働く広場 1998年5月号(1998年4月20日発行)より転載

編集委員の行ってルポ 見てルポ 話してルポ

在宅勤務をめざしたスキルアップセミナー

プロップ・ステーションのインターネットセミナーを訪ねて

編集委員・東京都心身障害者福祉センター 身体障害者福祉司 大漉 憲一

重い下肢障害や全身性障害のある人たちにとって、毎日、職場に通勤するということにはさまざまな困難が伴う。そのために就職ができないでいる人も多い。そういう人たちにとって、在宅で就労できればこれに越したことはない。
SOHOという言葉をご存じであろう。スモールオフィス・ホームオフィスの略で、数人で事務所を借りて仕事をしたり、在宅で事業をすることの総称であり、このところ脚光を浴びているという。パソコンを使った仕事が多いようだが、これを、通勤が困難な障害のある人たちに応用できないものだろうか。

在宅就労推進のための試み

筆者が今さら言うまでもなく、このようの試みはあちこちでなされている。そうようなグループのひとつが大阪にあって、成果をあげているという情報を得て、訪ねることにした。

そのグループの名は、「プロップ・ステーション」という。大阪ボランティア協会内に本拠があり、大阪や神戸で講習会を開いているというので、そのうちの神戸市の様子を見せていただくことにした。

ポートアイランドのまっただ中で

二月のある土曜の午後、JR東海道本線の三宮駅前から、新都市交通システムのポートライナーでポートアイランドへ渡り、市民広場駅で下車する。このあたりは、阪神淡路大震災で大きな被害を受けたところだが、駅に降りたって見る限り、震災の痕は見えず、神戸市の展示場やスポーツ施設などが集中していて、賑やかだ。その中の神戸国際交流会館の八階にある神戸情報通信研究開発支援センターが講習会の会場だ。
「プロップ・ステーション」の役員で、講習会の責任者である鈴木重昭さんにお話を伺う。

この神戸情報通信研究開発支援センターは、民間のコンピュータ関連の研究開発を支援するために、神戸市が大型コンピュータからパソコンまでさまざまな機器を用意して使用に供しているところで、そのうちの一室を週一度借りて、講習会を開いているのだという。

入門インターネットセミナー

ここの講習会は入門コースで、初めてコンピュータに手を触れる人などを対象に、日本語の入力から、イラスト描き、電子メールのやりとり、ホームページのつくり方までを、やさしく指導している。受講者は、障害のあるなしにこだわらず、みんないっしょに学び合うことにしていて、今日は、今回のシリーズの四日目だという。

教室に入ると、パソコンが三台ずつ四列、計一二台並んでいて、受講者が一人一台ずつ使っている。その脇にほぼマンツーマンでアドバイスしているのは、これまでの講習会の修了者で、ボランティアとして指導をかって出ている人たちだ。その中には小学五年生の女の子、男の子もひとりずつ混じっている。そして、みんなの前で、足指でマウスを使ってパソコン画面を大型画面に映し出しながら指導しているのは、第一回の講習会の修了者の岡本敏巳さんだ。岡本さんは、ふだんは印刷関係の作業所で仕事をしており、ひとり暮らしの自宅でもパソコンを駆使していろいろなことに取り組んでいるが、土曜日の午後はここに来て、後輩の指導に携わっている。
「初歩のことなら、ぼくにだってできるから、できるところでみんなの役に立てればいいと思って……」と謙遜しながら話してくれた。

それぞれの人のもつ力を合わせて

岡本さんの通う作業所には、文章の入力が上手な人、文章は速く打てないが絵のセンスがとても良い人など、さまざまな人がいる。それぞれの特徴を活かして仕事をしてもらい、それをひとつのまとまったものに仕上げていくのが岡本さんの仕事だという。

障害があるが、みんな何か得意なことを必ずもっているので、それを活かして、目的に向かって挑戦していく。そんなイメージから、障害のある人たちを、ここではチャレンジドと呼んでいる。

そのチャレンジドたちは、年齢も障害の内容もさまざまだが、電動車いすを使って両上肢にも障害のある青年もいる。彼は、マウスがうまく使えないので、マウスの代わりに直径一〇センチほどのドラッグボールを使ってみているが、「これならいける」と、笑った。ほかに、ジョイスティックを使っている人もいる。

漢字変換からインターネットまで

今日の講習の内容は電子メールの送受信で、メールを書いて隣の人へ送ったり受け取ったり実際に経験してみている。実際にやりとりしてみないと、初心者の段階ではちょっとしたところにひっかかって、止まってしまうからだろう。ほとんどの人は自宅にもパソコンを持っていて、ここでの続きは、自宅間で楽しんでいる。

計一〇回の講習の目標は、ホームページを作って、お互いに眺め合うことだ。これまでの修了者が作ったホームページを鈴木さんに見せてもらったが、まったく初めての人が、一〇回くらいの講習を受けただけで作ったものとはとても思えないほど、ユニークで、センスがにじみ出ている。

就労に直結するハイレベル講習・事業

もちろん入門講座のレベルで止まっているわけではない。マッキントッシュのパソコンを使ったバーチャル工房の記事を、プロップ・ステーションの機関誌で見つけた。「お絵かき」を軽んじてはいけない。そこに紹介されているデジタルアートは、プロはだしだ。そのページのタイトル「ええ仕事しまっせ!!」ということばどおりだ。

在宅就労に向けた、本格的な講習は、教室での講習とインターネット上での講習とをミックスして行われている。例えば、翻訳者養成コース。マイクロソフト社と組んで始めたこのコースは、英検二級程度のテキストを使ったハイレベルのものだ。ボランティアとしてふたりのプロ翻訳者が、マイクロソフト社員会(ボランティア委員会)の有志や数名のサブのプロ翻訳者とともに、講師を務めている。受講者は、二〇名の応募者の中から選ばれた七名で、メーリングリストを使って講習を実施している。受講者の中には全盲の方が二名含まれている。講師がオンラインで出す課題は音声装置で聞き取って解凍できるが、電子化されていないテキストは聞き取れないので、マイクロソフト社員会の方々がテキストデータ化を引き受けて協力してくれている。視覚障害のある人の一般雇用はなかなか進んでいないが、音声読み上げなど最近の急速な視覚障害者用情報機器の進歩はめざましい。就労機会の拡大につながることを期待したい。

NTTとの共同事業もある。NTTはボランティア活動支援のためのホームページを提供しているが、障害者の在宅勤務の推進・向上を図る目的で、パソコンネットワークなどのマルチメディアを活用した同ホームページのコンテンツ作成やリンク先の調査などを、プロップ・ステーションに委託している。これまでにリンク先調査を累計約七五〇件、コンテンツ作成を累計約一五〇件、などの実績を上げており、タイトルページのイラスト作成なども行っている。

既に就労している人たち

これらの講習などをきっかけとして、実際に在宅で仕事をする人たちも出てきている。

最初はキーの配列もわからず、キーボードの絵をベッドの横に張って覚えたが、今では、貿易会社の在庫管理ソフトなどのプログラミングを受注している青年。絵本作家になる夢を、難病にかかりいったんあきらめたが、絵筆をキーボードに置き換えて、コンピュータ・グラフィクスでのホームページ作りに夢を膨らませている女性。養護学校卒業後、パソコンを覚え、プロップのボランティアの女性と結婚して、自費出版などを請け負う仕事をふたりで始めた脳性マヒの男性……。

プロップ・ステーションの機関誌編集長を務める桜井龍一郎さんは、その機関誌の中で、ご自身のことをこう述べている。
「私自身も頸髄損傷による四肢マヒで、生活の多くの面で介助が必要な状態ですが、プロップの活動を通じて大阪のビデオ制作会社に在宅で勤務するようになりました。プロップでは機関誌『FLANKER』の編集に携わっております。最近では障害者の就労に関するディスカッションの場として開設した『cwf−open』というメーリングリストのコーディネーターを務めさせていただくになりました。これらの活動はいずれも通信ネットワークを利用しており、私にこれらの活動が可能になったのも、通信ネットワーク抜きには考えられません。」

在宅推進にとって大切なこと

神戸での講習会の講師を務める岡本さんに、作業所や在宅での就労を前進させるのに、今、何が一番重要かを聞いてみた
「それは、企業が私たちに仕事を出してくれることです。こちらが作業所では、はじめは小さい仕事しか出してもらえません。でも、小さい仕事でももらえれば、私たちはみんなでそれをしっかりとやり遂げて期限内に納入します。すると、次には少し大きな仕事を提供してくれます。企業の信頼を得るには、私たちが力を付けていく必要があります。力を付けながら、より良い仕事を獲得していくという、私たちと企業との信頼関係を築くことが大切だと思います」

もともと、重い障害があるといっても、キーの位置もわからなかったのが、二時間の講習を一〇回受けただけで、簡単なものではあってもホームページを掲載できるというような、潜在的な力をもっている人たちだ。チャレンジする意志があり、機会さえ与えられれば、可能性は高いはずだ。

チャレンジドを納税者にできる日本

プロップ・ステーションでは、「チャレンジドを納税者にできる日本」をスローガンにしている。福祉予算の拡大も必要だろうが、税金をもらう側から払う側に変わるのは、何よりも障害のある側ののぞみだ。一方、これはちょっと昔、アメリカで聞いた話だが、アメリカでは、障害者のリハビリテーションに一ドル投資すれば何ドルになって社会に戻ってくるというコスト効果の研究がいくつもあるという。八ドル還元されるという結果もあり、一二ドルというのもある。

岡本さんの話でもそうだが、「福祉の対象者」を「労働省」に転換するには、障害のある側のスキルアップと、社会の受け入れ態勢の整備が、車の両輪になって進んでいくことが必要だ。

受け入れ態勢として、雇用促進上の制度に、「企業が定期的に作業所などに仕事を提供する場合は、企業に助成措置や雇用率上の何らかの優遇措置を講じる」というようなものを含めるのはどうだろう。あるいは、「社会貢献の一環として、企業が障害のある人のレベルアップを目的とした技術的能力開発支援のために人材派遣をする場合は助成措置を講じる」などというのはどうか。

このような措置が、本来の一般雇用をゆがめないような歯止めは必要だが、在宅就労を促進するひとつの方法にならないか、検討してみていただきたい。

プロップ・ステーションからはさまざまな情報が発信されている。是非、ホームページを見ていただきたいと、鈴木さんから念を押されたので、アドレスを紹介しておく。 http://www.prop.or.jp/

ところで、このプロップ・ステーションの代表は、「ナミ姉(ねえ)」こと、竹中ナミさんだが、急に「一週間ほどお酒の飲めない病気」(鈴木さん談)にかかってお会いできなかった。機関誌などによると、相当バイタリティのある方のようで、お会いしてみたかった。にこにこ顔だが内に秘めたものを感じさせる鈴木さんとのコンビもあっているのだろう。さらに新しく展開したプロップの姿も、また見てみたい。そんな思いを残して、とんぼ返りで新幹線に飛び乗った。

夜遅く帰宅して、テレビのスイッチを入れると、女性の在宅ワークについての番組をやっていて、SOHOで活躍する女性たちの生き生きした姿が映し出されていた。

● プロップ・ステーション
〒530-0035  大阪市北区同心1-5-27
社会福祉法人  大阪ボランティア協会内
Tel 06-881-0041  FAX 06-881-3866
ホームページ http://www.prop.or.jp/
鈴木氏のE-mail suzuki@prop.or.jp

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