日本経済新聞(夕刊)  1998年7月24日より転載

私たち(第95話) 作る創る−起業に挑む(3)

障害者自立促すパソコン教室

「いらんもんはここをクリックして消せばええねん」「もう1回、ダブルクリックしてみて」。大阪市内の専門学校の一室。一見、普通のパソコン教室の風景だが、よく見ると、先生役の1人は不自由な手の代わりに、足を使ってマウスを動かしている。生徒の中には車いすの人も。

この障害者を対象にしたパソコン教室を主催するのは、大阪市内に事務所を構える市民団体「プロップ・ステーション」。重度障害の子を持つ竹中ナミさん(49)が「チャレンジド(障害のある人)を納税者に」をキャッチフレーズに、6年前にスタートさせた。これまでにパソコン教室を受講した障害者や高齢者はのべ200人。このうち約30人が職を得、なかには腕を買われマイクロソフトの正社員となった全盲の男性もいる。

きっかけは1つのアンケート調査。重度障害者を対象に「今、何を望むか」と聞いたところ、8割が「働きたい」と回答。「障害者が就職するに当たり、何が武器になるか」との問いに多くの人が「パソコン」と答えた。

自分の名前を説明するのに数分かかってしまう障害者でも、パソコンを使えば相手に瞬時に意思が伝えることができる。それにネットを使えば、車いすの人が好きな時間に好きな場所で打ち合わせができる。「これは確かに役に立つな、という実感がありました」と竹中さん。

早速、企業を回って協力を取り付け、教室をスタート。受講料は無料にした。だが、これが思わぬ"落とし穴"になった。「無料にしたため、なんとなく来てみたという受講生が多くなり、平気で遅刻したり欠席したりする人が少なくなかった」という。

講師はすべてボランティアで、仕事を終えて駆けつけてくれるのに「生徒がこれでは失礼にあたるし、参加者の力も伸びない」。悩んだすえ、翌年からは1回当たり2000円の受講料を取ることにした。

「障害者からお金をとるなんてという声もある。でも、仕事を得るため自己投資するのは当たり前。有料にしてからは、真剣に何かを得たいという考えの受講者しか来なくなりました」と竹中さんは語る。「障害者は働けない」という社会の誤解と、「働かなくても助けてもらえる」という障害者自身の甘え。プロップ・ステーションの活動は、この2つの"常識"を壊すことでもある。8月8日と9日、神戸ポートピアホテルで念願の国際会議を開く。テーマは「Go for it!」。日本語で「やるしかない」という意味だ。

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