月刊CYBiZ 1997年9月号より転載

さいふうめいの サイバーステージへの長い道 [第17回]

障害者向けのソフトを開発していると聞いて、
念願のMSに行ってきた

文=さいふうめい 撮影=佐々木啓太

さいふうめい●1956年久留米市生まれ。
劇作家。九州大谷短大講師。 「「少年マガジン」誌で「勝負師伝説−哲也」という漫画の原案を担当しています。
麻雀の神様・阿佐田哲也の一代記です」

全盲のパソコンユーザーと契約を交わしたマイクロソフト

先月号で全盲の大学生が盲人向けソフト開発のためにマイクロソフト社(MS)と契約したことを紹介した(実際は盲人向けソフト開発のためでないことが、後でわかったが)。

で、そのMSとコンサルタント契約をした大学生・細田和也さんを取材してみたくなった。早速取材申し込みをしてみたが、MSからはなかなかOKをもらえなかった。これからMSがどんなものを開発するかという問題に関わるから応じられない、とのこと。が、細田さんとパソコンの関わりだけでもいいから聞かせてもらえないか、と担当編集・オールイは食い下がって、やっとOKをもらった。

取材日は7月15日。私は連日豪雨が降り止まない九州を発ち、梅雨前線といっしょに北上、連日猛暑が続く東京へと向かった。指定された場所は渋谷区笹塚にある本社ではなく、東京のベッド・タウン調布にある開発センターだった。

ずっと以前から私はMSを取材してみたかった。どんな人たちが働いているか、見てみたかったのである。


マイクロソフトとコンサルティング契約を交わした細田さん

この不況下で、MSという会社は連載連勝を続けている。ウィンドウズというOSは不戦勝。その他のアプリケーションも、相手があるのはワープロソフトの「ワード」ぐらいで、それ以外は不戦勝に近い圧勝。戦う前から「勝っている」会社なのだ。私は「勝ちの味しか知らない人たち」を見てみたかった。今時滅多に見られない人たちだ。

米国のMSは創世時、随分と負け戦も繰り返し辛酸もなめている。しかし、日本のMSは違う。そこで働く人は「受け身」を知らないはずだ。どんな感覚の持ち主なのかを知りたかった。

MSの建物は思った通り、最新のしゃれたビル。空間をぜいたくに使った設計だ。たとえば、取材をした7階はエレベーターを降りると、南側には採光充分の広い廊下がある。エレベーター横の廊下の中央には随分立派な生花が活けてある。「アメニティ空間」と呼ぶにふさわしい余裕が感じられる。しかし、デザイナーによって計算され尽くされた感じの気持ち悪さがないともいえない。

行き交う社員を私は眼を凝らして観察した。みんな若い。男も女もみんな普段着だ。アメリカ映画に出てくるオフィスのようだ。社員は伸び伸びとして、闊達な感じ。屈折が感じられない。うがつた言い方をすれば、戦後民主主義と技術革新が夢見た「世界観」を実現した人たちという感じ。うらやましい、と思った。コンピュータの浸透の具合次第だが、この人たちは一生受け身を覚えずに生きていけるのかもしれない、と思った。一方でもう一人の私が、そう甘くはないぞ、と、呟く。

障害をもろともしない細田さんに圧倒される

細田和也さんにインタビューを試みた。私は圧倒された。ものすごい頭脳の持ち主である。質問に対する答えが、簡潔にして明快。「あ」といえば「うん」。「つー」といえば「かー」。お世辞ではなく、頭蓋骨の中には私の2倍ぐらいのCPUが入っている感じ。

と、ここまで書いておきながら、細田さんの紹介は次号に回すことにする。今月は、なぜ、MSが細田さんとコンサルタント契約を結んだか、その経緯を伝えよう。一言でいうと、細田さんが優秀だからである。つまり、優秀な人の意見を聞いて製品を開発しようというのである。社長室長の道白義雄氏によると、今のところ、他の人とコンサルタント契約を結ぶ予定はないという。

MSと細田さんが出会った経緯を記そう。細田さんは大阪のボランティア団体「プロップ・ステーション」のメンバーだった。「プロップ・ステーション」は「障害者を納税者にしよう」というグループで、障害者対象にPCの教室やセミナーを開いている。MSはこれまでそのグループに協賛し、これまでソフトなどを提供してきた。「その活動の中で、細田さんが我々と話の合う人だということがわかってきました」(道白氏)

細田さんは甘えがなくて、「自律の人」なのだ。ビジネスは自律の人を相手にしないと面倒なことになる。「甘えの人」を基準にすると泥沼が待っている。

一歩先ゆく米国事情。すでに障害者用の機能をウィンドウズに組み込んだ

一方、米国のMSはこの6月に障害者向けのアプリケーション・ソフトに対応するツールを発表し、インターネットからダウンロードできるようにした。

これまで障害者向けのソフトは米国でも各社バラバラに開発されてきた。それでは生産効率が上がらないし、散漫なマーケットを相手にするから利益も上がらない。その事情はこの連載を読んでいる人ならわかるだろう。


右がマイクロソフトの道白さん

MSはウィンドウズというプラット・ホームが定着した今、障害者向けソフトのプラット・ホームを作ったのである。つまり、これまで各社で独自に開発されてきた「点字プリンタ」や「入力装置」や「シンセサイザー(音声化の機械)」の統一規格を作ったというわけだ。いかにもMSらしい発想だ。

道白氏によると、米国の有力な障害者向けのソフト「JAWS」が9月には完全対応するそうだ。いくつかのメーカーと歩調を合わせながら開発したと考えるべきだろう。そのために、涙をのんだメーカーもあるかもしれない。

次は日本語バージョンを作って、日本で売り出したい。

「基本的には英語バージョンと同じ機能でいく予定です」(同前)

しかし、日本には日本の特殊性がある。細田氏の意見を聞いて、開発をすれば売り出すには1年ぐらいはかかると見ている。ユニークなのは独自の開発グループを設けていないことだ。

「この機能はウィンドウズというOSの一部だと考えていますから、これまでの開発者が仕事の一部として扱っています」(同)

ウィンドウズの「標準規格」は障害者にも対応するという考え方だ。

障害者向けのソフトはコストに見合うだけの利益が見込めないのでは、と水を向けてみた。

「この機能はボランティアでやっているのではありません。営利企業ですから、利潤を追求します。ニーズは多いと考えています。ただ、1〜2年で回収しようというようなものではなく、もっと長いスパンで見ています」(同)

ビジネスになるラインをあらかじめ設定しているのだ。私でも、パソコンと障害者はもっと近い関係になると考えている。つまり、パソコンを使う障害者はもっと増える。そうなれば、ソフトを買う人も増えるのだから、結果的には需要を創出することになる。MSはそんな循環を考えているというわけだ。

いろんな障害者の意見を聞けば、それだけ求められる機能が多岐にわたる。結局、散漫なものができ、ビジネスにはならない。そこで、優秀な頭脳の持ち主である細田さんの意見に絞ろうということになり、コンサルタント契約を結ぶことになったという次第。

「障害者」というマーケットもできるだけ大きな投網をかければ、利潤につながる。MS的といえば、あまりにMS的な発想で、私はそれを面白いと思った。

細田さんの紹介は次号まで待たれよ。

COLUMN MSの新機能ActiveX Accessibility

米国マイクロソフトが、今年の6月に発表した「ActiveX Accessibility」。ウィンドウズ '95に実装された障害者向けの新しい機能(API)だ。

これまでのパソコンは、キーボード、マウス、モニターが中心だった。これらを操作することで、パソコンに命令を出していた。しかし、この方法が誰にとってもベストな手段ではない。目に障害を持つ人にとってはマウスやモニタは意味のない入力機器だ。

そこで開発されたのが、ActiveX Accessibilityだ。これを使えば、点字プリンタやシンセサイザによる音声出力などを使った装置やソフトを容易に作ることができるようになる。

詳しくは、http;//www.microsoft.com/enableを。全部、英語だが是非、目を通して欲しい。

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