QCサークル 1997年11月号(財団法人 日本科学技術連盟)より転載

輝く女たち

障害者(チャレンジド)を納税者に
プロップ・ステーション代表 竹中ナミさん(48歳)

パソコンが障害者たちの強力な武器に

大阪市内のYMCAビル7階OAルーム。水曜日の夕方6時30分、恒例のパソコンセミナーが始まった。この日の生徒は、約20人。すべて障害者の人たちだ。手足が不自由だったり、言葉に障害を抱えていたり。車椅子の人も少なくない。そんな彼らに、主催者である非営利市民組織のプロップ・ステーション代表竹中ナミさんが、まず大きな声で勢いよく話しかけた。
「みなさん、元気ですか! 家でもパソコン、やってますか! やっていない人は落ちこぼれますよ。もうそろそろ、覚悟してくださいよ、ホンマですよ〜」

そんな言葉に生徒たちが笑う。竹中さんの目も笑っている。だが、半面緊張感も漂わせている。障害者の人たちだから、とくに優しくするといった考え方は、基本的にはない。というより、障害のあるなしに関わらず、学びたいのであれば、自分で頑張らなければというごく当たり前の厳しさを、ここでは求めているのである。

セミナーでは、10人近くのボランティアの先生が個々の生徒の様子を見ながらアドバイスしていく。この日の場合、半分が初心者コースで、残りは上級者コース。上級者コースではコンピュータ・グラフィックスの作品を制作していた。画面をのぞくと、驚くほどみごとな映像ができ上がりつつある。脳性麻痺による全身障害で手足が思うように動かない障害者は、「僕は手で真っ直ぐや丸い線は描けないけど、パソコンのおかげでそれができるようになったんです。」とゆっくり言葉を選ぶように話してくれた。その美しい作品を見れば、コンピュータが障害者の潜在的な可能性をいかに広げているか、一目瞭然だ。そして傍らに立つボランティアの若い先生は、「私は会社でも上司などにパソコンの使い方を教えているんですが、理解の仕方はこの教室とあまり変わりませんよ。障害の有る無しはそれほど関係ないと思います」と言う。

自ら重度心身障害の娘を抱え、さまざまなことに挑戦

ところで、このセミナーを運営するプロップ・ステーションでは、障害者の人たちを「チャレンジド」と呼ぶ。「チャレンジド」とは、障害を持つ人を表わす新しいアメリカ英語で、アメリカの障害者の自立運動の中から生まれてきた呼称。一方、組織名のプロップには「支え」や「つっかえ棒」といった意味があり、チャレンジドが自ら社会的自立を勝ち取る積極的存在になることを支援したいという願いを込めて、この名前がつけられたというわけだ。

組織がスタートしたのは、'91年5月。組織がどういう経過で誕生したのかについては、「ナミねぇ」の愛称で親しまれる竹中代表の個人的な背景が大きく関わっている。というのも、竹中さん自身、現在24歳になる重度心身障害の長女を持つ母親だからである。いまは国立の療養所に入っているその娘さんは、いくつもの重い障害を抱え、子供の頃は抱っこをしたり触ることも嫌がった。
「今だって生後数ヵ月の赤ちゃんのような知育の状態で、自立どころが24時間、100%の介助や世話が必要。私をお母ちゃんとどれだけわかっているかも、わからないのよ。」

その言葉を聞き、「最初は途方に暮れたでしょう?」と尋ねた。ところが、いかにも神戸生まれらしい明るい関西弁で即答する。
「私って、ものすごくお得な性格なの。自分が困った時には、とにかく人に聞きまくるのが平気。普通なら遠慮があるんでしょうけど、頼みまくるのも平気。だから娘のことでも、どんどんお医者さんに聞いて、役所で福祉のことを教えてもらって、という感じだったのよ」

そんな勢いで、障害者の福祉団体に関わり始め、障害を持っている人自身からも学ぼうと手話を覚え、聴覚障害の人を手伝う。娘さんが養護学校を通っている間は、やがてお世話になるだろうという最重症の施設で介護ボランティアに携わり、障害者向けのおもちゃライブラリーも運営した。長女が生まれてから20年以上、家事などは完全にこなしながらの活動だったけに、平均睡眠時間は3時間ぐらいだったとも言う。とにかく、がむしゃらに頑張った。そして、障害者自立支援組織の事務局長を務めた後、'91年に現在のプロップ・ステーションを誕生させたのである。多くのチャレンジドとの触れあいを通して、彼らに素晴らしい能力や仕事をできる力があることを実感し、「あんたらは仕事せんでもいいよ」と線引きするのではなく、可能性のある人にはまず仕事を、という発想から新たな運動を始めたのだ。

確実に広がるチャレンジドの仕事の可能性

ただ、最初からコンピュータという発想ではなかった。当初は有料介護者が付き添って職場で働けるようなネットワークづくりを目指していた。ところが、たまたまパソコンについて体験する機会があり、チャレンジドの人たちにとってはパソコンは大きな武器になると確信した。そこで、全国のかなり重度の障害を持った人たちに、アンケートをとる。結果は、回答者の8割が働きたいという意欲を持ち、しかも「武器はパソコン」であると考えていた。またアンケートの言葉を集約すると、その前に4つの壁があることもわかった。コンピュータについて学ぶ場、技術を評価する方法、仕事探し、通勤。このアンケート結果を前にして、竹中さんはこう考える。「なんや、たった4つの問題をクリアすればいいんやないの。勉強する場所をつくって、評価するシステムを作って、仕事を探して、在宅でできるようにすれば」。この発想がいかにもナミねぇらしいところであり、思いついたらすぐ周りの人に話し、行動する。パソコンに詳しい人を仲間にして、コンピュータの会社やソフト会社に協力を要請。大阪府などの助成の記事が新聞に載るたび、あらゆる助成を申請した。すると、いきなりアップルなどからコンピュータが次々と届き、大阪府の助成もおりた。講師役となるボランティアの登録者も100人を超えてしまうほど集まった。「時代が追い風だったんです」と竹中さんは言うが、これだけの体制をあっという間につくり上げてしまうのは、やはり持ち前のバイタリティとその人柄によるものというしかない。

現在、プロップ・ステーションでは、毎週水曜日にマッキントッシュ、金曜日にウィンドウズの6ヵ月間セミナーを開き、土曜日にはセミナーを修了したチャレンジドが講師役となって子供たちや同じチャレンジドに教えるセミナーも開講している。さらにインターネットを活用して、遠隔地に住むチャレンジドにデータベースの設計を指導する講座も今年から始めた。しかも企業との交流も同時に深めていったことで、今ではIBM、NTT、マイクロソフト、関西電力などと業務提携を結び、セミナー修了生100名のうち約1割がインターネット・ホームページの制作やプログラミング、編集、レイアウトといった仕事に在宅で就いている。企業側にとっても、チャレンジドの技術レベルが確かめられれば、仕事の結びつきができるという証でもある。
ちなみに、組織のキャッチフレーズは、「チャレンジドを納税者にできる日本」。つまりチャレンジドでも納税者になれるようにしよう、ということだ。

「パソコンやインターネットは、まだ日本中の多くの人が手探りの段階。それは、一般の人もチャレンジドの人も、今は同じスタートラインに立っているということ。こんなことって、これまでの福祉の歴史ではなかったことだし、このチャンスはつかまなければ、あかんって思う。それに、これから高齢者も増えて、重度の障害者もいれば、税金はますます必要になる。それなら、苦しい人を支えるためにも、働く意欲と可能性のある納税者を一人でも増やしておかなければいけないでしょ」

ナミねぇは、そう言って笑った。その前向きな発想と行動力は、意欲あるチャレンジドたちの世界を間違いなく大きく広げていくはずだ。

(取材・文/井上邦彦)

セミナーでCG制作に取り組んでいるチャレンジドたち

セミナーは週1回2時間。講習料は2,000円。上級者のコースになると、その技術レベルはかなり高い。

関西弁でチャレンジドと話す、ナミねぇこと竹中ナミさん。そこにいるだけで周囲を明るく元気にしてしまうキャラクターだ。

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