読売新聞 1997年11月20日より転載

可能性広げる在宅勤務

身障者自立の柱に

パソコン活用へセミナー

毎週水曜と金曜の夕方。大阪市のビルのコンピューター室で、身体障害者を対象にしたコンピューター・セミナーが開かれる。
教える側にも障害者がいる。動かない腕の代わりに足でマウスを操る講師が、グラフィック・ソフトの使い方などを説明する。生徒はみんな真剣なまなざしだ。

セミナーを開いているのは、非営利組織(NPO)の「プロップ・ステーション」(竹中ナミ代表)。
プロップ・ステーションが目指すものは、コンピューター・ネットワークを利用した身障者の在宅勤務。
キャッチフレーズは、「"チャレンジド"を納税者にできる日本」。チャレンジドとは、障害者のことを、「チャレンジを与えられた人々」ととらえた米国の新語。つまり、障害者の経済的自立が目標だ。
「6年ほど前にアンケート調査をしたところ、障害者の8割が、パソコン関係の仕事に関心を示していたことが、セミナー活動の始まりでした」と、竹中代表は振り返る。

プロップのセミナーから在宅勤務のチャンスが少しずつ膨らんでいる。
大阪府堺市の山崎博史さん(33)は4年前、プロップでコンピューターの学習を一から始めた。交通事故で手足が不自由だったが、結婚したのを機に仕事探しを行い、プロップのセミナーを知った。
昨年12月、日本アイ・ビー・エムから「情報弱者システム」開発の仕事を受けた。これは阪神大震災を教訓に、視覚などに障害がある人でも利用でき、緊急時に、ボランティアや避難場所の情報を共有できるようにするものだ。
「在宅勤務は、生活のリズムを自分で作れるのがいい。会議や打ち合わせで外出する必要はあるが、大体は電子メールですませられる」と山崎さんは語る。

仕事はふだん、午後1時から7時ごろまでみっちりと行う。小指の関節を器用に使って、キーをたたく。
山崎さんの希望は、毎月安定した収入を得られるようになることだ。
「そのために私も、コンピューターの世界の速いスピードについていけるように努力している。会社や社会の側も、もっとチャンスを与えてくれたらと思います」

大阪府枚方市に住む久保理恵さん(23)は絵本作家を目指している。
生後まもなく首から下の筋力が衰える難病にかかっていることが分かった。しかし絵が好きで、短大で日本画を勉強しているとき、コンピューターグラフィックスにも興味を抱くようになった。
2年前から、セミナーに参加し始め、いまは仲間と「バーチャル工房」を作って、在宅勤務の枠を広げようとしている。
「絵本作家になるためには、ただ夢を見るだけでなく、自分で稼いだお金で、その準備や勉強をしたい」と久保さんは希望を語る。

プロップは、今月開かれた「なみはや国体」の身障者部門「ふれ愛ぴっく大阪」のホームページも担当した。競技結果を速報したり、ボランティアが会場で写した写真を掲載したりして、大会を盛り上げた。
「こうした仕事で得たノウハウが積み重なれば、在宅勤務者がホームページを作るときに生かせる」と、スタッフの鈴木重昭さん。ある強豪大学ラクビー部からホームページ製作の依頼も入るようになった。
プロップのメンバーの中には、在宅勤務による報酬と障害者への年金を合わせて生活費をなんとかまかなえる人も出始めている。しかし、そうしたケースはまだ例外的だ。

「プロップ」は支柱という意味だが、ラクビー用語では、スクラム第一列で両わきを固める選手のことでもある。そこにはコンピューターという道具を使って、壁を打ち破りたいという願いを込められている。

(メディア企画局 竹村政博)

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