internet@ASCII 1997年7月号より転載

インターネットとChallenged

インターネットは打ち出の小槌。重度障害者の社会進出を支援するナミねぇのパワフルエッセイ開始!

竹中ナミ(nami@prop.or.jp):コンピュータネットワークを利用することで障害を持つ人々の社会的自立を目指すNPO「プロップ・ステーション」を'92年4月に設立。会員から「ナミねぇ」と慕われる組織の大黒柱。じゃべりはバリバリの大阪弁!

vol.2 やまちゃんと幾くん

今日はプロップのメンバーである2人のchallengedについて書こうと思います。

「やまちゃん」は元、族。つっぱり、リーゼントの典型的な族スタイルの彼が交通事故で首の骨を折り「頚髄損傷」(略してケイソン)の重度障害者になったのは19歳のとき。で、プロップの門をたたいたのは4年前でした。キーボードの現物を見るのも初めて、という初心者の彼がパソコンを勉強しょうと思ったのは、幼なじみのケイコさんと結婚したから。

「嫁さん食わさなあきませんねん」という時代遅れ?な彼の動機に、「こいつ、サムライやな」と感じたナミねぇは、初心者コースを終えた彼を「特訓道場」に放り込みました。長年の実務経験を生かして、プロップのデータベースのボランティア講師をしてくださっている橋口先生の、厳しくも厳しい(^^;マンツーマン指導に、歯を食いしばって食らいついたやまちゃんの姿は、今思えば鬼気迫るものがあったなあ。けど、やまちゃんと同じように、昔、不良やったナミねぇは「不良の根性見せたらんかい」とばかり、彼がしごかれるのを黙って見とりました。

データベースの技術を身につけたやまちゃんは、1年間、野村総合研究所との「リモートワーク実験」のリーダーを務め、現在はIBMとのプロジェクト「ネットワーク・オブ・チャレンジド」に参加し、NOTESのプログラムを組んでいます。これは、肢体不自由の人だけではなく、全盲の人でもネットワークにアクセスして情報の受発信ができる、というシステム。

ケイソンの人は、さまざまなサポートソフトやハードの工夫で、残った機能を最大限生かしてコンピュータを操作することが可能です。ナミねぇの経験からするといちばんコンピュータワークに向いているchallengedです。交通事故、スポーツ事故など、誰でも起きる可能性のあるアクシデントに遭遇したとき、「自分の人生はこれで終わった」なんて感じなくてもええような時代を飾るのも、コンピュータの使命かもね。

やまちゃんが「嫁さんを食わせる日」はそう遠くないとナミねぇは思ってます。

やまちゃんと反対に、生まれついて(というか、出生時)の障害で最も多いのが脳性マヒ(略してCP)です。CPにはいろいろなタイプがあるけど、大半の人がアテトーゼ(不随意運動)を伴い、何か作動をするとき、体が揺れたり、踊ったりしてしまいます。口や舌の運動神経にもその影響があって、言葉も出にくかったりします。知的な理解度は高いのに、外見上「なぁんも分からへん人」みたいに誤解されることが多い、実に「損な」CPの人たちだけど、プロップのCPメンバーは、自分のそのマイナスの部分をバネに、CP以外のchallengedでは絶対持てないエネルギーを体と精神に充満させ、爆発の時を待っています。

その中で「もうすぐ爆発しまっせ」と不穏なサインをナミねぇに送り続けてる人が「幾くん」。もともと絵が大好きで、シュールな色づかいと構図の水彩、油、何でもござれなんやけど、彼の敵は彼自身のアテトーゼ。どうしても「まん丸」や「ま〜っすぐな線」が描けへんのです。全身性のCPで、両足と片手が動かず、唯一動く右手は「止まれ」と思うと動き、「動け」と念ずるとこわばってしまう。彼にとって「丸と直線」は吉永小百合さんより遠い「夢の」存在やったんよね。

こんな幾くんなので、直線、曲線が思いのままに描けるマウスを手にして、どんなにコンピュータグラフィックスにのめり込んだか想像できるでしょう。わずか1年のセミナーで、幾くんはグラフィックソフトの基礎だけでなく、アニメーションにまで触手を伸ばし始めました。母ちゃんと2人暮らしで、決して生活が豊かじゃない彼は、ネットワークの中を探索してフリーのソフトを片っぱしから見つけては独学で勉強を続けました。

昨秋には、関西電力が45周年記念事業で彼のグラフィックスを買い上げました。それに伴う取材で彼は「これからは俺が母ちゃんを食わせてやる」と語って親戚一同を泣かせたそうやけど、肝っ玉母ちゃんは「いつのこっちゃ知らんけど、楽しみにしてるわ」と言いながら「まだパソコンやってんのか、早よ寝ぇよっ!」と今夜も幾くんをどなっているそうです。

幾くんは今、CGのボランティア講師、川端先生にマンツーマンの指導を受けながら、プロップの支援企業であるマクロメディアの手嶋社長に「見せるんや」と、DirectorでCGを創ってます。川畑先生は現役のクリエーターで、ご自分の会社経営が多忙にもかかわらず「幾くんが化けるを見たい」と本職をほっぽらかして?指導にあたってくださっています。先日彼が見せてくれた習作は、彼のエネルギーを象徴するような濃いオレンジ色の木が、身をよじって燃え上がりながら生長するCGでした。爆発の日が近いことを予感して、ナミねぇはわくわくしています。ところで、ナミねぇから「幾くん」と呼ばれる彼は、実は40歳の「おっさん」です。でも、年ではナミねぇがちょっと勝ってるんで、これからもずっと彼は「幾くん」と呼ばれるでしょう。

プロップで勉強するchallengedはみな、先生とのやりとりにインターネットを使っています。重度のchallengedに適した「在宅」という形で勉強と仕事を続けるのに、インターネットはまさに「打ち出の小槌」です。打ち出の小槌を得て、どんな化け方で、爆発力でchallengedたちが社会に出て行くのか、どうか皆さんプロップから目を離さんとってくださいね。

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