言葉に発奮。勉強のかいあって貿易会社から在庫管理システムを発注したり、災害時の情報支援システム構築を手伝うようIBMに依頼されたりするまでになった。

「チャレンジドを納税者にできる日本」が、プロップ・ステーションのキャッチフレーズだ。「チャレンジド」は、「挑戦者精神を失わない人」という意味合いを込めて、障害者を指す新しい米語だという。

「チャレンジドは、これまでの福祉政策の対象としかみられてこなかった。でも、高齢社会を迎えて働き手が少なくなってくる時代。お年寄りも含め、1日3時間しか働けんでも、その分税金を払うという人が出た方がええやないですか。支える人と支えられる人を分ける必要はない。福祉の循環ですよ」。竹中さんの言葉に力がこもった。

日本の明治以来、福祉など市場原理では十分に対応できない公的分野の多くを行政にゆだねてきた。「公=官」という構図があり、民間組織でありながら公的役割を担うNPOの比重は、欧米に比べて小さかった。

先進国へのキャッチアップを目指している間は、それなりに有効なシステムだった。しかし、障害者福祉は厚生省の管轄、雇用は労働省、コンピューターは通産省、通信は郵政省、といった縦割りの硬直化が進むにつれ、行政では人々の多様な要望を政策に反映できなくなってきた。

かたや、障害者の在宅雇用に関心を示す企業には、埋もれた才能を発掘し育てる余裕はない。プロップのように、現場から発信するNPOが注目されるゆえんだ。

活動、GDPの3.2%

自治体主導だったまちづくりの分野でも、NPOの存在感が強まっている。

東京都世田谷区。住宅街の中にぽっかりと、草っぱらの自然に生かした公園がある。94年4月に完成した「ねこじゃらし公園」だ。この公園づくりに計画段階から住民の参加を促し、行政との橋渡し役をつとめたのが、地域の建築士や不動産コンサルタントら7人でつくるNPO「玉川まちづくりハウス」だ。

住民と区役所の担当官が一緒になって現場でアイデアを出し合ったり、模型を作ったりするワークショップ(共同作業)を5回にわたって企画・運営。専門家の立場から助言をした。完成後、公園のゴミ拾いや草木の手入れといった維持管理は、地域の住民グループが受け待っている。

「ねこじゃらし」の後も、阪神大震災の復興まちづくりに向けた民間基金の設立に携わったり、区が計画している高齢者デイケア・サービスセンターについて住民の要望を反映させたりしている。

「NPOが多くなれば、自分たちの暮らしを良くしていくための選択肢も増える」と、玉川ハウスの林泰義さん(61)は指摘する。

経済審議会の報告によると、日本のNPOは公益法人や労働組合などを含めて約19万4千団体(町内会や協同組合は除く)。米ジョンズ・ホプキンス大学の研究では、90年時点で国内総生産(GDP)の3.2%、総雇用者の2.5%をNPOが占めている=グラフ参照。

欧州各国と比べてあまり差がないようにも見える数字だが、内容はだいぶ違う。

欧米では、政府活動から独立した存在としてのNPOが大きな役割を果たしてきた。ふつうは常勤職員を抱えている。これに対し、日本の公益法人には、行政事務を補完するため、官庁・自治体の主導で作られた下請け的な団体が珍しくない。専従スタッフをもち、有償で活動する市民団体といった形態は、日本ではまだ層が薄い。

それでも、阪神大震災でNPOに対する社会的な認知度が広がり、今年3月には、NPOが簡単な手続きで法人格を取れるようにする特定非営利活動促進法(NPO法)が成立。様々なNPOが意見を出し合い、立場が違う国会議員や行政と議論をしながら議員立法にこぎつけるという成立過程そのものが、NPOの存在を強く印象づけた。

行政に提携の機運

行政側にもNPOと提携していこうという機運が出ている。山形県や神奈川県鎌倉市は、法人格を取ったNPOに住民税を減税するといった優遇措置を与えることを決めている。神奈川県は、JR横浜駅近くのビル3千5百平万bを使って、県民活動サポートセンターを開設。NPOが活動しやすい環境づくりに成功している。

「NPOのように、お互いの得意分野をつなげていくコミュニティー・ソリューションは政府でも市場でもない第3の解決の道を示している」

自らもNPO、ボランティア活動に携わる金子郁容・慶応大学教授の指摘だ。ソフトウエアの世界で、プログラムを公開し、使った人から意見や改善点を寄せてもらうシェアウエアが拡大しているのも、情報共有に基づくコミュニティー・ソリューションのひとつだとみる。

「従来の経済学では、もっぱら経済合理的の行動が前提にされてきた。しかし、人の役に立ちたいというモチベーション(動機)は決して無視できないのです」(市村 友一)

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