internet@ASCII 1998年1月号より転載

インターネットとChallenged

インターネットは打ち出の小槌。重度障害者の社会進出を支援するナミねぇのパワフルエッセイ開始!

竹中ナミ(nami@prop.or.jp):コンピュータネットワークを利用することで障害を持つ人々の社会的自立を目指すNPO「プロップ・ステーション」を'92年4月に設立。会員から「ナミねぇ」と慕われる組織の大黒柱。しゃべりはバリバリの大阪弁!

vol.8 "マルコ"日本上陸作戦(その1)

ドラマの始まり

「紆余曲折」っていうけど、ホンマに物事が進んで行くには、紆余曲折がありますねぇ。1歩進んで2歩下がる、なんてのは序の口で、3歩も4歩も下がったあげく、一気に挽回したり・・・…とか。もちろん、下がりっぱなしで消滅!なんてのもあるし。え?なんのこっちゃって?

いえ、今回は「ある福祉機器が日の目を見るまで」という話をしようと思うんですけど、それがまさに紆余曲折、ドラマチックそのものなんで、皆さんにお話しする前に、改めて感慨にふけってるわけです。ドラマの始まりは、すでに連載でお馴染みの細田和也くんと、彼の友人(といっても年は和也くんの倍以上の紳士)であるケンさんからの電話でした。

そうそう、このケンさんとナミねぇの出会いも実に不思議な「赤い糸」でした。今回の話には関係ないのですが、とにかく2人が「中学校の先輩・後輩であった」ということが分かってから、視覚障害の人たちをサポートするさまざまな活動をしているケンさんの紹介で和也くんと出会い、和也くんをマイクロソフトに紹介し、彼がマイクロソフトのコンサルタントに就任し、ChallengedとWindowsをテーマの1つにした「第3回Challenged JapanForum」が開催された・・・…。しかも、この一連のできごとが、ここ半年ほどの怒濤のごとくに進行してしまったという、ナミねぇにとってすごい月日だったのです。

マルコ・ナビゲーションとは?

その福祉機器というのは、米国テレセンサリー社の「マルコ・ナビゲーション・システム」という、視覚障害者のための音声ガイドシステムです。

− アメリカにね、マルコっていう製品があるんやけど、ナミねぇ知ってるかなぁ。

− え? それ、どんなん?

− 全盲の人でも音声ガイドを受けながら、1人で買い物したり、建物の中を移動したりできるセンサーなんよ。

− すごいやん! 実用化されてるの?

− アメリカではね。

− 日本では?

− う〜ん、残念ながらまだないなぁ。

ケンさんの情報で、早速テレセンサリー社のホームページ(http://www.telesensory.com/bpd/marco.htm)を見たものの、悲しいかな英語を読めへんナミねぇは、「ケンさん、内容を翻訳してよ」とお願いして、ようやく概要を把握することができました。つまり、発信機と受信機からなるシステムで、障害者は受信機を携帯することで、発信機からの音声ガイドにしたがって移動が可能になるというわけです。

ところで、そのホームページに書いてあったのは、「Challengedを納税者に」というプロップのスローガンを具現化するような内容でした。(実は「Challengedを納税者に」というスローガンそのものは、故ケネディ大統領の選挙戦の公約から拝借したもの。ADAを生み出した米国の誇り高きチャレンジドたちの行動力と政策提言力を見習わねば、と思いながら、ナミねぇはプロップをやっています)。マルコ・ナビゲーションのコピーにある、「多くの視覚障害者が1人で自由に行動できることが、彼らを消費者にし、マルコを取り付けたショッピングセンターは新しい顧客を獲得するでしょう。このシステムは、ショッピング・センターだけでなく、駅、公共施設、空港など、どこにでも簡単な工事で取り付けられます」という文言に、ナミねぇは大いに感激しました。

「お恵みでない福祉」、「自立できる環境整備」。これが、超高齢化社会を迎えるこれからの日本に欠かせない発想になってくるとき、テクノロジーもそういう方向で開発され、進化していくと思うけど、日本ではまだそこまで大胆な広告コピーを見かけません。でも、このマルコの狙いが「消費者(しかも1人でショッピングできる人たち)の拡大」であるなら、視覚障害者だけでなく、巨大スーパーの売場で迷ってしまうナミねぇにだって使えるようにすることで、日本の企業や公共施設が「予算をペイする」導入方法を工夫することは可能なのではないでしょうか。
たとえば、視覚障害者の人は受信機を無料で借りられ、その他の人が使いたい場合は、入り口で100円払って受信機を借りる、とかすれば・・・…というアイデアをいろいろ考えて、いたく興奮したわけです。

なんで日本ですぐに使えへんの?

− ねぇケンさん、マルコの現物、見たいわ。協力してくれる? 日本でデモとかできへんか、調べてほしいんやけど。

− よっしゃ、テレセンサリー社に、直接聞いてあげましょ。

というわけで、ケンさんは早速テレセンサリーに問い合わせてくれました。
数日して、ケンさんから電話。

− ナミねぇ、聞いてみたけどホンマに簡単な工事で取り付けられるらしいで。天井とか壁に、一定間隔で小さな発信機をつけて、受信機を持った人が近くに来たら、「次の角まで約**歩。右へ曲がるとそこが本屋です」「直進すると**歩で左に魚屋」とかって音声でガイドするそうや。日本語バージョンにするのも、別に難しいことやないってさ。

− ふ〜ん、それはええなぁ。アメリカではあちこちに取り付けられてるの?

− 発売して間なしやから、まだ数カ所みたいやけど、実験段階やなくて、すでにビジネス展開してるみたいやわ。

− ひぇ〜、ほな、現物見るのも夢やないねぇ! で、 1個なんぼくらいなんやろ?

− 1個?

− 1個でもえぇから実物見たいやんか。ほんで、そんなに高くないんやったら10個くらい輸入して、実験的に取り付けてみたらどうかなぁ。

− まぁ、1個とか10個では無理やろけど、値段を聞いてみる必要はあるわな。

− 聞いてみて、聞いてみて!

そしてまた数日後。

− ナミねぇ、聞いてみたけど、日本のある会社が代理店になってるから、そこに通して話をしてほしいって。

− ふ〜ん、すでに代理店があったんか。

− そうそう。

− ほな、その会社に相談せなアカンねぇ。

− そういうこっちゃ。

− よっしゃ、日本の会社やったら日本語で聞けるから、ナミねぇが聞いてみるわ。

ということで、ナミねぇは勇んで、その会社に電話をかけました。

− もしもし、福祉機器事業室ですか? マルコのことなんですけど・・・…、なんとか日本で販売してしてもらえないでしょうか。え? 日本では販売するつもりがない? なんでですか? 日本では売れないと思う? だってアメリカでは売れてるのに! 日本とアメリカでは事情が違う・・・…。う〜ん、ほな、プロップが直接、いくつか輸入してみるっていうのは可能ですか? え? アカン? なんで?

− うちが代理店ですから。直接買うことはできません。それに国内での実験もしてませんし。

− 実験って、どこかに取り付けてするんでしょ。その実験をプロップにさせてもらえません?

− 実験は、社内でします。

− いつされるんですか?

− 今のところ、実験をする気はないです。

− げげ!

− あのなぁケンさん、聞いてみたけど、日本では売る気がないって言うてるわ、がっくりや。

− そうか、あきらめなしゃぁないかな。

− ふん、ナミねぇの辞書には"あきらめる"という言葉は載ってないで。

− どないするのん?

− ムーブメントを起こすんや。

− どないして?

− 買って取り付けくれるところ、それもネームバリューのあるところを探すんよ。アメリカみたいに、ちゃんとビジネスになる、って方向性を出さんと説得力ないわ。ナミねぇが1個買うんでは、当然、話にならんもんな。

− 買ってくれるところ……ねぇ。簡単に言うけど、ナミねぇ、それは難しいぞ。

− 分かってる。死ぬほど知恵を絞ってみるわ。もう1回、代理店にも当たってみる。

− 勝算ありか?

− わからん、でも誰も損せぇへん仕組みで話を進めるわ。そうやないと企業は動かせへんもんね。

さて、作戦開始や!

全盲や強度の弱視の人の3分の1が、駅でホームから転落した経験を持つ、という情けない国、日本で、ただ単に「障害者よ外へ出よう!」なんて叫んでもアカン。安全に行動できる仕組みを作らなければ! もちろん、介助者がマンツーマンで付くのがいちばん安全かもしれないけど、超高齢社会ではそれは不可能なことやし、誰かにぺったりっひっつかれて外出したい、と思う人ばっかりじゃない。

たとえば、ナミねぇは、家族の全面介助を受けている人からメールで相談を受けたことがあるけど、その内容は、「初めて、家族に知られずに、家族以外の人に手紙を書いてます。電話もファクスも封書も、今までは必ず家族のサポートが必要やったので、初めての冒険ですが、こういうことのできるインターネットはすごいと思います。いろいろな情報を "自分で" 集めることに協力してください」っていうメールでした。その方とは何度もメール交換し、現在も交流が続いています。「自立」っていうのは、単に家を出ることではなくて、精神が独立することなんやなぁと痛感します。

そんなこんなナミねぇは「マルコ日本上陸作戦!」を開始し、その日から数カ月後の今、代理店の協力を得てマルコの上陸が決定したのを機に今回の原稿を書いてます。作戦はどのように遂行されたか!?
それは次回のお楽しみです。

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